【完結】聖女は国を救わないと決めていた~「みんなで一緒に死にましょうよ!」と厄災の日、聖女は言った

ノエル

文字の大きさ
11 / 31

11 言いたいことは言うと決めた日

しおりを挟む
レティーナは、思ったより力を使い、まともに立てず、足下をふらつかせていた。
女神の笏を使ったあの瞬間、全身の力が抜け、視界がかすんだ。
ふらふらしている彼女のもとへ、誰よりも早く近づいたのは神官長だった。

「……体力の消耗が激しい。星印の力が、大きく生命力を削るのか……。
この分だと、本番の儀式は聖女にとって、命懸けのものになるでしょう」

彼の戸惑う声に、周囲がざわめいた。

それでも、国王は言った。

「レティーナ。お前に、この国を滅亡から救う力があるというのならば、その力を国のために使え」

王妃も静かに続いた。

「あなたが、本物の聖女だったの? そうであれば、この国の未来のために力を貸しなさい」

宰相が口を挟む。

「厄災除けの儀式は、来年の4月1日、そう遠くない日です。その日に貴女の力が必要なのです。星印の聖女であればルシアン殿下の妃となり、未来の王妃として迎えられます。家の誉れとなりましょう」

公爵である父が、喜びの声を上げた。

「早く返事をしなさい、レティーナ。さすが、我が娘だ。我が公爵家の名誉のためにも、今こそお前の力を尽くせ」

レティーナは、ゆっくりと顔を上げた。疲れの色が濃くにじむ目で、玉座に座る国王を睨んだ。

彼女は自分の中で、たった今、何かが切れた音を聞いた気がした。


「いいえ、陛下。私には国を救う力なんてありません。だって、私の星印は不完全で、皆さまがいつもおっしゃっていたように、私は役立たずなんですもの」

広間にいた一同は息を呑んだ。レティーナは、次に王妃を睨んだ。

「それに王妃様。儀式用に用意されたのはアニエス様の衣装だけですよね? 王妃様手ずからご用意された、主役であるアニエス様によく似合う衣装と聞きました。私にはなんの衣装も用意されておりません」

怒りを抑えるようにして告げられたその言葉に、王妃の視線が揺れた。

「……私は、この不完全な星印のせいで、王宮でずっと虐げられてきました。偽物の星印と呼ばれ、見下され、恥とまで言われました。
その私に、この星印を使って国を滅亡から救えと言われたのですか?」

彼女はそこで息を整えて、また続けた。

「ご覧になった通り、星印の力を使えば身体はひどく消耗します。この力を本番の儀式で使えば、私は命を落とすかもしれません。今さら都合よく、聖女として国のために力を使えですって? 王宮内の誰ひとり、私を大事にしたことなんてなかったくせに?」

その時、彼女の母親である公爵夫人が叫びながら歩み寄って来た。

「何様のつもりなの、あなたは!」

鋭い音が謁見の間に響いた。レティーナの頬が打たれていた。
母の手のひらが震えている。
それでも、レティーナは母を睨みつけたまま、顔を背けなかった。


「こんな暴力まで振るわれて、私が命を懸けて国を守ろうとすると思うのですか?」

母親は、レティーナの迫力にたじろいだ。

「私に命を懸けさせるなら、せめて丁寧にお願いすべきじゃないんですか? 私を虐げるのが染みついてしまって、いつもの癖が出たみたいですね、お母様。
今まで、弟と妹ばかり可愛がって、私を無視していたあなたたちが、今さら『家のために力を尽くせ』などと言うなんて、ほんと、あなたたちこそ何様のつもりなんですか?」

王妃は凍りついたように黙り、国王は拳を握って俯いた。

「今日は私の誕生日ですが、私は、一度もあなた方から『誕生日おめでとう』と言われたことがありません。自分が生まれてきたことが、本当におめでたいことなのか未だにわからないのです」


公爵夫妻も何も言えず、ただ立ち尽くしていた。

最後に、レティーナは振り向いて、国王の隣に立っていたルシアンに目を向けた。彼だけは、何も言わず、ただそこに立っていた。

「アニエス様と結婚して、幸せになればいいわ。そうすれば、きっと、この国は繁栄するでしょう」

その言葉に、ルシアンの青い瞳がかすかに揺れた。だがレティーナは、それを見届けることなく、背を向け歩き始めた。


その時だった。

「おかしいわ、レティーナ様。なぜ、そんなことをおっしゃるの?」

にこにこしながら、アニエスが言った。

「だって、国のために命をかけるなんて素敵なことじゃない? あなたのご両親も、あなたが崇高な役目を果たすことを望んでいるのよ。なぜ、ご両親の愛がわからないの?」

レティーナは立ち止まり、半ば呆れてアニエスを見た。アニエスは可愛らしく肩をすくめて見せた。

「……ごめんなさい。でも、レティーナ様があまり笑わないから、ご家族もどう接したらいいのかわからなかったんじゃないかと思って。つい口を出してしまったの。
本当は、ご両親もあなたに優しくしたかったって、私にはわかるのよ。だって、娘を愛さない親なんていないんだから」

皆が息を呑んで、二人の会話の成り行きを見守っていた。
アニエスはうっとりとした表情を浮かべて、胸の前で手を合わせて見せた。

「自分の命を捧げて国を滅亡から守るなんて……本当に素敵。女神様も、きっとあなたを祝福してくださるでしょう。そうよ、あなたは未来永劫、皆に尊敬されるんだわ」

レティーナは、アニエスを見つめ、そして静かに言った。

「素敵?  じゃあ、あなたがそれをしてみせて。国のために命を差し出すことがそんなに素敵なら、あなたがやって。私はもう十分、踏みにじられた。もう国を救う気力なんてないわ」

そして、ちょっと考えて言葉を続けた。

「今日は、単なる予行練習だから、アニエス様は力が出なかったんだと思いますよ? 
アニエス様なら、私と違って、命を落とすこともないんじゃないかしら? だって、女神さまに選ばれた聖女様なのですから」

レティーナの言葉に、王宮の空気が変わった。

「……それも、そうかもしれない」

誰ともなく、そう呟き、うなずく者が現れる。

「本物の聖女は本番でしか力を発揮できない、というのはあり得るな」
「さっきは、神官の詠唱がなかったからな。単なる練習に女神は力を貸さないのかもしれないな」
「確かに。正式な儀式でしか力は出ない、ということは十分に考えられる」

国王、王妃、宰相、子爵夫妻、そして貴族たち。次々とアニエスへの期待が伝播した。

「アニエス。やってくれるな?」

国王の言葉に、アニエスは一瞬、目を見開いた。

「え……」

「そなたは本物の聖女だと、いつも自分で言っていたではないか。そなたがレティーナに言ったとおり、その崇高な行為を女神様も祝福してくださるだろう」

「で、ですが……」


アニエスは顔を引きつらせた。
彼女が儀式で聖女の役目をしたくないと思っているのは、誰の目にも明らかだった。
だが、なんとしてでもアニエスに儀式をやってもらう必要があった。
アニエスは、さっきレティーナに言った自分の言葉の手前、断れなかった。

彼女の両親である子爵夫妻が、アニエスに圧をかけるようにじっと彼女を見つめた。アニエスは、ひどく怯えた様子で唇を震わせた。

「……わ、わかりました。私……やってみます……」

その声は小さく、か細かったが、謁見の間にいた誰もがそれを聞き逃さなかった。

次の瞬間、まるで待ち望んでいたかのように拍手の音が鳴り響く。

「よく言ってくれた!」

国王が高らかに言い放ち、王妃や宰相、公爵夫妻までもが満足げに頷いた。

レティーナはその光景をただ静かに見つめていた。

(まるで、茶番ね)

その手の中には、力を使った笏の温かい感触がまだ残っていた。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

セカンドバージンな聖女様

青の雀
恋愛
公爵令嬢のパトリシアは、第1王子と婚約中で、いずれ結婚するのだからと、婚前交渉に応じていたのに、結婚式の1か月前に突然、婚約破棄されてしまう。 それというのも、婚約者の王子は聖女様と結婚したいからという理由 パトリシアのように結婚前にカラダを開くような女は嫌だと言われ、要するに弄ばれ捨てられてしまう。 聖女様を名乗る女性と第1王子は、そのまま婚前旅行に行くが……行く先々で困難に見舞われる。 それもそのはず、その聖女様は偽物だった。 玉の輿に乗りたい偽聖女 × 聖女様と結婚したい王子 のカップルで 第1王子から側妃としてなら、と言われるが断って、幸せを模索しているときに、偶然、聖女様であったことがわかる。 聖女になってからのロストバージンだったので、聖女の力は衰えていない。

悪役令嬢として断罪された聖女様は復讐する

青の雀
恋愛
公爵令嬢のマリアベルーナは、厳しい母の躾により、完ぺきな淑女として生まれ育つ。 両親は政略結婚で、父は母以外の女性を囲っていた。 母の死後1年も経たないうちに、その愛人を公爵家に入れ、同い年のリリアーヌが異母妹となった。 リリアーヌは、自分こそが公爵家の一人娘だと言わんばかりにわが物顔で振る舞いマリアベルーナに迷惑をかける。 マリアベルーナには、5歳の頃より婚約者がいて、第1王子のレオンハルト殿下も、次第にリリアーヌに魅了されてしまい、ついには婚約破棄されてしまう。 すべてを失ったマリアベルーナは悲しみのあまり、修道院へ自ら行く。 修道院で聖女様に覚醒して…… 大慌てになるレオンハルトと公爵家の人々は、なんとかマリアベルーナに戻ってきてもらおうとあの手この手を画策するが マリアベルーナを巡って、各国で戦争が起こるかもしれない 完ぺきな淑女の上に、完ぺきなボディライン、完ぺきなお妃教育を持った聖女様は、自由に羽ばたいていく 今回も短編です 誰と結ばれるかは、ご想像にお任せします♡

神託の聖女様~偽義妹を置き去りにすることにしました

青の雀
恋愛
半年前に両親を亡くした公爵令嬢のバレンシアは、相続権を王位から認められ、晴れて公爵位を叙勲されることになった。 それから半年後、突如現れた義妹と称する女に王太子殿下との婚約まで奪われることになったため、怒りに任せて家出をするはずが、公爵家の使用人もろとも家を出ることに……。

父が転勤中に突如現れた継母子に婚約者も家も王家!?も乗っ取られそうになったので、屋敷ごとさよならすることにしました。どうぞご勝手に。

青の雀
恋愛
何でも欲しがり屋の自称病弱な義妹は、公爵家当主の座も王子様の婚約者も狙う。と似たような話になる予定。ちょっと、違うけど、発想は同じ。 公爵令嬢のジュリアスティは、幼い時から精霊の申し子で、聖女様ではないか?と噂があった令嬢。 父が長期出張中に、なぜか新しい後妻と連れ子の娘が転がり込んできたのだ。 そして、継母と義姉妹はやりたい放題をして、王子様からも婚約破棄されてしまいます。 3人がお出かけした隙に、屋根裏部屋に閉じ込められたジュリアスティは、精霊の手を借り、使用人と屋敷ごと家出を試みます。 長期出張中の父の赴任先に、無事着くと聖女覚醒して、他国の王子様と幸せになるという話ができれば、イイなぁと思って書き始めます。

聖女アマリア ~喜んで、婚約破棄を承ります。

青の雀
恋愛
公爵令嬢アマリアは、15歳の誕生日の翌日、前世の記憶を思い出す。 婚約者である王太子エドモンドから、18歳の学園の卒業パーティで王太子妃の座を狙った男爵令嬢リリカからの告発を真に受け、冤罪で断罪、婚約破棄され公開処刑されてしまう記憶であった。 王太子エドモンドと学園から逃げるため、留学することに。隣国へ留学したアマリアは、聖女に認定され、覚醒する。そこで隣国の皇太子から求婚されるが、アマリアには、エドモンドという婚約者がいるため、返事に窮す。

虐げられたアンネマリーは逆転勝利する ~ 罪には罰を

柚屋志宇
恋愛
侯爵令嬢だったアンネマリーは、母の死後、後妻の命令で屋根裏部屋に押し込められ使用人より酷い生活をすることになった。 みすぼらしくなったアンネマリーは頼りにしていた婚約者クリストフに婚約破棄を宣言され、義妹イルザに婚約者までも奪われて絶望する。 虐げられ何もかも奪われたアンネマリーだが屋敷を脱出して立場を逆転させる。 ※小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。

「仕方ないから君で妥協する」なんて言う婚約者は、こちらの方から願い下げです。

木山楽斗
恋愛
子爵令嬢であるマルティアは、父親同士が懇意にしている伯爵令息バルクルと婚約することになった。 幼少期の頃から二人には付き合いがあったが、マルティアは彼のことを快く思っていなかった。ある時からバルクルは高慢な性格になり、自身のことを見下す発言をするようになったからだ。 「まあ色々と思う所はあるが、仕方ないから君で妥協するとしよう」 「……はい?」 「僕に相応しい相手とは言い難いが、及第点くらいはあげても構わない。光栄に思うのだな」 婚約者となったバルクルからかけられた言葉に、マルティアは自身の婚約が良いものではないことを確信することになった。 彼女は婚約の破談を進言するとバルクルに啖呵を切り、彼の前から立ち去ることにした。 しばらくして、社交界にはある噂が流れ始める。それはマルティアが身勝手な理由で、バルクルとの婚約を破棄したというものだった。 父親と破談の話を進めようとしていたマルティアにとって、それは予想外のものであった。その噂の発端がバルクルであることを知り、彼女はさらに驚くことになる。 そんなマルティアに手を差し伸べたのは、ひょんなことから知り合った公爵家の令息ラウエルであった。 彼の介入により、マルティアの立場は逆転することになる。バルクルが行っていたことが、白日の元に晒されることになったのだ。

【完結】双子の妹にはめられて力を失った廃棄予定の聖女は、王太子殿下に求婚される~聖女から王妃への転職はありでしょうか?~

美杉日和。(旧美杉。)
恋愛
 聖女イリーナ、聖女エレーネ。  二人の双子の姉妹は王都を守護する聖女として仕えてきた。  しかし王都に厄災が降り注ぎ、守りの大魔方陣を使わなくてはいけないことに。  この大魔方陣を使えば自身の魔力は尽きてしまう。  そのため、もう二度と聖女には戻れない。  その役割に選ばれたのは妹のエレーネだった。  ただエレーネは魔力こそ多いものの体が弱く、とても耐えられないと姉に懇願する。  するとイリーナは妹を不憫に思い、自らが変わり出る。  力のないイリーナは厄災の前線で傷つきながらもその力を発動する。  ボロボロになったイリーナを見下げ、ただエレーネは微笑んだ。  自ら滅びてくれてありがとうと――  この物語はフィクションであり、ご都合主義な場合がございます。  完結マークがついているものは、完結済ですので安心してお読みください。  また、高評価いただけましたら長編に切り替える場合もございます。  その際は本編追加等にて、告知させていただきますのでその際はよろしくお願いいたします。

処理中です...