コスモガール

KMT

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第一章「世間が悪い」

第5話「秘密を知る」

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「友達ねぇ…」

 昇降口までやって来た伊織。本当は今日は新しい詩を書くつもりでいた。しかし、頼み事を断れない悪い癖が出てしまい、つい面倒事を引き受けてしまった。

「いーおーりー!」

 階段から麻衣子が駆け下りてきた。出男との話は着いたのだろうか。

「おかえり。体育委員の件はどうだった?」
「とりあえず来週の役員決めの時に正式に決着をつけることにしたわ」
「うん、それがいい」

 今ここで決める必要なんてないのだ。というか、出男と麻衣子のどちらが体育委員になろうが、正直伊織はどうでもよかった。

「さぁ、帰りましょ」
「悪いけど、今日は一人で帰って」
「えぇ!?」

 下駄箱からスニーカーを取り出す麻衣子の腕がピクンと揺れた。

「僕、ハルさんの家にプリント届けないと。石井先生に頼まれたんだ」

 伊織は靴を履きながら言う。

「ふーん…アンタってよく雑用押し付けられるわよね。まぁいいけどさぁ」

 麻衣子はスニーカーを地面に落とす。



「あの子の家の場所、わかるの?」
「…あっ」

 伊織の動きが停止した。

「先生に聞くの忘れたぁ~!!!」

 ハルの自宅の場所を聞くのを完全に忘れていた。家の場所がわからなければ届けようがない。当たり前の話である。

「いや、先生も教えなかったのが悪いと思うけど…あ、でもこういうのって個人情報だよね?聞いても大丈夫なのかな?もしかしてそれで先生もさっき教えてくれなかったのかな?でもそれだと頼む理由も……あぁどうしたらいいんだぁ~!!!」

 らしくなく昇降口で騒ぎ立てる伊織。靴を履き替える生徒の注目を集める。

 ツンツン
 麻衣子が伊織の背中をつつく。伊織が彼女の方を振り向くと、麻衣子は今度は廊下の方を指差す。

「権力~♪権威~♪んっふふ~♪」

 鼻歌を歌いながら生徒会長の花音が廊下を歩いているのが見えた。手にはいつも大事に持ち歩いている手帳が握り締められている。彼女はパラパラとページをめくりながら生徒会室の方へと歩いていった。生徒会の方も会議があるのだろうか。

「…あぁ」

 なんて都合のいい人間が近くにいることだろうか。伊織は彼女の元へと駆け出した。





 驚いた。花音は転校生であるハルの情報まで手帳に記していた。しかも彼女の家の住所まで。いつの間に、そしてどうやってこんな個人情報を入手したのだろうか。花音のことが少し不気味に思えた伊織だった。

「えーっと…あっ」

 帰り道、伊織は公園を発見した。すぐさま入り口を通り抜け、誰も座っていないベンチに腰を下ろした。

「よし」

 伊織は学校鞄からスマフォを取り出し、Google Mapで花音から聞き出したハルの家の住所を入力し、検索した。その場所はすぐに画面上に映し出された。

「えっ?プチクラ山!?」

 驚くことに、そこは完全にプチクラ山の中だった。ハイキングコースから少し離れた辺境とも言えそうな場所だ。マップ上には建物らしき物体はない。こんなところに人が住んでいるのか。伊織は疑わしく思う。

「…とりあえず行ってみるか」

 表示された場所にピンを差し、マップ上に目印を付けた。

「その前に…」

 伊織は学校鞄からメモ帳を取り出した。今日やりたかった作詩を少し進めようと思った。夕焼けの温もりを乗せた春の風に揺られながら伊織は筆を動かした。



「…」

 早くも伊織の腕は止まる。まだ「新作」と「星名意織」の二単語しか書けていない。ちなみに「星名意織」とは、伊織が作詩をする時のペンネームのようなものだ。父親である季俊(いとし)は最初生まれたばかりの伊織に「意織」という名前をつけようとしていたと聞いた。だが「意識」という字と紛らわしくなったり、「意」という字はあまり人に使わないという理由から却下となった。

 しかし、せっかく考えてくれたのだからと、伊織はそれを作詩する時のペンネームとして採用した。結局両親はそれをを知ることなく亡くなったのだが、この名前も両親が遺してくれた大切な贈り物だ。大事にしなくてはならない。

「うーん…」

 ダメだ。やっぱり文字が浮かび上がらない。伊織はファイルから「愛のうた」が書かれているメモを取り出した。初めて書いた詩を参考にしながら考えることにした。

 愛…愛…愛…。自分にとって愛とは何だ?



「わぁ~、懐かしい~」

 突然女の子の愉快な声が耳に入ってきた。伊織は声のする方へと意識を向ける。

「確かここだったよね」
「あぁ、あれから変わってねぇなぁ…」

 公園に入ってきたのは男女のカップル、なんと陽真と凛奈だった。今日は陸上部が休みだったのか、二人は一緒に下校していた。二人はジャングルジムを眺めながら話をする。

「初めて一緒に遊んだ時はすごく楽しかったなぁ~」
「あぁ、そういえばここは初めてお前の笑顔が見れた場所でもあったな」
「ふふっ♪よかった、ちゃんと全部思い出せてるみたいだね」

 どうやらここは二人にとって思い出の場所らしい。こんなところで関係のない自分が敷地内にいたら、思い出に浸るのに邪魔になるだろうか。伊織は出ていくべきか迷った。

「それにしても本当に不思議な冒険だったね」
「あぁ、俺達の驚くようなことがたくさんあったな」

 伊織は二人の会話に耳を当てる。冒険…二人でどこか行ったのだろうか。しかし、旅行などではなく、冒険?

「あんなに不思議な世界があるなんて思わなかったよ。すごく大変なこともたくさんあったよね」
「でも、あの世界での出来事があったからこそ、俺達は更にお互いを理解し合えたんだ」

 知らないことがたくさんある不思議な世界、果たしてどのような冒険をしたのか。是非とも詳しい話を聞きたいところだが、二人が何やら和やかな雰囲気だったために間に入りずらかった。やっぱり邪魔をしては悪い。伊織はメモ帳を学校鞄にしまい、「愛のうた」を書いたメモを………

「ん?伊織?」
「え?」

 陽真が伊織の存在に気づいて近づいてきた。凛奈も近づいてくる。

「なんだ、お前もいたのか。声くらいかければいいのに」
「なんか二人共いい感じの雰囲気だったから話しかけづらくて…」
「ここは凛奈との思い出の場所だからな」

 陽真は凛奈の頭を撫でながら呟く。凛奈はおどおどしながら頬を赤く染める。いつでもどこでも一緒にいると周りの目を気にせずイチャつくカップルだ。

「そうだ、伊織君はここで何してるの?」

 陽真が手を離したことで落ち着きを取り戻し、凛奈は伊織に聞く。

「え?あ、いや…その…」

 伊織は「愛のうた」のメモを急いでファイルにしまう。そのファイルも学校鞄に突っ込む。

“もし詩なんかを書いていたなんて知られたら…”

 この二人なら見せても笑ったり、馬鹿にしたりすることはない。それなのにどこからか恥ずかしさが込み上げてくる。伊織は目を泳がせた。

「もしかして詩を書いてるの?」

 凛奈が笑顔で伊織の顔を覗き込む。またもや凛奈の無邪気な笑顔に軽くきゅんとくる。伊織は心の中で陽真に謝罪した。

「あ…うん。そうなんだ~」

 伊織も笑顔で返す。





「………え?」

 伊織はあることに気がつく。

「ちょっと待って!なんで僕が詩を書いてるってこと知ってるの!?」

 伊織の大声が公園に生えている植木を揺らす。伊織は自分の作詩の趣味は極力他人には秘密にしている。例外として、麻衣子を含む仲のいいクラスメイト少数にしか伝えていない。伊織にとって作詩の趣味は黒歴史のようなステータスだ。友人に詩を見せて笑われた過去も持っている。それなのに、今まで会話もしたことがない二人がなぜ知っているのか。

「生徒会長から教えてもらったんだ。伊織は作詩が趣味ってな」
「花音ちゃんに手帳見せてもらって偶然知ったんだ。あれ本当に生徒の情報何でも書いてあるんだね」

 伊織の顔が真っ赤に染まる。

“花音会長ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!”

 伊織は花音から受け取ったハルの家の住所が書かれてた紙を握り潰した。穴があったら入りたい。いっそのことその上から土を被せて塞いでほしい。伊織は堪らなく恥ずかしくなる。

「もしかして知っちゃダメだった?」
「なぁ、よかったら俺達に読ませて…」

 陽真が伊織のファイルに手を伸ばそうとしたその時…

「ごめん!今日忙しいからまた今度ね!!!」

 伊織は一瞬にして学校鞄を背負い、ベンチから立ち上がって二人の間を走り抜けて公園を出た。まるで逃げていくように。いや、逃げている。

「なんか、悪いことしちゃったかな?」
「あぁ…」

 取り残された二人はその後、久しぶりにジャングルジムで遊んで思い出の上書きをしたという。



   * * * * * * *



「はぁ…はぁ…」

 僕は走ってプチクラ山の入り口まで来た。自分の黒歴史を密かにあの二人にバラした花音会長を軽く恨み、心の中で「花音会長のメガネ割れろ」と13回唱えた。不吉な数字だ。

「…行くか」

 伊織は入り口を通り抜けて階段を上っていった。



 ザッザッザッ
 僕はスマフォ上に表示されているルート通りに足を進めていく。登れば登る度に木々が増えていって、道端に落ちている落ち葉の数が多くなる。本当にこの先にハルさんの家があるのだろうか。こんな山道を下ってハルさんは学校に来ていたのか。僕ですら疲れるのに。

「…」

 疲れを紛らわすために考え事をしながら歩いた。今考えてみれば、先程の「メガネ割れろ」は流石に思い過ぎかもしれない。今さらながら罪悪感が募ってきた。じゃあどれぐらいがいいか。「スカートめくれろ」とか「痴漢に遭え」とか。いや、それも酷すぎるか。あれでも一応女の子だもんな。とにかくくだらないことを考えながら僕は山道を進んだ。



 10分後、目的地が近づいてきた。近づくにつれて道端に落ちている落ち葉が少なくなってきた。誰かが頻繁に通っている証だろうか。歩きやすくなったが、そろそろ足が軽く悲鳴を上げそうだ。

「あっ…着いた」

 たどり着いたのは、開けた場所にぽつんと建った一軒家だった。明らかにここだ。意外とわかりやすくて助かった。それにしても木造建築とは…いわゆるログハウスというものだろうか。

「ふむ…」

 しかし、こんな山奥に住んでいて不便はないのだろうか。電気や水道はちゃんと引いているのだろうか。色々思うことがあるが、僕は恐る恐る玄関へと向かう。さっさと用事を済ませてしまおう。

 コンコン
 インターフォンが見当たらないため、ドアをノックした。待つ間に学校鞄からファイルを取り出した。ドアは開かない。しんとした空気だけが僕を歓迎している。

 キー
 ドアが開けられたのはノックをしてから34秒後だった。

「な、何…?」

 中からハルさんがじーっとこちらを警戒しながら見つめてきた。日差しを浴びるのを恐れるドラキュラのように。わずかに開いたドアの隙間を覗き込み、右手でお腹を庇っている様子が見えた。

「君、確か同じクラスの…」
「うん、保科伊織。よろしくね」

 顔を覚えてくれていたことに喜ぶのは後だ。渡すものを渡してしまおう。

「なんで家の場所知って…」
「石井先生に教えてもらったんだ」

 本当は花音会長に教えてもらったことは伏せておく。生徒の個人情報を掌握しているあの不気味な生徒会長のことを紹介すると、ハルさんが怖がってまた学校に来なくなってしまいそうだ。実際僕だって同級生に作詩の秘密を知られ、これから通うのを怖く感じている。

「何の用?」
「あ、これ…休んでた間に配られたプリント」

 僕はプリントの束を差し出す。

「これ…わざわざ届けに来てくれたの?」
「え?うん、そうだよ…」

 あくまで石井先生に頼まれたから、石井先生が頼まなければ自分から行くことはなかった。そう自分に言い聞かせた。

「山道歩くの大変だったでしょ?」
「いやぁ、そんなことないよ!あんなのチョロいチョロい!あはは…(笑)」

 なんだかハルさんが罪悪感を感じてそうな顔を向けてきたため、僕は気にさせないように明るく振る舞った。

「ありがとう…」
「どういたしまして」

 ハルさんの頬が赤く染まっているように見えたけど、僕はそれを目の錯覚ということにした。うん、きっと目の錯覚だ。そうに違いない…と思う。

「最近学校休みがちになってたけど…何かあったの?」
「あ、えっと…色々忙しくて…」

 ハルさんの口調から何か明かせない事情があることを瞬時に察し、僕はそれ以上追求することはしなかった。今ハルさんとわかり合えるのはどうやらここまでらしい。まぁ話ができただけでもよしとしよう。

「そっか。早く来れるといいね。みんな学校でハルさんのこと待ってるからさ」
「え?」

 ハルさんは驚きの声を上げる。それは「私を待ってるなんて、そんなことあるわけないでしょ」という意味の不信感の現れなのか、それともただ僕が下の名前で呼んできたことに対する驚きなのか。そのハルさんの声に「嬉しさ」があるのかどうかは、今の僕にはわからなかった。

「学校で不安なことがあったらいつでも相談してね。僕でよければ力になるから」
「ありがとう、嬉しい…」

 ハルさんが笑顔になった。最初に見た時の作り笑顔とは違う。心から僕に感謝していることが伝わる本物の笑顔だ。嬉しさは確かにあることがわかった。その笑顔を写真に撮って残しておきたいとも考えたが、そんなやましい考えを、僕はすぐに心のゴミ箱に捨てた。あんまり時間を取るのも申し訳ない。早いとも思うが、そろそろおいとましよう。

「それじゃあ、また学校でね」
「うん、本当にありがとう…」

 パタンッ
 ドアが閉められた。さっきまで冷たいと思っていた春風が温かく感じた。





「ハル!ダメじゃない、大人しくしてないと…」

 天音さんが地下から出てきた。実はさっきまで体調が悪く、布団にくるまって寝ていた。だけど、人が訪ねてきたからには出ない訳にはいかない。

「誰だったの?」
「学校のクラスメイト。プリント届けに来てくれたみたい」

 私は彼から受け取ったプリントを一枚一枚めくりながら確認する。ほとんどが学級通信や健康診断のお知らせなどだった。健康診断…

「そう。次学校行ったときにお礼言わないとね」
「うん…」

 天音さんは階段を下りて地下へと戻っていった。私は居間のちゃぶ台の前に腰を下ろし、残りのプリントをチェックした。

「…ん?」

 プリントの束の中に一枚、B5サイズのメモ用紙が雑に挟まっていた。他の紙とは大きさが違うみたいだから少し気になった。私はそれを破れないように慎重に引っ張り出す。そのメモには細やかな文章が鉛筆か何かで書かれてあった。そして、私の視線は一番上に堂々と書き込まれた大きな文字に釘付けになった。それは…

「愛の…うた?」


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