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11.その想いは愛だった*

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「うそ…だ……。だって、君、君は……」

 僕を嫌っているじゃないか。そう言おうとした言葉は再び唇が重なって、シドの口の中に吸い込まれて消えてしまった。

「嫌いじゃない。お前が……俺のことを見ようとしなかったから。ガキみたいに拗ねてたんだよ。くだらないことでも何でも良かったんだ……お前とずっと話したくてたまらなかった」

 同じだった。
 僕と、シドの気持ちは同じだったんだ。

 シドの背中に手を回して胸元に顔を押し付ける。騎士団の制服を汚してしまうと思ったけど、気持ちと共に溢れた涙は全然止まらなかった。


 これまで話せなかった分を埋めるように、僕はゆっくり、時々しゃくり上げながら気持ちを伝えた。

 シドとずっと友達になりたかったことを。
 だけど家の方針でそれが叶わなかったこと、嫌がらせなんてしていないこと、それから黒狼騎士団への思い。家には二度と戻れなくても騎士団に残りたいということ。

 いつの間にか僕はシドによって抱えられてベッドに移動していた。この部屋にはソファなんてないから座るためにはそこに行くしかない。ベッドの上で共にいることに気恥ずかしさを覚えつつも、シドから少しも離れたくなかったからシドの膝の上に収まったまま話し続けた。

 シドは時折相槌を打ちながらも静かに聞いていてくれた。
 全部話し終わった時、シドの目元は潤んでいた。僕の額に自身のそれを押し付けて「ごめんな」って掠れた声で謝罪した。

「俺、お前のことを全然分かってなかった。ずっと誤解していた」

 後悔を滲ませて辛そうに眉を下げるから、僕はゆるく首を振った。

「いいんだ」

 お互いの立場を考えれば仕方がなかったことだと思う。それよりも

「今、ここでこうして言葉と想いを交わせた。それが何よりも嬉しい。嬉しいんだ……シド」

 今度は僕の方からシドに唇を重ねた。二回ほど触れ合ったところで、口付けは深いものに変わる。ゆるく口を開けてシドの舌を迎え入れる。舌の表面をなぞった後で上顎をくすぐられて小さく体が震えて舌を思わず引っ込めてしまう。そんな僕の反応を面白がるようにシドの舌は追いかけて来た。

「ん、ん……」

 そんな戯れみたいなキスを何度も繰り返す。まるで遊べなかった子供時代を埋めるように。


「もっとフェリクスのことを知りたい」

 ようやく唇を離したシドにそう切り出された時、少しも驚きはなかった。そうすることが自然のように思えたからだ。むしろここでシドから離されてしまうなんてとても耐えられない。シドだって同じ気持ちだったからそう切り出したのだろう。僕はこくんと頷くことでそれに答えた。
 シドのことが全部知りたい。

「あの…シド、でも、体は大丈夫なのか。君がとても疲れていて階段から落ちそうになったと聞いた」

「ラルか……」

 シドは少々気まずそうに瞳を伏せる。

「少し寝不足だっただけだ。でも問題ない」

 シドは問題ない、全然問題ないと言い張る。寝不足の理由を尋ねても教えてはくれなかった。僕にそれを話すことは男の沽券に関わるのだそう。気になって仕方ないけれど、シドがそう言うのなら聞かないでおく。

「ラルのこと、あんま悪く思わないでやってくれ。あいつもお前のことを誤解しているだけで、根は悪い奴じゃないんだ」

「うん。彼からはシドを心配している気持ちが伝わって来た。いい友達なんだな」

 シドの指が僕の頬に触れて、くに、と柔らかく押しつぶすように摘まんだ。

「そんな羨ましいみたいな顔するな。俺にとっては、お前が一番特別だ」

 シドにとっての一番特別。

「~~~~~……っ」

 自分に都合のいい夢を見ているんじゃないだろうか。けれど、頬に触れているシドの手の温かさは現実であることを教えてくれる。

 無意識にすりすりと頬ずりしたら「ぐっ」という喉の奥が詰まった声がシドから発せられた。何かを堪えるように唇を噛みしめたシドによって頬に当てられていた熱が消える。そのことを残念に思っていると「可愛すぎるだろ」ってシドがぶつぶつ呟いていた。


 お互いの制服を脱がせ合う。閨に関してのことは習ったことがあるからどんなことをするかは多少なりとも知識はある。だけど、実際に経験するのは初めてだから緊張してボタンを外す手が震えてしまう。

 先程のキスのせい、いやもっと前…気持ちを伝えた時から体の芯は熱を持ち始めていたのだろう。シドによって下履きすら取り去られてしまい、つんと上を向いたそれが現れた時には恥ずかしくて身を縮こまらせるしかなかった。
 シドは僕の興奮の証を見つけたのが嬉しくてたまらないようだった。そして僕もシドの興奮の証を目の当たりにした。

「シド…も、興奮してる……」

 僕のものよりも長さも質量もありそうなペニスに少々慄きながらも、興奮していたのが自分だけでないことを知って安堵する。ふっとシドが笑った。

「してるよ、ずっと想像してた。お前とこんな風になることを。だからこんなの興奮するに決まってる」

 驚くべき言葉を吐きながら、シドの大きな手の平が二つの性器をまとめて握り込んだ。向かい合わせになって隙間なくお互いのものがピトッとくっ付き合う。

「ふ、あ……」

 僕の顔は真っ赤になっていることだろう。唇がわなわな震える。そんな僕をシドが面白そうな顔で覗き込む。

「こういうの、したことないのか? 貴族の閨教育とかで……例えば娼館に行ったりとか」

 ぶんぶんと首を横に振る。確かに世間ではそういうこともあるかもしれない。だけど、僕はそういう行為は好きな人とするべきだと思っているからそういった場所に足を運んだことは無い。

「ふーん」

 僕の答えにシドは機嫌が良さそうに鼻を鳴らす。それからどちらの零したものか分からない先走りを指に纏わせて、くちゅくちゅと扱き始めた。

「あ、ン……ン」

 鼻にかかったような声が自然と漏れ出てしまう。
 他人の手によって擦り上げられるというのがこんなにも気持ちのいいものだったなんて知らなかった。ましてやそれを行っているのが焦がれて止まない相手。刺激が強すぎて腰を引こうとしてもシドの手に握り込まれているからできない。

「シ、シド……僕、もう……。だから……」

 このままだと精を吐き出してしまうから離して、って途切れ途切れになる声で言おうとしたけれど「一回イッといた方がいいだろ」って離してもらえなかった。唇の端を持ち上げるシドはものすごく楽しそうに見えた。
 ぬるぬると亀頭をシドのもので擦られる。

「わぁ……あ、ぁぁ」

 視線を下げると様子がありありと見えてしまった。愛液で濡れる互いのペニスがキスでもしているかのようにくっ付いては離れて行く。卑猥すぎる光景に僕はもう訳の分からない言葉を吐いて気絶してしまいそうだ。

「ん、うぅぅ…~~~~っ」

 背中を丸めると同時にとぷっと僕の先端から白い精が飛び散った。
 腰が震えて支えが無いと倒れてしまいそうになったから、縋るものを求めてシドの肩口に頭を押し付ける。シドは空いた方の手で僕の髪の毛を梳く。つむじの辺りに唇を落とされたような気もするけれど吐精の余韻で頭の中がふわふわとしてしまっているので定かではない。

 やがてシドもまた精を吐き出したことを知った。どちらのものか分からない愛液が混ざりあって尻たぶに流れて行く。

 くったりしたままシドの胸に頭を預けていたはずだったが、ゆっくりとベッドに押し倒される。備え付けのベッドは家同様に古いからギシ、と軋んだ音を立てる。僕に覆いかぶさり足の間に体を割り込ませてきたシドは
「悪いが続けるぞ。もう限界」って唸るようにつぶやいた。焦げ付くような視線も荒く吐いた息も言葉通りシドが限界であることを証明している。

 この先のことに恐怖はあるけれど、それ以上にシドと繋がりたいという思いが溢れているからこくんと頷いた。

 先程互いが吐き出した精を纏わせたシドの指が尻穴の縁をなぞるように動いた後で、ゆっくりと中へ入ってくる。内壁を擦りながらゆるゆると動いた。
 それはとても不思議な感覚だった。痛いような苦しいような気もするし、それ以上に腰の奥がじんじんと温かくなるような感じもする。気を抜くと「ひゃあ」だの「うぅ」だの叫んでしまいそうで、口元を手で覆って堪える。そんな僕をシドはちらっと見下ろす。

「声、抑えなくてもいい」

 シドはそう言うけれど、僕は必死で首を横に振る。
 だって、こんなのおかしい。
 自分の感情を表に出してもいいとミハイルは言ったけれど、幼い頃からずっと抑えるように教育されてきたためか僕にはやはり難しく感じられた。

 それなのに、今は。
 心の奥底に仕舞い込んでいた感情が、この行為によって無理矢理引きずり出されてしまうような感覚に陥っている。

「こ、こわい……」

 泣いて、叫んでみっともなく取り乱してしまいそうな自分に、未知の感覚に恐怖を抱く。それを正直にシドに伝える。

「いーよ、別に。どんなお前でもいいから見せてくれ。どうしても嫌だったら蹴って止めろ。お前の嫌がることは絶対にしない」

 どんな僕でも構わないのだとシドは言う。
 シドは内壁をかき混ぜたまま、僕の胸に唇を寄せた。ちゅ、と音を立てて胸の先端を吸われる。ペニスに触れられた時の様な脳が焼き切れてしまうほどの強い刺激ではないけれど、吸われたり舐められていると身の内に甘い疼きが湧き上がって吐息が乱れる。

「シド…シド……ん、う、ぅ」

 シドは空いた方の手で、平らな胸や、それどころじゃなく全身を余すことなく撫でてきた。僕の形を確かめるように、全て覚えておきたいという様に。そのやさしい触れ合いですら、今の僕には刺激にしかならない。

 やがてあちこちを這いまわっていたシドの手で膝裏を押し上げられた時、いつの間にか二本に増えた孔の中の指をキュンキュンと締め付けていた。
 指が引き抜かれて出て行った時、体の奥が切なくてたまらなかった。

「やぁ……シド、離れ、ないで」

 嫌だ、嫌だとうわ言みたいに繰り返す。先程までは中を触れられるのが怖くてたまらなかったくせに、離れて行く方がもっとずっと怖いだなんて。

「大丈夫だ、ここにいる」

 切なさを埋めるように、指に代わる太くて硬いものが押し込まれた。早く奥まで欲しいと歓喜に内部が震えるのが分かった。シドと繋がった部分から溶けて一つになっていくのを感じる。渇望して止まなかったものが、ここにある。
 隙間なくぴったり重なり合って、鋭い目つきが柔らかくなってシドが幸せそうに笑う顔を見た時、僕はとうとう声を上げて泣いた。

「どうした!? 痛かったか」

 僕がいきなりボロボロと泣き出したからシドはとても慌てた。離れて行ってしまいそうな気配がして、シドの頬に両手を添えて引き止める。

「ずっと、見たかったんだ。君が……僕に笑いかける顔」

 僕はずっと知らなかった。
 君がそんな風にやさしく笑うなんて。
 目の前のシドの顔が泣いているみたいにくしゃっと歪む。違う、そんな顔をさせたい訳じゃない。

「笑ってよ、シド……。僕、君の笑顔が一番好きだ」

 シドの頬を撫でながら告げると、涙を堪えているのか少しだけ無理矢理だったけど、僕の大好きな笑顔になった。

 僕達はもう会話をすることさえ惜しく、必死で唇を求め、手を繋ぎ、足を絡ませて体をぶつけ合う。互いの吐息を交換しなければ、体を重ねなければ生きて行けないというように。

 僕を組み敷くシドの体は、僕のものと何もかもが違っている。どんなに筋肉をつけようと頑張ってもこのお腹は平らなままなのに、シドのお腹はそれとは正反対で硬くてくっきりと割れている。シドによって奥を貫かれる際に自身のお尻や太腿が硬いお腹にパチンとぶつかる。

 羨ましいと思うと同時にお腹の奥がキュウッと疼いた。この完璧なシドが僕を求めているのだと思うとお腹の中がじんわりと熱くて濡れた感覚に襲われる。
 たんたん、と小気味よいリズムで腰が打ち付けられる。

「っ……ん、ん、ぁあ……っ」

 受け入れた初めこそ中を押し広げられる感触が苦しくて息をするのも辛かったのに、今はその感触に脳が焼き切れそうなほどの気持ちよさを感じている。シドの訪れを喜ぶように先程からずっとお腹の中が小さく何度も震えている。

 痛いほど張りつめた僕の性器が限界を訴え、息が弾む。それを悟られたのか、腰を掴まれて激しく穿たれた。目の前が熱くなって視界が滲む。

「ッあぁ~~~~~~ッ」

 白く明滅する世界。腰がぶつかるのに合わせて涙がぽろんと落ちた。恐ろしいほどの逐情の余韻から逃れようと目をギュッと閉じて耐える。

 はぁはぁと口を開けて荒く息を吐く。次に目を開けた時、眩しいものを見つめるようなシドの瞳がこちらを見下ろしていた。僕は今、とんでもなくだらしなくてみっともない顔をしているはずなのに。シドのそれは熱を孕んでいるけれど、とてもやさしい視線だった。

「あ…み、ないで……恥ずかしい……」

 途端に恥ずかしくなってしまって、重くてだるい腕を持ち上げて顔を隠そうとする。

「駄目だ。全部、知りたい」

 だけどシドは隠すことを許してくれなくて、僕の指に指を絡ませてシーツへと縫い付けた。

 それから僕の右足は掴まれてシドの肩に乗せられる。その拍子にお腹の上に吐き出してから辛うじて止まっていた僕の精がシーツへと流れ落ちる。今はその些細な刺激ですら快感を煽るものでしかない。ひくっと喉を鳴らす。
 シドは太腿の内側に唇を寄せて強く吸い上げた。そんなことをしなくても、この心も体もとっくにシドのものだというのに。だけど、所有の証を刻まれたことが嬉しい。
 太腿に散った赤い花びらのような跡は、僕がシドのものであるという印だ。

「シド…しどぉ……」

 白く霞む世界の中でシドの名を呼び続ける。意識が少し朦朧としているから上手く呼べているか分からない。

「フェリ…クス……ッ」

 それに応えるように奥をズンッと穿たれた。

「は、あ……ッ」

 奥が痺れて口をぱくぱくと開け閉めする。片足を持ち上げられたせいなのか、先程よりもずっと深くまでシドのものが入って来た。

「あ、ぁ、あ、ん」

 擦すられると腰がビクビクと跳ねてしまいそうな箇所を掠めながら奥を穿たれる。

「ふぁ…、あ、熱い……」

 体がずっと変だ。燃えるように熱くて、溶けてしまいそう。
 シドによって体を揺さぶられる度に、僕のペニスからは押し出されるように透明がかった白い液が流れる。体が作り変えられていくことへの恐れはある、だけどそれ以上に深い喜びを感じた。

 僕の手をやさしく押さえつけるシドの手に頬を寄せた。すり、と甘えるように頬ずりする。何故か内壁を擦るシドのペニスが膨らんだ気がした。それに吐く息が荒い。限界が近いのかもしれない。

 パチパチと肉のぶつかり合う音、それからジュプジュプとはしたない水音を上げながら僕の体は揺らされ、背が弓なりにしなると共に最奥が焼かれた。シドの精が内壁に叩きつけられたのだ。

「ん……ぁ、シ…ド……」

 ずる、と力の入らない右足がシドの肩から滑り落ちる。
 魂をぶつけあうようなセックスでお互い満身創痍で息をするのすら億劫に感じるほどだ。体の震えがずっと止まらない。

 だけどシドも僕も繋がり合った部分はそのままで、どちらも体を離そうとはしなかった。首筋に埋めるように降りて来たシドの頭を抱える。がっしりして逞しいその首筋に腕を回して。
 ぴったりと重なったまま、今度は穏やかに腰が揺すられた。もう何をされてもどんな風に擦られても気持ちがいいとしか思えなくて、涙を流しながらか細く喘ぎ続けることしかできなかった。

 揺らめく意識の中で気持ちいいと言ったような気もするし、もっととねだったような気もするけれど定かではない。だけどハッキリと覚えているのは「シド…離れないで……」と口にした言葉と、それを忠実に守ったシドの姿だった。

 僕は途方もない多幸感に包まれながら、真っ白な世界の中に身を置いた。




 頬をシドの指先が掠めて行く感触がして、薄く目を開ける。意識がはっきりしないまま、頬に当てられた指にすりすりと頬ずりする。
 意識が現実と夢の間を行き来する。

「腹減ってないか? 食材使わせてもらってもいいか」

 そんなようなことを言われた気もする。だけど棚には何も食べられるものは無いので「何もない」って答えた。食べ物のことを一瞬だけでも考えてしまったせいか、くう、とお腹が鳴る。お腹が減った時には寝るに限る。そのことを思い出した僕は再び深い眠りへと誘われた。

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