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43 【最終回】ひとつのアイスを二人でかじりながら、駅前を歩いた
しおりを挟むよく晴れたある日、健斗と二人で法務局の前を歩いていたら、「ちょっと、すみません」声をかけ、近づいてくる若い男性がいた。
スーツをピシッと着こなしたその青年は、どこか見覚えのある顔をしていた。
「健斗君、久しぶりですね。健斗君がいるということは、隣はもしかして、立花君ですか?」
「あっ、保田さん! はい、立花です」
俺は、サングラスを外した。
サングラスなど必要ないと言っても、『山脇の子分がうろついているかもしれねぇから』と健斗がうるさいのだ。
山脇に、親分の仇を取ろうとする義理堅い子分なんて、いるはずないと思うけど。
『まっ、俺が傍にいる時は安心だけどな』と笑う健斗は、今では極真空手の達人になっている。
俺を守るために、俺がアメリカに行った時から道場に通っていると、健斗から聞いた。
申し訳ない気持ちで一杯だ。
その頃、俺は病んでいて、毎日ぼーとして暮らしていたのだ。
「妹さんは、今どうしてます?」
健斗がずばり聞きにくいことを聞いてくれた。
俺もそこは気になっていた。
「ちょっとそのことで話がしたいな。時間があるなら、そこのカフェに行きませんか?」
俺たちは、ぞろぞろとカフェに移動した。
◇
「実は妹は、病院で幸せに暮らしているんです」
「「はあ?」」
俺たちは同時に声を上げた。
「始めの頃は荒れたんです。『彼氏と会えなくなった』と言って泣いていました。
それがある日、あなたの写真集を見て、変化しました。
ちょっとお聞きしたいのですが、表紙の写真で、立花君にピアスにつけているのは私の妹ですか?」
「ちげーよ」
健斗が不機嫌な顔で即答した。
保田さんは、健斗の耳に俺と同じピアスを見つけて、ほほ笑んだ。
「ですよね、わかっています。でも、妹は『あのピアスは私がつけてあげたの。たとえ会えなくても、私たちの愛は不滅なんだわ』とそれは喜んでしまって。
どうやら、心の中で折り合いをつけたみたいです」
俺はぽかんとして聞いていたが、たぶん健斗も同じだろう。
「今は、自分のことを病院カウンセラーと思い込んでいて、入院患者さんを相手にカウンセリングをしています。それが、結構な人気になっているんです。
まあ、もとが養護教諭なので、そういうのは上手なのかな。
病院スタッフも、問題ないというので、そのままにしています。
昔より、今の方が生き生きして、幸せそうなくらいなんです」
「そうですか。なんと言えばいいのかわかりません」
返答に困っていると、保田さんは笑った。
「あの妹さんといると、大きな爆弾を抱えているようなものだからな。病院にいてくれるとお兄さんとしては安心でしょ」
「ちょっと、健斗! 失礼だぞ」
「いや、実際その通りなんです。今日は出張で東京に出てきましたが、私は今、地方住みなんです。地方局まわりを、後5年ほどして、それから中央に戻ってきます」
「俗にいう、キャリア組のエリートコースというやつですね」
「まあ、そうです。私がいない間、あの両親に爆弾娘を任すわけにもいかず、途方にくれていました。だから健斗君のお母様に、良い病院を紹介してもらえて助かりました。立花君のお父様にも、私の将来の配慮までしていただいて。いつか、お礼に伺わねばと思っていました」
「父には、俺から伝えておきます。近況を知れて、喜ぶでしょう。うちの父はお兄さんのことを心配していましたから」
「俺の親には俺から言っとく。まあ、あれだ。お兄さんが出世して高級官僚になったら、俺たちに会いに来てくれ。楽しみに待ってるぜ。まあ、出世できなくても、会いに来ていいけどな」
保田さんは朗らかに笑った。
店の前で保田さんは軽く頭をさげて、元の道に帰っていった。
俺たちは、のんびりと二人で歩き始めた。
駅前広場にキッチンカーが出ていた。
俺は、チョコミントのアイスを1つ買って、健斗に手渡した。
健斗はアイスを受け取り1口かじって、俺の口元に差し出したので、俺も1口かじった。
少しだけ俺より背の高い健斗を見上げてほほ笑んだ。
健斗も俺にほほ笑み返してくれた。
2人で歩きながら、1つのアイスを交互にかじった。
「なあ、エイ。あそこのカフェから、俺たちを眺めている2人組がいるぞ? まるで、カウントダウンの日の俺たちみたいだな」
「あれは、俺たちのことを羨ましがってる顔だ。あの日の俺のように」
「あの日、アイスを齧りながら歩いている同性カップルを見て、エイは羨ましがっていたな」
俺はあの日のことを思い出し頷いた。
「あの後、俺は、花火をバックにした健斗を見て“異世界の王子様みたいだ”と、思ったんだ。でも、今は……」
「今は?」
「俺だけの王子様だ。健斗は誰にも渡さない。もう、性別なんて関係ない。
これが4年前俺に告白してくれた健斗に対する、4年後の俺からの返事だ」
俺は驚いている健斗の目を、正面から見据えた。溢れる感謝を、今、健斗に伝えたいと思った。
「健斗は、不安がってた俺に『後悔なんてさせないから』って言ったよな。俺は健斗を好きになって、一度も後悔していない。健斗はちゃんと約束を守ってくれた。ありがとう」
「エイ! なんて、うれしいことを言うんだ。俺の方こそ、ありがとな」
叫んだ健斗はキラキラ輝く目を俺に向けた。
俺は心が暖かくなった。
懐かしい。
あれから、4年と半年経つのか。
なんだか、あの時いろいろ悩んだのが嘘みたいだ。
見上げた空は晴天だった。
俺たちは、仲良く、1つのアイスを2人で齧りながら、駅前の道を歩いたのだった。
End
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