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プロローグ

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その日は1月にしては比較的暖かい日だった。

授業が終わり俺は恋人の大樹たいきに会いに彼の学部棟に向かった。玄関ホールから出てきた大樹は、俺から彼に会いに行ったことが珍しいのか僅かに驚いた顔をしていた。少し話した後、2人で帰るため大学の坂を下って行く。
さらっとした茶髪で彫りの深く有名な俳優にどことなく似てる大樹。ちゃらい感じで自分に自信のあるタイプ。時折ちらっと振り返る女子もいる。そんな彼と横断歩道を渡ろうとしたとき、突然後ろから女の子の声が聞こえた。嫌な予感がしながらも振り返ると知らないロングの髪の毛の女の子がいた。俺の知らない子だった。大樹の学部の子?その女の子は俺達に近寄るといきなり大樹の腕を掴んで自分の体をすり寄せた。胸をぎゅっと押しつけている。こんなに距離が近いってことは親しいのかな。また・・なの大樹。経緯はわからないけど横で聞いている限り、食事に行った、ホテルに行った、そんな内容に話をしていた。俺はホテルという単語に胸が苦しくなった。ホテルに行ったんだ…。そのときに何があったのかは想像もしなくないけど…。


「私、妊娠したの。染谷くんとの子供よ」


彼女の言葉で、ああ、遂にこの日が来ちゃったんだ、そう思った。それが俺の正直な思いだった。



俺、瀬名雪人せなゆきとと恋人の染谷大樹そめやたいきは大学で知り合った。学部は違うけれど大樹は、田園調布の豪邸が実家の大企業の御曹司で更にイケメンだと学部外でも有名だったから俺は一方的に知っていた。

それがあるきっかけで知り合いになって付き合うようになるなんて思っていなかった。


俺の初めては大樹にあげた。大樹は違うだろうけど。…上手かったし。だけど過去のことなんて気にならないくらい俺は大樹が大好きだった。でも、付き合うようになってからも周りに人が集まるのは相変わらずだった。キラキラの取り巻きに近寄ることもできなくて、その上学部も違う俺は普段一緒にいることは出来なかった。

女の子とふたりきりなのを遠くから何度か見かけることもあった。それがただの友だちとは違うと確信に変わったのは2人の会話を聞いてしまったから。

大樹から会いに来てくれないから自分で会いにいくしかない。勇気を振り絞って経済部棟に向かう。すると学生もまばらになった教室の端でふたりが揉めていた。喧嘩でもしているのかと心配して少し近寄ってみる。俺に気づいた大樹は驚いて一瞬気まずげな表情ををしたけど女の子を残したまま「雪人」と言いながらこちらに歩いて来た。


「行こうぜ」


と背中を押す大樹。
大樹のクラスの女の子なのかな?話は途中じゃなかったのかな?振り返ってみると、そのショートの髪の毛の女の子が泣きながらひどいよと言った。


「好きだから一緒にホテル行ってくれたんじゃなかったの?」


俺は頭の中が真っ白になった。だって昨日も俺は大樹の一人暮らしのマンションに泊まっていったから。もう無理って俺が泣きを入れるまで抱き潰した大樹。まさかそんな彼が俺の知らないところで浮気してるなんて思いもしなかった。

女の子をほったらかしにしたことも忘れるほど気が動転していた俺は大樹の手を引っ張って空き教室に駆け込んだ。


「ねえ、女の子とホテルってどういうこと?浮気したの?」


なるべく冷静に話そうと思ったけど声は震えていたかもしれない。
大樹は視線を逸らせた。
誤解だとか女の子の嘘だとか何でもいいから否定をしてほしくて俺もずっと黙って言葉を待った。だけど重い空気と時間が流れるだけだった。


「否定しないってことは浮気したってことなの?…あの女の子と付き合いたいの?俺と別れたいってこと?」


「別れねぇよ」


拗ねたように独りごちた。じゃあなんでそんなことしたの。

大樹とは1年以上付き合っていたけど校内で会うのは図書館が殆どでもっぱら大樹のマンションで逢瀬を繰り返した。とりとめの無い話をしたりテレビを見たりセックスしたり。軽々しい言動もあるけど実は真面目なところもあったり、大学は大樹の一族が経営してる会社を継ぐために今のところに決めた、そんなプライベートな話もしてくれた。
ふたりでいると大樹はリラックスしてるように見えて、俺は少しは特別なのかなと嬉しく思っていた。


だから大樹の気持ちがわからない。俺は大樹がいたらそれでいいのに。大樹だけが大好きなのに。大樹はそうじゃないの?そう聞いても何も言ってくれない。
俺は悲しくて、くやしくて、辛くて、泣きそうになりながら、それでも自分からは振ることなんてできなくて…。お願いだからもうそんなことしないで、と言うしかなかった。


それから気持ちを切り替えてやり直していたはずだった。だけどやっぱり女の子の影がちらついた。いつも違う子だからただの知り合いかもしれない。問い詰めればいいし、俺は恋人なんだから聞く権利はあると思ったけどなんだか怖くて聞けなかった。そもそも俺は複数いる付き合ってる内のひとりでしかないのかもと恐ろしい考えに行き着いた。
だから今日、子どもができたという知らない女の子の言葉を聞いてやっぱりという気持ちと悲しい気持ちと、もう、大樹をから解放してあげた方がいいんじゃないかという気持ちになった。そのチャンスが今なのかもしれない。


「その子ときちんと話した方がいいんじゃない?」


「話すことなんてねぇよ、俺が信じられないのか雪人!」


「責任とってくれるよね?染谷君」


ドラマのような修羅場。その中で俺は悲劇のヒロインだろうか、ただの当て馬なんだろうか、ああ、俺が恋人で、3人で修羅場中だなんてこの女の子は知らなかったりして。
取りあえず場所を変えようと言おうとした時


「キャー!!」


という悲鳴が聞こえた。

振り返ると車がこちらに凄いスピードで向かってきていた。危ない!!俺は咄嗟にふたりを思いっきり突き飛ばした。その後経験したことのない衝撃が襲った。


「雪人!!雪人!!雪人!!!」


大樹の叫ぶ声を聞こえる。俺は地面に投げ出されていた。体が燃えるように熱い。熱いんじゃなくて痛いのかもしれない。大樹と呼ぼうとしたら息ができなくて声の代わりにごぼっと血が溢れた。体が動かないから視線を動かすと俺の周りが赤に染まっていた。あのまま撥ねられちゃったんだな。


「誰か救急車を呼んでくれっ!!押えても押さえても血が止まらないんだっ!!」


血がつくのに大樹は自分の上着を俺に掛けて止血しようとしてくれているらしい。しゃべって動いている大樹を見て彼の無事を確認した。女の子の叫び声も聞こえるからあの子も無事そうだ。よかった。

段々意識が遠のく。


「もうすぐ救急車が来るから…雪人!目を開けろ!お願いだ!」


大樹の声が段々聞こえなくなってきた。大樹に触りたくて手を伸ばそうとしたけど無理そうだ。
ごめん大樹君が遠くなる…。俺死んじゃうのかな。

でも、好きな人を助けて好きな人の側で死ぬって幸せなのかもしれない。


だから悲しまないで、幸せになって…。

愛してる大樹。



それが最後だった。

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