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chapter.4
疑問
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ルシフェルの部屋を出た後、ひとまず病室に戻ろう。というサキの提案を素直に聞き入れ、ヴィルとシェスカ、それからジェイクィズは、彼の後ろへ続くようにぞろぞろとジブリールの中を歩いていた。
「めずらしーな。ベルちゃんがついてこないなんてよ。遂に愛想でも尽かされたのか?」
「知らん」
ジェイクィズの言うとおり、あれだけサキがサキがと言っていたベルシエル……もといセレーネの姿は見えない。ルシフェルに用があったのか、はたまたぼーっとしていたのか。ヴィルたちが部屋を出るときに彼女はついてきていなかったのである。
「そういえばあの子、ルシフェルさんのこと兄様って言ってたけど、兄妹なの?」
思い出したようにシェスカはサキへと問いかけた。
「そうらしい」
「確かによく似てたよなぁ」
そう言いながら、ヴィルは彼ら兄妹の姿を思い浮かべていた。雰囲気の違いはあれど、女版ルシフェルと言われれば納得できるようなくらい似ていた気がする。
「まあ? でも局長よりベルちゃんのが数百倍かわいいけどネ。いや、比べちゃベルちゃんに失礼だな、うん」
「あんたほんと男には厳しいわよね……」
「シェスカちゃん妬いた? やーんもうシェスカちゃんも比べらんねぇくらいかわいいよ!」
「どういう脈絡なのよ!?」
相変わらずのジェイクィズとシェスカのやり取りを苦笑しながら眺める。
なんだかホッとするなぁ。と、ヴィルはぼんやり思っていた。この間まで(ヴィルにとってはついさっきのように感じるが)、魔物やら何やらと戦っていたとは思えない、平穏。それを噛み締めながら、サキの後ろについていく。
「隊長──!」
その声に我に帰ると、いつの間にかみんなと合流した庭園にまで戻ってきていた。詰所へと続く扉の前で、見覚えのある青年が手を振っている。
「レオンハルトか。どうした?」
サキにレオンハルトと呼ばれた、淡い金髪に気弱そうな青い瞳をした青年は、自分と同じ病院服に身を包んでおり、袖口から白い包帯やらガーゼやらが覗いていた。
しばらく記憶を辿ると、浮かぶオリーブ色の軍服。ヴィルはそこでようやく、彼が以前オルエアで会ったジブリール隊員だと気付いた。
「あ! オルエアのジブリールの人! よかった、ホントに無事だっ……」
たのかと続けようとしたその時、
「お命ッ!」
ブオッと大きな何かが空を切る音。それに続いて視界の端を銀色の何かが通り抜ける。その切っ先はヴィルの真横を掠め、真っ先にその前を歩く人物へ……。
「頂戴ッ!!」
「うわっ!?」
何が起こったかわからないまま思わず頭を庇う。どさり、と重みのある何かが落ちる音がした。そちらを見ると、燃えるような赤い髪をした女性が、サキによって槍を持った手を捻りあげられ、地面に組伏せられていた。
「いたたたた! ギブ! 隊長ギブです!!」
「怪我人は無理するな。動きが鈍いぞ。五点」
赤毛の女性にも見覚えがある。彼女もまた、レオンハルトと同様、オルエアで会った人だ。名前は確かアシュリーだったか。
サキが手を離すと、アシュリーは悔しそうに彼を睨みつけて、
「絶対次こそは倒してやるからな!!」
と、捨て台詞を吐いて走り去ってしまう。
「あっ待ってくださいよ、アシュリーさん! すいません隊長、失礼しますっ!」
それに続いて、レオンハルトはぺこりとこちらに頭を下げてから彼女を追うのだった。
「なんだったんだ、アレ……?」
「さあ?」
「気にするな。行くぞ」
ヴィルとシェスカが首を傾げているのを気にも留めず、サキはすたすたと歩き出す。不揃いな黒髪を無理やり縛った尻尾のような三つ編みが揺れている。仕方なくそれについていくが、頭の中はクエスチョンマークでいっぱいである。
そんなヴィルたちを見て、ジェイクィズがやれやれといった様子で肩をすくめた。
「第三分隊の伝統……ってかルールみてえなモンね。不意打ちでもいいからあいつ倒したやつが次の隊長になれんのよ」
「へえ……他の隊も隊長倒したらその人が次の隊長になるってこと?」
「いーや? こんなんやってんのはこの隊だけだ」
などと話している間にも、前を歩くサキをあの手この手で倒そうと仕掛けてきた隊員たちが、次々とあっさり返り討ちに遭っている。死屍累々とはこのことか、と床に転がった隊員を踏まないように避けながら歩く。
「隊長になった時の公約ってやつ? 俺を倒せたらそいつが次の隊長だって大演説かましちまってな。それ以来コレよコレ」
「へえ……ひょっとしなくても、サキってめっちゃ強いのか?」
「あー……就任してから八年間誰にも倒されてねえしなぁ」
「八年!?」
見たところサキの年齢はまだ二十代前半、といったところだろう。そこから八年前、ということは、自分とそう変わらないか、年下の頃に隊長になっていたことになる。
いや、何年も見た目変わらない若々しい人だっているわけだしな……と、ヴィルの頭の中は変な推測が飛び交っていた。
「あんた今いくつなのよ?」
「二十二」
シェスカの問いにサキは短く答えた。どうやらものすごい童顔とかそういうわけではないらしい。
「じゃあ十四の頃からいるってことか」
「いや」
サキはそこで一度言葉を区切る。ぬっ、とこちらに腕が伸びてきたと思うと、だぁん! と鈍い音。そちらに視線をやると、転がされたジブリール隊員が。
「ジブリールに入ったのは十二の時だ」
「へ、へぇ……」
(オレが殴られると思った……!)とヴィルはほっと胸を撫で下ろした。伝統だかルールだか知らないが巻き込まれるこっちはたまったものではない。正直心臓に悪い。
避難しようとさらにサキから距離を取って歩くことにした。
「スゴかったぜ~。なんせ最年少入隊最年少隊長だからなァ」
みーんな黄色い声上げんの気に食わねえったら。と、ジェイクィズは肩を竦めた。
「ジェイクやけに詳しいのね、ジブリール事情。ルシフェルさん達とも知り合いみたいだったし」
「あれっ、言ってなかったっけ? オレ様、元ジブリールなんよ。ものすごぉぉく不本意だけど、そこの奴の元部下」
初耳である。さらっとなんでもないことのように言っているが、結構驚きだ。
「えっマジ!?」
「マジマジ」
驚かれるのは満更ではないらしく、ジェイクィズは少し得意げに頷く。隣を歩くシェスカはそこまで驚いていないようではあったが、色々思い当たる節があったらしく、こめかみに手を当てて、「あー……なんか色々納得いったわ……」と呟いていた。
******
遠ざかっていくサキたちの足音を聞きながら、ベルシエルはしばらく彼らの出て行った扉を眺めていた。
「どうしたんだい、ベル?」
そんな彼女に声をかけたのは、彼女とよく似た男だ。名前はルシフェル。彼は貼り付けたような笑みを浮かべている。ベルシエルはそれが苦手だ。
彼は彼女にとって、兄。そう呼ぶのが一番わかりやすい。しかし彼女たちにそんな兄妹のような繋がりはわからない。周囲にわかりやすいから、そう呼称しているだけで、そこに情愛はない。兄もきっとそう思っているだろう。
「珍しいね。サキくんについていかないなんて」
兄は何が面白いのかわからないが、どこか楽しそうにそう話しかけてくる。今は彼の顔を見ていないからわからない。けれどきっと笑っているのだろう。
落ち着かない。ベルシエルはヘッドドレスのリボンを指先で弄ぶ。
「ねえ、兄様。あの子、『何』?」
あの子とは誰なのか。それをわざわざ口に出さずとも、兄はそれを理解するだろう。そんな妙な信頼感はあるのだから不思議だ。
「何って? さっき話していたの聞いてなかったのかい? あれは賢者の石の……」
「そうじゃない」
短く、兄の言葉を遮る。さっきの話で、兄はまだ全てを話したわけではない。ベルシエルはそう確信している。
「見た目も、魔力の感じも、ただのニンゲンなのに。
あの子、ニンゲンじゃないよ」
あの子──シェスカいう名だった──は、どう見てもニンゲンだった。翼もなければ、変な魔力の感覚もなければ、少しだけ話した雰囲気も普通のニンゲンのそれだ。
しかしベルシエルはどこか引っかかっていた。一番の違和感は彼女が治癒魔術を使った時だ。あの時、彼女が使ったのは明らかに魔術ではなかった──あれは魔法だ。ベルシエルは直感的にそう思った。所謂奇跡と呼ばれるもの。そして魔法を使える存在は、この世界に多く存在しないと、彼女は知っている。
「あれが何か、知ってどうするんだい? 君には関係ないだろう?」
「関係ある。サキが関係あるなら」
兄はこの話をする時、「君たちにも関係ある」と言っていた。それはきっと任務の話だけではない。もっと別の、違う何かがあるに違いないのだ。ルシフェル・セラーフという存在はそういうものだ。
彼はベルシエルとよく似た顔を笑顔の形に歪ませる。面白くてたまらない。そう言っているように見えて不快だった。普段の兄は嫌いではないが、こういった時の兄は嫌いだ。居心地が悪い。早くサキの元に行きたい。今にも部屋から出そうな足をなんとか留める。それを見て、兄はまた笑みを深くするのだ。
「じゃあヒントをあげよう」
「ヒント?」
「あれはね、道具なんだよ」
「……道具?」
「そう。道具」
ルシフェルはそれだけ言うと、ひらりと外套を翻らせてベルシエルの横を通り抜け、扉へと手を掛けた。
「兄様! 話はまだ……」
「おれ、機関室へ戻らないといけないの。大魔石がない今、エネルギー供給はおれの魔力で補ってる。知っているだろう?」
靴の音がコツコツと鳴る。歩み寄ってくる兄は、相変わらず満面の笑みを浮かべている。
「……」
「おれの代わりにベルが魔力を送ってくれるなら、行かなくてもいいんだけどね?」
そう言いながら、ルシフェルはベルシエルの頬を撫でた。手袋の少しざらりとした布の感触が不愉快で、それを払いのけた。弾かれた手を全く気にせず、彼はまたくるりと身を翻らせ、再び扉へと手を掛けた。
「じゃあトールくん。後で陛下が訪ねてくると思うけど、そんなわけでおれ対応できないからよろしく。本当におれが必要な書類だけ下に持ってきてね。それ以外はサキくんかゲーアハルトくんにでも任せといて~」
奥の部屋のトールから返事が返ってくるのも待たず、ルシフェルは一気にまくし立てて、その扉を開けて出て行こうとした、その時だった。
ルシフェルが一瞬、止まった。不思議に思い、ベルシエルは首を傾げた。すると彼は苦笑気味に、
「立ち聞きとは趣味が悪いな」
と肩をすくめながらその扉を開ける。
「思ったよりお早いお着きで。オグマ陛下」
「妹君たちがこちらへ来るのをゲニウスが見ていてね。きっとお戻りだろうと」
扉を潜って部屋へ入ってきたのは、長いオレンジ色の髪を一纏めに結い上げた人物だった。じゃらじゃらと胸に着けた勲章やらメダルが、その人物が歩く度に音を立てる。
「やあ、また会ったね。セレーネ殿」
「…………オグマ」
ベルシエルはオグマが苦手だ。ニンゲンだから、というのもその原因の一つではあるが、それだけではない。オグマの纏う、威圧するような雰囲気もまた、その大きな要因だった。
「こらこら。ちゃんと陛下とお呼びしなさい」
ルシフェルがこつん、と拳で軽く頭を叩く。痛くはない。形だけのものだ。
「気にしないよ。さて、局長殿。今回の件について色々と報告をお願いしたいのだけど、今から時間は大丈夫かな?」
「そうだねぇ、陛下が口を挟まなきゃ大丈夫かな。あー、ベルシエル。サキくんとこ行ってきなよ」
もう何も話すつもりはない。ということなのだろう。オグマがここに来た今、これ以上この部屋にいたくない。
「……言われなくても」
そう返して、ベルシエルは部屋を後にした。少し乱暴に扉を閉める。蝶番が軋む音が不快だった。
部屋の外にはオグマの着ている軍服とよく似たものを着た黒髪の男が立っていた。片眼鏡が光を反射して白くなっている。その隣にはやたらと高露出に男と同じ軍服を着崩している女性。……今日はやたらと面倒臭そうなニンゲンに会う日だ。と、ベルシエルはうんざりしていた。
「こんにちは、セレーネさん。どうです? 私とお茶でも」
「ゲニウス。仕事中でしょう」
彼らには見覚えがある。オグマの側近だ。男のほうがゲニウス。女の方がキヤーナ。オグマの命で部屋の外で待機するよう言われたのだろう。どちらも何か腹に抱えていそうな奴らだ。ベルシエルは無視を決め込み、足早に彼らの横を通り抜ける。
「……?」
すれ違いざまふと、ゲニウスに妙なにおいを感じて、ベルシエルは立ち止まった。そのにおいは、最近感じたなにかにとてもよく似ている。しかし、それがなんなのか、ベルシエルにはわからなかった。
「あ、お茶してくれる気になりました?」
ゲニウスはそうにっこりと微笑む。ベルシエルはそれを思い切り睨み返して、また歩みを早めていった。
「ああ、今日はよくフラれる日ですねぇ……」
「まったく……アンタのそれどうにかなんないの?」
「そちらこそ。その汚い身体を晒すの止めたらどうですか?」
「んなッ!?」
「はあ……年増の体なんて見たくない……」
「アンタほんっと失礼ね!!」
くだらない会話。そう思いながら、ベルシエルは聞こえてくる彼らの会話を背に、声を掻き消すようにわざと靴音を立てながら階段を下りた。
ルシフェルの部屋を出た後、ひとまず病室に戻ろう。というサキの提案を素直に聞き入れ、ヴィルとシェスカ、それからジェイクィズは、彼の後ろへ続くようにぞろぞろとジブリールの中を歩いていた。
「めずらしーな。ベルちゃんがついてこないなんてよ。遂に愛想でも尽かされたのか?」
「知らん」
ジェイクィズの言うとおり、あれだけサキがサキがと言っていたベルシエル……もといセレーネの姿は見えない。ルシフェルに用があったのか、はたまたぼーっとしていたのか。ヴィルたちが部屋を出るときに彼女はついてきていなかったのである。
「そういえばあの子、ルシフェルさんのこと兄様って言ってたけど、兄妹なの?」
思い出したようにシェスカはサキへと問いかけた。
「そうらしい」
「確かによく似てたよなぁ」
そう言いながら、ヴィルは彼ら兄妹の姿を思い浮かべていた。雰囲気の違いはあれど、女版ルシフェルと言われれば納得できるようなくらい似ていた気がする。
「まあ? でも局長よりベルちゃんのが数百倍かわいいけどネ。いや、比べちゃベルちゃんに失礼だな、うん」
「あんたほんと男には厳しいわよね……」
「シェスカちゃん妬いた? やーんもうシェスカちゃんも比べらんねぇくらいかわいいよ!」
「どういう脈絡なのよ!?」
相変わらずのジェイクィズとシェスカのやり取りを苦笑しながら眺める。
なんだかホッとするなぁ。と、ヴィルはぼんやり思っていた。この間まで(ヴィルにとってはついさっきのように感じるが)、魔物やら何やらと戦っていたとは思えない、平穏。それを噛み締めながら、サキの後ろについていく。
「隊長──!」
その声に我に帰ると、いつの間にかみんなと合流した庭園にまで戻ってきていた。詰所へと続く扉の前で、見覚えのある青年が手を振っている。
「レオンハルトか。どうした?」
サキにレオンハルトと呼ばれた、淡い金髪に気弱そうな青い瞳をした青年は、自分と同じ病院服に身を包んでおり、袖口から白い包帯やらガーゼやらが覗いていた。
しばらく記憶を辿ると、浮かぶオリーブ色の軍服。ヴィルはそこでようやく、彼が以前オルエアで会ったジブリール隊員だと気付いた。
「あ! オルエアのジブリールの人! よかった、ホントに無事だっ……」
たのかと続けようとしたその時、
「お命ッ!」
ブオッと大きな何かが空を切る音。それに続いて視界の端を銀色の何かが通り抜ける。その切っ先はヴィルの真横を掠め、真っ先にその前を歩く人物へ……。
「頂戴ッ!!」
「うわっ!?」
何が起こったかわからないまま思わず頭を庇う。どさり、と重みのある何かが落ちる音がした。そちらを見ると、燃えるような赤い髪をした女性が、サキによって槍を持った手を捻りあげられ、地面に組伏せられていた。
「いたたたた! ギブ! 隊長ギブです!!」
「怪我人は無理するな。動きが鈍いぞ。五点」
赤毛の女性にも見覚えがある。彼女もまた、レオンハルトと同様、オルエアで会った人だ。名前は確かアシュリーだったか。
サキが手を離すと、アシュリーは悔しそうに彼を睨みつけて、
「絶対次こそは倒してやるからな!!」
と、捨て台詞を吐いて走り去ってしまう。
「あっ待ってくださいよ、アシュリーさん! すいません隊長、失礼しますっ!」
それに続いて、レオンハルトはぺこりとこちらに頭を下げてから彼女を追うのだった。
「なんだったんだ、アレ……?」
「さあ?」
「気にするな。行くぞ」
ヴィルとシェスカが首を傾げているのを気にも留めず、サキはすたすたと歩き出す。不揃いな黒髪を無理やり縛った尻尾のような三つ編みが揺れている。仕方なくそれについていくが、頭の中はクエスチョンマークでいっぱいである。
そんなヴィルたちを見て、ジェイクィズがやれやれといった様子で肩をすくめた。
「第三分隊の伝統……ってかルールみてえなモンね。不意打ちでもいいからあいつ倒したやつが次の隊長になれんのよ」
「へえ……他の隊も隊長倒したらその人が次の隊長になるってこと?」
「いーや? こんなんやってんのはこの隊だけだ」
などと話している間にも、前を歩くサキをあの手この手で倒そうと仕掛けてきた隊員たちが、次々とあっさり返り討ちに遭っている。死屍累々とはこのことか、と床に転がった隊員を踏まないように避けながら歩く。
「隊長になった時の公約ってやつ? 俺を倒せたらそいつが次の隊長だって大演説かましちまってな。それ以来コレよコレ」
「へえ……ひょっとしなくても、サキってめっちゃ強いのか?」
「あー……就任してから八年間誰にも倒されてねえしなぁ」
「八年!?」
見たところサキの年齢はまだ二十代前半、といったところだろう。そこから八年前、ということは、自分とそう変わらないか、年下の頃に隊長になっていたことになる。
いや、何年も見た目変わらない若々しい人だっているわけだしな……と、ヴィルの頭の中は変な推測が飛び交っていた。
「あんた今いくつなのよ?」
「二十二」
シェスカの問いにサキは短く答えた。どうやらものすごい童顔とかそういうわけではないらしい。
「じゃあ十四の頃からいるってことか」
「いや」
サキはそこで一度言葉を区切る。ぬっ、とこちらに腕が伸びてきたと思うと、だぁん! と鈍い音。そちらに視線をやると、転がされたジブリール隊員が。
「ジブリールに入ったのは十二の時だ」
「へ、へぇ……」
(オレが殴られると思った……!)とヴィルはほっと胸を撫で下ろした。伝統だかルールだか知らないが巻き込まれるこっちはたまったものではない。正直心臓に悪い。
避難しようとさらにサキから距離を取って歩くことにした。
「スゴかったぜ~。なんせ最年少入隊最年少隊長だからなァ」
みーんな黄色い声上げんの気に食わねえったら。と、ジェイクィズは肩を竦めた。
「ジェイクやけに詳しいのね、ジブリール事情。ルシフェルさん達とも知り合いみたいだったし」
「あれっ、言ってなかったっけ? オレ様、元ジブリールなんよ。ものすごぉぉく不本意だけど、そこの奴の元部下」
初耳である。さらっとなんでもないことのように言っているが、結構驚きだ。
「えっマジ!?」
「マジマジ」
驚かれるのは満更ではないらしく、ジェイクィズは少し得意げに頷く。隣を歩くシェスカはそこまで驚いていないようではあったが、色々思い当たる節があったらしく、こめかみに手を当てて、「あー……なんか色々納得いったわ……」と呟いていた。
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遠ざかっていくサキたちの足音を聞きながら、ベルシエルはしばらく彼らの出て行った扉を眺めていた。
「どうしたんだい、ベル?」
そんな彼女に声をかけたのは、彼女とよく似た男だ。名前はルシフェル。彼は貼り付けたような笑みを浮かべている。ベルシエルはそれが苦手だ。
彼は彼女にとって、兄。そう呼ぶのが一番わかりやすい。しかし彼女たちにそんな兄妹のような繋がりはわからない。周囲にわかりやすいから、そう呼称しているだけで、そこに情愛はない。兄もきっとそう思っているだろう。
「珍しいね。サキくんについていかないなんて」
兄は何が面白いのかわからないが、どこか楽しそうにそう話しかけてくる。今は彼の顔を見ていないからわからない。けれどきっと笑っているのだろう。
落ち着かない。ベルシエルはヘッドドレスのリボンを指先で弄ぶ。
「ねえ、兄様。あの子、『何』?」
あの子とは誰なのか。それをわざわざ口に出さずとも、兄はそれを理解するだろう。そんな妙な信頼感はあるのだから不思議だ。
「何って? さっき話していたの聞いてなかったのかい? あれは賢者の石の……」
「そうじゃない」
短く、兄の言葉を遮る。さっきの話で、兄はまだ全てを話したわけではない。ベルシエルはそう確信している。
「見た目も、魔力の感じも、ただのニンゲンなのに。
あの子、ニンゲンじゃないよ」
あの子──シェスカいう名だった──は、どう見てもニンゲンだった。翼もなければ、変な魔力の感覚もなければ、少しだけ話した雰囲気も普通のニンゲンのそれだ。
しかしベルシエルはどこか引っかかっていた。一番の違和感は彼女が治癒魔術を使った時だ。あの時、彼女が使ったのは明らかに魔術ではなかった──あれは魔法だ。ベルシエルは直感的にそう思った。所謂奇跡と呼ばれるもの。そして魔法を使える存在は、この世界に多く存在しないと、彼女は知っている。
「あれが何か、知ってどうするんだい? 君には関係ないだろう?」
「関係ある。サキが関係あるなら」
兄はこの話をする時、「君たちにも関係ある」と言っていた。それはきっと任務の話だけではない。もっと別の、違う何かがあるに違いないのだ。ルシフェル・セラーフという存在はそういうものだ。
彼はベルシエルとよく似た顔を笑顔の形に歪ませる。面白くてたまらない。そう言っているように見えて不快だった。普段の兄は嫌いではないが、こういった時の兄は嫌いだ。居心地が悪い。早くサキの元に行きたい。今にも部屋から出そうな足をなんとか留める。それを見て、兄はまた笑みを深くするのだ。
「じゃあヒントをあげよう」
「ヒント?」
「あれはね、道具なんだよ」
「……道具?」
「そう。道具」
ルシフェルはそれだけ言うと、ひらりと外套を翻らせてベルシエルの横を通り抜け、扉へと手を掛けた。
「兄様! 話はまだ……」
「おれ、機関室へ戻らないといけないの。大魔石がない今、エネルギー供給はおれの魔力で補ってる。知っているだろう?」
靴の音がコツコツと鳴る。歩み寄ってくる兄は、相変わらず満面の笑みを浮かべている。
「……」
「おれの代わりにベルが魔力を送ってくれるなら、行かなくてもいいんだけどね?」
そう言いながら、ルシフェルはベルシエルの頬を撫でた。手袋の少しざらりとした布の感触が不愉快で、それを払いのけた。弾かれた手を全く気にせず、彼はまたくるりと身を翻らせ、再び扉へと手を掛けた。
「じゃあトールくん。後で陛下が訪ねてくると思うけど、そんなわけでおれ対応できないからよろしく。本当におれが必要な書類だけ下に持ってきてね。それ以外はサキくんかゲーアハルトくんにでも任せといて~」
奥の部屋のトールから返事が返ってくるのも待たず、ルシフェルは一気にまくし立てて、その扉を開けて出て行こうとした、その時だった。
ルシフェルが一瞬、止まった。不思議に思い、ベルシエルは首を傾げた。すると彼は苦笑気味に、
「立ち聞きとは趣味が悪いな」
と肩をすくめながらその扉を開ける。
「思ったよりお早いお着きで。オグマ陛下」
「妹君たちがこちらへ来るのをゲニウスが見ていてね。きっとお戻りだろうと」
扉を潜って部屋へ入ってきたのは、長いオレンジ色の髪を一纏めに結い上げた人物だった。じゃらじゃらと胸に着けた勲章やらメダルが、その人物が歩く度に音を立てる。
「やあ、また会ったね。セレーネ殿」
「…………オグマ」
ベルシエルはオグマが苦手だ。ニンゲンだから、というのもその原因の一つではあるが、それだけではない。オグマの纏う、威圧するような雰囲気もまた、その大きな要因だった。
「こらこら。ちゃんと陛下とお呼びしなさい」
ルシフェルがこつん、と拳で軽く頭を叩く。痛くはない。形だけのものだ。
「気にしないよ。さて、局長殿。今回の件について色々と報告をお願いしたいのだけど、今から時間は大丈夫かな?」
「そうだねぇ、陛下が口を挟まなきゃ大丈夫かな。あー、ベルシエル。サキくんとこ行ってきなよ」
もう何も話すつもりはない。ということなのだろう。オグマがここに来た今、これ以上この部屋にいたくない。
「……言われなくても」
そう返して、ベルシエルは部屋を後にした。少し乱暴に扉を閉める。蝶番が軋む音が不快だった。
部屋の外にはオグマの着ている軍服とよく似たものを着た黒髪の男が立っていた。片眼鏡が光を反射して白くなっている。その隣にはやたらと高露出に男と同じ軍服を着崩している女性。……今日はやたらと面倒臭そうなニンゲンに会う日だ。と、ベルシエルはうんざりしていた。
「こんにちは、セレーネさん。どうです? 私とお茶でも」
「ゲニウス。仕事中でしょう」
彼らには見覚えがある。オグマの側近だ。男のほうがゲニウス。女の方がキヤーナ。オグマの命で部屋の外で待機するよう言われたのだろう。どちらも何か腹に抱えていそうな奴らだ。ベルシエルは無視を決め込み、足早に彼らの横を通り抜ける。
「……?」
すれ違いざまふと、ゲニウスに妙なにおいを感じて、ベルシエルは立ち止まった。そのにおいは、最近感じたなにかにとてもよく似ている。しかし、それがなんなのか、ベルシエルにはわからなかった。
「あ、お茶してくれる気になりました?」
ゲニウスはそうにっこりと微笑む。ベルシエルはそれを思い切り睨み返して、また歩みを早めていった。
「ああ、今日はよくフラれる日ですねぇ……」
「まったく……アンタのそれどうにかなんないの?」
「そちらこそ。その汚い身体を晒すの止めたらどうですか?」
「んなッ!?」
「はあ……年増の体なんて見たくない……」
「アンタほんっと失礼ね!!」
くだらない会話。そう思いながら、ベルシエルは聞こえてくる彼らの会話を背に、声を掻き消すようにわざと靴音を立てながら階段を下りた。
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