塔の魔術師と騎士の献身

倉くらの

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4話 塔の魔術師と奪われた騎士

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「ひどいわ……エーティアちゃん、私だって勇者の一行に加わりたかったのに。どうしてエーティアちゃんが選ばれるの」

 目の前の女が頬を膨らませて、こちらを恨みがましく見つめてくる。
 それからどれほど自分が勇者パーティーに加わりたかったか理由をつらつらと語ってきた。

 その内容は正直俺には理解できないもので、どうでもいいことだったのでそのほとんどが右から左へと通り過ぎていく。
 ただ、この女が勇者パーティーにどうしても加わりたかったのだという熱意だけは伝わってきた。

「そうは言ってもな。俺だってこんな役目譲れるものなら譲っている」

 魔王討伐のための勇者パーティーに選ばれるのは、女神の託宣を受けた者だけだ。
 選ばれる基準は不明だが、何かしら突出した力がある者が多い。
 俺が選ばれたのは恐らく…魔力によってだ。体の中の膨大な魔力量、そして使える魔術の種類、それらが女神の目に留まった可能性が高い。


 絶対に魔王を倒して世界を平和にするぞ、と意気込んでいる勇者、剣士、拳闘士と違って俺のやる気は限りなく低い。
 こんな役目辞退できるものならしているし、譲れるものなら譲りたい。

 だがそれが不可能であることも分かっている。女神の託宣は絶対だ。
 俺の言葉が気に入らなかったらしい女は、ますますキッと瞳を吊り上げた。

「エーティアちゃんのそういうところ、嫌いよ。本当に嫌い。何でもできるくせに、その力をもっているくせにあっさりと投げ出そうとする。エーティアちゃんは何に対しても本気になったことなんてないんだわ。どんなに努力したって手に入らないことの悔しさを知らないから……そんなに淡泊なのよ」

 女の言う通りだ。
 最後まで言葉を聞いても、俺には女が何を言いたいのかよく分からない。
 自分にとって魔力は常に傍にあって、魔術で苦労したこともなければこれまでに努力などしたこともない。
 何かを手に入れようと本気になど……なったこともない。そんな俺に努力する者の気持ちなど、分かるはずもないのだ。

「私、見てみたいわ……必死で何かを手に入れようとするエーティアちゃんを。それで私の気持ちを思い知ればいいんだわ」

 女の言葉は不思議と俺の耳に響いて聞こえた。


 ***


 むくっとベッドから上半身を起こす。
 何だか妙な夢を見た気がする。あの女は確か……。

 ぼーっとした頭で考えこんでいると「エーティア様?」と隣で横になっていたフレンに声を掛けられた。俺の動く気配で目を覚ましたのだろう。
 昨夜、魔力供給があってそのまま共に寝たのだった。

「何か気にかかることでもありましたか?」

「いや……少し、夢見が悪かっただけだ」

 普段さほど夢など見ないというのに、今日に限ってこんな夢を見るのは……。

(何か、嫌な予感がするな)

 そして、大抵そういう予感は当たるのだ。
 たいして寒くもないのに、ふるりと体が震える。

「こちらへ、エーティア様」

 フレンの胸へと引き寄せられて、背に腕が回される。俺のために存在しているかのようにしっくりと馴染む。
 嫌な予感がしたことなど嘘のように落ち着く。
 きっと、抱いた予感は気のせいに違いない―――。

「まだ早いので、もう少しお休みください。このままこうしています」

 穏やかな声と、体の温かさに促されてやがてゆっくりと瞼が落ちていった。


 ***


 フレンの元にアリシュランド城からの帰還命令が下ったのはその翌日のことだった。

 手紙には王の直筆で、至急一人で城へ戻る様にとの旨が書かれてあったそうだ。そしてそこに詳細の記載はない。

「何故突然このような命令が下ったのでしょうか。もしかしたら城で何かが起きているのかもしれません……」

 フレンは魔力供給役であると共に俺の護衛という役割も担っている。
 俺の体にはアリシュランドの禁術の知識が入った魔術球がいまもまだ溶け込んでいる。
 魔術球を狙う者が現れる可能性を考慮して、フレンは常に俺の傍に付き添うよう命令が下っている。それは何よりも優先されるべきものだ。

 今回届いた王からの手紙はその命令よりも重大なものだというのか?
 禁術よりも大事な用事とは一体……?

 フレンの顔には深い苦悩が浮かんでいた。
 俺の傍から離れて城へ戻るべきか、それともこのままここに残るべきかという葛藤を抱いているように見えた。

「城で何か起きているのはまず間違いないだろう。すぐに城へ戻り、何が起きたか確認した上でここへ報告に戻って来い」

「しかし、エーティア様をここに残して行くことが不安です。あなたに何かあったらと思うと悔やんでも悔やみきれません」

「俺のことは心配するな。自分の身は自分で守る。それよりこれを持っていくといい」

 取り出したのは、以前エギルがお使いの際に持っていった青い石のついたペンダントだ。この石を握って語り掛ければ俺の元へとその思念が届く。
 万が一のためだ。
 手ずから首に掛けてやると、フレンの目元が薄く染まった。

「このような貴重な物を俺に……。よろしいのですか」

「ああ。俺も付いていければ良かったのだがな。一人で来いと書いてあるのなら仕方がない。何かあったらこれで連絡をよこせ」

 そこまで言って、考えを少し改める。

「いや……何もなくとも定期連絡を入れろ。二時間に一回ぐらいは」

 言葉にしてから、二時間に一回は流石に多いか……? と内心で首を捻る。
 これではまるで束縛の強い奴のようではないか。いや、別にそうではない。フレンの身に何かあった時に追跡が困難になるので定期連絡が欲しいだけだ、と自分に言い聞かせる。

「はい、必ず連絡を入れます。……今、試してみてもいいでしょうか?」

 ぐるぐると頭の中で考えている俺とは対照的に、ひどく嬉しそうにフレンが胸元の石を握る。大切な宝物を扱うようにそっと。
 すぐにフレンの思念が流れ込んできて、ギョッと俺の体が固まる。

『愛しています』

 そんな言葉が頭の中に流れ込んで来たからだ。
 耳から入ってくる言葉よりもずっと、力強く心の中に入ってくる。胸の中に熱した石ころでも入れられたように、カッとなる。

「ぐ……」

「きちんと届いたようですね」

 フレンはいたずらが成功した少年のような表情でこちらを見つめている。ただ、瞳にはおよそ少年のものとは似ても似つかない焦げ付くような情熱が籠っていた。

 こういった感情を向けられて、いまだ受け止めるのに慣れていない俺はうろうろと視線をさ迷わせる。
 不意打ちのように来られると駄目だ。何故だか胸が落ち着かなくなるのだ。

 そもそも『愛している』と言われて、何と返せばば良いのか? という話になる。
 フレンからの好意を向けられるようになってしばらく経つが、俺にはいまだに『愛している』という感情がよく分からない。

 フレンを大切に思っている、それは間違いないし、魔力供給の相手はフレン以外に考えられない。
 だが、それが愛かというと違う気もする。
 フレンがいないと生きられない俺にとって、この感情はただの依存や執着ではないのか?

 愛とは身を焦がすほどの思いだと聞く。
 俺の中にある感情は身を焦がすほどの思いかというと、そういうわけではない。そんな感情を抱いたことは百年以上生きてきていまだにない。
 だから『愛している』のその言葉に対しても返せる言葉というのが見つからないのだ。

 何も言葉を返すことのない俺に対して、フレンは特に気にした様子もない。
 いや、むしろ……。視線をさ迷わせて落ち着かない様子の俺を見て満足感を得ているようだ。
 答えを求められているわけではなく、そこにはただただ自分の思いを俺に伝えたいという意図を感じた。

「それでは、行って参ります」

「フレンさま。早く帰って来てください」

 俺の肩の上に乗っていたエギルが寂しそうに言った。フレンがエギルの頭を撫でる。長いひげがヒクヒクとせわしなく動く。

「ああ、すぐに戻ってこよう。エーティア様を頼んだぞ、エギル」

「はい! ぼく、頑張るです!」

 エギルはピッと背筋を伸ばして頷いた。



 フレンが出立してからきっかりと二時間後に定期連絡が入った。
 頭の中に思念が流れ込んできたのだ。

『エーティア様、フレンです。城に到着し、これから王との謁見に入ります。これまでの道中特に変わったところはありませんでしたが、少し気にかかることがあります』

『気にかかることとは?』

 フレンの思念に対し、こちらからも思念を送る。

『はい、城の中の様子がいつもと違うように思います。使用人達から生気のようなものが感じられません。こちらの問い掛けに対しての反応が鈍いのです』

『全員がか……?』

『そう……ですね。使用人達はほぼそのような状態です。この様子ですと王や兄達の身も気がかりです』

 何かがおかしいと言うが、フレンの話を聞くだけでは原因の特定ができない。実際にこの目で確かめなければ分からない。

『フレン、やはり俺もそちらへ向かおう』

『いえ、エーティア様。こんな状態のところへますますあなたをお連れするわけにはいきません。俺が原因を突き止めてみますので、どうか塔から離れないでください』

『む……分かった。だがくれぐれも無茶はするなよ』

『はい。それでは謁見室に呼ばれましたので、向かいます。一旦連絡を切りますが、何かありましたらすぐにお伝えします』

 そこで石からの思念が途切れた。
 俺はうろうろと室内を歩き回る。フレンは来るなと言ったが、気になって仕方がない。

 やはり今から城へと乗り込もうか。
 しかしワープを使うのは少々リスクが高い。魔力がかなり持っていかれてしまうからだ。
 そんな状態で行って、万が一城で大変な事態が起きていた場合に対処できなくなってしまう。魔術の使い時を考えなければ。足手まといになるのだけは絶対に御免だ。

 城の中を魔術で覗き見しようとしたところで、王の間には対魔術師用の結界が張ってあるので弾かれてしまうのは分かり切っている。
 防衛の点からそういった結界を張り巡らせてあるのだ。

 というかもともとそれを張ったのは俺だ。
 現役だった頃の自分が張ったものなので、一切の綻びもなく完璧で完全なものだ。それを一旦解くのはかなり骨が折れる上にかけ直すのは輪をかけて難しいので……解くことができない。
 今から馬車を呼んで向かったところで間に合うはずもない。

「くそう…気になって仕方がない! フレンからの連絡はまだか!」

 エギルもフレンのことが気になっているのか、部屋の隅でちょこんと座りながら俺をじっと見つめている。
 と、その時、ザザザ……という雑音が頭の中に響いた。

『エーティ…様……』

 俺の結界によって通信の魔術もまた妨害されているのだろう、やけにくぐもったフレンの声が聞こえる。

『フレン! 何かあったのか⁉ おい!』

 それに対するフレンの答えは息を呑むようなものだった。




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