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12話 塔の魔術師と禁術の継承者
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冗談じゃない。
このトラブルメーカー女のアゼリアを弟子にするなどあり得ない。
絶対に、絶対に無理だ。
「俺の神経が切れる。考え直せ」
手を振って追い払う仕草をすると、頬をぷくっと膨らませてアゼリアが怒り出した。
「もう、エーティアちゃんたら! 話をちゃんと聞いて。思いつきで言ってるわけじゃないわ。牛悪魔ちゃんとやりあったエーティアちゃんを見て、それからずっと考えていたことなの。私が今よりもっと成長するためにはエーティアちゃんに弟子入りすることが必要だって!」
「お前が? 成長?」
正気で言っているのか。
「お前はもう魔術を色々使えるだろう。俺が改めて教えることなど何もない」
それは事実だ。何もこいつにまとわりつかれるのが面倒だという理由だけではない。
すでに魔力はアゼリアの方が高く、俺の使えない魔術だって習得している。弟子入りの必要はないだろう。
「違うわ、私が言っているのは技術だけじゃなくて、内面のこと。私だって色々考えているのよ。自分がダメダメで、このままじゃ良くないってことも。それでも自分一人じゃどうしていいのか分からないの。だって私、今まで誰かの弟子になったこともないし。だからエーティアちゃんに弟子入りすれば何かが変わる気がするの」
「勘弁してくれ」
アゼリアらしくなく、ひどく真剣な様子であるが、やはり弟子入りというのは認められない。
俺はとても忙しい。
ここ立て続けに色々あった。その時のことを思い返す。
***
国王から『白き翼の一族』との交渉役を任され、再び奴らに会いに行ったのはつい先日のことだ。
フレンとエギルはもちろんのこと、彼らに会いたいと訴えたサイラスも共に行った。
森全体にかかっていた惑わしの術に関しては、俺達が入ったタイミングで一旦効果を打ち消させてもらった。
解析に少々時間はかかったが、俺が本気を出せば打ち消すことなど訳はない。
いきなり里に現れた俺達に驚き、当然のことながら彼らは大混乱となった。
抵抗しようと向かってくる彼らをまずは制圧した。俺が『土下座魔術』と勝手に名付けた重力の魔術で地面にひれ伏せさせたのだ。
「お、おいエーティア。これはやりすぎじゃないか?」
サイラスが止めようとしてくるが、首を横に振った。
「そんなことはない。これは前回俺がやられた分の仕返しでもある」
こちらの記憶を奪って、無理矢理番(つがい)以外の者と番わせようとするなど許されない所業だ。むしろこれぐらいで済ませているのだからありがたいと思って欲しい。
最初に彼らを打ちのめしたのは結果として成功だったらしい。
飴と鞭というやつか。俺が鞭でバシッとやった後はサイラスの飴が発動した。
ここから先はサイラスの『勇者』としてのカリスマ性が発揮されたのだ。
「いきなり驚かせてしまってすまない。俺は勇者として魔王を倒したサイラスと言う者だ。あなた達を傷つけるつもりはない。少しだけ話を聞いてくれないだろうか」
勇者、と聞いた彼らの視線が一斉にサイラスに集まった。
そしてサイラスは俺について説明を始める。
「ここにいるエーティアは皆も知っての通り白き翼の一族だ。だが、それだけでなく女神の託宣で選ばれた勇者の仲間でもある。これが何を意味するか分かるだろうか? 女神はあなた達のことを悪しきモンスターとして見ていない。この世界を救う存在であると認めたということだ」
白き翼の一族たちが互いに顔を見合わせて、ざわざわと騒ぎ出す。
「俺はあなた達がモンスターとして認定され、翼を奪われ討伐されていた過去を思うと悔しく心苦しい。そんな間違った過去を知った以上放っておくことはできず、力になりたいと思っている。そしてそれはここにいるエーティアと、アリシュランド王家に属するフレンも同様だ」
サイラスの視線が俺とフレンの方に向く。
「そう、ここにいるのは世界を救った勇者達と王家の者。世界を変える影響力のある俺達だ。あなた達の現状はこれから必ず変わるし、俺も全力で手助けする! そのためにもまずは里の考え方を変えて、互いに歩み寄っていく必要がある。だから俺達を受け入れて勇気をもって立ち上がって欲しい!」
このサイラスの熱意のこもった説得が彼らの心を打ったようで、詳しい話を聞きたいと訴える者が出始めた。
里の者達も、隔絶された世界で生きていかなければならない現状に、もどかしい思いを抱いていたのかもしれない。
恐る恐るといった風に母親らしき者がサイラスに声をかける。
「いつか子供達に外の世界を見せてあげることができるのでしょうか」
「ああ、もちろんだ! あなた達の美しい翼を見せびらかして堂々と歩ける世の中を作っていこう」
その光景を見ていて、どうして女神がこの男を勇者として選んだのか、他の誰でもなくサイラスでなくてはならなかった理由がようやく分かった気がした。
全てを救う者。
この男についていけば間違いない、そう思わせる魅力をサイラスは持っていた。
そして俺の因縁の相手でもある里長と冷たい目の男はどうなったかというと……。
決着は里長の交代という形になり、冷たい目の男もその補佐役から降りることになった。
奴らが中心となって、番の記憶をなくした者同士を番わせていたからだ。
ただ、情状酌量の余地はある。
俺に対してはあんなことをした奴らではあるが、どうしても番の記憶を残しておきたいと訴える住民に対しては無理矢理記憶を奪うということをしていなかったのである。
彼らは彼らなりに村の者達を思っていたのだ。
「本当に申し訳ないことをした」
こちらに謝罪を述べてきたことで、溜飲も下がった。
それに冷たい目の男が、奴を牽制するように俺の前に立つフレンを前にして、ひたすら怯えていたというのもある。
フレンは温度を下げた目で奴を睨んでいた。
奴はフレンに殴られたり、魔術の砲弾を跳ね返されてそれが当たったりとよほど痛い目にあったのが堪えたのだろう。体を小さくしていた。
フレンのお仕置きがしっかり利いているようで、何よりだ。にんまりと口の端を持ち上げた。
気が済んだからもうこれ以上奴らを罰するつもりはない。
里の統治の中心からは外すが、奴らには引き続き里のために頑張ってもらいたいと思う。
その後は新たに里長として立つ者と、俺達の間でこれからの里の方針を話し合った。
番を失い苦しむ者が望めば記憶を消すという方向はそのままに、その後の人生、一人で生きて行くか新たな番を得るかは彼ら自身に任せることになった。
この辺りで一回目の話し合いが終わり、また二回目の話し合いを近々しようというところまで持って行くことができた。
これらが数日前に起きた出来事だ。
***
そういう訳で俺は大変忙しいのだ。
「お前の面倒まで見ていられるか!」
白き翼の一族のことでただでさえ忙しいのに、アゼリアの面倒までとても見ていられない。
「そんなこと言わないで! いいことを思いついたのよ。エーティアちゃんは私を弟子にして、それから禁術の継承者にしたらいいと思うの!」
アゼリアの言葉に、思わず動きを止める。
「何だと?」
「エーティアちゃん、禁術を受け継がせる継承者が見つからないって嘆いていたじゃない。その点私なら魔力だってあるし、数百年後に魔王が復活した時まで長生きできるわ。その時女神に選ばれた勇者一行の魔術師に禁術を受け渡してあげられる」
アゼリアに禁術を継承させる、そんなの考えたこともなかった。
呆然とする。
この体の中に溶け込んでいる対魔王用の禁術は、かつて俺の師匠から受け継いだものだ。
この禁術はなかなか厄介な代物で、魔術師の肉体の中でしか保管ができない。継承者が死に、そのまま放置されようものなら辺り一面を吹き飛ばす大爆発が引き起こされる。
恐るべき力を秘めた禁術は、それ故他国からも狙われやすい。
魔王の脅威が去り、世界共通の敵がいなくなった今、国家間における戦争の道具にされかねないのだ。
だからこそ生半可な力の魔術師には継承させられない。
実際、アリシュランド王国の中で候補者を何人か見繕ってもらったものの、適任者はいなかった。
魔力の量に若干の不安がある、若すぎる、逆に年を取りすぎているなど……。
力のある魔術師という意味でならアゼリアは最適だ。寿命の短い人間何代かに渡って術を継承させていくリスクもない。
だが、それ以前の話である。人格的な問題だ。
「いやいや、お前に継承させるなど、それこそあり得ないだろう!」
トラブルメーカーに禁術など持たせたら、アリシュランドは一瞬で焦土と化す。
「何よう!? 信用ないわね」
「お前のこれまでの行動を見て信頼しろという方が無理な話だろうが」
「いいもん、いいもん。アゼリアちゃんはこれからの行動でエーティアちゃんの信頼を勝ち取ります! 明日から修行に来るからねっ!」
「はぁー!?」
「それじゃあまたね、エーティアちゃん」
引き止める間もなくアゼリアは去って行く。
本気か?
本気で言っているのか!?
「あの様子では本当に明日からやって来るようですね」
思わずフレンの腕を掴んで「やはりそうなのか!?」と確かめる。間近で見つめ合う形になったせいかフレンがわずかに目元を赤く染めながら頷いた。
「え、ええ」
「あいつが毎日ここにやって来たら俺の平穏は壊されてしまう! フレンはどう思っているんだ。いいのかそれで!」
「俺もエーティア様の考えと同じです。平穏な暮らしを壊されたくありません。それに……エーティア様の弟子というのなら俺がそうであると思っているので、一番弟子という地位は譲りたくありません」
フレンの顔をまじまじと見つめてしまう。
確かにフレンは俺にとって初めての弟子とも言える存在だ。
過去の世界で魔術が使えなかったフレンに魔術を教え、今も魔術耐性を上げるために修行をつけている。
過去のフレンは俺に弟子がいるのか気にしていたようだったし、自分が最初の弟子であることにかなりこだわりを持っているようだ。
「ふ、くく。そんな風に思っていたのか」
「子供っぽいと思われようがそれだけは譲れません」
「安心しろ。今も昔もお前が一番弟子であることに変わりはない」
「それを聞いて安心しました」
にこっと微笑んだフレンは、それからためらいながらも言葉を続ける。
「ですがアゼリア様の気持ちも分かります。あなたに教えを乞うことで何かが変わるかもしれないという思いを。そして自分が変わりたいと言ったアゼリア様の言葉に嘘はないように思いました」
「つまりそれはアゼリアを弟子にして、禁術の後継者にしろということか?」
「もちろんそれを決めるのはエーティア様です。ただ、アゼリア様の言葉には偽りがないということだけお伝えしておきたかったんです」
「思うんだが……お前は随分とアゼリアに甘い気がする」
常々思っていたことを伝える。
他の者が同じ距離感で俺に近づいて来たらたぶんフレンは怒る。だけどどうしてかアゼリアに対しては怒らない。
アゼリアはフレンのことをかなり気に入っている。それと同じようにフレンもまたあの魔女のことを気に入っているのか、という気持ちで見てしまう。
知らず知らずのうちに唇が尖っていたらしい。フレンの指によってその部分を押される。
「んむ……」
「あの方にはエーティア様への下心がないからですよ。そして後継者となり得る可能性を秘めている。素性の知れない者が後継者としてあなたに近づくよりもよほど安心できます。俺が甘いように見えるのなら、それが理由です」
「ほう、下心。それはこういうことか」
伸び上がってフレンの唇に自分のものを押し当てる。
驚くフレンの顔が面白くて、下唇を柔らかく噛んでいたずらしていると、体が掬い上げられた。
「そうです。あなたに下心を持っていいのはこの俺だけです」
そしてお返しとばかりに唇を吸い返される。
魔力供給されている訳でもないのに、何でこんなにフレンの口づけは気持ちがいいのだろうか。
「ん、もっと……」
「はい」
仕掛けたのはこちらのはずだが、すぐに立場が逆転する。ぼうっとしている間に舌の侵入を許してしまっていた。その上抱きかかえられているので逃げられない。
でもこれで良かったのかも。こんな様子ではあっという間に膝から力が抜けて床にへなへなと崩れ落ちていただろうから。
絡んでいた舌が離れていくと乱れた呼吸を整える。
「なあ……、風呂にいきたい」
くいっと目の前にあるフレンの服を引っ張った。
夕食後にのんびりと風呂を堪能しようと思っていたが、計画を変更する。
まだ日があって明るいが、いやらしいことになだれ込むチャンスだ。この機会は逃さない。
「明日からアゼリアが来たら思う存分いちゃつくことができないだろう。どうせあいつも二、三日もしたらすぐに飽きるだろうから、それまでは様子見だ。だからその前に、新しくなった風呂やベッドを使いたい」
ここまで言えばもうそれ以上の言葉はいらなかった。
フレンによって風呂へと連れて行かれて、共に温泉に浸かった。
その後の流れは言わずもがなだ。
自分が望んだ通り、風呂やベッドで奴の欲望に染まり乱れた顔を見ることができたので大満足である。
だが、それ以上にこちらの方が乱れた顔を見せたような気がしなくもない。
とにかく俺もフレンもこの日は、新しくなった塔の設備をおおいに堪能した。
このトラブルメーカー女のアゼリアを弟子にするなどあり得ない。
絶対に、絶対に無理だ。
「俺の神経が切れる。考え直せ」
手を振って追い払う仕草をすると、頬をぷくっと膨らませてアゼリアが怒り出した。
「もう、エーティアちゃんたら! 話をちゃんと聞いて。思いつきで言ってるわけじゃないわ。牛悪魔ちゃんとやりあったエーティアちゃんを見て、それからずっと考えていたことなの。私が今よりもっと成長するためにはエーティアちゃんに弟子入りすることが必要だって!」
「お前が? 成長?」
正気で言っているのか。
「お前はもう魔術を色々使えるだろう。俺が改めて教えることなど何もない」
それは事実だ。何もこいつにまとわりつかれるのが面倒だという理由だけではない。
すでに魔力はアゼリアの方が高く、俺の使えない魔術だって習得している。弟子入りの必要はないだろう。
「違うわ、私が言っているのは技術だけじゃなくて、内面のこと。私だって色々考えているのよ。自分がダメダメで、このままじゃ良くないってことも。それでも自分一人じゃどうしていいのか分からないの。だって私、今まで誰かの弟子になったこともないし。だからエーティアちゃんに弟子入りすれば何かが変わる気がするの」
「勘弁してくれ」
アゼリアらしくなく、ひどく真剣な様子であるが、やはり弟子入りというのは認められない。
俺はとても忙しい。
ここ立て続けに色々あった。その時のことを思い返す。
***
国王から『白き翼の一族』との交渉役を任され、再び奴らに会いに行ったのはつい先日のことだ。
フレンとエギルはもちろんのこと、彼らに会いたいと訴えたサイラスも共に行った。
森全体にかかっていた惑わしの術に関しては、俺達が入ったタイミングで一旦効果を打ち消させてもらった。
解析に少々時間はかかったが、俺が本気を出せば打ち消すことなど訳はない。
いきなり里に現れた俺達に驚き、当然のことながら彼らは大混乱となった。
抵抗しようと向かってくる彼らをまずは制圧した。俺が『土下座魔術』と勝手に名付けた重力の魔術で地面にひれ伏せさせたのだ。
「お、おいエーティア。これはやりすぎじゃないか?」
サイラスが止めようとしてくるが、首を横に振った。
「そんなことはない。これは前回俺がやられた分の仕返しでもある」
こちらの記憶を奪って、無理矢理番(つがい)以外の者と番わせようとするなど許されない所業だ。むしろこれぐらいで済ませているのだからありがたいと思って欲しい。
最初に彼らを打ちのめしたのは結果として成功だったらしい。
飴と鞭というやつか。俺が鞭でバシッとやった後はサイラスの飴が発動した。
ここから先はサイラスの『勇者』としてのカリスマ性が発揮されたのだ。
「いきなり驚かせてしまってすまない。俺は勇者として魔王を倒したサイラスと言う者だ。あなた達を傷つけるつもりはない。少しだけ話を聞いてくれないだろうか」
勇者、と聞いた彼らの視線が一斉にサイラスに集まった。
そしてサイラスは俺について説明を始める。
「ここにいるエーティアは皆も知っての通り白き翼の一族だ。だが、それだけでなく女神の託宣で選ばれた勇者の仲間でもある。これが何を意味するか分かるだろうか? 女神はあなた達のことを悪しきモンスターとして見ていない。この世界を救う存在であると認めたということだ」
白き翼の一族たちが互いに顔を見合わせて、ざわざわと騒ぎ出す。
「俺はあなた達がモンスターとして認定され、翼を奪われ討伐されていた過去を思うと悔しく心苦しい。そんな間違った過去を知った以上放っておくことはできず、力になりたいと思っている。そしてそれはここにいるエーティアと、アリシュランド王家に属するフレンも同様だ」
サイラスの視線が俺とフレンの方に向く。
「そう、ここにいるのは世界を救った勇者達と王家の者。世界を変える影響力のある俺達だ。あなた達の現状はこれから必ず変わるし、俺も全力で手助けする! そのためにもまずは里の考え方を変えて、互いに歩み寄っていく必要がある。だから俺達を受け入れて勇気をもって立ち上がって欲しい!」
このサイラスの熱意のこもった説得が彼らの心を打ったようで、詳しい話を聞きたいと訴える者が出始めた。
里の者達も、隔絶された世界で生きていかなければならない現状に、もどかしい思いを抱いていたのかもしれない。
恐る恐るといった風に母親らしき者がサイラスに声をかける。
「いつか子供達に外の世界を見せてあげることができるのでしょうか」
「ああ、もちろんだ! あなた達の美しい翼を見せびらかして堂々と歩ける世の中を作っていこう」
その光景を見ていて、どうして女神がこの男を勇者として選んだのか、他の誰でもなくサイラスでなくてはならなかった理由がようやく分かった気がした。
全てを救う者。
この男についていけば間違いない、そう思わせる魅力をサイラスは持っていた。
そして俺の因縁の相手でもある里長と冷たい目の男はどうなったかというと……。
決着は里長の交代という形になり、冷たい目の男もその補佐役から降りることになった。
奴らが中心となって、番の記憶をなくした者同士を番わせていたからだ。
ただ、情状酌量の余地はある。
俺に対してはあんなことをした奴らではあるが、どうしても番の記憶を残しておきたいと訴える住民に対しては無理矢理記憶を奪うということをしていなかったのである。
彼らは彼らなりに村の者達を思っていたのだ。
「本当に申し訳ないことをした」
こちらに謝罪を述べてきたことで、溜飲も下がった。
それに冷たい目の男が、奴を牽制するように俺の前に立つフレンを前にして、ひたすら怯えていたというのもある。
フレンは温度を下げた目で奴を睨んでいた。
奴はフレンに殴られたり、魔術の砲弾を跳ね返されてそれが当たったりとよほど痛い目にあったのが堪えたのだろう。体を小さくしていた。
フレンのお仕置きがしっかり利いているようで、何よりだ。にんまりと口の端を持ち上げた。
気が済んだからもうこれ以上奴らを罰するつもりはない。
里の統治の中心からは外すが、奴らには引き続き里のために頑張ってもらいたいと思う。
その後は新たに里長として立つ者と、俺達の間でこれからの里の方針を話し合った。
番を失い苦しむ者が望めば記憶を消すという方向はそのままに、その後の人生、一人で生きて行くか新たな番を得るかは彼ら自身に任せることになった。
この辺りで一回目の話し合いが終わり、また二回目の話し合いを近々しようというところまで持って行くことができた。
これらが数日前に起きた出来事だ。
***
そういう訳で俺は大変忙しいのだ。
「お前の面倒まで見ていられるか!」
白き翼の一族のことでただでさえ忙しいのに、アゼリアの面倒までとても見ていられない。
「そんなこと言わないで! いいことを思いついたのよ。エーティアちゃんは私を弟子にして、それから禁術の継承者にしたらいいと思うの!」
アゼリアの言葉に、思わず動きを止める。
「何だと?」
「エーティアちゃん、禁術を受け継がせる継承者が見つからないって嘆いていたじゃない。その点私なら魔力だってあるし、数百年後に魔王が復活した時まで長生きできるわ。その時女神に選ばれた勇者一行の魔術師に禁術を受け渡してあげられる」
アゼリアに禁術を継承させる、そんなの考えたこともなかった。
呆然とする。
この体の中に溶け込んでいる対魔王用の禁術は、かつて俺の師匠から受け継いだものだ。
この禁術はなかなか厄介な代物で、魔術師の肉体の中でしか保管ができない。継承者が死に、そのまま放置されようものなら辺り一面を吹き飛ばす大爆発が引き起こされる。
恐るべき力を秘めた禁術は、それ故他国からも狙われやすい。
魔王の脅威が去り、世界共通の敵がいなくなった今、国家間における戦争の道具にされかねないのだ。
だからこそ生半可な力の魔術師には継承させられない。
実際、アリシュランド王国の中で候補者を何人か見繕ってもらったものの、適任者はいなかった。
魔力の量に若干の不安がある、若すぎる、逆に年を取りすぎているなど……。
力のある魔術師という意味でならアゼリアは最適だ。寿命の短い人間何代かに渡って術を継承させていくリスクもない。
だが、それ以前の話である。人格的な問題だ。
「いやいや、お前に継承させるなど、それこそあり得ないだろう!」
トラブルメーカーに禁術など持たせたら、アリシュランドは一瞬で焦土と化す。
「何よう!? 信用ないわね」
「お前のこれまでの行動を見て信頼しろという方が無理な話だろうが」
「いいもん、いいもん。アゼリアちゃんはこれからの行動でエーティアちゃんの信頼を勝ち取ります! 明日から修行に来るからねっ!」
「はぁー!?」
「それじゃあまたね、エーティアちゃん」
引き止める間もなくアゼリアは去って行く。
本気か?
本気で言っているのか!?
「あの様子では本当に明日からやって来るようですね」
思わずフレンの腕を掴んで「やはりそうなのか!?」と確かめる。間近で見つめ合う形になったせいかフレンがわずかに目元を赤く染めながら頷いた。
「え、ええ」
「あいつが毎日ここにやって来たら俺の平穏は壊されてしまう! フレンはどう思っているんだ。いいのかそれで!」
「俺もエーティア様の考えと同じです。平穏な暮らしを壊されたくありません。それに……エーティア様の弟子というのなら俺がそうであると思っているので、一番弟子という地位は譲りたくありません」
フレンの顔をまじまじと見つめてしまう。
確かにフレンは俺にとって初めての弟子とも言える存在だ。
過去の世界で魔術が使えなかったフレンに魔術を教え、今も魔術耐性を上げるために修行をつけている。
過去のフレンは俺に弟子がいるのか気にしていたようだったし、自分が最初の弟子であることにかなりこだわりを持っているようだ。
「ふ、くく。そんな風に思っていたのか」
「子供っぽいと思われようがそれだけは譲れません」
「安心しろ。今も昔もお前が一番弟子であることに変わりはない」
「それを聞いて安心しました」
にこっと微笑んだフレンは、それからためらいながらも言葉を続ける。
「ですがアゼリア様の気持ちも分かります。あなたに教えを乞うことで何かが変わるかもしれないという思いを。そして自分が変わりたいと言ったアゼリア様の言葉に嘘はないように思いました」
「つまりそれはアゼリアを弟子にして、禁術の後継者にしろということか?」
「もちろんそれを決めるのはエーティア様です。ただ、アゼリア様の言葉には偽りがないということだけお伝えしておきたかったんです」
「思うんだが……お前は随分とアゼリアに甘い気がする」
常々思っていたことを伝える。
他の者が同じ距離感で俺に近づいて来たらたぶんフレンは怒る。だけどどうしてかアゼリアに対しては怒らない。
アゼリアはフレンのことをかなり気に入っている。それと同じようにフレンもまたあの魔女のことを気に入っているのか、という気持ちで見てしまう。
知らず知らずのうちに唇が尖っていたらしい。フレンの指によってその部分を押される。
「んむ……」
「あの方にはエーティア様への下心がないからですよ。そして後継者となり得る可能性を秘めている。素性の知れない者が後継者としてあなたに近づくよりもよほど安心できます。俺が甘いように見えるのなら、それが理由です」
「ほう、下心。それはこういうことか」
伸び上がってフレンの唇に自分のものを押し当てる。
驚くフレンの顔が面白くて、下唇を柔らかく噛んでいたずらしていると、体が掬い上げられた。
「そうです。あなたに下心を持っていいのはこの俺だけです」
そしてお返しとばかりに唇を吸い返される。
魔力供給されている訳でもないのに、何でこんなにフレンの口づけは気持ちがいいのだろうか。
「ん、もっと……」
「はい」
仕掛けたのはこちらのはずだが、すぐに立場が逆転する。ぼうっとしている間に舌の侵入を許してしまっていた。その上抱きかかえられているので逃げられない。
でもこれで良かったのかも。こんな様子ではあっという間に膝から力が抜けて床にへなへなと崩れ落ちていただろうから。
絡んでいた舌が離れていくと乱れた呼吸を整える。
「なあ……、風呂にいきたい」
くいっと目の前にあるフレンの服を引っ張った。
夕食後にのんびりと風呂を堪能しようと思っていたが、計画を変更する。
まだ日があって明るいが、いやらしいことになだれ込むチャンスだ。この機会は逃さない。
「明日からアゼリアが来たら思う存分いちゃつくことができないだろう。どうせあいつも二、三日もしたらすぐに飽きるだろうから、それまでは様子見だ。だからその前に、新しくなった風呂やベッドを使いたい」
ここまで言えばもうそれ以上の言葉はいらなかった。
フレンによって風呂へと連れて行かれて、共に温泉に浸かった。
その後の流れは言わずもがなだ。
自分が望んだ通り、風呂やベッドで奴の欲望に染まり乱れた顔を見ることができたので大満足である。
だが、それ以上にこちらの方が乱れた顔を見せたような気がしなくもない。
とにかく俺もフレンもこの日は、新しくなった塔の設備をおおいに堪能した。
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※女の子もゴリゴリ出てきます。
※設定ふんわりとしか考えてないので穴があってもスルーしてください。お約束等には疎いので優しい気持ちで読んでくださると幸い。
※誤字脱字の報告は不要です。いつか直したい。
※なるべくさくさく更新したい。
何もかも全て諦めてしまったラスボス予定の悪役令息は、死に場所を探していた傭兵に居場所を与えてしまった件について
桜塚あお華
BL
何もかも諦めた。愛も、希望も、命すらも。
――それでも、心はまだ、生きたがっていた。
ハイデン・ヴァルメルシュタインは、前世の記憶を持つ【転生者】だ。
自分が生まれた世界が、乙女ゲーム『月下の誓い』の舞台であることを知り、やがて「破滅する悪役令息」という運命を受け入れていた。
貴族社会からは距離を置き、屋敷の一室で引きこもるように生きる日々。そんな彼の前にある日、ひとりの傭兵が現れる。
「ここで死んでも、誰にも見つからねぇかと思ってな」
そう言って離れに住みついたその男――名も知らぬ傭兵は、毎日、無言で食事を置いていく。
ハイデンはその素朴な味に、いつしか心と身体が反応していることに気づく。
互いに死に場所を探していたふたり。
その静かな日常の中で、少しずつ言葉が、温もりが、感情が芽生えていく。
しかし、運命は安穏を許さない。
過去のゲームシナリオ通り、王都ではハイデンにとっては【破滅】としての物語が動き始める。
異母兄アゼルは政略のためにハイデンを再び駒にしようと動き、本来の【ヒロイン】であるリリアは、理想の正義をかざして彼を排除しようとする。
だがハイデンはもう、ただの【登場人物】ではいられない。
傍にいてくれた名も知らぬ男と共に、自らの意思でこの世界を歩むと決めたのだから。
――これは、「終わり」が定められた者が、
「生きたい」と願ったときに始まる、運命の書き換えの物語。
【本編完結】最強魔導騎士は、騎士団長に頭を撫でて欲しい【番外編あり】
ゆらり
BL
帝国の侵略から国境を守る、レゲムアーク皇国第一魔導騎士団の駐屯地に派遣された、新人の魔導騎士ネウクレア。
着任当日に勃発した砲撃防衛戦で、彼は敵の砲撃部隊を単独で壊滅に追いやった。
凄まじい能力を持つ彼を部下として迎え入れた騎士団長セディウスは、研究機関育ちであるネウクレアの独特な言動に戸惑いながらも、全身鎧の下に隠された……どこか歪ではあるが、純粋無垢であどけない姿に触れたことで、彼に対して強い庇護欲を抱いてしまう。
撫でて、抱きしめて、甘やかしたい。
帝国との全面戦争が迫るなか、ネウクレアへの深い想いと、皇国の守護者たる騎士としての責務の間で、セディウスは葛藤する。
独身なのに父性強めな騎士団長×不憫な生い立ちで情緒薄めな甘えたがり魔導騎士+仲が良すぎる副官コンビ。
甘いだけじゃない、骨太文体でお送りする軍記物BL小説です。番外は日常エピソード中心。ややダーク・ファンタジー寄り。
※ぼかしなし、本当の意味で全年齢向け。
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