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番外編 里帰り

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「き、緊張する…」


ある休日、俺は雪人の実家に来ていた。大樹が母に返却するものがあるというので、訪れる際に俺も紹介してくれると言う話で。


「ガチガチだぞ?慣れた場所だろう?」


よく知っている場所だ。家も門構えも玄関も過ぎた年月は感じさせるものの昔のままだった。でも俺は赤の他人としてこの家に訪れたんだから緊張もする。


「もう行くぞ」


インターフォンを鳴らし大樹が歩いて行く。俺は慌てて彼を追いかけた。




「染谷さん、よく来てくださいました」


「ご無沙汰しております」


「ふふ、畏まらなくていいのよ。去年の雪人の命日以来かしら。こちらに引っ越しされてから毎年来てくださるから、もうすっかりお友達ね」


母が出迎えてくれた。父は出かけているらしい。
ああ、歳も取って皺も増えたけど母がいる。不思議な気分だった。
それに大樹は毎年雪人の命日にこの家に来てくれていたんだ。知らなかった。


「今日は良い報告が聞けるみたいで楽しみにしていたのよ」


はい、でもその前にと、大樹が鞄から徐に小さな袋を取り出した。中から黒の小箱を取り出す。
あれは雪人の欠片が入っていた箱だ。大樹が返したかったものは雪人の骨だったんだ。


「長い間、お預けくださりありがとうございました」


大樹は箱をそっと両手で包み込み、暫くじっと見つめ、そして母に手渡した。
母はその箱を大事そうに受け取った。


「本当に、長かったわ。私は早く返しに来て欲しかったのよ。早く雪人を返そうという気持ちになる程の人を見つけて欲しいとずっと思っていたから」


「長くご心配をおかけしました。今日は人生を共に過ごしたいと思う人を連れてきました」


「か、神谷要と申します。染谷さんと親しくさせていただいていますっ」


「はじめまして、神谷さん。染谷さんが選ばれた方ですから、きっと素敵な方なんでしょうね」


「いえ、そんな…」


大樹が雪人の欠片を持っている理由がわかった。母は、大樹に雪人の一部を預けることで絶望の中にいる彼を救おうとしてくれていたんだ。そしていつか大樹に好きな人が出来たときのために預けるという言葉を使ったんだ。
母も悲しかったはずなのに、大樹のことをこんなに気遣ってくれていたなんて。俺は母の強さと優しさに胸が熱くなった。


その後、自分で自分の仏壇に複雑な気持ちで手を合わせ、母がお茶を用意してくれるというので居間に通されることになった。





「あの写真は…」


居間の棚の上には雪人の幼い頃の写真が飾られていた。懐かしさで思わず声が出た。


「雪人の小さい頃の写真です。雪人の周りに車のおもちゃが沢山ありますでしょ?車が大好きでミニカーも家に山のようにあって、車に乗ってどこかに出かけるときも今の車は何?あの車は何て言う名前なの?とずっと質問されていたんですよ」


母は遠くを見つめながら懐かしそうに、少し寂しげに話した。



その姿を見て俺は今すぐ母に雪人の生まれ変わりだと言いたくなった。でも、一度大樹に信じてもらえなかったことが頭を過る。あのときはタイミング的にも最悪で信じてもらえなかったのは当たり前なんだけど。でも母にまで冷たい態度を取られてしまったらと思うと俺はどうしても伝えることが出来なかった。




「お気に入りの歌もあったんですよ。くるまがはしるよぶーぶーぶーって」


母が歌を歌った。小さい頃一緒に母と一緒に歌った歌。


「懐かしい歌ですね」


「…続きをご存じ?」


「はい知ってますよ、はやいよはやいよぶーぶーぶーですよね」


「…ええ…その通りです…」


いきなり母が声を震わせ目頭を押さえた。目から涙が溢れている。


「ど、どうしたんですか?大丈夫ですか?」


「神谷さん、この歌はどうしてご存じだったんですか?」


「え?小さい頃母に歌って貰った歌なので…」


「…この歌を知っているのは私ともうひとりだけなんです」


「なんで…」


「だってこの歌は車が好きな雪人が車の歌を歌ってとねだって来たから私が作ったものなんですもの」


「…そうだったんだ…」


「そう、だから知っているのは私と雪人、あなただけなのよ。試すような事をしてごめんなさい。実は染谷さんからあなたが雪人の生まれ変わりだと聞かされていたの。話を聞いてまさかと言う気持ちとそうであって欲しいという気持ちで揺れたわ。でも今日あなたに会って、染谷さんのおっしゃることがわかった。雪人とは姿も雰囲気も違うのに心が安らいだの。ただどうしても確信が欲しかった…」


「お母さん…」


「雪人、抱きしめてもいいかしら」


母が俺にそっと触れる。俺は母を抱きしめた。


「お母さん!お母さん!」


「雪人…雪人…」


「死んでしまってごめんなさい。悲しませてごめんなさい」


俺は溢れる涙を止めることもせず懐かしい母の温もりを感じていた。




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