闇より深い暗い闇

伊皿子 魚籃

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闇-134

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 ぎぃ…と扉が開かれる。
 ツキヨの目の前には大勢の招待客が居並ぶ中、可憐な花嫁の先導をするために艶やかで長い赤髪を一本に結び、勲章をつけた濃紫色の最高礼装の軍服に身を包み背の高い美しい男が進み出てきた。
 きりりとした眉が端正な顔を引き立てるが、切れ長の二重の瞳は黒く、唇は薔薇のように赤く美しい…と見惚れてしまっていたツキヨだったがどこかで会ったような感覚がする。

 突然赤髪の男は白い手袋をした手を上げると大広間全体に色とりどりの花弁がひらひらと舞い落ちて「わぁ」と静かな歓声が聞こえる。
 ツキヨも舞う花弁に驚いているとサァっと風が花弁と一緒にツキヨを包み込むと薄紫色のローブがフワリとなびく…とすぅっとローブが消え去った。

「え?!」
 小さく驚いた声をあげても、周囲のざわめきでかき消される。

「おぉっ…これは素晴らしい」
「帝国の演出は不可思議なものが多くて楽しいのぅ!」
「素敵なドレスだわ」
「絹とは違うような生地だが白色がこんなに輝いて美しいとは…」

 白色…という言葉を聞いてハッとしてドレスを見ると隠すように仮縫いや最後の調整をしたときは『月色のオリエ布』だったのが『白色』になっていた。
 しかし、何度も触れたことのあるツキヨはそれは絹ではなく『オリエ布』ということはすぐにわかったが、想像していたいつもの月色ではなく白色ということが信じられなかった。
 わざわざ式のために白に染めたようなものではないうえ、スカート部はゆったりと余裕のあるドレープになっていてその裾の刺繍は銀糸だったが月色のオリエ糸に変えられ、大きく開いた胸元の刺繍も月色になっている。 

 赤髪の男が壇上のアレックスに最敬礼をすると満足そうに小さく頷き返されるのを見たツキヨは驚いた顔を取り繕う。
 今は壇上へ辿り着くことをに集中をした…が、ドレスのことで頭が一杯だったことで緊張するよりも驚いていたため、大勢の招待客の存在が突然大きく思えてきた。
 ツキヨは急に何かに身体を戒められたようにガチガチになっていることに気がつく…そして、困惑をするが先導をする赤髪の男がツキヨの右側に立ち、エスコートのために左肘を差し出す。
「やだぁん、ツキヨちゃん。緊張しまくりんこ!大丈夫よぉん☆」
 小声だが聞いたことのある声と言葉に周囲を見回す…が明らかに該当するのは隣の赤髪の男だった。
「エ、エリさん?!?!」
「うふん!当たりぃぃん。こんな格好だけどぉ、ツキヨちゃんをびっくりりんこさせるためにぃ着たの!さぁ、ゆっくり壇上へ行きましょ。早く行かないとアレちゃんがこっちに来ちゃうわっ!!全て台無しよ!」
「それは駄目です!が、頑張ります」
 エリの姿に驚いたが『台無し』の言葉のほうが恐ろしいため、ツキヨは己を奮い立たせる。
 そそ…と壇上で待つアレックスの元へエリと一緒に歩みを進めると床には花弁が残り微かに香りがする。
 色ガラスの光がアレックスの後光のようになり皇帝としての存在感をより引き立てているように感じられる。
 壇上の右側から低い階段を躓かないようにエリとゆっくり登ると、そこには軍服姿の偉丈夫が堂々とした立ち姿で待ち構えていた。

「迎えにいったほうがよかったな」
 やっと目の前に辿り着いたツキヨとエリにアレックスは小声でからかう。
「ほら、いったでしょうぅ?アレちゃんったら、せっかちは嫌われちゃうわよん」
 エリはこっそりと笑いながら一礼をして、ツキヨから離れると壇上の後方で待機をしていた。

「きれいだぜ…最高だ。いや、なんていっていいのかもわからねぇな」
「ででででも、なぜ色が白に…」「まぁ、それはあとで父ちゃんに聞けよ」と言いアレックスは正面を向くと、ツキヨもそっと向く。



 ツキヨは最前列にユージス国王とエレナ王妃がいることに気がつくが、その横には新たに誂えたのか以前とは違う礼装姿の父親のマルセルが涙でグチャグチャになった顔でツキヨを慈しむように見つめていた。
 
 その涙にはいろいろな思いが込められているのだろう。
 元気に生まれて健康で優しい子に育ってくれたこと、固い絆で結ばれた親子であるはずが手を離してしまい大変な思いをさせてしまった後悔…そして、今自分と同じく愛するもの同士で結ばれたという喜び。
 
 父として積年の思いがツキヨにも伝わってくる慈雨のような涙だった。

 アレックスが張りのある声で挨拶を述べる。
「ここに来た全ての人々に感謝をする。
 そして、ゴドリバー帝国皇帝アレクサンダー・トゥルナ・シリウス・ゴドリバーは本日を持ってエストシテ王国ツキヨ・ドゥ・カトレア男爵令嬢と婚姻をすることをここに宣言をする。
 ツキヨ・ドゥ・カトレア男爵令嬢は婚姻と共に立后をし、皇后ツキヨ・トゥルナ・カトレア・シリウス・ゴドリバーと改める。
 我々は婚姻を誓うべきものがない。信じるものは神ではなくこの己のみである。
 余の皇后に永遠の幸福と安寧を授けることを今、己に誓う」

 わぁっと招待客から万雷の拍手が贈られるとマルセルは更に涙を流す…そしてアレックスの言葉…ツキヨも胸が一杯になり目を潤ませる。

「ツキヨ。俺と永遠に生きろ。俺のためだけに生きろ。勝手に俺より先に死ぬことは許さない。永遠を共に歩もう…前にも言ったな一緒に生きられる時間を長くする方法がある、と。今から、それを俺のために与える。愛してる、ツキヨ。永久に、永遠に」
 拍手や歓声の中、アレックスはツキヨに向かって愛を誓う。式の練習のときになかったことにドキリとする。
 そもそも、ツキヨは壇上では挨拶などすることはなく戴冠と勲章の授与をされるだけである…いや、それで済まさないのがこのアレックスだということを忘れていた。

「受け取れ」
「え…」
 そのまま、アレックスは月の加護を受けた三国一の花嫁衣裳姿のツキヨの唇に口付けた。
 むちり…と舌でツキヨの唇を無理矢理こじ開けるとアレックスの舌先から熱いなにかの塊が押し入れられる。熱を感じるものではあるが当然、火傷をすることはなく思わずツキヨはグッと飲み込む。
 熱は喉元をするりと抜ける頃には霧散するように消えてしまった。

 名残惜しそうにアレックスは唇を離すと大広間は更に盛り上がっていることにツキヨは今やっと気がつくと大衆の面前で行ったことにクラクラしてきた。
「俺の魔気や生命力などなど混ぜたもんで、当たり前だが身体に害はねぇもんだ。それでツキヨは俺と永遠に一緒にいられる。よろしくな、愛しの俺の奥様」
「は…はい」
 俯いて赤い顔を隠しながら返事をするのが精一杯だった。

 それから、宰相であるレオが月色のオリエ布を厚めに織った大綬と帝国皇后勲章をいれた豪奢な箱を恭しくアレックスに捧げる。
「けっ。いきなり何やってんだよ。色魔」
「いいじゃねぇか、これでツキヨも健康で長生き元気な子になれるんだぞ」
「今、そこまでやんなくてもいいもんだろ。終わったらやれよ」
「何事も早目がいいんだよ。ばーか」
「我慢のできないおっさんなだけだろうが。ばーか」
 こそこそと口喧嘩をしながらアレックスはトホホ顔のツキヨに大綬と勲章を授けるとまた万雷の拍手が鳴り響く。
 大綬の月色とドレスの白が重なったところは、なんとも不思議でとろけるような艶やかさと色合いになっているのにツキヨは気がつく。美しさのあまり思わす溜息をついてしまう。
「ツキヨちゃんも呆れてるぜ」
「んなことねーよ!ほら、次の持ってこい」
 鼻息を荒くするアレックスに慌ててツキヨは否定する。
「そういう溜息ではなく…」
「分かっているって。ははは」

 礼をして箱を持ってレオは下がる。
 帝国皇后勲章を授けられたツキヨが正面を向くと更に拍手が大きくなった。
 ユージスもエレナも観劇でもしているのかというくらい拍手をしているが、その横のマルセルは手巾では足りないくらい泣いていた。

 派手な音楽や飾りのない大広間だが、その分拍手や歓声がよく聞こえる。
 その反面、褒め称える言葉も多く聞こえてしまいツキヨは恥ずかしさのあまり、やっぱり俯いてしまいがちだった。

 そして、またレオが更に豪奢な箱に入れた宝冠を恭しくアレックスの元へ運ぶと反対側からエリが来てツキヨのそばに控える。
 さっきとは打って変わってしんとした大広間の壇上でアレックスはツキヨのためにと自らが考えた意匠の宝冠を手に取ると大粒の真珠がツキヨのツヤツヤとした肌のように陽に反射をする。
 練習通りにアレックスに向かってツキヨが頭を下げて屈むとエリが宝冠の邪魔にならないように後ろでベールの位置を調整をしたのを見てからアレックスはそっと宝冠をツキヨの黒髪の天使の輪を打ち消すように戴かせる。
 宝冠の真珠とツキヨの黒髪の明暗の差の按配にアレックスは自分を褒めた。
「これで、俺の奥様の儀式は終わりだな。お疲れさん、奥様」
 ツキヨの手を取り、立ち上がらせて二人で正面を向くとこの日一番の拍手と歓声が沸いた。

 おいおいと男泣き中のマルセルの手巾はもうずぶ濡れで役に立たないほどになってしまっていたが、笑顔で「おめでとうございます」と言いながらユージスは刺繍が美しい手巾をマルセルに渡した。
 それもまた感激させることになってしまいマルセルはお礼を言いつつも壊れた蛇口のように泣いていた。

 式は恙無く執り行われ、色鮮やかな花弁が再びちらちらと舞う中で壇上のアレックスとツキヨは礼をしてから二人仲睦まじくゆっくりと歩いて大広間の扉から退場をした。

 二人を見守った大広間の招待者たちも順番に城内の各控え室へ戻り、このあとの晩餐会と舞踏会へ備えるのだった。
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