不思議なダンジョンと願いを叶える魔石

相沢蒼依

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 最初の部屋に足を踏み入れた瞬間、肌に絡みつくような湿度の高い重苦しい空気が全身を包み込む。薄暗い広間には、人の背丈を超えるほどの巨大な石板がいくつも立ち並び、壁一面に刻まれた渦巻き模様が生き物のように蠢いて見える。目の錯覚だろうか、模様がこちらを見返しているように感じてしまい、背筋がざわついた。

 広間の中央には、幾重にも渦を描くようなくぼみを備えた石の台座がそびえている。騎士様たちは剣を構えつつも、警戒を怠らず慎重に周囲を調査した。俺は彼らから少し離れた場所で様子を窺っていたが、ふとある違和感に気づく。

「……これ、パズルじゃないか?」

 思わず声が漏れた。ポケットから石の欠片を取り出し、ほっと息をつく。先ほどの崩れかけた場面で拾っておいて、本当に良かったと思った。恐るおそる、目についたくぼみに石を嵌めてみる。

 ガチンと音が鳴り、次の瞬間、床が淡い光を放った。だがその直後、ゴゴゴッと地鳴りのような振動が走り、足元の石床が音を立てて崩れ始めた。

「罠だ、退け!」

 咄嗟に跳びのいた俺は辛うじて難を逃れるが、隣にいた騎士が床ごと落下する。思考より先に体が動き、別のくぼみに石を差し込むと、振動がピタリと止まり、奥の壁が音を立てて開いた。しかし、その先はただの行き止まり。

「これは、何かの仕掛けがあるな」

 壁に刻まれた渦巻きを注意深く観察すると、一部がかすかに脈動するように動いていた。しかもそれは、時計回りに回転しているように見える。

「そうか、時計回り。このパズルには順番があるんだ!」

 俺の声に反応した騎士様たちが、ふたたび通路の奥を調べ始める。そして、隠し扉の中からくぼみと同じ数の石片を発見。皆と一緒に息を合わせ、渦の流れに沿って順番通りに嵌めていく。

 最後の石が音を立てて壁の中に収まると、奥の通路が重厚な音と共に、ゆっくりと開かれていった。

「よし、やったか!」

 その先は真っ黒な闇が広がっていた。騎士様たちが松明の火を掲げ、恐るおそる奥を照らすと、壁一面に描かれた巨大な壁画が浮かび上がる。そこには渦巻きに呑まれる無数の人々の姿と、禍々しい文言が記されていた。

『渦巻きは神の怒り。病はその代償。心の試練。過去の影に立ち向かえ』

 その言葉を目にした瞬間、まるで胸の奥に冷たい手を差し込まれたような感覚に襲われた。遺跡と病が確実に繋がっているという確信が、直感として胸を打つ。

 動けずにいる俺の肩を、誰かの手が軽く叩いた。

「そんな顔をするな。お前の機転で、どれだけ助かってると思ってる?」

 ガレンだった。俺は彼の言葉に、じわりと目頭が熱くなるのを感じながら、小さくうなずく。

「……ありがとう。俺、前に進むよ」

 その意志を胸に、俺たちは闇の中へと足を踏み入れた。

 ――その瞬間だった。

「アレックス、どうして……助けてくれなかったの……?」

 耳元で囁くような声。聞き覚えのある亡き両親の声だった。思わず足を止めると、周囲の騎士たちもまた動きを止め、辺りをきょろきょろと見回している。

「ここは鏡の間か」

 レイナ様が松明を高く掲げると、無数の鏡が鈍く煌めいた。壁、天井、床――あらゆる面に鏡が張り巡らされている。バルド様が先頭に立ち、「臆するな、進め!」と声を張りあげるが、その背にも冷たい緊張が走っているのが伝わってきた。

 さっきまでの蒸し暑さが嘘のように、鏡の部屋は吐く息が白く凍り、肌に氷の針が刺さるような寒さだった。鏡の破片が足元に散らばり、どこからともなくガラスの割れる音が響く。

 ――ギィィン。

 レイナ様が何かに気づいたように顔を上げた瞬間、部屋中に突如、絶叫が木霊した。騎士様たちが次々と鏡を睨みつけ、剣を振り回し、ある者は崩れるように膝をついた。

 俺の知る騎士のひとりが、錯乱した表情でこちらに駆け寄り、鬼気迫る勢いで怒鳴った。

「そこを退けッ!」

 広間へと走り去るその背中を見送りながら、胸の奥がざわつく。彼の後を追うように何人もの騎士様が、最初の広間に向かってしまった。

 バルド様は鏡に額を押し当て、なにかを呟いている。レイナ様は耳を塞ぎ、両目を強く閉じて見えない何かに耐えていた。ガレンは地面にうずくまり、嗚咽を漏らしている。

(――どういうことだ。何かが、俺たちを壊そうとしている?)

 疑問が胸をよぎった瞬間、俺の背後から絶叫が響いた。

「ヒッ……!」

 反射的に振り返った拍子に鏡に触れた瞬間、氷のような冷たさが手のひらから腕へと這い上がり、胸の奥まで凍りつかせた。冷たい感触と共に、鏡が水面のようにゆらゆらと波打ち、そこに現れたのは亡き両親の姿だった。

「アレックス……なぜ、助けてくれなかったの……?」

 耳ではなく、頭蓋の内側から直接響いてくる声。それを聞いているだけで、悲しくてたまらなくなる。

「っ……ごめん、俺には……何も、できなかった……!」

 悔しさと罪悪感が胸を刺し、一瞬で息が詰まる。その場に立ち尽くす俺の頬を、ルーンがそっと舐めた。ほのかな温かさが、現実に引き戻してくれる。

『心の試練。過去の影に立ち向かえ』

(そうだ、これは幻だ。俺の心に巣食う、後悔と罪の影――)

 目の前の鏡には、今度はリリアーヌ姫が映っていた。弱々しく微笑み、優しくささやく。

「私を救いたければ……王国を犠牲にして」
「ふざけるな! 俺はどちらも救ってみせる!」

 怒りと共に剣を振り抜き、思いっきり鏡を叩き割った。すると次に現れたのは、幼い頃の自分。あのときの俺が、皮肉げに笑って言う。

「何を言ってるんだ。無力なお前になんて、姫様は救えないよ」
「それなら、今ここで証明してやる!」

 膝をつきながらも剣を手放さず、ゆっくりと立ち上がる。そのとき、レイナ様の声が轟いた。

「騎士たちよ、惑わされるな! 心を強く持って!」

 頬を涙に濡らしたガレンが、顔を上げる。

「アレックス……!」

(――そうだ、俺はひとりじゃない)

「砕けろ、心の影ッ!」

 渾身の一撃で幻影の鏡を叩き割ると部屋が震え、奥の壁に金色に光る鏡が姿を現す。

「それは偽物よ! こっち!」

 姫様の幻影の声を振り払って、俺は迷うことなく剣を振り下ろす。

 ガシャァン!

 振り下ろした剣の勢いをそのままに鏡が粉々に砕け散り、辺りに静寂が戻る。奥の扉がゆっくりと開いた。

「開いたぞ……次の間が!」

 振り返ると騎士様たちは皆、心の傷に打ちのめされていた。俺はガレンに慌てて駆け寄り、肩を支える。

「しっかりしろ、大丈夫かガレン!」

 彼はうっすらと目を開け、力なく呟いた。

「アレックス……ここを、見てみろ……病の真相が……」

 彼が指差した床には、こう刻まれていた。

『病は神の封印を破った欲の代償』

 その隣には、渦に呑まれる人々の絵があった。

「ガレン……俺たちで姫様を救おう」

 正気を保っているのは、俺とルーンだけだった。薬草を騎士様たちに与えてみたが意識は戻っても、気力は萎えたままでもとには戻らない。

「立ち止まっていられないわ。バルド、動ける?」
「何を言ってるんだ。お前に言われるまでもない」

 言い合う二人の隣で、ガレンがふらつきながらも立ち上がる。

「アレックスが進むなら、俺も一緒に行く」

 こうして四人と一頭は姫様と王国の未来を胸に、次なる試練の間へと進んで行った。心は傷ついても進むしかない!
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