欲しがり男はこの世のすべてを所望する!

相沢蒼依

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act:毒占欲の果てに

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 次の瞬間、焼けるような痛みが腹部を襲った。痛みが伝わってはじめて、自分が森さんに刺されたこと認識する。着ていたブルーのシャツに血がじわじわと滲んでいき、どんどん黒い色に染まった。

「あ、ぁ"あ"、あ"ぁっ!!」
「まるで、ヤってるときみたいな声をあげるのな。感じているのか稜? ん?」

 額から汗を垂らして歯を食いしばり、なんとか激痛に耐えながら森さんを見上げると、下卑た笑いを浮かべて、刺しているナイフをさらに腹に押し込む。

「やっ、やめてえぇ!! い、いぃ、痛いっ……っ、もぅ…やめ――」

 耐え難い痛みに足をジタバタ動かしてのたうち回り、涙ながらに訴える俺を、またしても恐怖が襲う。森さんは刺していたナイフを抜き取って、両手で持ち直し、勢いよく振り上げたからだ。

(――もう、ダメだ……)

 ぎゅっと目をつぶり、襲ってくるであろう痛みに耐えるべく、躰を強張らせていたら、跨っていた森さんの重みが、いきなりなくなった。

 恐るおそる目を開いて、躰を捻りながら刺されたところを押える。出血の量がひどくて、アスファルトに血溜まりができている状態が目に留まった。その最悪の事態をみずから確認し、この後に訪れるであろう死を予感した俺が見たものは――。

 ナイフを持った森さんに勇敢に立ち向かっている、克巳さんの姿だった。

(どうしてなんだよ、どうしてこんな俺のために――)

「ぅ……克巳、さん――」

 肩で荒い息を繰り返すのが精いっぱいで、止めることもままならず、ただただ見守ることしかできない。

「離せっ! 稜を殺らなきゃダメなんだぞ!!」
「なんてバカなこと言ってるんだっ。そんなことをしても、彼は手に入らない! そんなこともわからないのか!?」

 克巳さんがナイフを持つ、森さんの右腕を両手で押さえ込んで、後ろ手にぎゅっと捻りあげた。カランと乾いた音をたてて、アスファルトの上にナイフが落ちる。

 この捕り物劇のせいで俺らの周りには、たくさんの人だかりが囲っていた。たくさんの目が、この惨状の行方を注目する。刺された苦痛に顔を歪ませながら、そんな人々の表情を眺めた。

(囁かれる自分の名前と好奇の視線――明日の朝刊の芸能欄は、間違いなくこの事件で、いっぱい埋め尽くされちゃうんだろうな)

 自分自身にそんな余裕はないのに、未来で起こるであろう出来事をぼんやりと考えてしまった。

「稜くん、まだ生きてるの? やっぱりしぶといのね」

 信じられないセリフが、思わぬ人の口から告げられる。俺は目を見開いて離れた場所にいる、大好きな彼女の顔をじっと見つめた。

「リコちゃん……?」

 俺の傍までゆっくり歩いてくると、黒っぽいヒールで頭を踏み潰されてしまった。ヒールで踏まれた痛さなんかよりも、リコちゃんから放たれる冷たい視線が躰に突き刺さってきて、もっともっと痛かった。それこそ、森さんに刺されたキズよりも痛い。

「っ、なっ、なんで!?」
「なんでって、それはこっちのセリフなんだけど。自分のやったことを思い出しなさいよ」

 リコちゃんは忌々しそうな顔をして言い放ち、踏んでいた足を退けて、後ろに反動をつける。

(この動きは俺の顔面に向かって、蹴り上げようとしているのか!?)

 モデルとして芸能人として、これだけはなんとしても死守しなきゃならない。寸前のところで顔の前を腕でガードして、ギリギリやり過ごしてみせた。

「稜くん、黙って私に蹴られなさいよ。それだけのことを、アナタはしてくれたでしょ?」
「な、なにを言ってるのかな。俺はなにも――」
「昔からそう……稜くんは私の物を欲しがって、なんでも奪い取っちゃうんだから。本当に悪いクセだよね。

 リコちゃんの触れた物や愛でている物が、全部欲しくて堪らなかった。だから小さい自分は、ちょうだいと彼女によく強請ったんだ。

「それはリコちゃんが好きだから、持っている物がどうしても欲しかったんだよ」
「親には片親で不憫な稜くんに、よくしてあげなさいと言われてたから、仕方なく面倒を見てあげていたの。それを見事に勘違いしてくれちゃって、困ったコだよね」
「それでも俺は君と一緒にいることができて、すっごく嬉しかった。たとえそれが強制されたことだとしても、リコちゃんに優しくされたことが、本当に――っ」
「だからってどうして、克巳さんを奪ったの? 女の私から男であるアナタがどうやって、克巳さんをうまいことたらしこんで、骨抜きにしたのかしらね?」

(――なんで、それを知って……)

 事実を突きつけた言葉に愕然としてしまい、思わず顔のガードを解いてしまった。リコちゃんは残忍な笑みを浮かべながら足先で俺の顎を掬い取り、強引に見上げさせられる。

「克巳さんがどこかおかしくなったのは、アナタの家に初めて行ってから。それでピンときたのよ、なにかあったんだって」
「……そう、気がついていたんだ」
「昔からアナタが私のモノを強請るクセがあったからこそ、気がついたの。それで探偵に依頼して、芸能人の葩御稜のことを、徹底的に調べてもらったわ」

 顎にかかっていた足を使って、頬に目掛けて思いきり踏み潰される。ヒールの踵がぐりぐりと皮膚に食い込んで、すごく痛かった。
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