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番外編
神在祭~未来への語り部~9
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――ユキが没して初めての神在祭は、こうして幕を閉じた。
カエデと玉依姫の対決はしばらく神々の間で語られ、長門の長はその戦いぶりから、『鬼神のカエデ』という異名がつくことになる。
その異名がついたことにより、カエデは神在祭で喧嘩を売られることは、ほとんどなくなった。ただし玉依姫だけは例外で、この年からカエデは様々な嫌がらせを受けることになるのだが、それはまた別のお話だ。
「……そこからカエデの無敗神話が始まり、非道な輩をめった打ちにしていったとさ。めでたしめでたし…」
猿田彦はカエデとの過去をお芝居風に茶化して最後を締めくくる。
最後まで聞いたシキは、律儀にも猿田彦の語りに拍手を送った。
「猿田彦様、ありがとうございます。とても面白かったです」
「おぉ、気に入ってもらえてのなら何よりじゃ」
今年から神在祭の補佐としてカエデの側についてきたシキを見ていると、まるで自分が孫を持ったような気持ちにさせられる。
シキに笑顔を向けられれば自然と心が温まり、穏やかな気分でいられるのだ。
自分でさえそうなのだから、カエデがシキを補佐にしたというのも納得がいく。
――カエデが今ああしていられるのは、シキ殿のおかげなのだな
ふと思い出すのは、猿田彦の自室で酒を飲んだカエデが漏らした言葉。
もう自分に好きな者をつくる資格がないと、そう言ったカエデの言葉は、今回の行動から予想するに、今でも変わっていないのだろう。
170年の時を経てもなお変わらないカエデの頑固さに呆れもするが、きっとそれがカエデという精霊なのだ。
「……やっぱり、カエデ様は凄いですね。たった一人でも、あんなに強いのですから」
猿田彦の昔語りを聞き終えたシキは、カエデの武勇伝の余韻に浸るように呟く。
「そう思うか?シキ殿は」
「え?」
壁際を見ればすっかりカエデは熟睡しており、気持ち良さそうに寝息を立てている。
その平凡な姿から、『鬼神のカエデ』だと気づく者は一体どれぐらいいるのだろうか。
カエデは確かに戦闘において誰にも負けることなく、たとえ戦場にたった一人残されたとしても生還できるような少年なのかもしれない。
しかしあの夜に見た彼は、恋しい者を失った悲しみで嘆くような、ちっぽけな少年に過ぎなかったのだ。
――そして170年前の決闘もそうだった。
それは神在祭が終わった後に猿田彦が耳にしたことだった。
『何でも以前の決闘の発端は、酒の席で長門の長を庇った猿田彦を神々が誹謗したことから始まったそうだ』
『その時、偶然長門の長が通りかかり、会話を聞いた長殿が発言を撤回するよう口論したという』
『…ではあの決闘は、ただ我々の余興という訳ではなかったということか』
顔の広かった猿田彦がその事実を知るのにそう時間はかからなかった。
まさかあの決闘の発端が自分のせいだったとは、猿田彦は露ほどにも思っていなかったのだ。
猿田彦は翌年、再び訪れた神在祭でカエデを酒の席に誘った。
その際、猿田彦はカエデに、何故自分を庇ったのかを問うた。
するとカエデは言った。
『何故、と言われてもな。……そうだな。オレは、寂しかったのかもしれない。
ユキを失ったばかりのオレは、誰も彼も信じることができなくて。神在祭でもきっと一人なのだろうと諦めていた。…そんな時に、お前がオレを酒飲みに誘ってくれて。オレを庇ってくれたと聞いて、嬉しかったんだ。……ただ本当に、それだけさ』
そう語ったカエデはやはり酒に弱くて、この後も酔っぱらって眠りについてしまった。
話を聞いた猿田彦は、カエデに呆れた。
猿田彦がカエデを庇ったのは、単に自分が不愉快だと思っただけで、善意で言ったわけでない。カエデを酒の席に誘ったのも、カエデに興味があったからに他ならない。
たった一度誘っただけというのに、それを嬉しいなどと彼は言う。何て馬鹿で、何て甘い男なのだろう。
そう思ったあの頃とカエデは、今も何一つ変わっていないのだろう。
真面目で頑固で、情に厚くて。――そして寂しがりやで。
けれどそんなカエデを、猿田彦は170年も前から気に入ってしまったのだ。
――そういうワシも、どうしようもないのぉ
呆れる一方、それをどうしようもなく愛おしいと感じてしまうのだから、困ったものだった。
「カエデ様、まだ寝てますね。……どうしましょうか」
猿田彦が過去の回想に浸っていると、シキはカエデの側まで膝を進め様子を窺っていた。
どうやら、カエデは未だ目覚める気配はないらしい。
恐らくカエデの眠りは戦闘の疲労と酒の酔いが同時に回っているのだろう。
これは当分、カエデが起きることはないはずだった。
「まぁ良いわ。カエデはゆっくり休ませておけばええ。…よし、こうなったら今日はカエデが目覚めるまで、とことん昔話を語ってやろう!シキ殿、準備はいいか!」
「はい!」
カエデが起きるその時まで、彼らはカエデの物語を語り続ける。
神である猿田彦にとって、その時間はほんの一欠片でしかない。
しかしシキとこうして語り合ったことも、カエデと出会った日のことも、猿田彦はできる限り覚えていきたいと思うのだ。
だから、猿田彦は語る。
未来に思いを乗せて、猿田彦は語り続けるのだ。
日が高く昇り、町に活気が満ちていく。
二人の語りは秋風に攫われ、遠いどこかの地へと運ばれていった。
-----------------------END
(話はまだ続きますが、次回の更新はまだ未定です。
読んでくださりありがとうございました。)
カエデと玉依姫の対決はしばらく神々の間で語られ、長門の長はその戦いぶりから、『鬼神のカエデ』という異名がつくことになる。
その異名がついたことにより、カエデは神在祭で喧嘩を売られることは、ほとんどなくなった。ただし玉依姫だけは例外で、この年からカエデは様々な嫌がらせを受けることになるのだが、それはまた別のお話だ。
「……そこからカエデの無敗神話が始まり、非道な輩をめった打ちにしていったとさ。めでたしめでたし…」
猿田彦はカエデとの過去をお芝居風に茶化して最後を締めくくる。
最後まで聞いたシキは、律儀にも猿田彦の語りに拍手を送った。
「猿田彦様、ありがとうございます。とても面白かったです」
「おぉ、気に入ってもらえてのなら何よりじゃ」
今年から神在祭の補佐としてカエデの側についてきたシキを見ていると、まるで自分が孫を持ったような気持ちにさせられる。
シキに笑顔を向けられれば自然と心が温まり、穏やかな気分でいられるのだ。
自分でさえそうなのだから、カエデがシキを補佐にしたというのも納得がいく。
――カエデが今ああしていられるのは、シキ殿のおかげなのだな
ふと思い出すのは、猿田彦の自室で酒を飲んだカエデが漏らした言葉。
もう自分に好きな者をつくる資格がないと、そう言ったカエデの言葉は、今回の行動から予想するに、今でも変わっていないのだろう。
170年の時を経てもなお変わらないカエデの頑固さに呆れもするが、きっとそれがカエデという精霊なのだ。
「……やっぱり、カエデ様は凄いですね。たった一人でも、あんなに強いのですから」
猿田彦の昔語りを聞き終えたシキは、カエデの武勇伝の余韻に浸るように呟く。
「そう思うか?シキ殿は」
「え?」
壁際を見ればすっかりカエデは熟睡しており、気持ち良さそうに寝息を立てている。
その平凡な姿から、『鬼神のカエデ』だと気づく者は一体どれぐらいいるのだろうか。
カエデは確かに戦闘において誰にも負けることなく、たとえ戦場にたった一人残されたとしても生還できるような少年なのかもしれない。
しかしあの夜に見た彼は、恋しい者を失った悲しみで嘆くような、ちっぽけな少年に過ぎなかったのだ。
――そして170年前の決闘もそうだった。
それは神在祭が終わった後に猿田彦が耳にしたことだった。
『何でも以前の決闘の発端は、酒の席で長門の長を庇った猿田彦を神々が誹謗したことから始まったそうだ』
『その時、偶然長門の長が通りかかり、会話を聞いた長殿が発言を撤回するよう口論したという』
『…ではあの決闘は、ただ我々の余興という訳ではなかったということか』
顔の広かった猿田彦がその事実を知るのにそう時間はかからなかった。
まさかあの決闘の発端が自分のせいだったとは、猿田彦は露ほどにも思っていなかったのだ。
猿田彦は翌年、再び訪れた神在祭でカエデを酒の席に誘った。
その際、猿田彦はカエデに、何故自分を庇ったのかを問うた。
するとカエデは言った。
『何故、と言われてもな。……そうだな。オレは、寂しかったのかもしれない。
ユキを失ったばかりのオレは、誰も彼も信じることができなくて。神在祭でもきっと一人なのだろうと諦めていた。…そんな時に、お前がオレを酒飲みに誘ってくれて。オレを庇ってくれたと聞いて、嬉しかったんだ。……ただ本当に、それだけさ』
そう語ったカエデはやはり酒に弱くて、この後も酔っぱらって眠りについてしまった。
話を聞いた猿田彦は、カエデに呆れた。
猿田彦がカエデを庇ったのは、単に自分が不愉快だと思っただけで、善意で言ったわけでない。カエデを酒の席に誘ったのも、カエデに興味があったからに他ならない。
たった一度誘っただけというのに、それを嬉しいなどと彼は言う。何て馬鹿で、何て甘い男なのだろう。
そう思ったあの頃とカエデは、今も何一つ変わっていないのだろう。
真面目で頑固で、情に厚くて。――そして寂しがりやで。
けれどそんなカエデを、猿田彦は170年も前から気に入ってしまったのだ。
――そういうワシも、どうしようもないのぉ
呆れる一方、それをどうしようもなく愛おしいと感じてしまうのだから、困ったものだった。
「カエデ様、まだ寝てますね。……どうしましょうか」
猿田彦が過去の回想に浸っていると、シキはカエデの側まで膝を進め様子を窺っていた。
どうやら、カエデは未だ目覚める気配はないらしい。
恐らくカエデの眠りは戦闘の疲労と酒の酔いが同時に回っているのだろう。
これは当分、カエデが起きることはないはずだった。
「まぁ良いわ。カエデはゆっくり休ませておけばええ。…よし、こうなったら今日はカエデが目覚めるまで、とことん昔話を語ってやろう!シキ殿、準備はいいか!」
「はい!」
カエデが起きるその時まで、彼らはカエデの物語を語り続ける。
神である猿田彦にとって、その時間はほんの一欠片でしかない。
しかしシキとこうして語り合ったことも、カエデと出会った日のことも、猿田彦はできる限り覚えていきたいと思うのだ。
だから、猿田彦は語る。
未来に思いを乗せて、猿田彦は語り続けるのだ。
日が高く昇り、町に活気が満ちていく。
二人の語りは秋風に攫われ、遠いどこかの地へと運ばれていった。
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(話はまだ続きますが、次回の更新はまだ未定です。
読んでくださりありがとうございました。)
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