塔の魔術師と騎士の献身

倉くらの

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9話 塔の魔術師と皇城潜入大作戦

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 肝心のフレンはというと、泣いている娘を無理矢理引き剥がすようなことはしなかった。そもそも俺が見ているからといって娘を冷たくあしらうような奴であったら、俺は惚れていないのだから。
 だからといってこの状況を大人しく見ていられるかというと、それはまったく別問題だ。

「エーティア様、これは一体……。この方に何があったのですか?」

 フレンが困惑し、助けを求める表情をこちらに向けてくる。

「おい、何を勘違いしている。それは俺の番だ! すぐに離れろ」

「嫌! オーレイヴ、会いたかった! 離れない!」

 イライナは嫌だ嫌だと首を横に振ってフレンにしがみついたまま離れようとしない。
 くっ付いている二人を見ていると腹の奥の方がぐつぐつ燃えるように熱くなる。腹の奥の熱とは対照的に温度を下げた瞳を二人に向けた。
 パリパリと小さな雷が体の周りを走る。

「ぴ、ぴえっ、エーティアさまぁ」

「落ち着いてエーティアちゃん! ここで魔術を使って暴れたら部屋がめちゃくちゃになっちゃうし、侵入したことがバレちゃう。ああんもうみんな来てーっ!!」

 エギルはぶるぶる震え、アゼリアが叫ぶと騒ぎを聞きつけたサイラス達が部屋に入って来た。

「何の騒ぎだ!? 何か問題が起きたのか!」

 そこで娘にしがみ付かれているフレンを見るなりサイラスは眉を跳ね上げさせる。

「ん、浮気かフレン」

「違います!! 話をややこしくしないでください。エーティア様、違いますので!」

 噛みつくようなフレンの言葉にもサイラスは悪びれる様子もない。

「ははは、冗談だ。もちろん分かっている。お前が浮気などするはずもないな。おい、エーティア、少し落ち着け。体から雷が出ているぞ。大切な恋人を雷で撃つつもりか? お前が嫉妬に任せて魔術を放ったらフレンは怪我をするかもしれないぞ」

「む……」

 確かにそれもそうだ。
 今のこの状態で雷を放ったら一切加減は出来ないだろうし、魔力耐性の付いているフレンだっていくらなんでも怪我をしてしまうかもしれない。
 そう考えたら頭の中が少し冷静になって体の周りを飛び交う雷を霧散させた。

 雷が消えたのを見て、フレンが安堵の息を吐いた。いつになく焦った様子でこちらに向けていた顔をイライナに向け直して、ゆっくり慎重に小さな体を引き離した。

「あなたは勘違いしておられる。俺はフレンと言う名前で、オーレイヴという人物ではありません」

 イライナは引き剥がされるとは思っていなかったらしく、大きな目をさらに見開いた。

「オーレイヴ、違う? でも、顔も似てる。剣も一緒、なのに、違う……?」

 顔が似ていて、剣も同じだと?
 フレンが持っている聖剣のことか。
 何だかとても嫌なものを感じてドクンと心臓が大きく鳴った。フレンも何やら考え込んでいる。

「ね、ねえ……、まさかとは思うんだけどオーレイヴって、アリシュランドの初代国王様のことだったりして……な、なんてね。名前が同じだけど、そんな訳ないわよね。だってその人がいたのはずっと大昔のことだもの。私だって流石に生まれてないわ」

 アゼリアの疑問にフレンが答える。

「確かに初代国王陛下はオーレイヴという名で間違いありません。ただ、アリシュランドが建国されたのは今から千年以上前のことです。その時代となると記録がほとんど残されていません」

「うーん、初代国王陛下の奥さんのことが書かれている書物は見たことがないわね。あっ、でも国王陛下の絵姿はあったわよね。見たことあるわ。イケメンで、フレンちゃんに似てる……んんっ」

 アゼリアは自分の発言が今の場においてあまりよろしくないと思ったのか、口をつぐんだ。
 アリシュランドの初代国王とは、何代か前の勇者であり魔王を討ち果たした後にアリシュランドを建国した者のことだ。フレンの祖先に当たる人物でもある。魔王再復活の際にそのような話を聞いた。

 オーレイヴの名を聞いたイライナが反応した。

「アリシュランド、オーレイヴ、それ合ってる。私の番」

「えええっ、ちょっと待ってよ。そうなるとあなたって千年以上生きているってこと!? 一体何歳なの?」

 それに対してイライナは首を傾げた。

「よく覚えてない。数えるの途中から分からなくなった。でも、長く生きてる、誰よりもずっと」

 これは長寿ゆえのあるあるだ。
 俺も物心がついた頃から五十年ほどを数えたものの、段々と数えるのが面倒になって、実際の年齢が何歳なのかよく分からない。百歳は確実に過ぎているだろうと思うが。二百歳はいっていない……と思う。
 イライナが力の強い純血種だとしたら千歳を超えていたとしてもおかしくはない。

 千年前と言うと魔王の闇の魔力への対抗手段が確立されていない時代だ。戦う間に段々と身の内に溜まる闇の魔力を浄化出来なければいくら勇者といってもモンスター化を逃れられない。
 勇者だったオーレイヴがモンスター化を免れ、魔王を討ち果たすまで戦うことが出来た背景にはイライナがいた。
 白き魔力を持つイライナと勇者であるオーレイヴが交わることで偶然にも闇の魔力は浄化されていた、そう考えることが出来る。

 それに、アリシュランド王家には代々貴重である白き魔力を持つ者が多く生まれる。フレンもそうだ。良質な白き魔力を持っている。
 王家の者達に初代国王とイライナの血が流れているとしたら……それも納得だ。
 いよいよもってイライナと初代国王であるオーレイヴとの繋がりは確定的と言えよう。

 そしてフレンが現在持っている剣は、オーレイヴが勇者だった時に使っていた女神の加護を受けた聖なる剣だ。
 フレンが受け継いだのは魔王が復活した約五年前だった。確かこう言っていた。
 『剣に選ばれた』と。
 フレン以外の者はそもそも鞘から剣を引き抜けなかったという。
 初代国王が使っていた聖剣、それに選ばれたフレン。顔も似ている。
 それが意味するものとは……。

 ああ、駄目だ。嫌な考えが込み上げてきてこれ以上は何も考えたくない。
 心なしかふらついていたのかもしれない。

「エーティア様、具合が悪いのですか!」

 フレンによって手首が掴まれる。しかし咄嗟にそれを振り払っていた。
 何故なのか……自分でも分からない。
 驚いたフレンがこちらをまじまじと見つめてくる気配は分かったが、そっと視線を外した。
 妙な空気になったことを察したのかサイラスがゴホン、とわざとらしく咳払いをする。

「あー…、それでこの後はどうする? 脱出でいいのか?」

「そうだそうだ。あんま長いことここに止まるのはよくない。大雪の原因ってそのお嬢さんなんだろ。ひとまず連れて行くことにしようぜ。足枷は俺が壊してやるよ!」

 リーレイが指をポキポキ鳴らしながらサイラスの意見に賛同した。
 そうだな……。今なら恐らくイライナもここで死にたいとは言わないだろう。オーレイヴに似ているフレンがここにいる以上は。
 フレンに会ってからというもの暗く染まっていた瞳に光が灯ったように感じる。
 ああ……嫌だな……。
 またしても胸に言いようのないものがもやもやと込み上げてくるが、頭を振る。今は脱出することを考える、それだけだ。

「フレン、お前はイライナを連れて皆と共にここを脱出しろ」

「お待ちください。エーティア様はどうされるおつもりですか!?」

「イライナの足枷には魔術が加えられている。壊すとすぐに見張りの者達が飛んでくるはずだ。俺はそいつらを引き付けておこう」

「それなら俺も共に参ります。あなた一人にそのような危険な真似はさせられません」

 いつもと変わらず俺を守ろうとするフレンに心の奥底で安堵の念を感じるが、ふんと鼻を鳴らしてその言葉を却下する。

「見くびってもらっては困る。この国の連中如きどうということもない」

「あなたが強いことは分かっています。それでもあなたの傍を離れたくないんです!」

「お前がイライナを連れ出す、これは絶対だ。そうでなければその女は動かないのだからな。いいか、これは命令だ。お前は俺の番であるが、それ以前に俺の元へと派遣されてきた忠実な騎士だ。命令には従ってもらうぞ」

 俺の命令にフレンは唇を引き結び、眉間にしわを刻む。納得いかないという感情がありありと浮かんでいる。
 俺とフレンの顔を交互におろおろ眺めていたアゼリアが口を開いた。

「ちょっと待ってよエーティアちゃん。こんな足枷にかけられた魔術ぐらい簡単に書き換えられるでしょ!? 脱出だって私とエーティアちゃんがいれば簡単に出来るじゃない。わざわざ別行動しなくたっていいんだから!」

「それはそうだが、俺にはやることがある。こんなことをした皇帝とやらに、二度とイライナに手出しできないよう仕置きをしてくる」

 白き翼の一族をこんな風に捕らえたことを後悔させてやろう。そうでもしなければ腹の虫が治まらない。
 フレンが眉をひそめた。

「エーティア様! さすがに無謀が過ぎます!!」

「はぁ……くどいぞ。何度も言わせるな。俺は決めたことはやる。誰が何と言おうとな」

 いらついているせいか、口調がきつくなる。
 放っておくといつまでもこのやり取りが終わりそうにないと思ったのか、サイラスが場を仕切り始める。

「こうなるとエーティアは絶対にこちらの話を聞きそうにないな……。だったら俺とリーレイ、フェイロンでエーティアに付いて行く。もちろんエギルもだ。そしてその間にフレン、アゼリア殿とイライナ殿で脱出する。そちらは目立たないよう少人数の方が動きやすかろう。バランスを考えてもこの組み合わせが最適だと思うが、どうだ?」

「いいだろう。俺に異論はない」

「……分かりました」

 それに対して異論がありそうなフレンであったが、それでも無理矢理自分を納得させて従うことにしたようだ。

「安心しろ、フレン。ここにいるのは曲がりなりにも勇者一行だ。絶対にエーティアを守ってやる」

「ふん、俺を守るだと? せいぜい足を引っ張らないようにするんだな」

 いくら弱体化したとはいえ、弱い者のように扱われるのは心外だ。それに弱体化したといえばサイラスとて同様だ。奴は先の戦いで聖剣を失っている。
 冷えた目でサイラスを見上げ、ちくりと物申す。

「ははは、そうだな。足を引っ張らんようにするさ。任せろ!」

 しかしこの男に皮肉はまったく効かないのだった。



「さて、作戦を開始するとしよう」

 俺はすでに女装をしている上に髪の色も背格好もイライナによく似ているので、後ろ姿は囮役としてこれ以上ないほど適任だった。
 ただし背中に翼がないから、それは大きめのマントを身に着けることによって翼を中に隠しているように装った。エギルはいつものように胸の辺りに潜り込んでいる。

「それじゃあ、足枷を壊すぜ! ハァッ!」

 何とまあ驚くことにリーレイは素手で金属製の足枷を叩き割ったのだ。
 イライナが足枷から解き放たれて、それと同時にけたたましい警報音が鳴り響いた。
 足枷にかけられていた魔術が発動したのだ。
 敵を引き付けるべく俺達が先に部屋を出ることになっている。

「フレン、アゼリア、後は頼んだぞ」

「お気をつけて下さい、エーティア様」

 不機嫌そうな雰囲気を漂わせていたフレンもこの時ばかりは心配の方が勝ったようだ。ひたむきにこちらを見つめてくるので、「ああ」と頷いて見せた。




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