【完結】元サヤに戻りましたが、それが何か?

ノエル

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貴族学園の卒業生を祝う舞踏会が始まった。
王宮の大広間には、燦然と輝くシャンデリアが眩しく降り注ぎ、卒業生や親たちの笑い声と弦楽の旋律が宙を舞っていた。

エレーヌは、美しい蒼のドレスを纏い、完璧な髪型と控えめな微笑みを湛えてレオニスの隣に立っていた。けれど──

(レオ……)

彼は、彼女の手を取って舞踏会に現れたものの、挨拶もそこそこに彼女から離れ、マリアンヌとその取り巻きの女生徒たちの輪に加わっていた。

「ほんとに? 殿下、それ学園でもおっしゃってましたよね!」

「ふふ、もう、王太子殿下ったら冗談ばかり」

華やかな輪の中心に立つマリアンヌは、金の飾りをつけた淡紅色のドレスに身を包み、女学生らしい無邪気さを振りまいていた。彼女の取り巻きたちは、初めて出席する王宮主催の舞踏会で、王太子との親密な距離感に目を輝かせ、口々に笑っている。

(彼の婚約者は私のはずなのに)

エレーヌは、誰にも気づかれないように視線を逸らし、グラスを唇に運んだ。果実水の香りが、何もかもを遠ざけていくようだった。

「……ひどいな、兄上」

低く押し殺した声が隣で響いた。

エレーヌが振り向くと、ユリアンが険しい目をして、レオニスとマリアンヌの方を見つめていた。

「姉さまをここまで連れてきておいて、ほったらかして……まともな男のすることじゃない」

「大丈夫よ。気にしてないわ」

「気にしてない人がそんな顔、するわけないだろ」

エレーヌは小さく笑って、ごまかすように胸を張った。けれどその胸の奥は、拭いきれない悲しみが漂っていた。

そして、弦楽器の音が一段と高まり、ダンスの時間が訪れる。
舞踏会で最初に踊るのは王族だ。国王と王妃が中央に進み出た。

一曲踊り終わると二人は微笑みながら会場を後にした。今度は王太子であるレオニスが進み出た。その手を取ったのは、エレーヌではなかった。

「マリアンヌ嬢、光栄だ」

「まぁ……光栄なのは、私の方ですわ」

マリアンヌが嬉しそうに微笑み、二人は華麗にステップを踏み始める。会場にどよめきが走り、何人かの貴族たちが眉をひそめた。

「なっ……!」

ユリアンが怒気を含んだ息を吐いた。

「姉さま、僕と踊ってください。姉さまを放っておけないよ」

「ありがとう、ユリアン」

二人はゆっくりと踊り始めた。けれど、エレーヌの目はどこか遠くを見つめていた。

「本当に、大丈夫なの?」

「ええ……心配しないで。私は……大丈夫」

(政略結婚だもの。愛されることなんて最初から……でも──)

心のどこかで、彼の優しさを、手を取ってくれることを、ほんの少しだけ期待していた自分に気づいてしまう。

(愚かね、私)

流れる旋律の中で、エレーヌはそっと瞳を伏せた。

──そうやって、誰にも気づかれぬように、涙が滲んだ瞳を隠したのだ。


2曲目の王族ダンスも終わり、貴族たちがダンスを始めた。

そのタイミングで、エレーヌとユリアンはダンスの場から離れた。エレーヌはユリアンに促されるように、飲み物を取りにその場を離れた。

突然の悲鳴と衝撃。


ガシャーーン
ガシャーーーーーン


会場のあちこちから大きな音が響き渡った。
エレーヌの目の前で、巨大なシャンデリアがひとつまたひとつと床へと落ちてくる。

シャンデリアは激しく床を砕き、ガラスの破片と煌めく装飾が散乱。まるで地鳴りのような轟音が辺りを包み込んだ。

エレーヌの視界は一瞬、光と破片の渦に呑まれた。足元の床が震え、全身が凍りつくような恐怖が胸を締めつけた。

「伏せろ!」

鋭い声が空気を裂いた。その声が誰のものかを判別する間もなく、強い腕がエレーヌの腰を抱き、突き飛ばすようにして、彼女を押し倒した。
エレーヌは床に背中を打ちつけることはなく、レオニスの胸に押し当てられるようにして床に転がった。

「っ……!」

痛みと混乱のなか、ようやく視界が戻ったとき、目の前には砕け散ったガラス片、そして、燃え上がるシャンデリアの残骸があった。

(え……? あそこ、さっき私が……)

レオニスの腕の中で、エレーヌは愕然としたまま息を呑む。
彼女のいた場所に、巨大なシャンデリアが落ちていたのだ。

ほんの一瞬でも遅ければ、確実に私は――
はっとしてレオニスを見た。

「マリアンヌ様は…………? 助けなくていいんですか?」

震える声で、かろうじて問いかけた。

レオニスの腕が、ほんのわずかに強く抱きしめてきた。
その腕の中で、彼が目を伏せたのがわかった。

「彼女は兄と一緒に来ている。……彼に任せておけばいい。それはともかく、今回も恰好よく救えなかったな。さあ、走るぞ」

レオニスはエレーヌを抱きかかえたまま、火の手の上がった会場を一直線に駆け抜けた。マリアンヌの無事を確かめもせずに。

(どうして……私を……?)

エレーヌは何も言えず、ただレオニスの胸元で震えていた。
その腕は確かに温かくて、優しくて、けれど――

(これは……ただの義務? それとも……)

混乱と衝撃のなか、彼女の胸には一つの問いかけだけが残されたまま、舞踏会の夜は混沌の様相を呈していた。


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