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12話 塔の魔術師と禁術の継承者
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しばらく続いていた塔の改装工事が終わりを迎えて、俺達はようやく自分達の家とも呼べる場所へ戻って来た。
どういう風に変わったのか確かめるために室内を巡って歩いている。
外観に手は入れていないから何も変わっていないように見えるが、中に入ると違いを実感する。
「わーっ! 綺麗ですっ」
特にエギルが喜んだのはキッチンだ。
古くて少々使い勝手の悪かった設備などを一新してある。
「すごいです、火が簡単に出てくるです!」
最新の魔法具が使われているので、器具を起動すれば簡単にコンロに火が付くらしい。自分で使ったことがないのでよく知らないが、これまではコンロに火を付けるのもそれなりに時間がかかっていたようだから、料理作りが早くなるとエギルとフレンは興奮している。
俺が特に満足しているのは浴場だ。
シュカル皇国の宿屋で入った温泉というものが気に入ったので、内装はそこを参考にさせてもらったし、湯もシュカル皇国から引いている。
どうやったかというと魔術を使用している。流石に魔法具だけではシュカル皇国の温泉を引っ張ってくることはできないので、そこは転移の魔術も組み合わせたわけだ。
宿屋の主人に話を付けて、温泉の湧きだす場所とこの浴場の蛇口を繋いだ。
温泉を引っ張ってくるにあたりその相場が分からなかったので、適当にお金を渡したら主人は泣いて喜び「一生好きなだけお使いください」と言っていたな。
これでいつでも温泉が使い放題だ!
二つ蛇口があって、左の蛇口からは温泉、右の蛇口からは普通のお湯が出てくる。とろりとした滑らかな湯が出てくるので、夜に浸かるのが楽しみだ。入る際には絶対にフレンを誘おう。
「嬉しそうですね、エーティア様」
こちらの下心も知らず、フレンは微笑んでいる。この爽やかな顔が欲望の色に染まるのを見る瞬間が本当に楽しみだ。ふふ。
そしてフレンが特に喜んだのは寝室だ。
寝室、というか俺がシュカル皇国の宿屋で買い求めたクッションをいたく気に入っている様子だ。
「エーティア様の選んでくださったクッションなので、特別です」
ただのクッションを大切な宝物のように扱うので、そんなに気に入ってくれたのかと選んだ自分としても満更でもない気持ちになる。
風呂の後はベッドになだれ込んでそのクッションを使って……、とまたしても自分の思考が淫らな方向に飛んでいきそうになって、慌てて頭を切り替える。
寝室はベッドを新調した。そしてシーツや枕などもこの機会に新しくしている。全員の部屋である。
基本は自分の部屋にフレンを招いて一緒に寝ているが、気分を変えるためにフレンの部屋に行くこともある。
どちらの部屋にもその大きめふわふわクッションを置いてあるので、その上に寝転がってまったりと過ごすことができる。
「あっ、すごいです。新しい本もいっぱい!」
次に図書室に足を踏み入れたエギルは、新しい本が入っているのを見てピョンと飛び跳ねた。
もともとあった本はそのままに、新しく本棚を設置して、エギルの喜ぶような絵本をたくさん入れた。
エギルは勉強のために毎日絵本を読んでいる。
フレンの膝の上で読み聞かせをしてもらっていて、ここの本棚にある絵本は全部読んでしまったという話を聞いていた。
繰り返し何度も読んでいるみたいだが、せっかくなので新しいものを入れてやろうと思ったのだ。
「今まであった絵本は全て読んでしまったのだろう? だから新しいものを入れてみた。最近の絵本もあるぞ」
「すごいですぅ。絵がキラキラしてます!」
エギルは絵本を取り出して、夢中になって読み始めた。
塔にある絵本は昔のものばかりだ。それに比べて最近の絵本は印刷技術の向上もあって色味が鮮やかである。
「エーティア様。常々疑問を抱いていたのですが……以前からここにある絵本は、エーティア様のものですか?」
昔から置いてある絵本を指してフレンが疑問をぶつけてきた。
「いいや、これは俺のものではない。いや、ある意味俺のものではあるが……。中身を読んだことはない」
「そうですよね。他の本は読んでいる様子なのに、絵本の内容は知らないようなので、不思議に思っていたんです。だったら、この本は一体……?」
フレンの疑問はもっともなことかもしれない。
俺はここに置いてある絵本の内容を知らない。
本棚に収められてある絵本を一冊手に取る。エギルが読むまで誰にも開かれたことがないその本は、保存状態が良いこともあって昔のもののわりには綺麗だった。
「これは俺の魔術の師匠から贈られた本だ。……あの人とここで暮らしていた時、俺はまだ子供だったから、絵本をよこしたんだろうな」
フレンの目が驚きに見開かれる。
「エーティア様はこの塔で、お師匠様と暮らしていたのですか? それは、知りませんでした」
「知らないのも当然だ。お前や国王が生まれるよりもずっと前の話だから。師匠は俺の前に禁術を所持していた。あまり外に出ることもなく静かに暮らしている人だったから、人々にあまり名を知られていないんだ」
百年以上前のことで、あの頃の記憶は少しおぼろげだ。
随分と古い記憶だからだろうか。
「どのような方だったのか、伺っても?」
「性別は男、老人だ。怒っている姿は見たことがない。穏やかな性格の人だった」
フレンはためらいがちに質問を続けてくる。
「その方は、もう……?」
「ああ、お前の想像通りすでに亡くなっている。もう随分と前のことだ」
「そうだったんですね……」
「気に病む必要はないぞ。師匠の記憶は俺にとっておぼろげなんだ。もうあまり顔も覚えていない」
薄情なことだと思うが、あの人が亡くなった時ですら、涙も出なかったのだから。
ふとフレンの方を見ると、少し落ち込んでいるように思えて、その顔を覗き込む。
「どうした?」
「まだエーティア様について知らないことが多いと思って……」
「それで落ち込んでいるのか? 俺だってお前について知らないことが多いぞ?」
「あなたと俺とでは生まれた時が違うので知らないことが多いのは当然かもしれません。それでも俺はどのような小さなことでもあなたについて知りたいんです」
「ふ、知りたがりだな。時間はたくさんあるのだから、ゆっくり知っていけばいいさ」
手にしていた絵本を本棚へと戻して、図書室を後にした。
続いて訪れたのは地下室にある薬の調合室だ。エギルは絵本にまだ夢中だったので図書室に置いてきた。
以前はまったく片づけをしていなかったから雑然としていた部屋だが、フレンとエギルに「手伝うので片づけましょう」と説得されて今は綺麗に片付いている。
こちらも業者によって新しく棚が設置され、さらに整理整頓されて見違えるほど綺麗になった。以前の面影はない。
師匠の話が出てきたからだろうか、薄れかけていた昔の記憶が少し蘇ってきた。
「この部屋はよく師匠が過ごしていた場所だったな。色々と研究に熱心な人だった。材料の多くを集めていたのも、あの人だったんだ」
そうフレンに話すと、目に見えてフレンの顔色が青ざめていく。
様子がおかしい。
「お、おい、どうした?」
「エーティア様……、ここはあなたのお師匠様の大切な部屋だったのでは。俺はそうとも知らず、思い出の残るこの部屋を片づけてしまったのですね」
「いや、それは違うぞ。部屋を片づけていいと許可を出したのは俺なのだから。この塔は師匠から受け継いだものだが、あの人からは自分の使い勝手のいいように変えて構わないと言われている」
師匠の言葉を伝えるが、それでもフレンの顔色は優れないままだった。
「あなたの身を守るために山のように積み上がっていた荷物を片づけることは必要なことでした。ですが、少し後悔をしています。お師匠様の痕跡を残しておくべきでした。俺はあなたのお師匠様の生きていた痕跡を消し去ってしまったのです」
何故そこまでフレンは思い詰めるのだろう。
「そこまで気にする必要はないぞ? 師匠の集めた魔術書は図書室に多く残っているし、何もかもが消えてなくなったわけではない。それにこの塔自体、師匠がいたという証のようなものだ」
だが、そうは言っても俺は以前ここを引っ越そうと思ったことさえあった。
フレンが塔にやって来て比較的すぐのことだ。
体調を崩していてフレンに抱えて運んでもらっていた。それが申し訳ないので、階段の上り下りの少ない場所へと移ろうとした。
だけどあの時は「塔は防衛に向いている」とフレンによって引き止められたのだっけ。
俺にとってこの塔は、その程度のものなのだ。簡単に引っ越してしまうことのできる、ただの住処。
特別な、思い入れなどない……。
そこまで考えて、謎のズキズキとした痛みが胸に走るのを感じた。どうしてこんな気持ちになるのかは分からない。
謎の気持ちをもてあまして戸惑う俺を、フレンが気遣わしげ見ているのがやけに印象的だった。
***
新しく生まれ変わった塔を眺めて回った、その日の午後のこと。
「エーティアちゃーん。アゼリアちゃんがやって来ましたよー!」
テンション高くアゼリアが塔へとやって来た。
「何だ、お前。こちらに戻って来たのか」
アゼリアはリーレイとフェイロンを故郷の村へ送っていくため、アリシュランドを離れてアドラ大陸へと渡っていた。
彼らの村にしばらくの間、滞在していたようだが、戻って来たらしい。
「そうなの聞いて聞いて。あの二人の故郷の村、イケメンが多くて、すごく良かったの。謙虚で真面目で純情な子ばかり。私が話しかけると顔を真っ赤にしちゃってぇ。天国ってああいう場所のことを言うんだと思ったわ。ああ、今思い出してもよだれが出ちゃう。じゅる…」
「はぁ」
神妙な顔で何を言うかと思えば。まったく興味のない話だ。
それよりも気になるのは……。
「フェイロンとリーレイは修行をしているのか?」
「ふふー。気になる? もちろん二人はすごく頑張って修行をしているわ。リーレイちゃんのおじいちゃまが修行の師匠らしいの。ビシバシ鍛えられていたわ。二人共今よりレベルアップしたいという目標ができたためか、熱心に修行に打ち込んでいたわね」
「そうか……」
あの二人は頑張っているらしい。次に会って成長した姿を見るのが楽しみだ。
アゼリアがにやにやしながらこちらを見てくる。
「んふふ、エーティアちゃんってばすっかりあの二人の保護者みたいね。やさしい顔をしているわ」
「はぁ?」
そんな顔をした覚えはないのだが。
「そしてそんな二人を見てアゼリアちゃんは決めました。ううん、これはちょっと前から考えていたことだけど、ますます決意が固まったということ。エーティアちゃんに聞いて欲しいことがあります!」
アゼリアが背筋を伸ばしてこちらを向いて、真剣な表情を作る。
う……何故だか嫌な予感しかしない。
「エーティアちゃん、私の師匠になってくださぁい!!」
「はあああああっ!?」
嫌な予感は当たり、そのとんでもないアゼリアの発言に俺は叫んだ。
どういう風に変わったのか確かめるために室内を巡って歩いている。
外観に手は入れていないから何も変わっていないように見えるが、中に入ると違いを実感する。
「わーっ! 綺麗ですっ」
特にエギルが喜んだのはキッチンだ。
古くて少々使い勝手の悪かった設備などを一新してある。
「すごいです、火が簡単に出てくるです!」
最新の魔法具が使われているので、器具を起動すれば簡単にコンロに火が付くらしい。自分で使ったことがないのでよく知らないが、これまではコンロに火を付けるのもそれなりに時間がかかっていたようだから、料理作りが早くなるとエギルとフレンは興奮している。
俺が特に満足しているのは浴場だ。
シュカル皇国の宿屋で入った温泉というものが気に入ったので、内装はそこを参考にさせてもらったし、湯もシュカル皇国から引いている。
どうやったかというと魔術を使用している。流石に魔法具だけではシュカル皇国の温泉を引っ張ってくることはできないので、そこは転移の魔術も組み合わせたわけだ。
宿屋の主人に話を付けて、温泉の湧きだす場所とこの浴場の蛇口を繋いだ。
温泉を引っ張ってくるにあたりその相場が分からなかったので、適当にお金を渡したら主人は泣いて喜び「一生好きなだけお使いください」と言っていたな。
これでいつでも温泉が使い放題だ!
二つ蛇口があって、左の蛇口からは温泉、右の蛇口からは普通のお湯が出てくる。とろりとした滑らかな湯が出てくるので、夜に浸かるのが楽しみだ。入る際には絶対にフレンを誘おう。
「嬉しそうですね、エーティア様」
こちらの下心も知らず、フレンは微笑んでいる。この爽やかな顔が欲望の色に染まるのを見る瞬間が本当に楽しみだ。ふふ。
そしてフレンが特に喜んだのは寝室だ。
寝室、というか俺がシュカル皇国の宿屋で買い求めたクッションをいたく気に入っている様子だ。
「エーティア様の選んでくださったクッションなので、特別です」
ただのクッションを大切な宝物のように扱うので、そんなに気に入ってくれたのかと選んだ自分としても満更でもない気持ちになる。
風呂の後はベッドになだれ込んでそのクッションを使って……、とまたしても自分の思考が淫らな方向に飛んでいきそうになって、慌てて頭を切り替える。
寝室はベッドを新調した。そしてシーツや枕などもこの機会に新しくしている。全員の部屋である。
基本は自分の部屋にフレンを招いて一緒に寝ているが、気分を変えるためにフレンの部屋に行くこともある。
どちらの部屋にもその大きめふわふわクッションを置いてあるので、その上に寝転がってまったりと過ごすことができる。
「あっ、すごいです。新しい本もいっぱい!」
次に図書室に足を踏み入れたエギルは、新しい本が入っているのを見てピョンと飛び跳ねた。
もともとあった本はそのままに、新しく本棚を設置して、エギルの喜ぶような絵本をたくさん入れた。
エギルは勉強のために毎日絵本を読んでいる。
フレンの膝の上で読み聞かせをしてもらっていて、ここの本棚にある絵本は全部読んでしまったという話を聞いていた。
繰り返し何度も読んでいるみたいだが、せっかくなので新しいものを入れてやろうと思ったのだ。
「今まであった絵本は全て読んでしまったのだろう? だから新しいものを入れてみた。最近の絵本もあるぞ」
「すごいですぅ。絵がキラキラしてます!」
エギルは絵本を取り出して、夢中になって読み始めた。
塔にある絵本は昔のものばかりだ。それに比べて最近の絵本は印刷技術の向上もあって色味が鮮やかである。
「エーティア様。常々疑問を抱いていたのですが……以前からここにある絵本は、エーティア様のものですか?」
昔から置いてある絵本を指してフレンが疑問をぶつけてきた。
「いいや、これは俺のものではない。いや、ある意味俺のものではあるが……。中身を読んだことはない」
「そうですよね。他の本は読んでいる様子なのに、絵本の内容は知らないようなので、不思議に思っていたんです。だったら、この本は一体……?」
フレンの疑問はもっともなことかもしれない。
俺はここに置いてある絵本の内容を知らない。
本棚に収められてある絵本を一冊手に取る。エギルが読むまで誰にも開かれたことがないその本は、保存状態が良いこともあって昔のもののわりには綺麗だった。
「これは俺の魔術の師匠から贈られた本だ。……あの人とここで暮らしていた時、俺はまだ子供だったから、絵本をよこしたんだろうな」
フレンの目が驚きに見開かれる。
「エーティア様はこの塔で、お師匠様と暮らしていたのですか? それは、知りませんでした」
「知らないのも当然だ。お前や国王が生まれるよりもずっと前の話だから。師匠は俺の前に禁術を所持していた。あまり外に出ることもなく静かに暮らしている人だったから、人々にあまり名を知られていないんだ」
百年以上前のことで、あの頃の記憶は少しおぼろげだ。
随分と古い記憶だからだろうか。
「どのような方だったのか、伺っても?」
「性別は男、老人だ。怒っている姿は見たことがない。穏やかな性格の人だった」
フレンはためらいがちに質問を続けてくる。
「その方は、もう……?」
「ああ、お前の想像通りすでに亡くなっている。もう随分と前のことだ」
「そうだったんですね……」
「気に病む必要はないぞ。師匠の記憶は俺にとっておぼろげなんだ。もうあまり顔も覚えていない」
薄情なことだと思うが、あの人が亡くなった時ですら、涙も出なかったのだから。
ふとフレンの方を見ると、少し落ち込んでいるように思えて、その顔を覗き込む。
「どうした?」
「まだエーティア様について知らないことが多いと思って……」
「それで落ち込んでいるのか? 俺だってお前について知らないことが多いぞ?」
「あなたと俺とでは生まれた時が違うので知らないことが多いのは当然かもしれません。それでも俺はどのような小さなことでもあなたについて知りたいんです」
「ふ、知りたがりだな。時間はたくさんあるのだから、ゆっくり知っていけばいいさ」
手にしていた絵本を本棚へと戻して、図書室を後にした。
続いて訪れたのは地下室にある薬の調合室だ。エギルは絵本にまだ夢中だったので図書室に置いてきた。
以前はまったく片づけをしていなかったから雑然としていた部屋だが、フレンとエギルに「手伝うので片づけましょう」と説得されて今は綺麗に片付いている。
こちらも業者によって新しく棚が設置され、さらに整理整頓されて見違えるほど綺麗になった。以前の面影はない。
師匠の話が出てきたからだろうか、薄れかけていた昔の記憶が少し蘇ってきた。
「この部屋はよく師匠が過ごしていた場所だったな。色々と研究に熱心な人だった。材料の多くを集めていたのも、あの人だったんだ」
そうフレンに話すと、目に見えてフレンの顔色が青ざめていく。
様子がおかしい。
「お、おい、どうした?」
「エーティア様……、ここはあなたのお師匠様の大切な部屋だったのでは。俺はそうとも知らず、思い出の残るこの部屋を片づけてしまったのですね」
「いや、それは違うぞ。部屋を片づけていいと許可を出したのは俺なのだから。この塔は師匠から受け継いだものだが、あの人からは自分の使い勝手のいいように変えて構わないと言われている」
師匠の言葉を伝えるが、それでもフレンの顔色は優れないままだった。
「あなたの身を守るために山のように積み上がっていた荷物を片づけることは必要なことでした。ですが、少し後悔をしています。お師匠様の痕跡を残しておくべきでした。俺はあなたのお師匠様の生きていた痕跡を消し去ってしまったのです」
何故そこまでフレンは思い詰めるのだろう。
「そこまで気にする必要はないぞ? 師匠の集めた魔術書は図書室に多く残っているし、何もかもが消えてなくなったわけではない。それにこの塔自体、師匠がいたという証のようなものだ」
だが、そうは言っても俺は以前ここを引っ越そうと思ったことさえあった。
フレンが塔にやって来て比較的すぐのことだ。
体調を崩していてフレンに抱えて運んでもらっていた。それが申し訳ないので、階段の上り下りの少ない場所へと移ろうとした。
だけどあの時は「塔は防衛に向いている」とフレンによって引き止められたのだっけ。
俺にとってこの塔は、その程度のものなのだ。簡単に引っ越してしまうことのできる、ただの住処。
特別な、思い入れなどない……。
そこまで考えて、謎のズキズキとした痛みが胸に走るのを感じた。どうしてこんな気持ちになるのかは分からない。
謎の気持ちをもてあまして戸惑う俺を、フレンが気遣わしげ見ているのがやけに印象的だった。
***
新しく生まれ変わった塔を眺めて回った、その日の午後のこと。
「エーティアちゃーん。アゼリアちゃんがやって来ましたよー!」
テンション高くアゼリアが塔へとやって来た。
「何だ、お前。こちらに戻って来たのか」
アゼリアはリーレイとフェイロンを故郷の村へ送っていくため、アリシュランドを離れてアドラ大陸へと渡っていた。
彼らの村にしばらくの間、滞在していたようだが、戻って来たらしい。
「そうなの聞いて聞いて。あの二人の故郷の村、イケメンが多くて、すごく良かったの。謙虚で真面目で純情な子ばかり。私が話しかけると顔を真っ赤にしちゃってぇ。天国ってああいう場所のことを言うんだと思ったわ。ああ、今思い出してもよだれが出ちゃう。じゅる…」
「はぁ」
神妙な顔で何を言うかと思えば。まったく興味のない話だ。
それよりも気になるのは……。
「フェイロンとリーレイは修行をしているのか?」
「ふふー。気になる? もちろん二人はすごく頑張って修行をしているわ。リーレイちゃんのおじいちゃまが修行の師匠らしいの。ビシバシ鍛えられていたわ。二人共今よりレベルアップしたいという目標ができたためか、熱心に修行に打ち込んでいたわね」
「そうか……」
あの二人は頑張っているらしい。次に会って成長した姿を見るのが楽しみだ。
アゼリアがにやにやしながらこちらを見てくる。
「んふふ、エーティアちゃんってばすっかりあの二人の保護者みたいね。やさしい顔をしているわ」
「はぁ?」
そんな顔をした覚えはないのだが。
「そしてそんな二人を見てアゼリアちゃんは決めました。ううん、これはちょっと前から考えていたことだけど、ますます決意が固まったということ。エーティアちゃんに聞いて欲しいことがあります!」
アゼリアが背筋を伸ばしてこちらを向いて、真剣な表情を作る。
う……何故だか嫌な予感しかしない。
「エーティアちゃん、私の師匠になってくださぁい!!」
「はあああああっ!?」
嫌な予感は当たり、そのとんでもないアゼリアの発言に俺は叫んだ。
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