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染谷side3

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恋をすると人はこんなに変わってしまうものなのか。俺は自分のことながらその変化に驚きを隠せなかった。
地味だと思っていた瀬名が輝いてみえる。一重のような奥二重も野暮ったいと思っていたくせ毛の黒髪さえ思慮深い彼に相応しい素晴らしいものに感じた。
俺はそれなりに経験を積んできたと思っていたが、積んでいたのは体の経験ばかりだった。今の俺は想い人の一挙手一投足を気に掛け、それに一喜一憂する心の童貞だ。

ただ、瀬名を目で追うようになって気づいたことがあった。頻繁に目が合う。彼も俺を見ているんだ。時に柔らかく、時に切なげに。もしかして彼も俺に好意を持ってくれているのかもしれない。
その可能性に賭け、俺は心の中の緊張や不安を表に出さないよう、ごく自然に見えるように彼に向かって笑った。


「なあ、つきあおっか」


あまりに驚いたのか石像のように固まった彼は、「本当に?俺に言ってる?冗談じゃなくて?」と一通り取り乱した後「本気で言ってる」という俺の言葉に泣きそうな顔をしながら


「はい、よろしくお願いします」


と答えたのだった。


それからの付き合いは至って順調だった。誰とも肌を合わせたことがないという雪人を初めて抱いたとき、俺はもう二度と他の人間とセックスなんて出来ないだろうと思った。愛する人とひとつになることがこんなにも心と体を満たすものだとは知らなかった。
そして雪人は穏やかで優しくそして知的だった。口数は多くなくとも彼との打てば響くような会話は心地よく、しかし逆に何もせず同じ空間にいるだけでも満たされた。雪人も俺を見て幸せそうに笑ってくれる。そして俺も笑う雪人を見て幸せな気持ちになった。


しかし、俺の取り巻きには父親の部下の息子がいる。俺の行動は筒抜けだろう。雪人と常に一緒にいるわけにもいかない。キャンパスで会うのは図書館が殆ど、後は俺のマンションに雪人が訪れることが多くなっていた。それでも雪人は信じていてくれるのか、相変わらず男女を侍らす俺に何も言わなかった。
その信頼に対して誠実に応えるべきだったのに、1年近く取り巻き連中とセックスしていない俺は「図書館の君」と付き合っているという噂が流れ出したのを知り、思わず女の誘いに乗りホテルに行ってしまった。
結局は雪人のことが気になって碌に何も出来ずそのままホテルを出たが。
だが、その女と揉めている場面を雪人に見られてしまった。


「ねえ、女の子とホテルってどういうこと?浮気したの?」


震える雪人の声。浮気なんてしない。愛しているのは雪人だけだ。だが、理由を話せば未だに親の呪縛から逃れられない矮小な己を晒すことになる。ちっぽけなプライドが邪魔をしてそれが雪人を傷つけてしまった。

別れるなんてあり得ない。雪人のいない生活なんてあり得ない。俺の世界は雪人なしでは既に成り立たないんだ。俺が一番恐れるものは雪人がいなくなること。雪人を失うかもしれない事態になって俺はようやく親の失望を恐れて自分を取り繕うことをやめようと決意した。

遊び仲間達には今更だったが「大事な人ができた」こと「遊びでセックスはしない」ことを伝えた。暫くは未練のあるらしい女に縋られることもあったが大抵はお互い割り切ったただのセフレだ、それも徐々になくなっていく筈だった。だが俺が今まで体裁を守るために遊び相手の気持ちを蔑ろにしてきたツケは最悪の形で支払うことになる。




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