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1.あばよ俺の人生
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――剣は盾と共に使う武器である
――剣士は魔術師には勝てない
これは世間に蔓延る一般常識だ。
相手の剣や槍を盾で防ぎ、自分が手に握る剣を振る。矢が飛んで来たら盾を構えて防御する。魔術が飛んで来たら――――
「ガッ……!」
俺は大きく吹き飛んで地面を何度も転がる。全身に広がる打撲と火傷による痛みが体の限界を訴えかけてきた。
無視して体を起こす。正面に目を向けると、一体の魔物が悠然と佇んでいた。
ボロボロの黒衣を纏って、禍々しい雰囲気を醸し出している人型。一定の知能があり、魔術の源流である魔法を扱うという反則じみた魔物だ。
こいつだ。
こいつの魔術によって俺は吹き飛ばされたんだ。
衝撃によって混濁していた意識を無理やり覚醒させる。そして視線を魔物から外さずに横目で辺りを見渡すと、数多の人が地面に倒れていた。
俺以外は死んだようだ。まあ当たり前だろう。相手は十級から一級まであるうちの三級に相当する魔物だ。俺らごときが勝てるわけがなかった。
魔物はまだ動かない。俺の様子を伺っているようだ。警戒しているのか、舐めているのか分からないが……好都合だ。
荒い呼吸を整え、ゆっくりと闘気で全身を強化する。俺の闘気による強化の効果はたかが知れているが無いよりはましだ。
防具はボロボロの鎧。武器は数打ちの剣と普通の円盾。俺はありとあらゆる全ての魔術を使えないので、魔術は無し。
「ははっ」
思わず笑ってしまう程に絶望的な状況だ。死後の世界という沼に片脚……いや、腰まで浸かっているだろう。
俺は死ぬ。これは確信であり、覆らない未来である。後どれくらい生き永らえるか分からないが、水平線に沈み始めている恒星が完全に沈む頃には死んでいるだろう。
「ふ……ふっ……ふはははははっ!」
あぁ……素晴らしい……。
脳の髄まで震える程の感激だ。
魔術を使えない身で生まれ、俺が歩む道は必然と剣になった。最初は魔術が使えないことで絶望していたが、一人の剣士と出会って変わった。
まあ出会ったといっても一方的に知っただけではあるが。とはいえ、俺はその剣士が振るった剣に魅せられた。
目で追うことすらできない剣閃。次の瞬間には両断される魔物。まるで舞かのような動き。その全てに魅せられた。
俺は次の日から剣を振った。毎日毎日、日が昇ってから暮れるまで延々と剣を振り続けた。剣を振った数なら誰にも負けない自信がある。
しかし、俺には圧倒的に才能が無かった。土台となる身体能力に体を操る運動神経、魔術の代わりとなる闘気の保有量。
あれもダメ、これもダメ、どれもダメ。笑ってしまう程に才能が無かった。
それから俺は現実を見つめ直し、一般常識での剣士の装備、つまり鎧と盾を身に着けることにした。
今では才能が無いなりにも一人前にはなれたと思う。特別に強いわけでもなければ、特別に弱いわけでもない。平均的な剣士だ。
だが、違う。
俺が理想とする剣士は違う。
鎧を身に着けず、盾を使わず、一振りの剣だけで戦う。相手がどれだけ強かろうと、どれだけ巨大だろうと手にする剣だけで立ち向かう。
魔術という遠距離攻撃をしてきても関係ない。
剣を以ってあらゆる全てを切り伏せる。
……底に眠った欲望が顔を出した。
そうだ。
俺はそうだったじゃないか。
剣に魅せられ、剣を愛し、剣によって狂った。
「ありがとよォ……思い出させてくれて!」
盾? 邪魔だ。
鎧? 重いだけだ。
俺は盾を放り投げ、鎧を脱ぎ捨てる。
剣さえあれば他は何もいらない。
……ああそうだ。
俺は背負っていた剣を鞘ごと手に持つ。これは遥か昔に大金をはたいて買った特注の剣だ。俺の欲望を繋ぎとめていた鎖だ。
今まで使っていた剣を捨て、新たなる剣を鞘から抜く。鞘から抜いた刃は淡く蒼に光っており、その鋭さがビシビシと伝わって来た。
この色は特殊な鉱石を刃に使用したことによるものだ。普通の鋼鉄製の剣より、耐久性と切れ味が格段に向上する。
……もうこの剣も鞘に納めることはないな。
俺は僅かな迷いを鞘に宿して地面に落とす。
これでいい。
これでいいんだ。
脳裏に焼き付いて離れないかつての剣士と同じ格好。姿も技量も何もかもが違うが、いま俺は同じ土俵に立った。
「待たせたなァ」
『オオオオォォ』
重く響く音が魔物から発せられる。
ははっ、相手もやる気ってことだ。
「行くぜ」
全身を脱力して前傾姿勢に。地面に正面から倒れる寸前で、俺は地面を全力で蹴った。足裏に確かな感触を覚え、耳元で風音が鳴る。
いい状態だ。
俺は最高に集中してる。
もっと早く、もっと早く。魔物が魔法を発動する前に全てを両断する一閃を。俺は二十年以上繰り返してきた歩法で魔物に近づく。
だが……体が限界だ。
もう痛みすらも感じていない。
頼む。この一瞬で全てを失っても良い。何もかも全てを持って行っていいから、この刹那だけは持ち応えてくれ。
俺が願うと不思議と体が動いた。
いける。
いけるッ!
全ての防御と保険を捨て、少しでも掠めたら死ぬという危険な状態。俺は今、最高に高揚して興奮していた。
あの日、憧れた姿に近づいている……剣に全てを懸けている!
魔法が飛んでくるが……体を捻って避けた。一つ、二つ、三つ。肌を焦がし、余波で皮膚が裂け、体が凍てつくが構わない。
もう少し、もう少し。
目を見開け、全神経を集中させろ。五感、直感、ありとあらゆる感覚をフルに稼働させて先を読め。
魔物の手が動いた。
魔法が来る。
俺の直感が言うには炎系統の魔法だ。大きく避けなければ全身が燃え上がり、顔周りの酸素が無くなって窒息する。
だが、俺は避けるという選択肢を取らなかった。なぜだか自分でも分からない。判断するよりも早く体が勝手に動いたのだ。
勢いを緩めることなく突っ込む。
次の瞬間、魔法が発動された。俺の直感通りである炎系統だ。轟轟と燃え盛る炎の球が俺に向かって飛んでくる。
避ける?
否。
闘気で防御する?
否。
俺の行動は一つ。
「おおおォォォッ!」
狂気を胸に、剣を手に。
ただ眼前に迫る炎球を、俺は――――
――斬った。
「しィねェェェッ!」
後方で響く爆発音を置き去りにして俺は宙に剣を奔らせる。蒼の軌跡を宙に描きながら、俺は剣を魔物に振り下ろした。
ガキンッ。
「あ、?」
間抜けな声が零れたと同時に体に衝撃が走った。俺は状況を理解できないまま、やけに頭に残った音と手に残った感触を確かめる。
…………そうか。俺の剣は防がれたのか。
ならもう一度だ。何度でも剣を振って……。
「ぁ?」
そいえば俺は今、どんな状態だ? 魔法を斬って……魔物を斬りつけて……防がれたのか。で、体に衝撃が走って……。
「ぁ……」
土のにおいと全身に感じる硬い感覚。俺は地面に倒れているのか。右頬に硬い感覚があるから俯せになって倒れているのだろう。
身体の感覚はもうないが……左腕が動かない。右腕は動く。足はまだ大丈夫だ。俺は右手で地面を押して立ち上がろうとした。
が、踏ん張れずに尻もちをついてしまった。樹の幹に背を付けている。何をしているんだ俺は。早く立ち上がって魔物に挑まなければ。
地面を右手で弄ると剣を見つけた。無造作に柄を握って持ち上げる。
……ん? 何だか軽い。
俺はぼやける目で剣を見る。
折れていた。
ちょうど真ん中からポッキリと折れている。上半分は少し離れた地面に転がっていた。俺は虚ろな目で折れた剣を見つめる。
そして、顔を下に向けて体を見た。
「なァるほどなァ……」
左の脇腹から肋骨にかけて大きく抉られている。ついでに左腕は二の腕から先が無かった。道理で動かないはずだ。
顔を正面に戻すと魔物が近づいてくるのが見えた。近距離で確実に仕留めるつもりなのだろうか。まあどうでもいい。
「ふぅー……ぐゥッ……!」
なけなしの闘気だ。俺は本当の意味での最後の力を振り絞り、折れた剣を支えにして立ち上がった。
大地を二本の足で踏みつけ、折れた剣の切先を魔物に向ける。
まだまだだ。
まだ俺の狂気は終わっちゃいない。
手足が無くなる?
腹をぶち抜かれる?
剣が折れる?
馬鹿が。
そんなもんで俺の狂気は無くならない。
せっかく思い出したのだ。忘れて堪るか。何が起きても俺は俺の狂気を忘れることはあり得ない。
「さあもう一度――――ゴフッ」
おい。最後まで言わせてくれよ。
魔法によって胸を貫かれた。貫いたのは岩の槍だ。岩の槍は俺を貫いて背後にある樹の幹に突き刺さった。つまり俺は縫い留められた状態である。
魔物は……動く気配がない。もう俺が死ぬと分かって攻撃しないのか。それとも最後に思いに耽る時間をくれたのか。まあどちらでもいい。
……そうか。死ぬのか。
自分なりに全力で生きたから後悔はない。一人前にはなれたし、美味い飯も食ったし……大満足ではないが特に不満はない人生だった。
死んだらどうなるんだ? やはり死後の世界があるのだろうか。先に死んだあいつらがいるのだろうか。もしいるのならば馬鹿話でもしよう。
それがいい。
段々と意識が遠のいて――――。
ちょっと待て。
何で俺は満足してるんだ。
違うだろ。
不満だろ俺は。
才能が無くて憧れに手が届かなかった人生に不満なんだろ。まあもう死ぬのに何をいまさらっていう話ではあるが。
剣は……まだ握っている。死んでもなお離さないように俺はきつく握りしめる。そして俺は絶対に倒れて死にたくない。だから、体が縫い留められていることで死んでも立っていられるのは良いことだ。
ふぅ……後数秒で死ぬな。
満足して死ぬのも悪くないが、どうせなら俺は後悔の気持ちを抱えて死のう。
才能が欲しかった。
身体能力という才能が欲しかった。
運動神経という才能が欲しかった。
闘気という才能が欲しかった。
魔術は……いらない。
魔術が使えるとつまらなくなる。
求めるのは浪漫だ。
バケモノ相手に剣一本で挑む。
最高だろ?
あぁ……眠くなってきたな……。
あばよ俺の人生。次の人生があるとすれば……才能を持って生まれたい。
――剣士は魔術師には勝てない
これは世間に蔓延る一般常識だ。
相手の剣や槍を盾で防ぎ、自分が手に握る剣を振る。矢が飛んで来たら盾を構えて防御する。魔術が飛んで来たら――――
「ガッ……!」
俺は大きく吹き飛んで地面を何度も転がる。全身に広がる打撲と火傷による痛みが体の限界を訴えかけてきた。
無視して体を起こす。正面に目を向けると、一体の魔物が悠然と佇んでいた。
ボロボロの黒衣を纏って、禍々しい雰囲気を醸し出している人型。一定の知能があり、魔術の源流である魔法を扱うという反則じみた魔物だ。
こいつだ。
こいつの魔術によって俺は吹き飛ばされたんだ。
衝撃によって混濁していた意識を無理やり覚醒させる。そして視線を魔物から外さずに横目で辺りを見渡すと、数多の人が地面に倒れていた。
俺以外は死んだようだ。まあ当たり前だろう。相手は十級から一級まであるうちの三級に相当する魔物だ。俺らごときが勝てるわけがなかった。
魔物はまだ動かない。俺の様子を伺っているようだ。警戒しているのか、舐めているのか分からないが……好都合だ。
荒い呼吸を整え、ゆっくりと闘気で全身を強化する。俺の闘気による強化の効果はたかが知れているが無いよりはましだ。
防具はボロボロの鎧。武器は数打ちの剣と普通の円盾。俺はありとあらゆる全ての魔術を使えないので、魔術は無し。
「ははっ」
思わず笑ってしまう程に絶望的な状況だ。死後の世界という沼に片脚……いや、腰まで浸かっているだろう。
俺は死ぬ。これは確信であり、覆らない未来である。後どれくらい生き永らえるか分からないが、水平線に沈み始めている恒星が完全に沈む頃には死んでいるだろう。
「ふ……ふっ……ふはははははっ!」
あぁ……素晴らしい……。
脳の髄まで震える程の感激だ。
魔術を使えない身で生まれ、俺が歩む道は必然と剣になった。最初は魔術が使えないことで絶望していたが、一人の剣士と出会って変わった。
まあ出会ったといっても一方的に知っただけではあるが。とはいえ、俺はその剣士が振るった剣に魅せられた。
目で追うことすらできない剣閃。次の瞬間には両断される魔物。まるで舞かのような動き。その全てに魅せられた。
俺は次の日から剣を振った。毎日毎日、日が昇ってから暮れるまで延々と剣を振り続けた。剣を振った数なら誰にも負けない自信がある。
しかし、俺には圧倒的に才能が無かった。土台となる身体能力に体を操る運動神経、魔術の代わりとなる闘気の保有量。
あれもダメ、これもダメ、どれもダメ。笑ってしまう程に才能が無かった。
それから俺は現実を見つめ直し、一般常識での剣士の装備、つまり鎧と盾を身に着けることにした。
今では才能が無いなりにも一人前にはなれたと思う。特別に強いわけでもなければ、特別に弱いわけでもない。平均的な剣士だ。
だが、違う。
俺が理想とする剣士は違う。
鎧を身に着けず、盾を使わず、一振りの剣だけで戦う。相手がどれだけ強かろうと、どれだけ巨大だろうと手にする剣だけで立ち向かう。
魔術という遠距離攻撃をしてきても関係ない。
剣を以ってあらゆる全てを切り伏せる。
……底に眠った欲望が顔を出した。
そうだ。
俺はそうだったじゃないか。
剣に魅せられ、剣を愛し、剣によって狂った。
「ありがとよォ……思い出させてくれて!」
盾? 邪魔だ。
鎧? 重いだけだ。
俺は盾を放り投げ、鎧を脱ぎ捨てる。
剣さえあれば他は何もいらない。
……ああそうだ。
俺は背負っていた剣を鞘ごと手に持つ。これは遥か昔に大金をはたいて買った特注の剣だ。俺の欲望を繋ぎとめていた鎖だ。
今まで使っていた剣を捨て、新たなる剣を鞘から抜く。鞘から抜いた刃は淡く蒼に光っており、その鋭さがビシビシと伝わって来た。
この色は特殊な鉱石を刃に使用したことによるものだ。普通の鋼鉄製の剣より、耐久性と切れ味が格段に向上する。
……もうこの剣も鞘に納めることはないな。
俺は僅かな迷いを鞘に宿して地面に落とす。
これでいい。
これでいいんだ。
脳裏に焼き付いて離れないかつての剣士と同じ格好。姿も技量も何もかもが違うが、いま俺は同じ土俵に立った。
「待たせたなァ」
『オオオオォォ』
重く響く音が魔物から発せられる。
ははっ、相手もやる気ってことだ。
「行くぜ」
全身を脱力して前傾姿勢に。地面に正面から倒れる寸前で、俺は地面を全力で蹴った。足裏に確かな感触を覚え、耳元で風音が鳴る。
いい状態だ。
俺は最高に集中してる。
もっと早く、もっと早く。魔物が魔法を発動する前に全てを両断する一閃を。俺は二十年以上繰り返してきた歩法で魔物に近づく。
だが……体が限界だ。
もう痛みすらも感じていない。
頼む。この一瞬で全てを失っても良い。何もかも全てを持って行っていいから、この刹那だけは持ち応えてくれ。
俺が願うと不思議と体が動いた。
いける。
いけるッ!
全ての防御と保険を捨て、少しでも掠めたら死ぬという危険な状態。俺は今、最高に高揚して興奮していた。
あの日、憧れた姿に近づいている……剣に全てを懸けている!
魔法が飛んでくるが……体を捻って避けた。一つ、二つ、三つ。肌を焦がし、余波で皮膚が裂け、体が凍てつくが構わない。
もう少し、もう少し。
目を見開け、全神経を集中させろ。五感、直感、ありとあらゆる感覚をフルに稼働させて先を読め。
魔物の手が動いた。
魔法が来る。
俺の直感が言うには炎系統の魔法だ。大きく避けなければ全身が燃え上がり、顔周りの酸素が無くなって窒息する。
だが、俺は避けるという選択肢を取らなかった。なぜだか自分でも分からない。判断するよりも早く体が勝手に動いたのだ。
勢いを緩めることなく突っ込む。
次の瞬間、魔法が発動された。俺の直感通りである炎系統だ。轟轟と燃え盛る炎の球が俺に向かって飛んでくる。
避ける?
否。
闘気で防御する?
否。
俺の行動は一つ。
「おおおォォォッ!」
狂気を胸に、剣を手に。
ただ眼前に迫る炎球を、俺は――――
――斬った。
「しィねェェェッ!」
後方で響く爆発音を置き去りにして俺は宙に剣を奔らせる。蒼の軌跡を宙に描きながら、俺は剣を魔物に振り下ろした。
ガキンッ。
「あ、?」
間抜けな声が零れたと同時に体に衝撃が走った。俺は状況を理解できないまま、やけに頭に残った音と手に残った感触を確かめる。
…………そうか。俺の剣は防がれたのか。
ならもう一度だ。何度でも剣を振って……。
「ぁ?」
そいえば俺は今、どんな状態だ? 魔法を斬って……魔物を斬りつけて……防がれたのか。で、体に衝撃が走って……。
「ぁ……」
土のにおいと全身に感じる硬い感覚。俺は地面に倒れているのか。右頬に硬い感覚があるから俯せになって倒れているのだろう。
身体の感覚はもうないが……左腕が動かない。右腕は動く。足はまだ大丈夫だ。俺は右手で地面を押して立ち上がろうとした。
が、踏ん張れずに尻もちをついてしまった。樹の幹に背を付けている。何をしているんだ俺は。早く立ち上がって魔物に挑まなければ。
地面を右手で弄ると剣を見つけた。無造作に柄を握って持ち上げる。
……ん? 何だか軽い。
俺はぼやける目で剣を見る。
折れていた。
ちょうど真ん中からポッキリと折れている。上半分は少し離れた地面に転がっていた。俺は虚ろな目で折れた剣を見つめる。
そして、顔を下に向けて体を見た。
「なァるほどなァ……」
左の脇腹から肋骨にかけて大きく抉られている。ついでに左腕は二の腕から先が無かった。道理で動かないはずだ。
顔を正面に戻すと魔物が近づいてくるのが見えた。近距離で確実に仕留めるつもりなのだろうか。まあどうでもいい。
「ふぅー……ぐゥッ……!」
なけなしの闘気だ。俺は本当の意味での最後の力を振り絞り、折れた剣を支えにして立ち上がった。
大地を二本の足で踏みつけ、折れた剣の切先を魔物に向ける。
まだまだだ。
まだ俺の狂気は終わっちゃいない。
手足が無くなる?
腹をぶち抜かれる?
剣が折れる?
馬鹿が。
そんなもんで俺の狂気は無くならない。
せっかく思い出したのだ。忘れて堪るか。何が起きても俺は俺の狂気を忘れることはあり得ない。
「さあもう一度――――ゴフッ」
おい。最後まで言わせてくれよ。
魔法によって胸を貫かれた。貫いたのは岩の槍だ。岩の槍は俺を貫いて背後にある樹の幹に突き刺さった。つまり俺は縫い留められた状態である。
魔物は……動く気配がない。もう俺が死ぬと分かって攻撃しないのか。それとも最後に思いに耽る時間をくれたのか。まあどちらでもいい。
……そうか。死ぬのか。
自分なりに全力で生きたから後悔はない。一人前にはなれたし、美味い飯も食ったし……大満足ではないが特に不満はない人生だった。
死んだらどうなるんだ? やはり死後の世界があるのだろうか。先に死んだあいつらがいるのだろうか。もしいるのならば馬鹿話でもしよう。
それがいい。
段々と意識が遠のいて――――。
ちょっと待て。
何で俺は満足してるんだ。
違うだろ。
不満だろ俺は。
才能が無くて憧れに手が届かなかった人生に不満なんだろ。まあもう死ぬのに何をいまさらっていう話ではあるが。
剣は……まだ握っている。死んでもなお離さないように俺はきつく握りしめる。そして俺は絶対に倒れて死にたくない。だから、体が縫い留められていることで死んでも立っていられるのは良いことだ。
ふぅ……後数秒で死ぬな。
満足して死ぬのも悪くないが、どうせなら俺は後悔の気持ちを抱えて死のう。
才能が欲しかった。
身体能力という才能が欲しかった。
運動神経という才能が欲しかった。
闘気という才能が欲しかった。
魔術は……いらない。
魔術が使えるとつまらなくなる。
求めるのは浪漫だ。
バケモノ相手に剣一本で挑む。
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