塔の魔術師と騎士の献身

倉くらの

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3話 エギルはじめてのお使い

後編

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 街外れにポツンと佇む一軒家、そこが目的の場所だった。

 周りには畑が広がっており、この家がそれらを管理しているということは明らかだった。フレンの考え通りペンダントを奪い去った犯人は農業従事者だったわけだ。

 フレンが扉をノックすると、ほどなくして少年が出て来た。
 俺のマントの首元から顔を出していたエギルがその子供を見て「あっ!」と叫び、少年もまた顔を青ざめさせた。
 ペンダントを奪っていったことと、エギルが「背の高い男」と言っていたことも相まっていかつい男をイメージしていたのだが、実際は全く逆だった。若干のあどけなさを残す十四、五歳ぐらいの少年だ。

 よく考えてみれば、エギルから見たら誰だって「背の高い男」だったな。
 顔を青ざめさせていた少年だったが、キッと顔付きを険しくさせてこちら――エギルに詰め寄って来た。すぐさまフレンが男を制圧しようと動こうとするが、手で制した。

 こいつの言い分を聞いてやろうではないか。

「何が困った時に助けてくれるペンダントだ! ちっとも願いを聞いてくれないじゃないか! この嘘吐き!」

「ふえ……ごめんなさいです……」

 エギルの耳がしょんぼりと垂れていく。
 願いが叶わなかったからといってエギルに当たるとは。まったく、どこまでも身勝手な奴だ。少しは殊勝な態度をすればいいのに。青い石に願ったように。

「このペンダントはこいつが迷子にならないように持たせたものだ。かかっているのは『連絡』の魔術であって、願いを叶える類のものではない。そしてこいつはかかった魔術の詳細は知らん。勝手に誤解してエギルに当たるのはお門違いというものだ。中へ行くぞ、フレン」

 少年を無視して家の中へと入っていく。

「おい、勝手に家に入るな!」

 少年が慌てて追いかけてくるが、俺の背後はフレンが守っているので行く手を塞がれる心配はない。
 寝室の扉を開けると、少年の母親らしき者がベッドに横たわっていた。顔色がひどく悪く、息が荒い。

「この者を助けて欲しい、それがお前の願いだったな」

 先程青い石から流れてきた思念、それは『俺の命と引き換えでも構いません。どうか母さんを助けてください』という悲痛な訴えだった。
 俺の言葉を聞いた少年の目から涙が流れ出す。

「隣の町から帰ってくる時、母さんは街道で蛇みたいなモンスターに噛まれて体に毒が回ったんです。医者に行ったけど、そのモンスター用の解毒剤がないからうちでは診れないって……。もうどうしていいのか分からない」

 魔王を倒したことにより、闇の魔力を持ったモンスターは消えたが、未だ世界には多くのモンスターが存在している。
 奴らが完全にいなくなることはこれから先もないので、上手く共生していくしかないのだ。
 奴らの縄張りにさえ踏み入れなければ人間側が害を受けることはないが、時折その境界線を踏み越えてくるモンスターが居る。

 そして運悪くこの者の母親はその被害にあったのだ。
 その時、エギルがマントの中からピョンッと床に飛び降りて、俺を真剣な表情で見上げてきた。

「エーティアさま。この人のお母さんを助けてあげて欲しいです。このままだとかわいそうです」

「……正気なのか? この者はお前のペンダントを奪い、挙句の果てに言葉で傷つけてきた奴だぞ。甘々にも程があるだろう」

 エギルの目がうるうるする。

「はい。でもこの人の気持ち、分かるです。ぼくもエーティアさまやフレンさまが死にそうになっていたら、どんなことでもするです。それでお二人が助かるなら……エギルは悪いうさぎになるです」

「エギル……」

 フレンが感極まったように唇を噛みしめた。
 この先の判断を俺に委ねているこの男もまた心の中ではエギルと似たようなことを考えているに違いない。少年の母親を助けて欲しい、と。

 まったく、揃いも揃って大甘だ。
 ふう、とため息をつく。

「今回はエギルに免じてお前の母親を助けてやろう。せいぜい、こいつに感謝することだ」

 眠っている少年の母親に向け手の平をかざして解毒の魔術を展開する。
 解毒はそう魔力を消費しない。この程度ならば今の俺でも使用に問題はないだろう。

 癒しの風が室内を巡る。
 被っていたフードが風にさらわれて外れ、魔力を放出したことによって薄青く光る髪の毛が顕わになる。
 ハッと少年が息を呑むのが分かった。やや過剰な反応だとは思ったが、魔術を見るのが初めてなのだろうと位置付けた。

 ほどなくして少年の母親の顔色と呼吸が落ち着いたのが分かった。俺の髪の毛も元の銀色へと戻る。
 傍に立っていたフレンがスッとフードを元通り被せてきた。

「毒は抜けた。これでもう大丈夫だろう」

 何故だかぼうっとしていた少年は夢から醒めたように我に返ると、「ありがとうございました……」と涙ぐんで頭を下げた。
 それからエギルに向かって再び頭を下げる。

「君の大事なペンダントを持っていったのも、ひどい事言ったのも本当にごめん……。それから、母さんを助けてくれるよう言ってくれたこと、嬉しかった。ありがとう」

「えへへ。お母さんが元気になって良かったです!」

 にこにこ笑うエギルの周りには幸せオーラが漂っていて、ペンダントを奪われたことなどもうちっとも気にしていないのだと思った。
 いつまでも引きずらないのがこいつの良いところだ。



 ペンダントを取り戻して少年の家を出た時には夜はもうすっかり更けていて、帰途のため馬上で揺られていると段々と眠たくなってきた。久しぶりに街を歩き回ったせいもある。長い引きこもり生活のため外に出ると一気に疲れる。
 それに少量ではあるが魔力を使ったことで、補給したくなってくる。
 この体になってからは自分で魔力を作り出すことができないので、少しの量でも魔力が抜けるのが気になって仕方がない。

「ふわ…、フレン。魔力供給だ」

「はい」

 欠伸を堪えながらほんの少し首を後ろに傾けると、フードが外されてすぐさま唇が重なった。体に馴染む魔力が入ってくる。
 酒を飲んでも少しも酔わないというのに、魔力が注がれると体がぽかぽかと温かくなってくる。

「うふふ、二人は仲良しですっ」

 エギルが鈴を転がすようにコロコロと笑う。俺とフレンが仲良くしているのが嬉しいらしい。
 魔力が補給されて満ち足りたお陰かいよいよ本格的に眠くなってきた。
 うとうとし始めた俺に気付いたのか、フレンが声を掛けてくる。

「俺の体にもたれかかって眠って構いませんよ。このまま塔までお連れします」

「ん、分かった」

 気付いたら馬上から転がり落ちていた、ということは万に一つもないだろう。後ろのフレンに体を預けて目を閉じる。背中が温い。
 先程は随分早く外れたフードを直したくせに、もう直さなくていいのか? と思ったが、周りは暗くて人がいないからもういいのか。

 時折髪の毛に口づけられている感触がしたような、しないような……エギルの機嫌良さそうな鼻歌が途切れ途切れに聞こえて、そのうちに眠りに落ちていた。


 ***


 エギルがお使いにもう一度挑戦したのはあの事件から三日後のことだった。

 もう行きたくないなんて言い出すこともなく、やる気満々で「頑張ってくるです!」と出かけて行った。


 しばらくしてから戻って来たエギルはニンジンを一本大事に抱えていた。どうやら今度こそ買い物は成功したようだ。

「ぼく、できたです! お使いちゃんとできましたぁ」

 顔に自信が満ち溢れている。

 そしてエギルは意外な客も連れて来た。
 先日の少年だった。その手に大きな紙袋を抱えている。
 エギルが言うには街で偶然再会したらしい。そこで少し話をして、少年が「あの魔術師の人にお礼をしたい」と言い出したのでここまで連れて来たそうだ。

「あ、あ、あの、これ、うちで取れたジャガイモです。受け取ってください!」

 顔を真っ赤にした少年が手に持っていた紙袋をこちらに差し出してくる。
 俺が手を伸ばすより先に、傍に控えていたフレンがすかさず「重いので俺が受け取ります」と紙袋を受け取った。心なしか少年の顔が曇ったように見えた。

 少年はその後「また野菜が取れたら持ってきます」と言い残して去って行った。
 少年がいなくなったところで、俺は被っていたフード付きのマントを脱いだ。これは少年が来たと見るやフレンに被せられたのだ。
 ジャガイモの入った紙袋を複雑そうに眺めているフレンを見て、確信した。唇の端をにんまりと吊り上げる。

「嫉妬かフレン。そんなに俺を隠してしまいたいのか? あいつはまだ子供だというのに」

 勇者や少年にまで嫉妬して、忙しくて、可愛い奴だ。
 紙袋をテーブルに置き、こちらに向き直るフレンはやけに真剣な目をしていた。

「エーティア様は分かっておられない。あの年頃の者はもう子供ではなく男なのです。俺が見惚れてしまったように、彼が魔術を使うエーティア様に心を奪われたのは間違いありません。あなたはもっとご自分が魅力的だということを自覚してください」

 ほうほう。
 フレンは魔術を使った俺に見惚れたのか。満更でもない気分になってきた。

「そうは言ってもな。今更生き方など変えられるはずもない。だが俺に懸想する相手がいくら現れたところで、お前が隠して守ってくれるのだろう?」

「当然です。あなたをお守りするのは俺だけです」

「ならば問題なしだ。期待しているぞ、俺だけの騎士殿」

 にっと笑って見せると、フレンは焦がれた視線をこちらに向け、そこから先は目が離せない様子だった。



 その日の夕食にはじゃがいものフライが出てきた。
 今度食べたいから作ってくれないかと伝えたら、その日のうちに用意してくれたというわけだ。

「うん、美味い!」

 揚げたてのフライをサクサク食べる。

「エーティア様がこういった油で揚げたものを好きだとは知りませんでした」

「俺も驚いている。以前は油がギトギトしているように見えて食指は動かなかったが、食べてみると案外悪くない。百年以上生きていても、知らないことがいっぱいだな。それにこのニンジンを揚げたやつもなかなかいい」

 こちらはフレンの考案したものだ。エギルの買ってきたニンジンを薄く切って、油で揚げて塩を軽くまぶしたもの。軽い食感でこちらもいくらでも食べられそうな気がする。

「うわぁ、すごい、美味しいですぅ! うわぁ、うわぁ!」

 ニンジンが大好きなエギルはいものフライを食べた時以上の反応を見せた。両手に持って幸せそうにサクサクと口の中に入れて、長いひげがせわしなく動いている。
 フレンがそんなエギルに声を掛ける。

「エギルがお使いを頑張って、一生懸命選んできた新鮮なニンジンだから余計に美味いのだろう」

「ぼくが……頑張ったから?」

「ああ。仕事が成功した後の食事は格別だ。いっぱい食べるといい」

「はい! ぼくこのニンジンのサクサクが一番大好物になったです!」

 フレンは口に目一杯放り込んでモグモグしているエギルをやさしい瞳で見つめた。





END
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