エロサーガ 童貞と処女の歌

鍋雪平

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第五章「美しすぎる魔女」

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「アンブローネ様!」
 城下を行進してお披露目を済ませた馬揃えの騎士たちが、鎧兜をかぶったり旗を背負ったりして戦支度を急ぐ中。
 目立って若輩に見える二十歳かそこらの青年が、通りすがりの軍師を呼び止める。
「こたびの初陣、親父殿に口添えしてくれたのはあなた様だと聞いた。何と言っていいかわからないが、とにかく感謝を申し上げたい」
 御曹司ゲリオンは、馬を引きつつ兜を脇に挟みながら、いまだ生え揃わぬ坊主頭を照れくさげにかきむしる。
「あの言いつけはきちんと守っているかしら?」
「もちろんだとも。俺はもう反省して心を入れ替えたんだ。あれからセックスはおろか、オナニーさえ一度もしていない」
「嘘をついてもわかるのよ? ここを触ればね」
 アンブローネは、今しがた軍議を済ませて幕下から出てきたばかりだった。かさばる書類を抱えたまま、おもむろにゲリオンの股間へ手を伸ばす。
 いきなりズボン越しに急所をつかまれたゲリオンは、うっと小声でうめいて腰を引いた。一体何をするんだ――と逆上しかけて、アンブローネがくすくすと笑っていることに気づく。
「ふふっ、冗談よ。ちょっとからかってみただけ」
 何を隠そう御曹司ゲリオンは、人並みよりもあそこが小さい貧根の持ち主だった。
 だから、物心ついたころからいつも自分のことばかり気にしている。
 周りの誰かがこっちを指さして笑っていると、きっと陰口を叩いているに違いないと思い込んでしまう。とくにそこに女子供が混ざっていると、なおさら我慢がならなかった。
 もちろん、そんなもの他人と比べても仕方がないことはわかっている。けれども、いくら逆立ちしてみたところでおへそにも届かない。
 誰にも負けたくないという意地があるからこそ、これまで自分の弱点をひた隠しにしてきたのだ。
 そしてふと気づいたら、何の抵抗もできない少女を無理やり犯していた。
「待ってくれ、アンブローネ様!」
 ゲリオンは、我知らず固く握りしめていた拳をほどき、立ち去りかけたアンブローネをふたたび呼び止める。
「どうしてあなた様は、こんな俺のことをそこまで気にかけてくれるんだ? お腹を痛めて産んでくれたじつの母親でさえ、もう顔を合わせてもくれないというのに」
「さあ、なぜかしらね」
 地下牢に囚われていた賢者グリフィムを処刑せずに釈放した時もそうだったが――魔女アンブローネには、みずからの手で多くの命を奪っておきながら、罪人に対して慈悲をほどこす意外な一面があった。
 それでいて、たとえ自分の部下であろうとも命令に逆らえば容赦なく厳罰に処する冷酷さも持ち合わせていた。
「もしも俺がこたびの戦いで、あの憎きエゼキウス王の首を討ち取ることができたら……」
「そんなに私としたいの?」
「嘘でもいいから約束してくれ。俺にはもう、帰りを待ってくれる人なんていない。だから、命をかけて戦うための理由が欲しいんだ」
「女というのは、勝利じゃなくて敗北を求めるものよ。ご褒美をおねだりしているうちは、まだまだ坊やね」
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