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入学式の日のメロディ
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「やっと着いた…。」
日が傾いてきた頃、裕太は、これから暮らすことになる学生寮に着いた。裕太が通うことになった音大は、東京という華やかなイメージとはかけ離れた山の中にあり、あまりの不便さにすでにうんざりしていた。学生寮も、少し古びているようだ。とりあえず持っているカバンと新しく買ったトロンボーンを部屋に置くために、自分の部屋に行こうとした。
その時、後ろで声がした。
「おや、一年生か?」
少し驚いたが、ここは冷静に
「はい、そうですが。」
と答えた。
「君、トロンボーンを持っているじゃないか。実は僕もトロンボーンをやっているんだ。」
裕太は思わずえっ…、と声を出してしまった。まさか、この先輩と同じだなんて…。
裕太は、内心この人とはあまり関わりたくないと思っていた。こうやって自分に積極的に話しかけてくる人は、大抵最初は面白がって話しかけてくるが、後になって面白くなくなり、自分を虐めるようになるのだ。そして僕は嫌われないように、ずっと作り笑いを浮かべる。そんな生活に慣れていく自分が嫌だった。
「じゃあ、急いでるので。」
その人は、ちょっと待て、と言い、僕を引き止めた。
「僕の名前は四条大雅。この学校ではちょっとした有名人でね。ぜひ覚えておいて欲しい。」
聞いてもないのに…、と思ったが、子供の頃からの積み重ねで上手くなった作り笑顔で、
「覚えておきますね。」
と言っておいた。
翌日、入学式にやってきた裕太は、見頃は少し過ぎてしまった桜の木の下に立っていた。やはり山の中に建っているからか、パッとしない学校だ。
「仕方がない。ここに受かっただけいいじゃないか。」
これからは好きなことができるんだ。これまでの辛い生活をしなくてよくなるんだから、これくらいは許容しないと。
そう自分に言い聞かせて、裕太は門をくぐった。
長い入学式が終わり、その後何種類かの書類を受け取って、とりあえず今日やることは終わった。
少しキャンパスを見てから帰ろうと思い、一人で歩き回っていると、どこからかトロンボーンの音が聞こえてきた。力強く、どこまでも一人で戦っていけそうな音だった。音の出処を探して歩いていると、不意に音色が変わった。優しいように聞こえて、少し冷たく鋭いような、複雑な音色だ。
歩き回って辿り着いた部屋を覗いてみると、なんとそこには四条大雅がいた。
まさかこの人が…。彼の完璧すぎる演奏に軽い衝撃を受けたが、その後は昨日のことも忘れて聞き入ってしまった。
演奏を終えると、四条はこちらに気づいたようで、楽器を置いて歩み寄ってきた。裕太はその場から立ち去ることもできず、固まっていた。
「君、昨日の…あ、名前を聞き忘れていたね。」
「山本裕太といいます。勝手に聞いてしまってすみません。」
「いや、いいんだ。でもまさか、人に聞かれているとは思わなかった…。どうせならもっと完璧な演奏を聞かせたかったな。」
ははは、と四条は自嘲気味に笑うが、裕太は、何を言っているんだこの人は、と思っていた。もっと完璧な演奏を、だなんて…。
「素晴らしかったですよ、四条先輩。俺なんかとは比べ物にならないくらい。」
薄っぺらい言葉だ。本当はもっと言いたいことがあるのに、上手く表現できない。
裕太が何も言えないでいると、四条が小さくありがとうと言った。そして続けてこう言った。
「…僕のことは、大雅先輩と呼んで欲しい。」
彼の言い方が何となく苦しそうな感じに聞こえたのは気の所為だったのだろうか。
裕太はその後少し話をしてから寮へ戻ったが、しばらくあのトロンボーンの音色が耳から離れなかった。いつかあのようになりたい。昨日の裕太の思いとは一変して、四条大雅は憧れの存在となった。
日が傾いてきた頃、裕太は、これから暮らすことになる学生寮に着いた。裕太が通うことになった音大は、東京という華やかなイメージとはかけ離れた山の中にあり、あまりの不便さにすでにうんざりしていた。学生寮も、少し古びているようだ。とりあえず持っているカバンと新しく買ったトロンボーンを部屋に置くために、自分の部屋に行こうとした。
その時、後ろで声がした。
「おや、一年生か?」
少し驚いたが、ここは冷静に
「はい、そうですが。」
と答えた。
「君、トロンボーンを持っているじゃないか。実は僕もトロンボーンをやっているんだ。」
裕太は思わずえっ…、と声を出してしまった。まさか、この先輩と同じだなんて…。
裕太は、内心この人とはあまり関わりたくないと思っていた。こうやって自分に積極的に話しかけてくる人は、大抵最初は面白がって話しかけてくるが、後になって面白くなくなり、自分を虐めるようになるのだ。そして僕は嫌われないように、ずっと作り笑いを浮かべる。そんな生活に慣れていく自分が嫌だった。
「じゃあ、急いでるので。」
その人は、ちょっと待て、と言い、僕を引き止めた。
「僕の名前は四条大雅。この学校ではちょっとした有名人でね。ぜひ覚えておいて欲しい。」
聞いてもないのに…、と思ったが、子供の頃からの積み重ねで上手くなった作り笑顔で、
「覚えておきますね。」
と言っておいた。
翌日、入学式にやってきた裕太は、見頃は少し過ぎてしまった桜の木の下に立っていた。やはり山の中に建っているからか、パッとしない学校だ。
「仕方がない。ここに受かっただけいいじゃないか。」
これからは好きなことができるんだ。これまでの辛い生活をしなくてよくなるんだから、これくらいは許容しないと。
そう自分に言い聞かせて、裕太は門をくぐった。
長い入学式が終わり、その後何種類かの書類を受け取って、とりあえず今日やることは終わった。
少しキャンパスを見てから帰ろうと思い、一人で歩き回っていると、どこからかトロンボーンの音が聞こえてきた。力強く、どこまでも一人で戦っていけそうな音だった。音の出処を探して歩いていると、不意に音色が変わった。優しいように聞こえて、少し冷たく鋭いような、複雑な音色だ。
歩き回って辿り着いた部屋を覗いてみると、なんとそこには四条大雅がいた。
まさかこの人が…。彼の完璧すぎる演奏に軽い衝撃を受けたが、その後は昨日のことも忘れて聞き入ってしまった。
演奏を終えると、四条はこちらに気づいたようで、楽器を置いて歩み寄ってきた。裕太はその場から立ち去ることもできず、固まっていた。
「君、昨日の…あ、名前を聞き忘れていたね。」
「山本裕太といいます。勝手に聞いてしまってすみません。」
「いや、いいんだ。でもまさか、人に聞かれているとは思わなかった…。どうせならもっと完璧な演奏を聞かせたかったな。」
ははは、と四条は自嘲気味に笑うが、裕太は、何を言っているんだこの人は、と思っていた。もっと完璧な演奏を、だなんて…。
「素晴らしかったですよ、四条先輩。俺なんかとは比べ物にならないくらい。」
薄っぺらい言葉だ。本当はもっと言いたいことがあるのに、上手く表現できない。
裕太が何も言えないでいると、四条が小さくありがとうと言った。そして続けてこう言った。
「…僕のことは、大雅先輩と呼んで欲しい。」
彼の言い方が何となく苦しそうな感じに聞こえたのは気の所為だったのだろうか。
裕太はその後少し話をしてから寮へ戻ったが、しばらくあのトロンボーンの音色が耳から離れなかった。いつかあのようになりたい。昨日の裕太の思いとは一変して、四条大雅は憧れの存在となった。
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