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chapter.3
求めるモノ、求める者
しおりを挟む「ひゅー! 見た見た今の! すっごいね! ジブリールがあっという間に火の海だよ!」
ジブリールを俯瞰出来るバルコニーから身を乗り出し、オペラグラスを片手に、黒い髪の少年は興奮気味に隣に立っている男にまくしたてる。
男──いや、体格的に女性かもしれない──は長いオレンジ色の髪を一つに纏め、きっちりと軍服を着込んでいる。さらにその上から、贅沢にファーをあしらった真紅のマントを羽織っていた。彼の青い瞳は細く、常に笑っているような印象を受けるが、決して柔らかいものではない。
成り上がりの権力者。それが、少年が彼を見たときの印象だった。実際それは間違っていない。
「落ち着きたまえよ、情報屋くん」
女性にしては低く、男性にしては高い声。それはこのマントの人物の物だ。彼は苦笑しながら、このままでは落っこちかねないと、首根っこを掴んで手摺から引き剥がす。少年の右頬にある十字の刺青がちらりと視界に入った。
少年──ノワール・エヴァンスは不服そうに男を睨みつけるが、またオペラグラスを覗き出すと、その顔に再び笑みが浮かぶ。
「話には聞いてたけど、こんなにすごいとはね。うんうん、人生何があるかわかんないね」
ノワールが一人で納得し、頷いているが、男には全くそれが理解できなかった。
「私には全く君の話の意図が掴めないのだが。とにかく早くジブリールの消火活動に移ったほうがよさそうだ。民が不安がる」
「それは必要ナシ」
彼がそうジブリールを指差すと、さっきまであれほど激しく燃え上がっていた炎はすっかりその勢いをなくしていた。
「範囲指定魔術か。屠るべき敵だけ燃やす炎、それを広範囲に展開……あんたらあんなバケモンみたいなの追っかけてたワケ?」
その頃、アメリの地下深くの遺跡の一角で白い髪の少年がそう問いかけた。目の前にはエルフの装飾とはかけ離れた鏡が置いてある。そしてそれがアメリの様子を映し出していた。
「『器』がこれほどまでの魔術を使ったのは、これが初めてですよ。はたして、『器』自身の力か、その『中身』の力かは、私には検討がつきかねます」
嫌味なほどに涼やかに、その声の主は微笑んだ。歩くたびに鎧が金属音を立てる。白い髪の少年――ブラン・エヴァンスは、不快に感じて眉根を寄せた。
「何年何十年って追っかけてるくせに、なーんにも掴めてないっての?」
「失礼ですね。『器』は何度も移し替えられてますし、その度に違う能力があったものです。今回の『器』は特殊なようなので、日々驚きの連続なんです」
全く驚いたと思っていない声色だ。やがて声の主が姿を見せる。
暗闇でなお明るく輝く銀色の髪が揺れる。毛先だけ染めているのだろうか、赤ともピンクともとれる色に染まっている。長い不揃いな髪を二つに分けて結われたそのてっぺんには、見たことのない燃えるような色をした花が一つずつ差されていた。猫のように丸い瞳、エルフのように尖った耳。そこまで見れば彼女は可憐な少女だっただろう。
しかし、銀髪とは正反対の真っ黒な刺々しい鎧を身に纏っているのだ。小手も、胴当ても、脚絆も、ブーツの踵に至るまで全てが刺々しい。
──まるで毛虫だ。美しい花を蝕む、毛虫。
ブランは彼女をそう形容している。
「『器』ねぇ……俄かに信じがたい話ではあるけど」
ポリポリと、左頬の刺青あたりを掻きながら、彼はもう一度鏡に目を向けた。
激しく立ち昇っていた炎は収まっており、ジブリールの隊員たちが後始末にと慌ただしく走り回っていた。そんな中、肩で呼吸をしながら、立ち尽くしている朱茶の髪の少女をその鏡は映している。
「彼女は何者だい?」
真紅のマントの男がノワールに問いかけた。
「『器』だってさ」
「何の?」
「そこまでは僕ら知らないよ。ただ、」
ノワールはオペラグラスを覗いたまま、それに応える。
「むかしむかし偉大な錬金術師は、とても偉大な物質を造り出した」
異なる場所にいたブランもまた、偶然か必然か、ノワールと同じ言葉を発していた。
「それは卑金属を金属へと変え、」
「あらゆる魔術を授け、」
「不老不死の力を与えるだろう」
一言一句違わぬそれは、古い言い伝えだ。彼ら兄弟はそれを最愛の姉から教わった。
「あらゆる魔術を授ける──言うなれば、奇跡。つまり、」
マントの男が信じがたい、と眉根を寄せる。
「「願いを叶える物質」」
双子は再び異なる場所で声を揃えた。
「確かに、喉から手が出るほど欲しいな。そんなのが実在するなら」
ブランは鎧の少女に茶化すように言う。
「実在しているからこそ、その言い伝えが残っているのでしょう? 火のないところになんとやらってヤツです」
少女は涼しい笑顔でそう返した。
「その言い伝えが確かだったとしても、私には関係ないさ」
マントの男もまた、静かに語る。ノワールはようやくオペラグラスから顔を離し、目を丸くしながら彼を見る。
「あれ、意外だね」
「人の願いというのは際限がない。欲望というのは膨れ上がり続け、満たされることはない。
願いを叶える物質が本当だったとして、いずれそれが、我が国を、我が民を脅かすならば、私は彼女を殺すよ。──王として」
マントの男──アメリの王、オグマは背筋がぞっとするような微笑みを浮かべ、ジブリールのその奥、『器』がいる方を見つめていた。
「でも、あの魔術師さんがホントにあんたらが探してる『器』なの?」
俺らが会ったのは普通の女の子だったよ、とブランはそう鎧の少女に尋ねる。
「しばらく行方を眩ませていましたが、アレは間違いなく『器』です。
……今度こそ必ずこの手に掴む。──我らがサン=ドゥアのために。モルニエの名にかけて」
鏡の中の魔術師を潰すように、鎧の少女──ルインロス=モルニエはトゲトゲした拳を握りしめた。
「オグマ王! こんなところにいらっしゃったんですか!? ゲニウスも見当たらないし、探したんですよ!?」
バタバタと慌ただしく、やたらと高露出に軍服を着崩した女性が、部屋の中へと走ってきた。どうやら王の側近らしい。オグマはふぅ、と小さく溜息を吐いた。
「済まないキヤーナ、すぐに行く。……さて、情報屋くん、私はこれで失礼するよ。好きなだけそこから眺めているといい」
「はいは~い、そうする~。あ、そうそう、最近シーア周辺国の魔物が活発化してるらしいよ」
「周辺国?」
ノワールの一言に、オグマの足が止まった。
「そ、周辺国。特にライアとカルス国境あたりが酷いんだってさ。ジブリールの連中が話してた。シーア自体は平和そのものだよ」
ノワールは再びオペラグラスを覗きながら、楽しそうにその先の光景を眺めている。
「陛下! 早くこちらへ! さっきのドラゴンだとか炎だとかジブリールに関する説明を求めて民が集まってるんですよ!」
女性──オグマにキヤーナと呼ばれていた──はしばらくオグマが出てくるのを待っていたが、痺れを切らしたらしくバルコニーまで駆け寄ってきた。
「……その話、後で買い取ろう」
「まいどあり~!」
ノワールがそれを言い終わらない内に、オグマはキヤーナを連れ、足早にその場を去っていた。
「そうだ。今回の件、報告ありがとうございました。お陰で迅速に動くことができました」
ルインロスは思い出したかのように礼を言う。
「ついでだ、ついで。ジブリールに用があったからそのオマケ」
「オマケであっても感謝してます。例えゴミクズであっても、彼はあのお方のお気に入りですので」
独断行動には困ったものですけれど、と彼女は微笑んだ。相変わらず食えない笑顔だ。正直、苦手なタイプ。ブランは心の中で悪態をついた。
「それより、仕事の話で呼んだんだろ、アンタ」
「ええ、調べて欲しいことがありまして。オロッセ大陸の現状を」
「オロッセの? あそこは何もない極寒の地だぞ?」
「何もないからこそ気になるんです。報酬は弾みますよ」
そう言うとルインロスはブランにずっしりと重い皮の袋を投げて寄越した。じゃらりという金属音とその重さ。中身を確認する必要すら感じない。
「まいど」
「では、私はやることがありますのでこれで失礼しますね。またいずれ」
彼女はまたにっこりと微笑むと、くるりと踵を返して闇の中へと溶けていった。
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