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第6話「宿場町ベネスの噂話」後半
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宿の部屋で簡単に荷を解いたアレクは、街の探索に出ることにした。
日が少し傾き始めた頃、町はさらに賑わいを見せていた。通りには吟遊詩人が歌を披露し、子どもたちが追いかけっこをし、大人たちは広場の酒場に集まりはじめている。
だが、アレクが目を向けていたのは、そうした表向きの喧騒ではなかった。
(……噂、か)
トールが言った言葉の意味を探るように、彼は人々の会話に意識を傾けていく。
そんな中、ひときわ目を引く光景があった。
露店の陰、細い路地で、少年が男に絡まれていた。布袋を無理やり引き剥がそうとしている。周囲の人々は見て見ぬふりだ。
「それは君のものかい?」
アレクが静かに近づき、声をかける。
男は振り返り、軽く鼻で笑った。
「なんだ坊や、喧嘩の仲裁でも気取ってるのか?」
アレクはそのまま、相手の目を見た。
「その子は怯えてる。盗るのなら、せめて“正当な理由”を述べてほしい。聞いた上で、それが道理に適えば口は挟まない」
男の顔が歪む。すぐに手が懐へ動いた。
その瞬間、アレクは一歩踏み込み、男の腕を極めて地面に伏せさせた。手際は冷静で、過剰でも過少でもない力加減だった。
「やめとけ。これ以上は損をする」
声に怒気はなかった。ただ、冷えた水のような落ち着きがあった。
男は顔をしかめ、立ち去った。
少年は袋を抱きしめながら、アレクを見上げた。
「……ありがとう、お兄ちゃん」
「無事でよかった。あの袋に大事なものが入ってるのかい?」
少年はコクリと頷いた。
「母さんが病気で……薬を買ってたんだ。取られたら、もう……」
「そうか。気をつけて帰るんだよ」
アレクは背を向けて歩き出す。だがその背に、少年の声が飛んだ。
「あの、名前は! 名前、教えてよ!」
「アレクシス。アレクでいい」
「ありがとう、アレク!」
少年の声は、町の喧騒の中でもはっきりと響いた。
**
その夜、アレクは《青い灯亭》の下階で、旅人や商人たちの話に耳を傾けていた。
ワインを啜る老人が、興味深い話をしていた。
「なあ、あんた。南の国境近くに、“戻らぬ村”ってのがあるのを知ってるかい?」
「戻らぬ村……?」
「そう。数年前まであったはずの村が、地図から消えてるんだ。ある旅商人が言ってた。道を行けば跡地はあるが、人影も生活の痕も何もない。まるで最初から“なかった”ように」
「それがどうかしたのか?」
「その村、昔は《西方前線の補給拠点》だったって話もある。つまり、軍か――あるいは、もっと違う連中が関わってる」
それを聞いた瞬間、アレクの中で何かが繋がった。
(地図から消された村、補給拠点、軍の不審な動き……)
彼は静かに席を立ち、夜風の中へ出た。
宿の前の石段に腰掛け、アレクは目を閉じる。
「何が隠されているんだろう……」
だが、その時。
「見つけた」
背後から、小さな声がした。
振り返ると、そこに立っていたのは――昼間の少年ではなかった。
黒髪の少女。年の頃はアレクと同じくらい。鋭い目をして、腰には細剣を携えている。
「……誰だい?」
「あなた、ただの旅人じゃないでしょう」
その言葉に、アレクの眉が僅かに動いた。
少女の瞳には、確信があった。
ベネスの町に吹く噂の風は、静かに何かを運び始めていた。
日が少し傾き始めた頃、町はさらに賑わいを見せていた。通りには吟遊詩人が歌を披露し、子どもたちが追いかけっこをし、大人たちは広場の酒場に集まりはじめている。
だが、アレクが目を向けていたのは、そうした表向きの喧騒ではなかった。
(……噂、か)
トールが言った言葉の意味を探るように、彼は人々の会話に意識を傾けていく。
そんな中、ひときわ目を引く光景があった。
露店の陰、細い路地で、少年が男に絡まれていた。布袋を無理やり引き剥がそうとしている。周囲の人々は見て見ぬふりだ。
「それは君のものかい?」
アレクが静かに近づき、声をかける。
男は振り返り、軽く鼻で笑った。
「なんだ坊や、喧嘩の仲裁でも気取ってるのか?」
アレクはそのまま、相手の目を見た。
「その子は怯えてる。盗るのなら、せめて“正当な理由”を述べてほしい。聞いた上で、それが道理に適えば口は挟まない」
男の顔が歪む。すぐに手が懐へ動いた。
その瞬間、アレクは一歩踏み込み、男の腕を極めて地面に伏せさせた。手際は冷静で、過剰でも過少でもない力加減だった。
「やめとけ。これ以上は損をする」
声に怒気はなかった。ただ、冷えた水のような落ち着きがあった。
男は顔をしかめ、立ち去った。
少年は袋を抱きしめながら、アレクを見上げた。
「……ありがとう、お兄ちゃん」
「無事でよかった。あの袋に大事なものが入ってるのかい?」
少年はコクリと頷いた。
「母さんが病気で……薬を買ってたんだ。取られたら、もう……」
「そうか。気をつけて帰るんだよ」
アレクは背を向けて歩き出す。だがその背に、少年の声が飛んだ。
「あの、名前は! 名前、教えてよ!」
「アレクシス。アレクでいい」
「ありがとう、アレク!」
少年の声は、町の喧騒の中でもはっきりと響いた。
**
その夜、アレクは《青い灯亭》の下階で、旅人や商人たちの話に耳を傾けていた。
ワインを啜る老人が、興味深い話をしていた。
「なあ、あんた。南の国境近くに、“戻らぬ村”ってのがあるのを知ってるかい?」
「戻らぬ村……?」
「そう。数年前まであったはずの村が、地図から消えてるんだ。ある旅商人が言ってた。道を行けば跡地はあるが、人影も生活の痕も何もない。まるで最初から“なかった”ように」
「それがどうかしたのか?」
「その村、昔は《西方前線の補給拠点》だったって話もある。つまり、軍か――あるいは、もっと違う連中が関わってる」
それを聞いた瞬間、アレクの中で何かが繋がった。
(地図から消された村、補給拠点、軍の不審な動き……)
彼は静かに席を立ち、夜風の中へ出た。
宿の前の石段に腰掛け、アレクは目を閉じる。
「何が隠されているんだろう……」
だが、その時。
「見つけた」
背後から、小さな声がした。
振り返ると、そこに立っていたのは――昼間の少年ではなかった。
黒髪の少女。年の頃はアレクと同じくらい。鋭い目をして、腰には細剣を携えている。
「……誰だい?」
「あなた、ただの旅人じゃないでしょう」
その言葉に、アレクの眉が僅かに動いた。
少女の瞳には、確信があった。
ベネスの町に吹く噂の風は、静かに何かを運び始めていた。
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