塔の魔術師と騎士の献身

倉くらの

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13話 塔の魔術師と騎士の結婚

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 城下町は想像以上に酷い事になっていた。
 毒を受けて倒れた者達は広場に急遽作られた天幕の中に運び込まれている。ここに来るまでに患者を抱えて街中を走り回る騎士団員の姿を何度も見た。

 天幕の中に入ると、すでに先行して患者の症状を診ているアゼリアがいた。

「この毒について何か分かったことがあるか?」

 アゼリアの知識は魔術だけでなく、毒にも及ぶ。魔法薬作りにはあらゆる知識が必要なの、というのが本人の弁だ。

「まだ何とも言えないわ。毒が流れ込んだのが井戸水っていう可能性もあるから井戸は騎士団のみんなに封鎖してもらっているの。今は騎士団長さんに原因を調べてもらってる。この毒の成分について詳しく調べたいことがあるから、一旦家に戻って来てもいいかしら? 私が離れることで手が足りなくなっちゃうかもしれないけど……」

「いや、お前にはこの毒について調べてもらう方がいい。治癒術師は連れて来てあるから問題ない。よろしく頼む」

 アゼリアの視線が第二王子と部下の治癒術師達へと向けられて、そして驚きの表情に変わる。

「わお。あの王子様を連れてくるなんて、すごいわ。流石ねぇ。それなら私はここを離れさせてもらうわ。なるべく早く戻ってくるから!」

 ワープの陣が展開されて、アゼリアは消えていった。


「よし、ではこれから治療を始めるぞ。フレンは俺の傍に」

「はい」

 護衛と魔力の補給のためにフレンには傍に控えさせる。彼らが毒を受けた経緯が不明な以上用心するに越したことはない。
 青白い顔をして突っ立っている第二王子にも声を掛ける。

「おい、しっかりしろ。呆けている場合か」

「こ、こんな……。無理だ、こんなの。俺の仕事じゃない」

 奴ときたらごほごほと血を吐いている患者を見てすっかり怯えてしまっている。
 魔王のいた時代はそこかしこでこういう悲惨な光景は見かけたものだが、第二王子にはもしやこういう現場に出た経験がないのか。

「仕方がないな。まずは見ていろ」

 地面に敷かれた毛布の上に寝ている患者のところに近づいて、しゃがみ込む。
 手の平から治癒の光が生まれ、それを患者へと流し込んでいく。
 ふわっと温かな風が吹いてその体から毒が消えていく。

「ああ、ありがとうございます……。体がとても楽になりました」

 患者の顔色にだんだんと血色が戻っていった。

「その婚礼衣装……もしやあなたはフレン様の婚約者だという塔の魔術師様なのですか? 何という神々しいお姿なのでしょう」

 流石にこの衣装は目立つか。
 しかし幸いなことにベールのお陰で、俺がエーティアだとバレていないらしい。

「衣装が血で汚れてしまっています。私のせいで、申し訳ありません」

 どうやらしゃがみ込んだ時に裾が汚れてしまったらしい。

「別に問題ない。この程度の汚れなど後で綺麗にすることはできるのだから。なあ、フレン?」

「はい。あなたがたの命の方が大事です。どうかお気になさらず、まずは体を休めてください」

 安心したのか「はい」と頷いた患者はそのまま意識を失ってしまった。
 この様子ならもう大丈夫だろう。
 第二王子に視線を向けた。

「こんな感じでやっていけばいい。魔術はある程度イメージの世界だ。魔法陣を頭の中に描いてもいいが、それだと時間がかかるだろう。それよりも光景を思い描いた方が早い。例えば、清らかな水で体の中の毒を洗い流していく、もしくは春の温かな風で毒を吹き飛ばすイメージだ」

「はぁ⁉ 貴様、何なんだそのクソみたいなやり方は。魔術を馬鹿にしてるのか」

「確かに初心者は魔法陣を描かないと駄目だろうな。だが、俺は違うぞ。簡単なものなら頭に光景を思い浮かべるだけで使える。そして早い。きっとお前が一人治療している間に俺なら三人は治療できるかもな。早いからな」

 ことさらに早いと強調しておくと、第二王子はムキになって食い付いてきた。

「はぁぁ⁉ 上等だ。そのしょうもないやり方でやってみてやろうじゃないか。貴様にできて俺にできないはずがないんだ!」

 そう言って隣に寝ている患者のところに来た。
 ぽわ、と第二王子の手の平に治癒の光が集まる。

「ははは、どうだ見ろ。俺ぐらい素晴らしい魔術師ともなるとこれぐらいのこと訳がないんだ」

「ふむ。なかなか早いぞ。こういうのは教えたところですぐにできるようになるとは限らないんだ」

 口先だけではなく、それなりに優秀な魔術師のようだ。

「当たり前だろうが。この俺だぞ⁉ お前よりも多くの患者を治療してやる。優秀で早いからな!」

 第二王子は次の患者の治癒に取り掛かった。
 魔術師という生き物は実に単純で扱いやすい生き物なのかもしれないな。
 口にすると確実に怒り出すだろうから、心の中で思うだけにする。

「ありがとうございます……あなたのお陰です」

 回復した患者が、第二王子の手を取って礼を告げる。
 奴は最初こそ引きつった表情を浮かべたが、その手を振りほどくことはなく大人しくしていた。

「ふん、別にこんなことぐらい大したことはない」

 照れているのか顔を背けている。
 患者を治療することで、あいつの中で何かしらの変化が生まれているのかもしれない。



 そうして白き魔力を持つ者達で毒を治療して回っているが、相変わらずここへ運ばれてくる患者の数が減らない。
 そんな時に、天幕に飛び込んで来た者がいた。
 サイラスだった。

「失礼する、俺は勇者サイラスだ。ここで一体何が起こっているのか話が聞きたい……って、うおおおおっ⁉ お、お前っ」

 天幕に入って来たあいつは、中にいる俺とフレンを見るなり仰け反って叫び出した。相変わらずやかましい。
 この騒ぎを聞きつけて来るだろうなと思っていたが、やはりやって来た。
 驚きつつも「エーティア」と俺の名前を呼ばない辺りはきちんと弁えているらしい。
 患者達に聞こえないよう声をひそめて問い掛けてくる。

「何だその恰好は⁉ めちゃくちゃ驚いたぞ。い、いや今はそんなことよりもこの状況だ。説明してくれ」

「ああ」

 サイラスにこれまでに起きたこと、分かっていることを説明した。
 聞き終えたサイラスは顎に手を当てて考え込んだ。

「なるほど。この毒の原因を突き止める必要があるんだな。だけどお前達はこんな状況だからここを離れられないと。よし、俺に優秀な治癒術師の心当たりがある。ちょっとだけ待っていろ!」

 そう言い残して天幕の外へと飛び出して行った。
 白き魔力の持ち主に心当たりがあるのか?


 そしてしばらくしてサイラスが引き連れて来た白き魔力の使い手に、大いに驚くこととなる。
 何と、あいつが連れて来たのは白き翼の一族だった。しかも、元里長と、冷たい目の男だ!

「は、はぁ~?」

 どうしてこいつらがここにいるんだ?
 詳しく話を聞けば、どうやらサイラスは公的だけでなく、私的に何度も彼らの里を訪れて様子を見に行っているという。そこで交流を深めているのだとか。何ともマメな男だ。

「俺は思うんだ。罪に対しての罰は必要だ。だけど、それだけじゃなくて贖罪の機会だって同じぐらい必要だとな。彼らはお前に対しての償いのため、それから里を変えていく未来のために治癒を手伝いたいと申し出てくれた」

 アリシュランドの民の治癒をすることで、恩を売っておこうというわけか。
 彼らの白い翼が薄く青い光を帯びると、治癒の光が患者達の上に降り注いだ。
 一人二人などというレベルではなく、この場にいる全ての者達を治癒しているのだ。

「は……、これはすごいな」

 これほどの治癒術は俺も今までに見たことがない。
 彼らは人に害を与える存在ではない、人を救う存在である。
 この光景を見てもなお、害を与える存在であると思うのならそいつはよほどの愚か者だろう。

 実際に治癒する光景を見せるとは、よく考えたものだ。
 唇の端が知らず知らずのうちに持ち上がる。

「これでお前達はこの場を離れられるな」

「その言葉に甘えてここを離れさせてもらうとしよう」

「彼らの安全のために俺はここに残って見守っているから、そちらは頼んだぞ」

「ああ」

 離れる前に、ポカンとした顔で白き翼の一族達を見ている第二王子に声を掛けることにした。
 こいつは白き翼の一族を研究したいと執着していたから釘を刺しておく。

「あいつらに実験だとか妙なことをしようとしたら、サイラスに斬られるからな。覚えておけよ」

「今がそんな時でないことぐらい、言われなくても分かっている!」

 この返事が聞けたのなら、第二王子はもう大丈夫なのかもしれない。フレンを見上げると、無言で頷いていたのでおそらく俺と同意見だと思った。
 天幕の外へと二人で出ると、フレンが頭を下げてきた。

「このような時に言うことではないのでしょうが、兄のこと、ありがとうございました。ここへ来て患者の治療にあたったのは兄にとってとても良い結果をもたらしました」

 フレンも第二王子の心の変化を感じ取ったようだ。しかし言葉とは裏腹にその表情は冴えない。少し寂しそうにも見える。
 俺の心の内に気付いたのか、フレンがぽつぽつと語り出した。

「幼い頃は……これでも仲の良い兄弟だったのです。ですが、いつの頃からか少しずつ上手くいかなりました。兄上の俺を見る目には苛立ちが浮かび、そして俺もまた兄上の生活態度に苛立ちを覚えるようになりました。今ではもう修復不可能なほどの関係に……。だから俺ではきっとあんな風に兄の心に変化を与えることはできなかったでしょう。エーティア様のお陰です」

 なるほど。そういう理由でこの寂し気な表情か。
 フレンは自ら喧嘩を売っていくようなタイプではなく、情も深いので本当は兄と上手くやっていきたいという気持ちがあるのだろう。

 だが、嫉妬に燃えてフレンに反発心を抱いている第二王子とでは上手くいくはずもない。
 俺は落ち込んでいるフレンの頭を撫でてやった。

「エーティア様……」

「血が繋がっていなくても家族のような絆があるように、血が繋がっているからこそ上手くいかないこともあるのだろうな。だが、何でもかんでも自分のせいにするな。お前はよくやっている」

「お恥ずかしい限りです。自分のことなのに上手くいきません」

「ふふ、弱音を吐くのは珍しいな。だけど少し嬉しい。心を許してくれているということだろう? お前が俺と師匠の絆に気付かせてくれたように、たまには俺だって年長者としてお前の助けになりたいんだ。第三者が間に立つことで、修復不可能だった関係が変わるということもある。役に立てたのなら良かった」

 言葉を言い終えるやいなやフレンによって抱きすくめられた。

「おわっ……」

 急な勢いに体がぐらついたが、しっかり抱き締められているので倒れることはなかった。

「そういう場合ではないのは分かっているんです。でも、少しだけこうさせてください。あなたはすごい方です。本当に、本当に尊敬しています」

 感極まってしまったのか、少し震えているフレンの体を抱き締め返して、背中をポンポンと叩いた。




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