塔の魔術師と騎士の献身

倉くらの

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10話 塔の魔術師といにしえの種族

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 腰を下ろせるような開けた場所に出ると、握られていた手が離れていった。温かかった手の平が急に冷えてしまったようで、少し寂しい。
 だがそんなこと言えるはずもなく、その場に腰を下ろしてフレンが彼らにしている説明に耳を傾けた。

 俺とイライナが記憶を失っていること。そしてその理由は新たな子孫を誕生させるために番を含む記憶を消されたのではないかとフレンは推察を交えながら説明した。
 その説明の中でどうやら俺はフレンとエギルだけでなく、イライナやサイラス達とも元々知り合いであることが分かった。

 俺は番を失って苦しむイライナを救うためにあそこの里に向かった。
 そして彼らは里に向かったまま戻らない俺を助けるために、ここまで来たのだと言う。


「何とまあ胸糞の悪い話だ。彼らにも絶滅したくないという理由があるのだろうが、だからといって記憶を消して無理矢理番わせようとするなんて」

 話を聞き終えたサイラスが憤りを顕わにした。

「でも、平和に暮らしていたあの人達を人間が脅かしたりしなければそんなことにはならなかったんだよな。そう思うと何かやり切れない気持ちになってくる。気付いた? 魔術の砲弾は使っていたけど、あの人達自身に攻撃の魔術が使えるわけじゃなかった。戦い方もさあ、人数は多かったけど……正直慣れてるって感じじゃなかったよね。本当に平和に暮らしてたんだろうなぁって思うよ」

 リーレイは彼らに対して少し同情的な意見だった。

「それでも強要は良くない! 子供を作るのはお互い合意の上でなければ駄目だろう」

「うん、それはそうだな」

 この点に関して二人の意見は一致していた。

「それで、エーティアさんの記憶はどうにかして戻せないんでしょうか」

 眉を下げて悲し気につぶやくフェイロンにフレンが応じる。

「この症状には心当たりがあります。記憶を操作する精神魔術ではないかと。もしもそうならアゼリア様が解けるかもしれません。森を出たら彼女にお会いして助言を求めます」

「以前お前がかけられた魔術と似たようなものということか。よし、希望が見えてきたな」

 彼らの会話を聞いていたところ、この何も思い出せない状態をどうにかできる見込みがあるようだ。不安ばかりが胸に渦巻いていたので少しだけ軽くなった気がした。

「それはそうとフレン、お前随分と顔色が悪いぞ。エーティアと別れてからずっと眠っていないんだろう? 少し眠って回復した方がいい」

 サイラスの言葉にハッと顔を上げてフレンを見る。
 よく考えてみればフレンは昨日一晩中起きて見張りを続けていたのだ。疲れていて当然だ。自分のことばかりでいっぱいいっぱいでそこまで気が回らなかった。

「いえ、しかし……」

「自分一人で気負う必要はない。少しは周りに頼れ。ここにいるのは誰だ? 勇者一行の最強パーティーだぞ。奴らが再び襲って来ても返り討ちにしてやる」

 サイラスが自信満々に言い放つのをフレンがくすっと笑って返した。

「確かにそうですね。では、この場をお願いして少しだけ休ませていただきます。エーティア様、何かあったら声を上げてください」

「ああ、分かった」

 ずっと気を張っていたのだろうか、目を閉じてからほどなくしてかすかな寝息が聞こえてきた。
 睫毛の陰が頬にかかる疲れきったフレンの横顔を眺める。

「横にならなくていいのだろうか……」

 横になった方がゆっくり休めると思うが、フレンは木に背中を預けて座った状態のままで寝ている。すぐ近くにエギルと小鳥も横になってぐうぐう寝始めた。

「それはすぐに動けるように横にならないんだろうな。自分が動けぬ間にお前に何かあったら嫌なんだろう。その方が安心するようだから好きにさせておけばいい」

「……分かった」

 フレンは俺を守るための騎士とはいえ、どうしてそこまで献身的になれるのだろう。
 記憶を失う前の自分は、果たして彼に忠誠を捧げてもらえるに相応しい主だったのだろうか。
 脅威が去ったせいか、途端に記憶の無い自分自身のことが気になり始めてきた。
 彼らに話を聞いてみることにする。

「記憶を無くす前の俺がどんな性格だったのか教えてくれないか」

 三人の顔を伺うと、それぞれが何とも言えない表情を浮かべ始めた。

「エーティアさんの性格……。えっと、少々強気なところがあって自分の意見をハッキリと言う方でしたね」

「嫌なことは嫌って言うタイプだよね」

「つまりワガママで高慢だな!」

 俺と彼ら三人は魔王を倒すために旅をしていた仲間だったらしい。
 彼らから見た自分はワガママで高慢だったという……。
 何ということだろう。
 それは、かなり扱い辛い性格だったのでは。元の俺って……。

「だけどフレンがお前の元に来てからはだいぶ性格も改善されたように思うぞ。出ていた棘が引っ込んで丸くなった感じだな」

「そうなのか」

「うんうん。俺、久しぶりにエーティアさんに会ったらびっくりしたもん。どこのどちらさん!? って思ったよ」

「そんなに……」

 どうして自分の性格がそこまで変わったのか。何となく理由が分かるような気がした。
 フレンの献身だ。彼に大切に扱われるうちに、自分もそんな風に彼のことを大切にしたいと思えるようになったのではないか。

「以前の俺は君達に迷惑をかけていたみたいだ。申し訳なく思う」

 心に思ったことをそのまま伝えたら、三人が再び石みたいに固まって、そこからいちはやく解けたフェイロンが首を横に振った。

「そんな、エーティアさん。かえってこちらが申し訳ない気持ちになってくるので謝らないでください。僕は自分の性格が気弱で流されやすいところがあるから、エーティアさんのハッキリした性格、憧れるところもあって嫌いじゃなかったです」

「お前は旅の間中、だるい、面倒だとよく零していたが……本当に困っている者がいたら見捨てるような奴ではなかったぞ」

 サイラスがこちらをじっと見ているので、視線を合わせた。

「俺達がいつも率先して人助けをしてしまうからその陰に隠れていたが、何だかんだ文句言いつつ、お前は付いて来てくれるんだ。それを頼もしく思っていた」

「確かに! 何かあっても後ろからさりげなく援護してくれていたよね」

「そうなのか」

「ああ。そもそもただのワガママで高慢な奴だったら女神に選ばれてないだろうしな。人を助ける資質が備わっている、これは間違いない」

 彼らから話を聞くと性格に難はあったようだが、そう酷すぎる性格でもなかったのだと思った。

 フレンからも記憶を失う前の自分の話を聞いてみたいと思う、でもそれを恐いと思ってしまう自分がいる。
 ワガママで嫌な性格だと言われたらショックを受けるだろう。だけど尊敬しているとうっとりした顔で語られたらそれはそれで嫌なのだ。何故ならそれは記憶を無くす前の自分であって、今の自分では無いから。
 フレンのことを考えると胸の辺りがそわそわする。
 眠るフレンの横顔を眺めていたらサイラスがふっと笑った。

「そうやって記憶を無くしても変わらず好きでいられるところを見ると、お前達は相性がぴったりなんだと思うよ。互いに無くてはならない存在なのだろうなぁ」

 サイラスの言葉に衝撃を受ける。

「なっ!? だ、誰が誰を好きだと言うんだ」

「お前達が。お前とフレンは恋人同士なの。それでもうじき結婚する予定」

「何だと……」

 自分達が恋人同士で、さらに言うならもうすぐ結婚するのだと知って深い衝撃を受けた。
 ただの騎士と、その主ではなかったというのか……。
 この胸がそわそわとする気持ちが好きだということなのか。

「そんな話は聞いていない……。何でそんな大事なことをフレンは言わなかったんだ……っ」

 とてもとても大事なことだろう!?
 まさか、記憶を失った自分では駄目だということなのか。
 動揺のあまり視線をうろうろさ迷わせていたせいか、サイラスが落ち着けと声を掛けてきた。

「まあ、待て。先走って考えるな。言わなかったのは今のお前に負担をかけたくないと思ったからだろう」

「そ、そうか……」

 確かにフレンに会った直後の自分は疑心暗鬼だったから、恋人同士だと告げられても「嘘だ騙されないぞ!」となっていた可能性は高かった。

 今、サイラスによって恋人同士だと知らされて、その事実が自然と胸にストンと落ちてきた。
 ああ、そうだったのかと納得したのだ。
 ただの主と騎士という関係ではとても収まらないフレンの献身の理由が分かったからだ。

(早く……話したいな……)

 ここから脱出して落ち着いたら、フレンとたくさん話がしたいと思った。

「それでエーティアさんの魔力、すごく薄くなってるのに供給してもらってなかったんだね。恋人同士だと分かったところで、早めにやってもらった方がいいよ。けっこう体辛いんじゃないの」

 魔力が足りてない、そういえばエギルも昨日同じようなことを言っていたな。
 確か……。

「ちゅーするとか言うやつか?」

「それそれ。だけどたぶんそれだと足りないかも」

 リーレイの言葉に考え込む。

「そもそも……ちゅー、とは何だ?」

「えっ! そこから!? そういうことも忘れちゃった感じか。え、いいの、これ教えていいやつ?」

 リーレイがサイラスに目配せした。

「どっちだろうなー……」

 サイラスが額から汗を流し始めた。

「何だ、何をそんなに言い淀んでいる。教えて欲しい」

 じっとサイラスを見つめると、しばらく目を泳がせていた後、観念したように口を開いた。

「ちゅーとは、唇と唇をくっ付けるやつだ」

「ふーん」

 唇と唇をくっ付けるのか。ただそれだけの行為に何をそんなに言い淀んだのか分からない。

「でもそれだけでは足りないんだろう。他に何をしたらいいんだ」

「ぐっ、突っ込んで聞いて来た! ぐいぐい来る!」

「どうするんだサイラス!? 教えるのか?」

「で、でも流石にそれはマズいかもしれないですよ。フレン王子に怒られますって」

 三人がひそひそ声をひそめて会話している。
 ナイショ話をしているのか。

「教えて欲しい」

 再度じーっと見ていたら「何なんだその純粋な瞳は」とサイラスが口をもごもごした後、目をぎゅっと閉ざしてしまった。

「それ以上はフレンに聞け! これにて終了! お疲れ様でしたぁぁ!」

 あろうことかサイラスは手をパン、と叩いて話を強制的に終わらせてきた。

 ……何なんだ。

 結局魔力を供給してもらう方法はほとんどよく分からないままだった。




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