一般人の魔王と勇者

どてかぼちゃ

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接触編

002 赤い血と紅の地

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 私は勇者。
 人類希望の光。

 王族の血を継いだ私は幼き頃、母親の巧みな印象操作もあり、当時の国王である祖父に勇者の称号を与えられた。
 魔族を亡ぼすことこそが勇者の存在意義であると一辺倒な教育の上、私は成り立っていた。

 血反吐を吐き、全身が悲鳴を上げる毎日の訓練は誰もが想像を絶する程。
 だが、私はこれを辛いだなどと思った事はない。
 それが当たり前だと教え込まれていたからだ。

 あと少しで成人するといったある日、遂に戦場への初陣を果たす。
 魔王軍が我が領地内の村を占有したとの知らせを受け、奪還する為の陣頭指揮を命じられたのだ。
 
 我が軍が駆けつけると直ぐに戦闘となった。
 敵味方入り乱れる中、相手の将らしき人物を発見、なんとそれは私と同じ年頃の女。
 もっとも、魔王軍からしても人間の将である私を見て同じように思ったであろう。

 我が軍はこの戦いに勝利。
 いや、勝利と言って良いものだろうか?
 魔王軍が突然撤退を始めた為、大多数の兵は命を拾った形となった。
 決して楽な戦いではなく、その被害は甚大。
 悲しいことに戦場となった村は壊滅状態で既に手遅れ、全村人が犠牲となってしまった。
 
 許すまじき魔王軍!
 必ずこの手で滅ぼすと亡くなった村人たちの魂に近い、戦場を後にした。
 
 私は初陣を白星で飾り、城では英雄ともてはやされた。
 実際は相手軍が退いたから戻ってこられただけで、我が軍は誰一人その勝利を喜ぶものが居なかった。

 だが収穫があったのも事実。
 戦闘に参加した兵たちは己の力の無さにこれまで以上の修練に励む。
 無論、この私とて例外ではない。
 勇者の名に恥じぬよう更に精進、しごきに苦痛よ何でも来い!

 そして遂にその時がやってきた。
 魔王軍との最終決戦。

 城から僅かしか離れていないこの古の丘。
 ここが戦いの場となる。
 言い換えればこの地まで魔王軍に押し込まれたのだ。
 もう後がない。

 怒号と悲鳴の渦に飲み込まれると、今度は飛び散る赤き飛沫が一面を紅に染める。
 仲間が次々と倒れる中、魔王とその幹部が漸く姿を現した。

 「勇者よ、決着をつけようではないか。互いにその被害は甚大、失い過ぎたのだ。ケリをつけようぞ」

 「望むところだ魔王!」

 暫くして私は意識を失った。


 ―― そして ――

「おはよう」

 あたたかい。
 ここはどこだ?
 そして貴様は誰?

「じゃあ向こうにいるから」

 その人物はこの部屋からでていった。
 なんとも心地よいな。
 もう一度目を閉じて……

 あれからどれだけ時が過ぎたのだろうか。
 私はどうなってしまった?

「おい、起きろ」

 どこからか声がする。
 誰?

「お前勇者だろ? 起きろってば!」

 勇者?
 そう、私は勇者だ!
 
 すぐさま瞼を開けると反射的に上半身を起こす。
 寝ていたのか?

 状況が呑み込めないまま辺りを見回すと、隣にはもう一つベッドが。
 そこで同じような姿勢の女が一人。

「私だ! 魔王だ!」

 魔王だと?
 私の知っている魔王は小じわだらけの中年ババァだぞ?
 まぁ、あまり人のことも言えないがな。

「お前が魔王だと? 笑わせるな! 魔王はそんなにピチピチの肌などしておらぬぞ!」

「お前こそ自分のツヤツヤな肌をよく見て見ろ! 干した果物みたいだっただろうが!」

 言われて自身の両腕に目をやれば、確かに張りのある皮膚をしていた。
 指で押すと弾む弾力。
 これは一体?

「どうやら私達は若返ったようだ」

「若返った? 寝言は寝て言えよ魔王! そもそもここはどこだ?」

「それは分からん。あの最後の一撃で勇者と私は飛ばされたらしい」

「そうか。私の渾身の一撃でも魔王の息の根を止められなかったのだな。悲しいかなこの状態では剣を握ることさえ敵わぬ。さぁ殺せ」

「バカか脳筋? せっかく拾った命を無駄にするな! 私達を助けたあの男の得体も知れぬ故、暫く休戦としよう」

 私以上に現状を把握している魔王。
 知恵ある魔族の王と噂されるのは伊達ではない。
 
 その点私は肉弾戦以外強みがない。
 ヤツからすれば確かに脳筋だろう。
 正直この戦いは私の負けだな。
 魔王からはまだそれなりの魔力を感じる。
 それに比べて腕に力が入らない今の私は只のひ弱な人間でしかない。
 終わりはあっけないものだな。
 しかも休戦だなんて。
 
 ……ん?
 休戦だと?

「おい魔王! 今何と言った?」

「こんな場所で争っても仕方ないだろう? まずは状況把握をするんだよ! ちょっとは頭を使えよ」

 バカにされてムカッ腹が立ったものの、確かに魔王の言う通りだ。
 こんな時でも冷静なアヤツはやはり侮れない。

「勇者よ、お前も力を奪われているようだが、どういったワケか私も相当な魔力がなくなっているんだ。これはきっと若返ったこの体に関係があるのだろう」

 力か。
 もうどうでも良かった。
 現時点でこの魔王に負けたと悟ったからだ。
 この状況下でも生における執念をヤツほど持っていない私。
 その時点で……

「……おい! 聞いているのか勇者! 状況が把握できるまで私とお前は只の人間だということにしておこう。しかも記憶を失った姉妹だと」

「あぁ、魔王に任せるよ。どうせ私の命はお前に握られているし」

「確かに力を振り絞れば勇者を倒す事も出来よう。だがよく考えてみろ? もしかするとここは私達の居た世界と違うかもしれないのだぞ? 周りは敵だらけだったらどうする? 一人より二人の方が心強いだろうに。そう言った意味も込めての休戦だ。だから協力しろ」

 こうして魔王と勇者である私は手を組む事となった。
 最初からこうすれば平和だっただろうにと思いつつ。
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