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第2章 トーキョー編 目指せ! モンスター・ゼロ!
第31話 許されざる「正義」
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第31話 許されざる「正義」
アマツ暦、アテナイス108年7月1日。
僕たちのパーティー4人とエイル、フライヤは、一昨日と同じ天正神宮野球場で行われるという武闘大会の観戦に来ていた。昨日訪問したエダマメさんとそのパーティーメンバーも、僕たちとすぐ近くの席に座っている。
エダマメさんの話だと、今回の武闘大会では出場資格の制限は特にないが、勝負は1対1で行い、お互い武器や魔法の使用は禁止というルールになっているため、出場希望者のほとんどは武闘家系の冒険者であり、かつ希望者もそんなに多くなかったため、予選は特になく出場者16名がトーナメント形式で勝敗を競うことになったという。むしろ、主催者側が16名の出場者をかき集めるのに苦労したそうだ。
「レン・ポウ先生、無事に優勝出来るかしらね?」
出場者の一人であるレン・ポウさんに稽古を付けてもらったことのあるもえちゃんが、やきもきした調子で僕にそんなことを聞いてきた。
「・・・・・・魔軍が何も企んでなければ、たぶん」
「きよたん、昨日からやけに魔軍にこだわるわね。レン・ポウ先生もエダマメさんも、その心配は無いって言ってたじゃない」
「確かにそういう話はあったけど、何となく嫌な予感がする。それに、今回の出場者にも何となく怪しい人物がいる」
「誰よ、その怪しい人物って?」
「この、クロカワ・バクチーって言う人。正確には人間では無くて、今は魔軍の構成員になっているんだけど」
「どういう人よ?」
「以前は普通の人間で、トーキョー・シティーで検察官をしていたんだけど、トーキョー・シティーが魔軍の支配下に落ちると、積極的な魔軍の協力者になって出世しようと企むようになったらしい。その後、賭博行為に手を染めていたのが発覚して逮捕されそうになると、トーキョー・シティーから脱出して魔軍に身を投じたらしい」
「きよたかさん、この世界では賭博をすると、どういう刑になるんですか?」
これまで僕ともえちゃんの話を黙って聞いていたみなみちゃんが、話に割って入ってきた。
「正式に刑を執行される場合には、両腕と舌を斬られて磔にされ、そのまま死ぬまで晒し者として放置される。逃亡のおそれがある場合にはその場で斬られる。要するに死刑確定で、情状酌量の余地とかは一切無し」
「・・・・・・きよたかさん、このアマツって、どうして刑が極端に重いんですか? 以前も、冒険者は万引きでも即死刑だって言ってましたけど」
「それは、このトーキョー・シティーが、他ならぬノブナガ公のお膝元だから。織田信長という人は、日本で戦国武将として活躍していた時期にも、配下の兵士が食い逃げをしたというだけで処断したり、人夫が仕事をサボって女を口説いていたというだけで自ら斬り捨てたり、やたらと規律に厳しい人だったんだけど、その信長公が日本で死んだ後、混乱していたアマツを立て直すために、当時の女神様から強力な転生者として送られてきた。
そんなノブナガ公が、現代に至るアマツ世界の基礎を築いたというだけでも、極端な厳罰主義になるのはある意味当然なんだけど、ノブナガ公が転生した当時のアマツは、人類の間に博打が流行してろくに働かないのが社会問題化していて、しかも賭博行為の利益が魔軍の財源になっていたという事情があったので、ノブナガ公は博打行為を徹底的に取り締まり、自ら賭博の現場に乗り込み関係者全員を斬り捨てたこともあったらしい。近年は若干規律が緩んでいるけど、それでもノブナガ公を神様のように崇めているトーキョー・シティーの人々は、今でも賭博行為は死刑に値する重罪だと教えられ続けているんだよ」
「でも、そのバクチーさんって、検察官として悪い人を取り締まる立場の人なのに、自分で博打をやっていたんですよね? それって、かなり悪いことなんじゃ・・・・・・」
「悪いなんてもんじゃなくて、もはや人類たる資格無しって感じ。バクチーというのも賭博事件が発覚した後に付いたあだ名で、『人でなし』とほぼ同義と言って良いくらい、最大限の侮蔑と嫌悪が籠もっている。でも、僕が気になっているのは、そんなことをやって人類社会に居場所を無くし、魔軍に身を投じたはずの元人間が、今更どの面下げて人類社会に戻ってくるつもりなのかってこと。しかも、経歴からして武闘家としての心得は特に無いはずなのに、敢えて武闘大会の参加者に名を連ねている。何か悪い企みがあるとしか思えない」
「ねえきよたん、そのバクチーと、レン・ポウ先生っていつ対戦するの?」
僕の説明を聞いて、不安になったらしいもえちゃんが僕に尋ねてきた。
「対戦はトーナメント形式で、両者が直接対戦する可能性があるのは決勝戦。つまり、両者ともに決勝まで勝ち進んで来なければ、対戦することはない」
「要するに、バクチーの方が途中の適当なところで負けてくれればいいのよね」
「負けてくれればね」
◇◇◇◇◇◇
僕たちがそんな事を話しているうちに、いよいよ武闘大会が始まった。
レン・ポウさんは、冒険者としては武闘家系の中級職であるモンクのレベル32で、出場者の中では最もレベルが高く、優勝候補の筆頭と目されている。政治家もやっているだけあって、知名度も人気も出場者の中ではトップ。観客の中には「2位じゃ駄目なんですよ~!」などと揶揄する人もいたが、武闘家職らしい華麗な戦いぶりで、順調にトーナメントを勝ち上がっていった。
一方、問題のクロカワ・バクチーは、およそ武闘大会での戦い方とは言い難い、ほとんど力に任せて対戦相手をぶん殴るだけといった感じの戦いぶりだったが、相手が拳の一撃をまともに受けたら即死してしまう異常な攻撃力と、いくら相手の攻撃を食らっても平然としている耐久力の高さを武器に、観客の大ブーイングもどこ吹く風で、これまた順調にトーナメントを勝ち上がっていった。一応人の形をしてはいるが、あの人間離れした攻撃力と耐久力は、明らかに人間の範疇を超えている。
なお、バクチーと対戦した出場者の中には、バクチーの攻撃を受けて本当に即死してしまい、救護班の司祭に『リザレクション』の魔法を掛けてもらって、何とか蘇生できた人もいるようだ。観客の中にも、バクチーを指して「あれは人類では無い、魔獣だ」などと囁く人が現れ始めた。
「・・・・・・いくらレン・ポウさんでも、あんなに凶暴な魔獣モドキと戦って勝てるのかしら? あたし、だんだん心配になってきたんだけど」
そう呟くもえちゃんと同じ心配を抱いた僕は、バクチーに『鑑定』スキルを使ってみた。これは戦利品の種類や価値のほか、対戦するモンスターの大まかな強さを即時に知ることの出来る便利なスキルである。
「推奨レベル、中級職のレベル30だって。レン・ポウさんはモンクのレベル32と言っていたから、たぶんギリギリでレン・ポウさんが勝てるくらいの強さだね」
「レン・ポウさんでもギリギリなのね・・・・・・。でも、推奨レベルを超えてるってことは、勝てる見込みはあるってことよね?」
「たぶん。もっとも、あのバクチーは攻撃力と耐久力が異様に高いから、レン・ポウさんが勝つには大きなミスをしないというのが大前提になるけど」
「ふっふっふ。どうやら技のレン・ポウと、力のバクチーの勝負になりそうであるな。我魔眼の女王バロール様は宣言する、この戦い、決勝戦に相応しい名勝負になろうとな!」
「瑞穂、もっともらしいこと喋ってるけど、それ他の観客たちが喋ってることのパクリでしょ?」
「はうう」
僕に図星を突かれた瑞穂がうなだれる。レン・ポウさんとは昨日会ったばかりの瑞穂としては呑気に観ていられるんだろうけど、もえちゃんが色々お世話になっている僕の立場としては、勝敗よりレン・ポウさんの安全を気にせずにはいられない。
いくらレン・ポウさんでも、何かの間違いであのバクチーの攻撃をまともに食らってしまったら、たぶん死ぬ。そして、『リザレクション』の魔法も万能では無く、死体がバラバラに砕け散ってしまったような場合には、蘇生できないこともあるのだ。
「しかし、あのバクチーの攻撃力は見事なものであるな。あの攻撃力に対抗できるのは、おそらくもえ姉くらいであろう」
バクチーが、準決勝の対戦相手を一撃で吹っ飛ばしたとき、瑞穂がそんなことを呟いた。正直、僕も同じような感想を抱いていたものの、決してもえちゃん本人の前で言ってはいけないことである。
「誰の攻撃力が魔獣並みですって!?」
「ぎゃー、魔獣に首締められて殺されるー、お兄ちゃん助けてー」
「二人とも喧嘩は止めて! 瑞穂も謝りなさい!」
案の定、怒ったもえちゃんが瑞穂に掴みかかり、僕たちは4人がかりで何とかもえちゃんを止めにかかり、そして揃って会場の警備員さんに説教される破目になった。
◇◇◇◇◇◇
そして、運命の決勝戦。下馬評では優勝候補筆頭と目されていたレン・ポウさんと、魔軍出身の参加者バクチーとの対決になった。
「頑張って、レン・ポウさん! バクチーなんかに負けないで!!」
「2位じゃ駄目なんですよー!!」
政治家としてのレン・ポウさんには賛否の声もあるようだが、バクチーは魔軍寄りとされる民主自由党トーキョー都連の人々でさえ人でなしと蔑むほどの嫌われ者であり、観客のほとんどはレン・ポウさんを応援している。少なくとも、表立ってバクチーを応援する者は皆無だったが、相変わらず当のバクチーは気にする様子も無い。
「クロカワ・バクチー! トーキョー・シティーの検察官としてあるまじき行い、そして人類の裏切り者に、この場で制裁を加えてあげるわ!」
「・・・・・・ふん。生意気言ってんじゃねえよ、このクソババア」
「何ですって!?」
まずい! レン・ポウさんが冷静さを失ったら危ない!
・・・・・・かと思いきや、試合が始まってみるとレン・ポウさんは意外と冷静で、バクチーの大雑把な攻撃を余裕でかわしつつ、主にバクチーの頸部を狙って攻撃を仕掛けていった。首がバクチーの弱点とみたレン・ポウさんの読みは当たっていたようで、最初のうちは平気な顔をしていたバクチーも、首に何度か痛打を浴びせられているうちに、よろめくことが多くなっていった。
僕たちを含め、観客のほとんどがレン・ポウさんの勝利を確信するようになった、その時。劣勢に追い込まれているバクチーが、なぜか高笑いを上げ始めた。
「ふわっはっはっは! ババア、これが俺の真の実力だとでも思ってるのか?」
「何ですって?」
「見せてやるよ。総統ガースー様から頂いた偉大なる力をな!」
バクチーがそう大声で叫ぶと、バクチーの身体からドス黒いオーラが沸き、これまで一応人の姿をしていたバクチーは、虎か狼のような顔をしたドス黒い二本足の魔獣、とでもいうべき姿に変身した。
「何あれ!? バクチーって、変身して強くなるの!?」
僕は、もえちゃんに聞かれるまでも無く、再びバクチーに対し『鑑定』のスキルを使用する。その結果は、もはや絶望的なものだった。
「・・・・・・推奨レベル、上級職のレベル50だって」
「きよたん、何よそれ? レベルがあと20くらい足りないっていうの?」
「そんなものじゃない。僕やもえちゃん、レン・ポウさんが就いているのは中級職で、中級職がレベル50になって一定の要件を満たすと、上級職のレベル1にクラスチェンジできるらしい。その上級職に就いてさらにレベルを上げ、上級職のレベル50くらいになってようやく勝てるくらいの相手だってこと」
「・・・・・・そのくらい強い相手だってことは、今のレン・ポウさん、負けても死なずに済めば良い方ってこと?」
「いや、むしろ戦ったら殺されるのはほぼ確定で、殺されても『リザレクション』で復活できれば良い方」
僕の言葉に、もえちゃんが思わず悲鳴を上げた。
「レン・ポウさん、危ない! 逃げて~!!」
しかし、そんなもえちゃんの悲鳴も届かず、戦いは再開されてしまった。バクチーは、今までとは段違いの俊敏な動きでレン・ポウさんの攻撃をかわし、反撃に出た。レン・ポウさんは咄嗟に防御したものの、今までとは段違いの速さで繰り出されるバクチーの拳をかわし切れず、バクチーの攻撃を受けるとそのまま動かなくなってしまった。
そして、勝利を確信して興奮したらしいバクチーは、その場でレン・ポウさんを犯し、そして喰った。
そのあまりにもおどましい光景に、僕たちを含めた観客の誰も、しばらく声を発することさえ出来なかった。
そしてバクチーは、非情にもレン・ポウさんの亡骸を喰い尽くすと、高らかにこう宣言した。
「力なき正義など無意味! 圧倒的な力こそが正義! ガースー総統から頂いた、我の圧倒的な正義の力を見たか!!」
・・・・・・あまりにも酷い。
もとより、正義なんて言葉は信じていなかったけど、こんな闇雲な暴力に訴えるだけの『正義』が許されて良いはずがない。
あんな『正義』と振りかざす輩には、いつの日か必ず鉄槌が下されなければならない。
とは言え、今の僕たちでは、バクチーと戦っても返り討ちに遭うだけというのは目に見えている。そのとき僕に出来たことは、あまりの惨劇に各々泣き叫んだり恐怖に震えていたりする女の子たちを宥め、センターに帰ることだけだった。僕たちだけでなく、試合を観ていた観客のほとんどは、絶望に打ちひしがれているか、あるいは凄惨な光景を見せられて恐怖に泣き叫んでいる風だった。
そして、おそらく長年の戦友であり有力なパーティーメンバーでもあったレン・ポウさんを失ったエダマメさんは、暫くの呆然自失状態から回復すると、今度は極めて現実的な問題について、一人で頭を抱えていた。
「そんな・・・・・・。私はこれからどうしたらいいんだ? 攻撃の要だったレン・ポウ君がいなくなったら、今後は遠征もままならないぞ? 今更、レン・ポウ君の代わりになる冒険者なんて見つかるのか? 仮に見つかったとして、その子がレン・ポウ君の穴を埋められるくらいまで成長するのに、一体何年かかるんだ?」
なお、魔獣と化したバクチーに喰われてしまったレン・ポウさんの蘇生が不可能であることは、言うまでも無い。
◇◇◇◇◇◇
すっかりお通夜ムードで帰ってきた僕たちの姿にタマキ先生が驚いていたので、僕が簡単に事情を話すと、タマキ先生も暫し言葉を失っていた。そして、一行のうち狼狽が最も酷く、あまりのことに小便を漏らして震え上がっていた瑞穂を何とか落ち着かせると、僕はセンターの『教室』にパーティーメンバーを集め、話を始めた。
なお、この場には僕たちのパーティーメンバーではないものの、タマキ先生とエイル・フライヤ姉妹も加わっていた。
「今日の武闘大会でレン・ポウさんを亡き者にしたバクチーは、僕が鑑定したところ、推奨レベルが上級職のレベル50という強者だった。しかし、今僕たちのレベルは、僕自身が中級職である騎士のレベル13、もえちゃんも同じく中級職であるモンクのレベル13でしかない。みなみちゃんと瑞穂に至っては、まだ基本職である僧侶と魔術師のレベル25でしかない。
そして、上級職のレベル50というのは、僕やもえちゃんのような中級職が戦いなどでさらにレベルを上げ、中級職のレベル50になってから上級職のレベル1にクラスチェンジして、そこからさらにレベルを上げてようやく到達できるものだ。まだ基本職のみなみちゃんと瑞穂は、今の職業でレベルを30にまで上げて、ようやく中級職のレベル1にクラスチェンジできるわけだから、道のりはさらに遠い。
口で言うだけなら簡単だけど、僕たちがそこまでのレベルに到達するまで、どれだけの苦難と死の危険を突破し、何年くらいの年月をかける必要があるのかは、正直僕にも見当がつかない。唯一言えることは、おそらく数え切れないほどの苦難を突破する必要があるだろうというだけだ。
さらに言うと、今日の武闘大会に姿を現したクロカワ・バクチーは、罪を犯し人類から魔軍に身を投じた裏切り者として名前を知られているだけで、特に魔軍の四天王などとといった有力者として知られている存在では無い。それを考えると、魔軍の四天王、さらには魔王と呼ばれるガースー総統を倒し、この世界から魔軍を完全に討滅するには、上級職のレベル50よりさらに高い実力が必要であると考えるべきだろう。
しかし、僕たちはそれをやらなければならない。この世界では、人類が魔軍の支配下に置かれ、今でも衰退を続けている。この世界で僕たちが、そして人類が生き残るには、人類の力で魔軍を討滅しなければならない」
僕の話に、一同息を呑んで聞き入っている。一呼吸置いて、僕は話を続けた。
「そして、僕が転生する際に偶然聞かされたことだけど、神界ではこの世界だけでは無くかなり多くの世界を管理しているらしく、このアマツ世界はD級世界に分類されているらしい。D級世界というのは、その世界の人類が存亡の危機にあり、その世界を管理する神様が積極的に介入を続けないと、人類の存続が難しいとされる世界で、その中でもこのアマツ世界は、D級世界からE級世界に落とされる寸前の状態にあるらしい。
E級世界とは何かという話は、僕も詳しくは聞いていないからあまり説明できないけど、要するに神界から人類の存続は絶望的と判断され、その世界を管理する神様もいなくなってしまうらしい。要するに、このアマツ世界の人類は、衰退のあまり神様たちから見捨てられる寸前の状態にあるということだ。
さらに、現在この世界を管理している女神のアテナイス様は、おそらくは必要以上に多くの日本人をこの世界に転生させては空しく死なせたことを上司に咎められたらしく、日本人の転生は僕とみなみちゃん、瑞穂の3人で打ち止めということにされたらしい」
「ねえきよたん、それって本当の話なの?」
もえちゃんの問いに、僕は大きく頷いた。
「馬鹿げた冗談のように聞こえるかも知れないけど、これは本当の話だと思う。僕が転生する際、現にあのアテナイスさんからそういう話を聞かされて、僕があまりに責任の重い話だから転生を辞退しようとしたところ、アテナイスさんから特別に騎士から始めさせてあげるからとか、女神の力が宿ったアテナイス・ソードをあげるからとか、あれこれと宥めすかされたりした挙げ句、渋々ながらこの世界への転生を承諾することになった。アテナイスさんもかなり必死の様子だったから、ただの冗談であんなことは言わないと思う」
「ああ、それできよたんだけ初めから中級職で転生してきたわけね」
もえちゃんはその説明で納得したようだ。なお、話の途中で「ちょっと! 女神の威厳を傷つけるようなことばらさないでよ!」などというアテナイス様らしき抗議の声が聞こえたような気もするが、僕たち一同はそれをスルーし、話を続けた。
「従って、大人しくしていれば他の誰かが魔軍を倒してくれるだろうなどという受け身の理屈は、ここでは通用しない。文字通り僕たちがもっと強くなって魔軍を倒さなければ、やがてはアマツの人類も滅び、僕たちも死ぬ。
そして、僕たちが力を蓄えるのに、それほど長い時間をかけてもいられない。ガースー総統をはじめ魔軍の幹部たちは、よほどの馬鹿でない限り、僕たちが力を付けて魔軍討滅を目論んでいると知れば、やがて僕たちを討伐しようと動いてくるだろう。今日行われたゴリンピックの武闘大会も、魔軍の狙いはおそらく武闘大会にかこつけて、将来魔軍にとっての脅威となり得る有力な冒険者を公の場で惨殺して、魔軍にとって将来の不安を排除するとともに、人類に対し魔軍への抵抗の意志を削ぐことにあったのだと思う。
それを考えると、遅くとも5年後の第3回ゴリンピックが開かれる頃までには、僕たちはあのバクチーを倒せるほどの力を身につける必要がある。もっとも、魔軍が人類の有力な冒険者を排除する手段は他にもあり得るから、それで間に合うという保証は全く無い。つまり僕たちは、できる限り速やかに、かつ魔軍に目を付けられないように、魔軍を倒せるだけの力をどこかで身に付ける必要がある。
自分で言っていてもかなりの難事だとは思うけど、改めて問いたい。まずもえちゃん、僕と一緒にそれをやり抜く覚悟はある?」
僕の問いに、もえちゃんは即答した。
「当たり前じゃないの。あたしは何があってもやり抜いてみせるわ。むしろあたしは、きよたんが怯んでるんじゃないかって心配してるくらいよ。レン・ポウさんの仇は、このあたしが取ってみせるわ」
「もえちゃんは大丈夫そうだね。次、みなみちゃんは?」
「わ、私は・・・・・・、とっても怖いですけど、他に方法が無いのなら、精一杯頑張ります。何があっても、最後まできよたかさんに付いていきます!」
「みなみちゃんも大丈夫と、それで瑞穂は?」
「わ、我こと魔眼の女王バロール様の力をもってしても、あの強大な魔軍を討滅するというのは、正直我の手に余る難事のような気がしなくもなくて・・・・・・」
「付いていくのが嫌なら、パーティーを抜けてここに残っても良いんだよ?」
「いやああああ、行きます、何があってもお兄ちゃんに付いていきますから、だから置いていかないで~!!」
「それじゃあ、瑞穂も覚悟は出来ているって事でいいんだね?」
「・・・・・・あい。強い魔軍と戦うのは怖いけど、お兄ちゃんに捨てられるのはもっと嫌だから、何があってもお兄ちゃんに付いていきます」
「わかった」
これで、パーティーメンバーの意思確認は終わった。
「エイル、フライヤ。君たち姉妹は、もとより僕たちのパーティーメンバーでは無いから、僕たちの危険極まりない冒険に付き合う義務は無い。ただし、君たちがパーティーに加わりたいという意志を持っているなら、僕は魔軍と戦う覚悟のある者でなければパーティーに加えない方針だから、そのつもりでいてね。その上で、なお僕たちのパーティーに加わりたいというのであれば、後でタマキ先生に相談してください」
「・・・・・・わかりました。キヨタカ様」
「うーん、きよちゃんのパーティーって、かなり厳しくなりそうだね。きよちゃんのパーティーなら入ってもいいかなと思ってたけど、あたしたち、優秀な男冒険者のお嫁さんになりたいと思って冒険者になったクチだから、正直そこまでの覚悟は出来てないかも」
「フライヤは正直だね。だったら無理しなくていいよ。そしてタマキ先生、追加メンバーになる探検家職と商人職の人選はお任せしますけど、加入希望者には、今僕が話したことをよく言い聞かせて、本当に魔軍と戦う覚悟があるかを確認してくださいね」
「わかったけど、あのレン・ポウさんが惨殺されるような事件があった後だと、正直なり手が集まらない可能性もあるわね。もえちゃんみたいに、気が強くてどんな困難も乗り越えてみせるみたいな感じの優秀な冒険者がいればいいんだけど」
「確かにその心配はありますけど、そうなったらそのときに策を考えます」
◇◇◇◇◇◇
心配するタマキ先生にはそう言い置いて、僕はパーティーメンバーに改めて決意を告げた。
「ゴリンピックがあったからとはいえ、僕たちはこのトーキョー・シティーにちょっと長居し過ぎた。僕たちに残された時間はそう長くない。明日にでも、新たなクエストを受注して次の冒険に出よう」
「待ちなさい、きよたん。次の冒険に出るのは、明日じゃ無くて明後日よ」
もえちゃんが僕を制止した。メンバーの中では一番やる気がありそうなのに。
「なんで?」
「あたし、今日ようやく生理が明けて、できるようになったんだけど。あたしの生理中、他の女の子たちと散々イチャイチャして、その代わりあたしが出来るようになったら、あたしがきよたんを一日貸し切りって約束でしょ? 次の冒険に出掛けるのはその後よ」
「えっと、そういう約束だったっけ?」
僕は一瞬戸惑ったが、みなみちゃんも瑞穂も、ご愁傷様と言わんばかりの表情で僕を見つめている。どうやら、約束自体はどこかでしてしまっていたらしい。仮にそうでなくても、えっちの相手は3人公平にというのが原則だから、この1週間ほどもえちゃんが生理中でえっちできなかった分、その埋め合わせをせざるを得ない。
・・・・・・こうして、翌日の僕は一日中、性欲を溜めに溜め込んだもえちゃんとの地獄えっちをさせられることになり、その次の日には、僕は疲れ切った状態で新たな冒険へと出掛けることになった。
(第32話に続く)
アマツ暦、アテナイス108年7月1日。
僕たちのパーティー4人とエイル、フライヤは、一昨日と同じ天正神宮野球場で行われるという武闘大会の観戦に来ていた。昨日訪問したエダマメさんとそのパーティーメンバーも、僕たちとすぐ近くの席に座っている。
エダマメさんの話だと、今回の武闘大会では出場資格の制限は特にないが、勝負は1対1で行い、お互い武器や魔法の使用は禁止というルールになっているため、出場希望者のほとんどは武闘家系の冒険者であり、かつ希望者もそんなに多くなかったため、予選は特になく出場者16名がトーナメント形式で勝敗を競うことになったという。むしろ、主催者側が16名の出場者をかき集めるのに苦労したそうだ。
「レン・ポウ先生、無事に優勝出来るかしらね?」
出場者の一人であるレン・ポウさんに稽古を付けてもらったことのあるもえちゃんが、やきもきした調子で僕にそんなことを聞いてきた。
「・・・・・・魔軍が何も企んでなければ、たぶん」
「きよたん、昨日からやけに魔軍にこだわるわね。レン・ポウ先生もエダマメさんも、その心配は無いって言ってたじゃない」
「確かにそういう話はあったけど、何となく嫌な予感がする。それに、今回の出場者にも何となく怪しい人物がいる」
「誰よ、その怪しい人物って?」
「この、クロカワ・バクチーって言う人。正確には人間では無くて、今は魔軍の構成員になっているんだけど」
「どういう人よ?」
「以前は普通の人間で、トーキョー・シティーで検察官をしていたんだけど、トーキョー・シティーが魔軍の支配下に落ちると、積極的な魔軍の協力者になって出世しようと企むようになったらしい。その後、賭博行為に手を染めていたのが発覚して逮捕されそうになると、トーキョー・シティーから脱出して魔軍に身を投じたらしい」
「きよたかさん、この世界では賭博をすると、どういう刑になるんですか?」
これまで僕ともえちゃんの話を黙って聞いていたみなみちゃんが、話に割って入ってきた。
「正式に刑を執行される場合には、両腕と舌を斬られて磔にされ、そのまま死ぬまで晒し者として放置される。逃亡のおそれがある場合にはその場で斬られる。要するに死刑確定で、情状酌量の余地とかは一切無し」
「・・・・・・きよたかさん、このアマツって、どうして刑が極端に重いんですか? 以前も、冒険者は万引きでも即死刑だって言ってましたけど」
「それは、このトーキョー・シティーが、他ならぬノブナガ公のお膝元だから。織田信長という人は、日本で戦国武将として活躍していた時期にも、配下の兵士が食い逃げをしたというだけで処断したり、人夫が仕事をサボって女を口説いていたというだけで自ら斬り捨てたり、やたらと規律に厳しい人だったんだけど、その信長公が日本で死んだ後、混乱していたアマツを立て直すために、当時の女神様から強力な転生者として送られてきた。
そんなノブナガ公が、現代に至るアマツ世界の基礎を築いたというだけでも、極端な厳罰主義になるのはある意味当然なんだけど、ノブナガ公が転生した当時のアマツは、人類の間に博打が流行してろくに働かないのが社会問題化していて、しかも賭博行為の利益が魔軍の財源になっていたという事情があったので、ノブナガ公は博打行為を徹底的に取り締まり、自ら賭博の現場に乗り込み関係者全員を斬り捨てたこともあったらしい。近年は若干規律が緩んでいるけど、それでもノブナガ公を神様のように崇めているトーキョー・シティーの人々は、今でも賭博行為は死刑に値する重罪だと教えられ続けているんだよ」
「でも、そのバクチーさんって、検察官として悪い人を取り締まる立場の人なのに、自分で博打をやっていたんですよね? それって、かなり悪いことなんじゃ・・・・・・」
「悪いなんてもんじゃなくて、もはや人類たる資格無しって感じ。バクチーというのも賭博事件が発覚した後に付いたあだ名で、『人でなし』とほぼ同義と言って良いくらい、最大限の侮蔑と嫌悪が籠もっている。でも、僕が気になっているのは、そんなことをやって人類社会に居場所を無くし、魔軍に身を投じたはずの元人間が、今更どの面下げて人類社会に戻ってくるつもりなのかってこと。しかも、経歴からして武闘家としての心得は特に無いはずなのに、敢えて武闘大会の参加者に名を連ねている。何か悪い企みがあるとしか思えない」
「ねえきよたん、そのバクチーと、レン・ポウ先生っていつ対戦するの?」
僕の説明を聞いて、不安になったらしいもえちゃんが僕に尋ねてきた。
「対戦はトーナメント形式で、両者が直接対戦する可能性があるのは決勝戦。つまり、両者ともに決勝まで勝ち進んで来なければ、対戦することはない」
「要するに、バクチーの方が途中の適当なところで負けてくれればいいのよね」
「負けてくれればね」
◇◇◇◇◇◇
僕たちがそんな事を話しているうちに、いよいよ武闘大会が始まった。
レン・ポウさんは、冒険者としては武闘家系の中級職であるモンクのレベル32で、出場者の中では最もレベルが高く、優勝候補の筆頭と目されている。政治家もやっているだけあって、知名度も人気も出場者の中ではトップ。観客の中には「2位じゃ駄目なんですよ~!」などと揶揄する人もいたが、武闘家職らしい華麗な戦いぶりで、順調にトーナメントを勝ち上がっていった。
一方、問題のクロカワ・バクチーは、およそ武闘大会での戦い方とは言い難い、ほとんど力に任せて対戦相手をぶん殴るだけといった感じの戦いぶりだったが、相手が拳の一撃をまともに受けたら即死してしまう異常な攻撃力と、いくら相手の攻撃を食らっても平然としている耐久力の高さを武器に、観客の大ブーイングもどこ吹く風で、これまた順調にトーナメントを勝ち上がっていった。一応人の形をしてはいるが、あの人間離れした攻撃力と耐久力は、明らかに人間の範疇を超えている。
なお、バクチーと対戦した出場者の中には、バクチーの攻撃を受けて本当に即死してしまい、救護班の司祭に『リザレクション』の魔法を掛けてもらって、何とか蘇生できた人もいるようだ。観客の中にも、バクチーを指して「あれは人類では無い、魔獣だ」などと囁く人が現れ始めた。
「・・・・・・いくらレン・ポウさんでも、あんなに凶暴な魔獣モドキと戦って勝てるのかしら? あたし、だんだん心配になってきたんだけど」
そう呟くもえちゃんと同じ心配を抱いた僕は、バクチーに『鑑定』スキルを使ってみた。これは戦利品の種類や価値のほか、対戦するモンスターの大まかな強さを即時に知ることの出来る便利なスキルである。
「推奨レベル、中級職のレベル30だって。レン・ポウさんはモンクのレベル32と言っていたから、たぶんギリギリでレン・ポウさんが勝てるくらいの強さだね」
「レン・ポウさんでもギリギリなのね・・・・・・。でも、推奨レベルを超えてるってことは、勝てる見込みはあるってことよね?」
「たぶん。もっとも、あのバクチーは攻撃力と耐久力が異様に高いから、レン・ポウさんが勝つには大きなミスをしないというのが大前提になるけど」
「ふっふっふ。どうやら技のレン・ポウと、力のバクチーの勝負になりそうであるな。我魔眼の女王バロール様は宣言する、この戦い、決勝戦に相応しい名勝負になろうとな!」
「瑞穂、もっともらしいこと喋ってるけど、それ他の観客たちが喋ってることのパクリでしょ?」
「はうう」
僕に図星を突かれた瑞穂がうなだれる。レン・ポウさんとは昨日会ったばかりの瑞穂としては呑気に観ていられるんだろうけど、もえちゃんが色々お世話になっている僕の立場としては、勝敗よりレン・ポウさんの安全を気にせずにはいられない。
いくらレン・ポウさんでも、何かの間違いであのバクチーの攻撃をまともに食らってしまったら、たぶん死ぬ。そして、『リザレクション』の魔法も万能では無く、死体がバラバラに砕け散ってしまったような場合には、蘇生できないこともあるのだ。
「しかし、あのバクチーの攻撃力は見事なものであるな。あの攻撃力に対抗できるのは、おそらくもえ姉くらいであろう」
バクチーが、準決勝の対戦相手を一撃で吹っ飛ばしたとき、瑞穂がそんなことを呟いた。正直、僕も同じような感想を抱いていたものの、決してもえちゃん本人の前で言ってはいけないことである。
「誰の攻撃力が魔獣並みですって!?」
「ぎゃー、魔獣に首締められて殺されるー、お兄ちゃん助けてー」
「二人とも喧嘩は止めて! 瑞穂も謝りなさい!」
案の定、怒ったもえちゃんが瑞穂に掴みかかり、僕たちは4人がかりで何とかもえちゃんを止めにかかり、そして揃って会場の警備員さんに説教される破目になった。
◇◇◇◇◇◇
そして、運命の決勝戦。下馬評では優勝候補筆頭と目されていたレン・ポウさんと、魔軍出身の参加者バクチーとの対決になった。
「頑張って、レン・ポウさん! バクチーなんかに負けないで!!」
「2位じゃ駄目なんですよー!!」
政治家としてのレン・ポウさんには賛否の声もあるようだが、バクチーは魔軍寄りとされる民主自由党トーキョー都連の人々でさえ人でなしと蔑むほどの嫌われ者であり、観客のほとんどはレン・ポウさんを応援している。少なくとも、表立ってバクチーを応援する者は皆無だったが、相変わらず当のバクチーは気にする様子も無い。
「クロカワ・バクチー! トーキョー・シティーの検察官としてあるまじき行い、そして人類の裏切り者に、この場で制裁を加えてあげるわ!」
「・・・・・・ふん。生意気言ってんじゃねえよ、このクソババア」
「何ですって!?」
まずい! レン・ポウさんが冷静さを失ったら危ない!
・・・・・・かと思いきや、試合が始まってみるとレン・ポウさんは意外と冷静で、バクチーの大雑把な攻撃を余裕でかわしつつ、主にバクチーの頸部を狙って攻撃を仕掛けていった。首がバクチーの弱点とみたレン・ポウさんの読みは当たっていたようで、最初のうちは平気な顔をしていたバクチーも、首に何度か痛打を浴びせられているうちに、よろめくことが多くなっていった。
僕たちを含め、観客のほとんどがレン・ポウさんの勝利を確信するようになった、その時。劣勢に追い込まれているバクチーが、なぜか高笑いを上げ始めた。
「ふわっはっはっは! ババア、これが俺の真の実力だとでも思ってるのか?」
「何ですって?」
「見せてやるよ。総統ガースー様から頂いた偉大なる力をな!」
バクチーがそう大声で叫ぶと、バクチーの身体からドス黒いオーラが沸き、これまで一応人の姿をしていたバクチーは、虎か狼のような顔をしたドス黒い二本足の魔獣、とでもいうべき姿に変身した。
「何あれ!? バクチーって、変身して強くなるの!?」
僕は、もえちゃんに聞かれるまでも無く、再びバクチーに対し『鑑定』のスキルを使用する。その結果は、もはや絶望的なものだった。
「・・・・・・推奨レベル、上級職のレベル50だって」
「きよたん、何よそれ? レベルがあと20くらい足りないっていうの?」
「そんなものじゃない。僕やもえちゃん、レン・ポウさんが就いているのは中級職で、中級職がレベル50になって一定の要件を満たすと、上級職のレベル1にクラスチェンジできるらしい。その上級職に就いてさらにレベルを上げ、上級職のレベル50くらいになってようやく勝てるくらいの相手だってこと」
「・・・・・・そのくらい強い相手だってことは、今のレン・ポウさん、負けても死なずに済めば良い方ってこと?」
「いや、むしろ戦ったら殺されるのはほぼ確定で、殺されても『リザレクション』で復活できれば良い方」
僕の言葉に、もえちゃんが思わず悲鳴を上げた。
「レン・ポウさん、危ない! 逃げて~!!」
しかし、そんなもえちゃんの悲鳴も届かず、戦いは再開されてしまった。バクチーは、今までとは段違いの俊敏な動きでレン・ポウさんの攻撃をかわし、反撃に出た。レン・ポウさんは咄嗟に防御したものの、今までとは段違いの速さで繰り出されるバクチーの拳をかわし切れず、バクチーの攻撃を受けるとそのまま動かなくなってしまった。
そして、勝利を確信して興奮したらしいバクチーは、その場でレン・ポウさんを犯し、そして喰った。
そのあまりにもおどましい光景に、僕たちを含めた観客の誰も、しばらく声を発することさえ出来なかった。
そしてバクチーは、非情にもレン・ポウさんの亡骸を喰い尽くすと、高らかにこう宣言した。
「力なき正義など無意味! 圧倒的な力こそが正義! ガースー総統から頂いた、我の圧倒的な正義の力を見たか!!」
・・・・・・あまりにも酷い。
もとより、正義なんて言葉は信じていなかったけど、こんな闇雲な暴力に訴えるだけの『正義』が許されて良いはずがない。
あんな『正義』と振りかざす輩には、いつの日か必ず鉄槌が下されなければならない。
とは言え、今の僕たちでは、バクチーと戦っても返り討ちに遭うだけというのは目に見えている。そのとき僕に出来たことは、あまりの惨劇に各々泣き叫んだり恐怖に震えていたりする女の子たちを宥め、センターに帰ることだけだった。僕たちだけでなく、試合を観ていた観客のほとんどは、絶望に打ちひしがれているか、あるいは凄惨な光景を見せられて恐怖に泣き叫んでいる風だった。
そして、おそらく長年の戦友であり有力なパーティーメンバーでもあったレン・ポウさんを失ったエダマメさんは、暫くの呆然自失状態から回復すると、今度は極めて現実的な問題について、一人で頭を抱えていた。
「そんな・・・・・・。私はこれからどうしたらいいんだ? 攻撃の要だったレン・ポウ君がいなくなったら、今後は遠征もままならないぞ? 今更、レン・ポウ君の代わりになる冒険者なんて見つかるのか? 仮に見つかったとして、その子がレン・ポウ君の穴を埋められるくらいまで成長するのに、一体何年かかるんだ?」
なお、魔獣と化したバクチーに喰われてしまったレン・ポウさんの蘇生が不可能であることは、言うまでも無い。
◇◇◇◇◇◇
すっかりお通夜ムードで帰ってきた僕たちの姿にタマキ先生が驚いていたので、僕が簡単に事情を話すと、タマキ先生も暫し言葉を失っていた。そして、一行のうち狼狽が最も酷く、あまりのことに小便を漏らして震え上がっていた瑞穂を何とか落ち着かせると、僕はセンターの『教室』にパーティーメンバーを集め、話を始めた。
なお、この場には僕たちのパーティーメンバーではないものの、タマキ先生とエイル・フライヤ姉妹も加わっていた。
「今日の武闘大会でレン・ポウさんを亡き者にしたバクチーは、僕が鑑定したところ、推奨レベルが上級職のレベル50という強者だった。しかし、今僕たちのレベルは、僕自身が中級職である騎士のレベル13、もえちゃんも同じく中級職であるモンクのレベル13でしかない。みなみちゃんと瑞穂に至っては、まだ基本職である僧侶と魔術師のレベル25でしかない。
そして、上級職のレベル50というのは、僕やもえちゃんのような中級職が戦いなどでさらにレベルを上げ、中級職のレベル50になってから上級職のレベル1にクラスチェンジして、そこからさらにレベルを上げてようやく到達できるものだ。まだ基本職のみなみちゃんと瑞穂は、今の職業でレベルを30にまで上げて、ようやく中級職のレベル1にクラスチェンジできるわけだから、道のりはさらに遠い。
口で言うだけなら簡単だけど、僕たちがそこまでのレベルに到達するまで、どれだけの苦難と死の危険を突破し、何年くらいの年月をかける必要があるのかは、正直僕にも見当がつかない。唯一言えることは、おそらく数え切れないほどの苦難を突破する必要があるだろうというだけだ。
さらに言うと、今日の武闘大会に姿を現したクロカワ・バクチーは、罪を犯し人類から魔軍に身を投じた裏切り者として名前を知られているだけで、特に魔軍の四天王などとといった有力者として知られている存在では無い。それを考えると、魔軍の四天王、さらには魔王と呼ばれるガースー総統を倒し、この世界から魔軍を完全に討滅するには、上級職のレベル50よりさらに高い実力が必要であると考えるべきだろう。
しかし、僕たちはそれをやらなければならない。この世界では、人類が魔軍の支配下に置かれ、今でも衰退を続けている。この世界で僕たちが、そして人類が生き残るには、人類の力で魔軍を討滅しなければならない」
僕の話に、一同息を呑んで聞き入っている。一呼吸置いて、僕は話を続けた。
「そして、僕が転生する際に偶然聞かされたことだけど、神界ではこの世界だけでは無くかなり多くの世界を管理しているらしく、このアマツ世界はD級世界に分類されているらしい。D級世界というのは、その世界の人類が存亡の危機にあり、その世界を管理する神様が積極的に介入を続けないと、人類の存続が難しいとされる世界で、その中でもこのアマツ世界は、D級世界からE級世界に落とされる寸前の状態にあるらしい。
E級世界とは何かという話は、僕も詳しくは聞いていないからあまり説明できないけど、要するに神界から人類の存続は絶望的と判断され、その世界を管理する神様もいなくなってしまうらしい。要するに、このアマツ世界の人類は、衰退のあまり神様たちから見捨てられる寸前の状態にあるということだ。
さらに、現在この世界を管理している女神のアテナイス様は、おそらくは必要以上に多くの日本人をこの世界に転生させては空しく死なせたことを上司に咎められたらしく、日本人の転生は僕とみなみちゃん、瑞穂の3人で打ち止めということにされたらしい」
「ねえきよたん、それって本当の話なの?」
もえちゃんの問いに、僕は大きく頷いた。
「馬鹿げた冗談のように聞こえるかも知れないけど、これは本当の話だと思う。僕が転生する際、現にあのアテナイスさんからそういう話を聞かされて、僕があまりに責任の重い話だから転生を辞退しようとしたところ、アテナイスさんから特別に騎士から始めさせてあげるからとか、女神の力が宿ったアテナイス・ソードをあげるからとか、あれこれと宥めすかされたりした挙げ句、渋々ながらこの世界への転生を承諾することになった。アテナイスさんもかなり必死の様子だったから、ただの冗談であんなことは言わないと思う」
「ああ、それできよたんだけ初めから中級職で転生してきたわけね」
もえちゃんはその説明で納得したようだ。なお、話の途中で「ちょっと! 女神の威厳を傷つけるようなことばらさないでよ!」などというアテナイス様らしき抗議の声が聞こえたような気もするが、僕たち一同はそれをスルーし、話を続けた。
「従って、大人しくしていれば他の誰かが魔軍を倒してくれるだろうなどという受け身の理屈は、ここでは通用しない。文字通り僕たちがもっと強くなって魔軍を倒さなければ、やがてはアマツの人類も滅び、僕たちも死ぬ。
そして、僕たちが力を蓄えるのに、それほど長い時間をかけてもいられない。ガースー総統をはじめ魔軍の幹部たちは、よほどの馬鹿でない限り、僕たちが力を付けて魔軍討滅を目論んでいると知れば、やがて僕たちを討伐しようと動いてくるだろう。今日行われたゴリンピックの武闘大会も、魔軍の狙いはおそらく武闘大会にかこつけて、将来魔軍にとっての脅威となり得る有力な冒険者を公の場で惨殺して、魔軍にとって将来の不安を排除するとともに、人類に対し魔軍への抵抗の意志を削ぐことにあったのだと思う。
それを考えると、遅くとも5年後の第3回ゴリンピックが開かれる頃までには、僕たちはあのバクチーを倒せるほどの力を身につける必要がある。もっとも、魔軍が人類の有力な冒険者を排除する手段は他にもあり得るから、それで間に合うという保証は全く無い。つまり僕たちは、できる限り速やかに、かつ魔軍に目を付けられないように、魔軍を倒せるだけの力をどこかで身に付ける必要がある。
自分で言っていてもかなりの難事だとは思うけど、改めて問いたい。まずもえちゃん、僕と一緒にそれをやり抜く覚悟はある?」
僕の問いに、もえちゃんは即答した。
「当たり前じゃないの。あたしは何があってもやり抜いてみせるわ。むしろあたしは、きよたんが怯んでるんじゃないかって心配してるくらいよ。レン・ポウさんの仇は、このあたしが取ってみせるわ」
「もえちゃんは大丈夫そうだね。次、みなみちゃんは?」
「わ、私は・・・・・・、とっても怖いですけど、他に方法が無いのなら、精一杯頑張ります。何があっても、最後まできよたかさんに付いていきます!」
「みなみちゃんも大丈夫と、それで瑞穂は?」
「わ、我こと魔眼の女王バロール様の力をもってしても、あの強大な魔軍を討滅するというのは、正直我の手に余る難事のような気がしなくもなくて・・・・・・」
「付いていくのが嫌なら、パーティーを抜けてここに残っても良いんだよ?」
「いやああああ、行きます、何があってもお兄ちゃんに付いていきますから、だから置いていかないで~!!」
「それじゃあ、瑞穂も覚悟は出来ているって事でいいんだね?」
「・・・・・・あい。強い魔軍と戦うのは怖いけど、お兄ちゃんに捨てられるのはもっと嫌だから、何があってもお兄ちゃんに付いていきます」
「わかった」
これで、パーティーメンバーの意思確認は終わった。
「エイル、フライヤ。君たち姉妹は、もとより僕たちのパーティーメンバーでは無いから、僕たちの危険極まりない冒険に付き合う義務は無い。ただし、君たちがパーティーに加わりたいという意志を持っているなら、僕は魔軍と戦う覚悟のある者でなければパーティーに加えない方針だから、そのつもりでいてね。その上で、なお僕たちのパーティーに加わりたいというのであれば、後でタマキ先生に相談してください」
「・・・・・・わかりました。キヨタカ様」
「うーん、きよちゃんのパーティーって、かなり厳しくなりそうだね。きよちゃんのパーティーなら入ってもいいかなと思ってたけど、あたしたち、優秀な男冒険者のお嫁さんになりたいと思って冒険者になったクチだから、正直そこまでの覚悟は出来てないかも」
「フライヤは正直だね。だったら無理しなくていいよ。そしてタマキ先生、追加メンバーになる探検家職と商人職の人選はお任せしますけど、加入希望者には、今僕が話したことをよく言い聞かせて、本当に魔軍と戦う覚悟があるかを確認してくださいね」
「わかったけど、あのレン・ポウさんが惨殺されるような事件があった後だと、正直なり手が集まらない可能性もあるわね。もえちゃんみたいに、気が強くてどんな困難も乗り越えてみせるみたいな感じの優秀な冒険者がいればいいんだけど」
「確かにその心配はありますけど、そうなったらそのときに策を考えます」
◇◇◇◇◇◇
心配するタマキ先生にはそう言い置いて、僕はパーティーメンバーに改めて決意を告げた。
「ゴリンピックがあったからとはいえ、僕たちはこのトーキョー・シティーにちょっと長居し過ぎた。僕たちに残された時間はそう長くない。明日にでも、新たなクエストを受注して次の冒険に出よう」
「待ちなさい、きよたん。次の冒険に出るのは、明日じゃ無くて明後日よ」
もえちゃんが僕を制止した。メンバーの中では一番やる気がありそうなのに。
「なんで?」
「あたし、今日ようやく生理が明けて、できるようになったんだけど。あたしの生理中、他の女の子たちと散々イチャイチャして、その代わりあたしが出来るようになったら、あたしがきよたんを一日貸し切りって約束でしょ? 次の冒険に出掛けるのはその後よ」
「えっと、そういう約束だったっけ?」
僕は一瞬戸惑ったが、みなみちゃんも瑞穂も、ご愁傷様と言わんばかりの表情で僕を見つめている。どうやら、約束自体はどこかでしてしまっていたらしい。仮にそうでなくても、えっちの相手は3人公平にというのが原則だから、この1週間ほどもえちゃんが生理中でえっちできなかった分、その埋め合わせをせざるを得ない。
・・・・・・こうして、翌日の僕は一日中、性欲を溜めに溜め込んだもえちゃんとの地獄えっちをさせられることになり、その次の日には、僕は疲れ切った状態で新たな冒険へと出掛けることになった。
(第32話に続く)
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