精霊徒然日記

へな

文字の大きさ
25 / 56

未来へ1

しおりを挟む
カエデの葬儀が行われる二週間前のこと。
シキはカエデの消滅から立ち直れずにいた。

「はぁ……」

今日何度目か分からないため息をつく。
 
カエデの葬式の準備や、長がいなくなったことで起こったいさかいを鎮めるための打開策など、考えることは 山積みだった。
 
だがどんなに忙しくても、仕事の合間に頭に浮かぶのはカエデのことだ。
   
一通りの仕事を片付け、ひとたび一人になると、心にどうしようもない寂しさが胸の内に広がる。時には涙ぐんでしまうこともあった。
 
しかし泣いてしまえば一晩中泣いてしまうことは目に見えていて、周囲の人を心配させまいと、極力泣くのを我慢 している。
 
今日もシキは胸を塞ぐ苦しさを飲み込み、事務仕事に没頭しようと努力していた。

「ねぇーシキー。仕事終わったー?」
 
シキが切り株の上で書き物をしている後ろで、退屈そうにチビカエデが体操座りをして、そこら辺りをゴロゴロと 転げ回っている。
 
彼女は前長、カエデと何故か同じ名前で生まれてきた次代の長と目される人物だ。 しかしそうと知らなければ、一見は六、七歳の、くせ毛の目立つ少女にしかすぎない。
草まみれになって転がるチビカエデは、長などといった立場から無縁のように思える。

「もう少し待っていて下さい。もうすぐ終わりますから」
「えぇー。まだやるの?」

口を大きく開けて、チビカエデは抗議する。
   
タイカとシキが忙しい一方、生まれたばかりの彼女にはほとんどやることがない。せいぜいやる事といったら、この領地に現在住んでいる霊のリストを覚えたり、パトロールを兼ねて散歩に 出掛けるぐらいだ。

「一昨日、カエデ様に渡した霊のリストは……」
「もう覚えた」
「ここ周辺の地理は……」
「もう覚えたー!」
 
両手足をバタバタと動かしてチビカエデは陸にうちあげられた魚よろしく跳ね回る。
 
見た目に反してかなり頭のいいチビカエデは、たった二週間でシキが出した課題を全てこなしてしまっていた。 性格などは前長のカエデと似るところはないが、頭が良いところは同じのようだ。
そうふと考えると、再び胸がしめつけられたように苦しくなる。

――まただ
 
少しカエデのことを考えただけで気分がひどく落ち込んでしまう。 この苦しさは、一体どうすればなくなるのだろう。

「あー。だりー……」

心底疲れが滲みでる声と共に姿を見せたのは、代理長タイカだ。

「タイカだ! お帰りー」
 
草の上でうつぶせていたカエデは、タイカが帰って来た途端、がばりと身を起こし、タイカのもとに寄る。 まるで主人が帰ってくるのを待っていた犬を見ているようだった。

「おい、チビ。受け取れ」

足にじゃれつくチビカエデを邪魔そうにあしらいながら、タイカはシキにノートを放る。
シキは危ういところでノートを受け取った。

「これで、最後だからな」
 
カエデの葬儀を行うことが決定してからというもの、タイカは人間に化けて葬儀の手順を調べに町へ降りていた。 本を買う程の金銭を稼ぐには、最低でも一ヶ月は働かなければならない。
 
だが生憎、今はそんな時間を割く余裕はない。 そこで、無料で調べることの出来る図書館を利用した。
   
借りるためのカードを作ることの出来なかったタイカは、わざわざ本の内容を紙に書き写し、森に持ち帰るという 面倒な事をしていたのだが、ようやくそれも今日で終わりとなる。

「ねーねー、タイカ。今度はこっちの服着てみよーよー」

チビカエデは懐から一冊のファッション雑誌を取り出し、あるページを開いてタイカに見せる。

「ぜってー嫌だからな! お前が勧める服は二度と着るか!」
 
チビカエデの手にあるファッション雑誌は、カエデが生前度々持ち帰っていた品だった。 それを偶然見つけたシキがチビカエデに見せたところ、すっかりはまってしまい、今や雑誌を持ち歩くように なってしまったのだ。
 
そんなチビカエデは以前、町へ出掛けようとするタイカに「この服で町に行って来て」、と雑誌を見せて懇願した ことがあった。
 
チビカエデがタイカにお願いした服は、猫耳がついたルームウェアだったのだが、人間世界の事について全く無知 だったタイカは、あっさりとそれを了承した。
   
そして当然のごとく周囲からは痛い目で見られ、後にその事を知ったタイカは二日間、恥ずかしさのあまり、 自室に篭って出てこなかったという。
 
以来、タイカはチビカエデに苦手意識を持つようになってしまった。 恐らく今日の外出も、タイカは相当の勇気を有したに違いない。

「えぇー、タイカ、あの猫耳すごい似合ってたのに……。今度はまた新しいものに挑戦してみようよ!」
「ふざけんな! あっち行きやがれ!」
 
しつこくチビカエデは雑誌を手に、タイカに詰め寄る。 それをタイカは心底迷惑そうに逃げ回っている。
 
端から見れば、その光景は微笑ましいことこの上ない。 思わず頬が緩む。

「これだけ知識が集まれば、段取りが決められそうです。ありがとうございます」
「本当にありがとうと思ってるなら、こいつを止めろー!」

雑誌を突きつけて来るチビカエデを押し戻しながら、タイカは悲痛の叫び声を上げていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

処理中です...