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28 悪夢・国王夫妻
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目を覚ました場所は、見覚えのない狭い部屋だった。薄暗く、冷えきった空気が満ちている。
国王と王妃は、幼い少女の姿になった自分を発見した。
「私はレティーナの姿になっているのか?」
「ここは……レティーナの部屋? 私は……レティーナなの?」
鏡に映るのは、か弱い少女。高級品だがまるで似合ってないドレスに痩せた肩。うつむくような目。
国王と王妃が見慣れたレティーナの姿だった。
「一体、これはどうなっているのだ?」
「これは、どういうこと……?」
答えはなかった。代わりに悪夢が始まる。
◆国王
前方から、廊下を歩いてくる国王の姿が見える。ああ、あれは自分だ。隣でアニエスが楽しげに話しながら歩いている。
「今日のドレス、王妃の贈り物だな。とても似合っているよ。そなたは本当に素晴らしい娘だ」
それを見つめる、レティーナである“私”。
(私も、褒めてほしい。目を見て、名前を呼んでほしい……)
レティーナの声が聞こえてくる。
国王である“自分”は、レティーナの姿をした私を視界にすら入れず、すれ違う。
(見ても、いなかった……?)
国王の表情には優しさがあった。だが、それは“アニエス”にだけ向けられていた。
(私がしてきたことは、これほどに冷たいものだったのか……)
体の芯から震えるような絶望。こんな思いを、レティーナに味わわせていた。
国王である“自分”がレティーナにする迫害は、そんなものではなかった。そして、それはずっと続いた。
「もう、やめてくれ! 許してくれ!」と叫んでも、終わらなかった。
国王は、レティーナが王宮に上がった日から儀式の日までの間に、彼女が国王と関わった時間を全て体験した。レティーナの目で。
それが終わると、最後に神の目線で見せられた。
星印の聖女を決めるために奥の間でした、王、王妃、神官長、宰相で集まってした話し合い。
「たとえ欠けた星印の輝きが変化したとしても、それがなんだというのだ。
聖印は完全であることが、女神の選んだ聖女である証だろう。
第一、欠けた星印など、儀式をするのに見栄えが悪いではないか」
その先の自分の発言は耳を塞ぎたかった。私はあの時、女神を否定した。
女神はあれを見ていらしたのか。
……というより、女神は本当にいたのだな……。
◆王妃
王宮のサロン。レティーナになった“私”は、部屋の隅で立っている。
「アニエス、そのドレスは気に入った? お茶の準備ができてるのよ」
鮮やかなドレス。焼き菓子の香り。明るい笑い声。
それらはすべて、アニエスに向けられていた。
王妃である“自分”はアニエスの隣で微笑み、ケーキを勧め、紅茶を注いでやる。
レティーナとしてそこにいた“私”は、声もかけられず、ただ立ち尽くすしかなかった。
笑い声の中に、レティーナである私の居場所はどこにもなかった。
「王妃様……」
言おうとした言葉は、喉でかすれた。王妃である“自分”の目が、レティーナの方へわずかに向く。
だがその瞳は、まるで汚れを見るような冷たさを湛えていた。
(なぜ……こんな顔を……?)
レティーナになった私の心に、震えるような孤独と痛みが広がった。
王妃である“自分”からレティーナに対する迫害は、その後もずっと続いて終わりがない。もう、許して!と叫んでも、最後まで見せられた。
王妃は、レティーナが王宮に上がった日から儀式の日までの間に、彼女が王妃と関わった時間を全て体験した。レティーナの目で。
そして最後に、神の目線で見せられた。星印の聖女をアニエスに決めたあの会議を。
私が女神様を否定したあの会議を。
“女神様はいつも見ている” 経典通りだったのね。
……それに、見ているだけではなく、天罰を下す存在だったとは……。
王妃は肩を落とした。
◆
国王と王妃はまた目を覚ました。
そして見つけたのは――炎に包まれる王都。
王宮が崩れ、逃げ惑う人々。子供の泣きわめく声が聞こえる。
「そうか、アニエスは儀式を失敗したのだったな。そして、レティーナは儀式を拒絶した。それは私たちの責任だ」
国王の言葉に王妃が頷いた。
「私たちは女神の国に生きていながら、信心がなさ過ぎました」
王と王妃は燃える王宮の前で立ち尽くした。胸の奥から熱いものがこみ上げ、喉を焼く。
二人の瞳から、涙がこぼれていた。
国王と王妃は、幼い少女の姿になった自分を発見した。
「私はレティーナの姿になっているのか?」
「ここは……レティーナの部屋? 私は……レティーナなの?」
鏡に映るのは、か弱い少女。高級品だがまるで似合ってないドレスに痩せた肩。うつむくような目。
国王と王妃が見慣れたレティーナの姿だった。
「一体、これはどうなっているのだ?」
「これは、どういうこと……?」
答えはなかった。代わりに悪夢が始まる。
◆国王
前方から、廊下を歩いてくる国王の姿が見える。ああ、あれは自分だ。隣でアニエスが楽しげに話しながら歩いている。
「今日のドレス、王妃の贈り物だな。とても似合っているよ。そなたは本当に素晴らしい娘だ」
それを見つめる、レティーナである“私”。
(私も、褒めてほしい。目を見て、名前を呼んでほしい……)
レティーナの声が聞こえてくる。
国王である“自分”は、レティーナの姿をした私を視界にすら入れず、すれ違う。
(見ても、いなかった……?)
国王の表情には優しさがあった。だが、それは“アニエス”にだけ向けられていた。
(私がしてきたことは、これほどに冷たいものだったのか……)
体の芯から震えるような絶望。こんな思いを、レティーナに味わわせていた。
国王である“自分”がレティーナにする迫害は、そんなものではなかった。そして、それはずっと続いた。
「もう、やめてくれ! 許してくれ!」と叫んでも、終わらなかった。
国王は、レティーナが王宮に上がった日から儀式の日までの間に、彼女が国王と関わった時間を全て体験した。レティーナの目で。
それが終わると、最後に神の目線で見せられた。
星印の聖女を決めるために奥の間でした、王、王妃、神官長、宰相で集まってした話し合い。
「たとえ欠けた星印の輝きが変化したとしても、それがなんだというのだ。
聖印は完全であることが、女神の選んだ聖女である証だろう。
第一、欠けた星印など、儀式をするのに見栄えが悪いではないか」
その先の自分の発言は耳を塞ぎたかった。私はあの時、女神を否定した。
女神はあれを見ていらしたのか。
……というより、女神は本当にいたのだな……。
◆王妃
王宮のサロン。レティーナになった“私”は、部屋の隅で立っている。
「アニエス、そのドレスは気に入った? お茶の準備ができてるのよ」
鮮やかなドレス。焼き菓子の香り。明るい笑い声。
それらはすべて、アニエスに向けられていた。
王妃である“自分”はアニエスの隣で微笑み、ケーキを勧め、紅茶を注いでやる。
レティーナとしてそこにいた“私”は、声もかけられず、ただ立ち尽くすしかなかった。
笑い声の中に、レティーナである私の居場所はどこにもなかった。
「王妃様……」
言おうとした言葉は、喉でかすれた。王妃である“自分”の目が、レティーナの方へわずかに向く。
だがその瞳は、まるで汚れを見るような冷たさを湛えていた。
(なぜ……こんな顔を……?)
レティーナになった私の心に、震えるような孤独と痛みが広がった。
王妃である“自分”からレティーナに対する迫害は、その後もずっと続いて終わりがない。もう、許して!と叫んでも、最後まで見せられた。
王妃は、レティーナが王宮に上がった日から儀式の日までの間に、彼女が王妃と関わった時間を全て体験した。レティーナの目で。
そして最後に、神の目線で見せられた。星印の聖女をアニエスに決めたあの会議を。
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……それに、見ているだけではなく、天罰を下す存在だったとは……。
王妃は肩を落とした。
◆
国王と王妃はまた目を覚ました。
そして見つけたのは――炎に包まれる王都。
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「そうか、アニエスは儀式を失敗したのだったな。そして、レティーナは儀式を拒絶した。それは私たちの責任だ」
国王の言葉に王妃が頷いた。
「私たちは女神の国に生きていながら、信心がなさ過ぎました」
王と王妃は燃える王宮の前で立ち尽くした。胸の奥から熱いものがこみ上げ、喉を焼く。
二人の瞳から、涙がこぼれていた。
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