憧れのおねえさまは華麗に素敵な嘘を吐く~大正公爵令嬢×隻眼海軍少尉の秘密の花園~

ゆきんこ

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#11 ただひとつの欲

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 ドン ドン ドン

 けたたましい破裂音に驚いて窓の外を見てみると、青い空には号砲ごうほうの白い煙がたなびいておりました。
 女学院の東西に伸びる往来おうらいはすでにたくさんの人でにぎわっていて、開場までの長い列を作っていました。

 今日は二日間にわたってもよおされる、文芸大会の初日です。
 大きく開け放たれた教室の窓ぎわには女生徒たちが押しよせていて、来場する身内や友人に手を振っていました。

 時折、黄色い歓声が上がるのは、お気に入りのきみを見つけたからでしょう。
 私はようこと教室の入り口に折り紙でつづった輪かざりを吊るしていましたが、歓声の中の【異質な言葉】が突如として耳に入りました。


「あのはどなたかしら。」


 私とようこは、青ざめた顔を見合わせました。
「まさか・・・。」


 ようこはすぐに私の手を引くと、グイグイと令嬢たちの人波をかき分けました。


「ごめんあそばせ!」


 そして窓ぎわの端にまでたどり着くと、先ほどの声の主に確かめたのです。
「あなたいま、『眼帯の人』って言いましたよね?」


「あの、イチョウの木の下を歩いていらっしゃる軍服の男性のことですよ。
 ようこさまのお知り合いですか?」

 ようこと私は、両手をまるめて望遠鏡のように目にあてました。
 令嬢が指さす方を見下ろすと、制帽から絹糸のような柔らかな髪をのぞかせた、金モールがついた軍服にブーツを履いた男性が歩いていらっしゃいます。


「あれは海軍の制服ですね・・・。もしかして、みつきさまのご婚約者さまでは?」


「ううん・・・どうでしょう。私、よく分からないわ。」
 私は力なく手を下ろしました。


「私は婚約者さまの写真すら見たことがないの。」


 ようこは窓の桟に手をかけて、その方の顔をよく見ようと前のめりになりました。


「帽子でお顔がよく見えませんわ!
 もし、あれが五色さまだとしたら、みつきさまを見に来たのかしら?」


「その可能性が・・・ないとは言い切れないわね。」


 そう言ったあと、私の身体はスゥッと全身の血の気が引き、足がガタガタ震えだしました。


(先日の三宮さまのように、突然結婚を早めたいと言われたら?・・・どうしよう!)


 そんな私を見て、ようこが私をギュッと抱きしめました。
「みつきさまは、私が守ります。」


 しかし時すでに遅く、私の胸に深く根づいた不安の種は払拭ふっしょくすることはできないようでした。


 ※


 
「みつきさま、そろそろ着替えてください。」


 私たちの演目・【白雪姫】は初日最後の大トリでした。


 開演一時間まえの控室。
 衣装係の女生徒にうながされて、私は気乗りがしないままセーラー服をぬぎました。

 私は頭の中で、荒ぶる心をどうにか鎮めようと必死でした。


(ほんとうに、私にこのような大役がつとまるのかしら。しかも、あの五色さまがお見えになっているなんて。)


 今すぐ逃げ出したい!


 モヤモヤした黒い闇が体の芯まで詰まってしまったようにくらい気持ちでいっぱいになりながら、私は衣装に袖を通され化粧をされ、されるがままのお人形になっていました。


「みつきさま、頭のリボンは赤でよろしいですか?」


「何でもいいわ。どうせ私みたいな地味な女は何をしても変わらないもの。」


 か細いため息を吐く私に、衣装係の少女が軽く肩をポンとたたきました。


「そんなことはありませんよ! 
 見てください、みつきさまはとてもお綺麗です!」


 衣装係の少女にうながされて姿見鏡すがたみかがみを見た瞬間、私は自分の目を疑いました。

(これが・・・私?)


 上が青色のサテン生地、下が黄色いシフォン素材の【バイカラードレス】は自分では決して選ばないようなドレスでした。エナメルのヒール靴も履きなれなくて何だか足がソワソワします。
 頭につけた大きな赤いリボンも、普段は恥ずかしくてつけたことはありません。

 でも間違いなく、自分史上いちばん可愛らしい【綾小路みつき】が鏡の中で頬を染めていたのです。


「ビューティフォー!
 やはり私のみつきさまがいちばんですわッ‼」


 鼻息の荒いようこに苦笑いしつつも、先ほどの昏い闇のような気持ちはどこかに消し飛んでしまいました。

 私の中に、ただひとつのが芽ばえたのです。
 それは、会場にいらしているかもしれないおねえさまに、この姿を見ていただきたいということ。

 そして、ひとこと言っていただきたいのです。
 『可愛いね』と。
 
 辛いこと、嫌なことから逃げてばかりいた私の人生。
 それは初めての挑戦であり、おねえさまへの【純愛】のなせるわざだといっても過言ではありません。


 私は不思議な力に背中を押されるように、幕が上がったばかりの白く輝く舞台に、自らの足で進み出ていきました。




 



 

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