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いつか会う日まで1
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あれはまだ、シキが一頭の鹿として生きていた時。
『どうしよう……また皆に笑われちゃう』
シキは挫いた足を見下ろして絶望的な様子で呟いた。
生前のシキは身体も気も弱く、周りからは馬鹿にされていた。唯一の味方であったシキの両親は、幼い頃に落石に巻き込まれて他界してしまい、天涯孤独の身である。
そんなある日、同年代の鹿の仲間が「人間の村に生えているイチョウの葉を持ってこれば、仲間にしてやるよ」とシキに言った。当時、独りぼっちだったシキは、仲間という言葉に浮かれて、喜んでその提案に乗った。
イチョウを採ってこれば、皆と友達になれる――しかし、病弱だったシキがそう簡単に採って帰って来れるはずもなく、今のこの状態だった。
足が痛い上、ここが何処なのかすらも分からない。 唯一の救いは、なんとかイチョウの葉を数枚、手に入れられたことだ。 だが、それを持ち帰らないことにはどうしようもない。
――このまま僕は死んでしまうのかな
疲労と心細さから、自分の命を諦めかけた時。背後から声が降りかかってきた。
「小鹿? 何でこんな所に」
振り返ってみるとそこには黒髪の、十五、六歳程の少年がこちらを見下ろしていた。手には何やら丸い形をした、ほかほかした食べ物を持っている。
『にっ、人間!?』
驚きのあまり、飛び跳ねようとしたものの、足の痛みに思わず呻き声を上げる。
「おい、お前足を怪我してるじゃないか。……あぁ、言っておくが、オレは人間じゃないぞ。精霊だ」
『精霊……?』
確かによく見てみると、少年はここら辺りに住む人間が持つ黒い目とは違う、涙色の瞳をしている。
さらに、もし人間であれば、鹿であるシキと言葉が通じる訳ないのだ。
それでようやく納得し、シキは飛び退くことはやめた。
少年が屈んで自分の足を見ていると、再び後ろの茂みが揺れる。
「あぁ、こんな所にいたのね。あら?そこの小鹿さんは……」
今度はゆるくウェーブのかかった白い髪を持つ女性が現れた。 彼女も少年と同様に古風な着物、巫女衣装を着ている。古風といっても、その時代の人にとってみれば、ごく普通の格好だ。
「ユキ。こいつ怪我しているんだ。手当てしてくれないか?」
「怪我? 分かったわ。見せて」
少年に促され、女性も僕の前に膝をつく。
女性はシキの挫いた足に手を当てると、光りを放った。
―――えっ?
「はい。治ったわ。これでもういいはずよ」
程なくして光が消え、女性は手を放す。
すると驚くべきことに、先程までずきずきと鈍い痛みが生じていた足は、何事もなかったように軽くなっていた。
『えっ? な、何で……』
「オレ達は精霊だ。 個々に能力を持ってるんだよ。今のが、ユキの能力だ」
「まぁ、この能力は力の一部にしかすぎないけどな」、と少年は付け足す。
そういえば、聞いた事があった。 この大陸各地には精霊達の守護する森があり、霊体となった魂を統率する長がいるという。 その長のような力のある者が、今使った能力を駆使して、災害などから霊や人々を守っているのだと。
初めて噂に聞く精霊の能力を目にして、シキは少し興奮していた。
――僕にもこんな力があったら
あれば、仲間達は友達になってくれるのだろうか。 そう思わずにはいられなかった。
「それにしても、どうしてこんな人里に近い所に来たの? 貴方達は山奥で生活しているはずでしょう?」
ユキと呼ばれる女性が優しく問いかけてくる。一瞬、事情を話すのを躊躇ったが、助けてくれた相手だ。
話さないわけにはいかないと、シキはこれまでの経由を話した。
「ふーん。で、そのイチョウがこれか」
少年は僕が渡したイチョウを手にし、じろじろ見ている。
『はい……。ですから、本当に助けて頂いて、ありがとうございました。今度お礼を……』
と、シキがお辞儀をしようとすると、少年が思いもしない行動に出た。 シキが必死に採ってきたイチョウをばらばらに切り裂いたのだ。
『――な、何てことするんですか!! それがないと僕はっ……!』
少年の手によって裂かれたイチョウを僕は飛んでいかないようにかき集める。 だが、もうイチョウの葉の面影もなく、修復は不可能だった。
「もしお前がそいつらと仲良くなりたいのなら、別の方法を探した方がいい。そんなイチョウじゃ、たとえ友達になれたとしても、 すぐにさよならするのがオチだ」
どきりとした。 シキも友達になりたいと思う反面、同じことを考えていたからだ。
少年の言う事は核心をついている。
同じ考えだったからこそ、シキは何も言えなかった。口を固く結び、俯いてしまった。
その間に少年は立ち上がる。
「とにかく、お前は帰れ。もうすぐ日が暮れる」
言われてようやく今が夕方になっていることに気付く。思えば日中はイチョウを採るのに必死で昼ご飯も摂っていない。
急に空腹を感じる。
『……はい。治してくれて、ありがとうございました』
涙声になるのを堪えて、二人に礼をする。 そしてここから立ち去ろうと、足に力を入れた。が。
『……あれ? 動かない?』
痛みも消え、治ったはずの足に力が入らなかった。何度も立とうとするのだが、足は眠っているように、びくともしない。
「大丈夫? 何なら、私が送っていきましょうか?」
「いや、ユキ。君が送る必要はないよ。オレが……」
『いっ、いえ! 大丈夫です! 僕一人で……』
さすがにそこまでお世話になるわけにはいかないと、シキは動く足だけで後ずさる。 だがうまく歩くことが出来ず、すぐに座り込んでしまう。
「ほら、その足じゃ無理よ。夜に一匹だけじゃ危険だわ」
「ユキ。君一人じゃ……」
少年が自分もついていくと言おうとすると、女性は制止をかける。
「駄目。二人で行ったら、鹿の群れに怪しまれてしまうわ」
その言葉に、ようやく少年は折れて、渋々従った。
「オレは先に帰っているから、何かあったら呼べ」 と言い残し、少年は姿を消した。
『どうしよう……また皆に笑われちゃう』
シキは挫いた足を見下ろして絶望的な様子で呟いた。
生前のシキは身体も気も弱く、周りからは馬鹿にされていた。唯一の味方であったシキの両親は、幼い頃に落石に巻き込まれて他界してしまい、天涯孤独の身である。
そんなある日、同年代の鹿の仲間が「人間の村に生えているイチョウの葉を持ってこれば、仲間にしてやるよ」とシキに言った。当時、独りぼっちだったシキは、仲間という言葉に浮かれて、喜んでその提案に乗った。
イチョウを採ってこれば、皆と友達になれる――しかし、病弱だったシキがそう簡単に採って帰って来れるはずもなく、今のこの状態だった。
足が痛い上、ここが何処なのかすらも分からない。 唯一の救いは、なんとかイチョウの葉を数枚、手に入れられたことだ。 だが、それを持ち帰らないことにはどうしようもない。
――このまま僕は死んでしまうのかな
疲労と心細さから、自分の命を諦めかけた時。背後から声が降りかかってきた。
「小鹿? 何でこんな所に」
振り返ってみるとそこには黒髪の、十五、六歳程の少年がこちらを見下ろしていた。手には何やら丸い形をした、ほかほかした食べ物を持っている。
『にっ、人間!?』
驚きのあまり、飛び跳ねようとしたものの、足の痛みに思わず呻き声を上げる。
「おい、お前足を怪我してるじゃないか。……あぁ、言っておくが、オレは人間じゃないぞ。精霊だ」
『精霊……?』
確かによく見てみると、少年はここら辺りに住む人間が持つ黒い目とは違う、涙色の瞳をしている。
さらに、もし人間であれば、鹿であるシキと言葉が通じる訳ないのだ。
それでようやく納得し、シキは飛び退くことはやめた。
少年が屈んで自分の足を見ていると、再び後ろの茂みが揺れる。
「あぁ、こんな所にいたのね。あら?そこの小鹿さんは……」
今度はゆるくウェーブのかかった白い髪を持つ女性が現れた。 彼女も少年と同様に古風な着物、巫女衣装を着ている。古風といっても、その時代の人にとってみれば、ごく普通の格好だ。
「ユキ。こいつ怪我しているんだ。手当てしてくれないか?」
「怪我? 分かったわ。見せて」
少年に促され、女性も僕の前に膝をつく。
女性はシキの挫いた足に手を当てると、光りを放った。
―――えっ?
「はい。治ったわ。これでもういいはずよ」
程なくして光が消え、女性は手を放す。
すると驚くべきことに、先程までずきずきと鈍い痛みが生じていた足は、何事もなかったように軽くなっていた。
『えっ? な、何で……』
「オレ達は精霊だ。 個々に能力を持ってるんだよ。今のが、ユキの能力だ」
「まぁ、この能力は力の一部にしかすぎないけどな」、と少年は付け足す。
そういえば、聞いた事があった。 この大陸各地には精霊達の守護する森があり、霊体となった魂を統率する長がいるという。 その長のような力のある者が、今使った能力を駆使して、災害などから霊や人々を守っているのだと。
初めて噂に聞く精霊の能力を目にして、シキは少し興奮していた。
――僕にもこんな力があったら
あれば、仲間達は友達になってくれるのだろうか。 そう思わずにはいられなかった。
「それにしても、どうしてこんな人里に近い所に来たの? 貴方達は山奥で生活しているはずでしょう?」
ユキと呼ばれる女性が優しく問いかけてくる。一瞬、事情を話すのを躊躇ったが、助けてくれた相手だ。
話さないわけにはいかないと、シキはこれまでの経由を話した。
「ふーん。で、そのイチョウがこれか」
少年は僕が渡したイチョウを手にし、じろじろ見ている。
『はい……。ですから、本当に助けて頂いて、ありがとうございました。今度お礼を……』
と、シキがお辞儀をしようとすると、少年が思いもしない行動に出た。 シキが必死に採ってきたイチョウをばらばらに切り裂いたのだ。
『――な、何てことするんですか!! それがないと僕はっ……!』
少年の手によって裂かれたイチョウを僕は飛んでいかないようにかき集める。 だが、もうイチョウの葉の面影もなく、修復は不可能だった。
「もしお前がそいつらと仲良くなりたいのなら、別の方法を探した方がいい。そんなイチョウじゃ、たとえ友達になれたとしても、 すぐにさよならするのがオチだ」
どきりとした。 シキも友達になりたいと思う反面、同じことを考えていたからだ。
少年の言う事は核心をついている。
同じ考えだったからこそ、シキは何も言えなかった。口を固く結び、俯いてしまった。
その間に少年は立ち上がる。
「とにかく、お前は帰れ。もうすぐ日が暮れる」
言われてようやく今が夕方になっていることに気付く。思えば日中はイチョウを採るのに必死で昼ご飯も摂っていない。
急に空腹を感じる。
『……はい。治してくれて、ありがとうございました』
涙声になるのを堪えて、二人に礼をする。 そしてここから立ち去ろうと、足に力を入れた。が。
『……あれ? 動かない?』
痛みも消え、治ったはずの足に力が入らなかった。何度も立とうとするのだが、足は眠っているように、びくともしない。
「大丈夫? 何なら、私が送っていきましょうか?」
「いや、ユキ。君が送る必要はないよ。オレが……」
『いっ、いえ! 大丈夫です! 僕一人で……』
さすがにそこまでお世話になるわけにはいかないと、シキは動く足だけで後ずさる。 だがうまく歩くことが出来ず、すぐに座り込んでしまう。
「ほら、その足じゃ無理よ。夜に一匹だけじゃ危険だわ」
「ユキ。君一人じゃ……」
少年が自分もついていくと言おうとすると、女性は制止をかける。
「駄目。二人で行ったら、鹿の群れに怪しまれてしまうわ」
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