コスモガール

KMT

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第四章「KANATA」

第20話「ハル・ゴートゥー・ジ・アース(中編)」

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 それからアマンダはファルカーの研究に没頭した。遺伝子の突然変異の原因を突き止め、何とかノンファルカーへと戻すために様々な策を練った。しかし、現在のアマンダの技量では解決策を導き出すには、問題が難解過ぎた。彼女は生物学のプロフェッショナルでもない。一人の冴えない科学者だ。ましてや、ファルカーを救い出す研究をしていると公に知られることがあれば、たちまち世間から非難を受け、立場を奪われかねない。アマンダは秘密裏に研究を続けた。

「はぁ…はぁ…」
「疲れた? でももう少しで終わるから。頑張って」
「うん…それ!」

 ハルは念力で目の前の岩を浮かす。先程から能力を酷使し続けているため、精神的にも体力的にも限界が近づいている。

「やはり波動は脳から放たれてる…力の根元は脳ね」

 アマンダは望遠鏡のような機械で、レンズ越しにハルを観察する。目に見えない力を可視化する機械のようだ。

「脳切開…いや、麻酔薬が足りない…。そもそもそんな技術は私も持ってないし…」

 今すぐ開頭手術をして、能力の根元を直接探りたいところではあるが、全身麻酔に必要な麻酔薬が揃っていない。そもそも自分は医師ではないため、手術に必須な資格も知識も持ち合わせていない。ハルの立場上、専門の医師に依頼することもできない。ならば、こんなか弱い少女の頭を切り開き、命の危険に晒すようなリスクは犯せない。

「一体どうやって探れば…」



 ドンッ グシャッ
 ハルの浮かしていた岩が床に落ち、大きな音を立てて粉々に割れる。ハルは脱力し、その場に座り込む。アマンダは座り込んだハルの顔を覗き込む。

「ハル…?」
「…誰よアンタ。どこよここ」

 ハルは突然豹変し、慌てた様子で辺りを見渡す。能力を酷使したことにより、ジアの人格に切り替わってしまったようだ。先程までのハルの口調と明らかに違うことから、アマンダは困惑する。アマンダはジアの姿のハルを見たことがない。

「な、何言って…」
「その紋章…まさか…」

 ジアはアマンダの左の胸元に付いているバッジを指差す。コウモリの紋章が刻印された、デストウェイ学会の一員であることを示すバッジだ。

「アンタ…デストウェイ家の関係者…」
「え? えぇ…そうだけど…」
「許さない…私をこんな目に遭わせやがって…」

 ジアは両親や世界への恨み、暴行を受けた苦痛、様々なハルの負の感情によって生まれた人格だ。しかし、なぜかアマンダを睨み付け、底知れぬ怒りを露《あらわ》にする。ジアは顕微鏡やフラスコ、台車、波動を可視化する装置など、周りの実験器具を念力で浮かす。

「悪魔なのは…お前らの方だ…」
「ちょっとハル! 何言って…」
「死ね!!!!!」

 浮かび上がった実験器具が、一斉にしてアマンダに襲い掛かる。





「ごめん…本当にごめんなさい…」
「大丈夫、もう気にしてないから」

 ジアは再び眠りにつき、元のハルの人格に戻った。泣きじゃくるハルの背中を、アマンダは優しく膝の上でさする。ジアの能力によって、アマンダの自宅の実験室はめちゃくちゃに荒らされ、実験器具は粉々に粉砕された。アマンダ自身も器具を投げつけられたり、ジアからの波動弾を受けて負傷を負った。

 意識を取り戻したハルは、瞳に涙を一杯に浮かべながら事情を説明した。自分が二重人格であること、ジアの人格は能力を酷使した時に目覚めることを。アマンダはそれを信じてはくれたが、ファルカーであること以外にとてつもない問題を背負わされることになった。これからハルがジアの人格に捕らわれないように守らないといけないのだ。

「ごめん…なさい…」
「ハル、謝るのは私の方よ」
「え?」

 流れる涙が止まった。ハルはアマンダの顔を見る。

「もう…私にはあなたを救えそうにない。あなたをノンファルカーに戻してあげられそうにない」

 ジアの脅威に恐れを抱き、ハルを治療する決意が完全に崩されてしまった。アマンダは深くうなだれる。

「本当にごめんね…」
「アマンダさん…」
「でも、私はあなたを捨てない。あなたを救うことはできないけど、あなたを見捨てない約束ならできる」

 アマンダはハルの小さな手を握る。ハルの瞳からは再び涙が流れる。ハルにとってはそれだけで十分だった。誰かの温もりを受けて生きていられるだけでよかった。ハルはアマンダの胸に顔をうずめた。



 それからハルはアマンダとの生活を続けた。アマンダは極力能力を発動させないように警告した。しかしアマンダの生活を支えていくうちに、良心でつい能力を使ってしまい、ジアの人格に変わってしまうことが度々起こった。ジアはなぜかアマンダを憎んでおり、アマンダを執拗に攻撃した。

 アマンダはなんとなくその理由を察していた。ハルにもそれを伝える。アマンダの所属するデストウェイ学会の「デストウェイ」は、長年テトラ星を統治してきた血筋の名前だった。実際にテトラ星意思決定機関の総長(トップ)は、デストウェイ家の人物が担ってきた。デストウェイ学会の会長ももちろん総長、もしくはデストウェイ家の人物が兼ねて務めている。デストウェイ家こそが、ファルカーは野蛮な存在であるという考えを生み出し、そこから徹底的な差別を始めたのだ。

 だからこそジアはデストウェイ家の人間、及びその関係者を憎んでいた。いつかファルカーを匿っていることを世間に公表すると、アマンダを脅した。それが知られればアマンダは学会から追い出され、地位を失うことになるだろう。ファルカーをこの世に生み出し、職を奪われたハルの父親のように。それでもアマンダは臆することなく、ハルを守ることを決意した。デストウェイ家の考えにただ一人反対し、ハルを家に匿《かくま》っていることを隠し続けながら学会に通い、学会で行う研究に励んだ。そんな彼女に感謝し、ハルは家の中で助手としてアマンダを支え続けた。身を隠す生活は10年近く続いた。




 あれから10年が経過し、ハルは15歳まで成長した。性格はだいぶ明るくなり、アマンダと一緒にいる時は常に笑顔を絶やさなかった。

 アマンダは設計途中のロケットのボディの一部を撫でる。学会での研究もだいぶ進み、多くの知識を手に入れたアマンダは、個人で小型宇宙船の開発を始めていた。途方もない時間を費やし、ようやく最後の部品を設計する段階までこぎ着けた。ハルの支えがあったことも完成を確実視させる大きな要因とも言えよう。

「…」

 アマンダはハルの笑顔の裏に隠された悲しみを思う。結局あれからファルカーの研究の方は完全に諦め、ハルはノンファルカーに戻れないまま成長してしまった。戻す方法もわからない。そもそも戻せるかどうかすら今となっては不明だ。絶対にハルを救ってやると、10年前に固く誓ったのに…。彼女はそのことをもう忘れてしまったかもしれないが、アマンダの心にはいつまでも罪悪感が募ったままだった。



「アマンダさん、今日の買い物は私がいくよ」
「え!?」

 後ろから聞こえたハルの声で現実に引き戻された。買い物袋を手に取るハルが見える。アマンダは驚愕した。ハルを危険な目に遭わせないために、10年間ずっと外出を避けるように忠告してきたのだから。

「ダメよ! 外に出たら…」
「大丈夫、こうすれば…」

 ハルはガーゼを額に当て、テープで止めてFの文字を隠した。町の人々は額に刻まれたFの文字を見てファルカーであることを認識する。なぜかこの文字はどれだけ洗っても消えることはなかった。だが文字さえ隠せば気づかれることはないと、ハルは考えたようだ。

「でも…」
「アマンダさん、やらせて。私、ずっとアマンダさんに支えられっぱなしで…何もしてあげられてない。それが嫌なの。だから私にも何か役に立たせて」
「ハル…」
「それじゃあ、買うものは任せてよね! 今夜は私が作るから♪」

 ハルは陽気なトーンでアマンダに言う。玄関のドアが閉じられ、ハルが遠ざかる足音が聞こえる。いつの間にたくましくなったのだろう。アマンダは姿が見えなくなったハルの心に訴える。何もしてあげられなかったのは自分の方ではないか。



 本当に10年振りの外出だ。ハルは大通りに立ち並ぶ出店を見渡す。なるべくファルカーだと気づかれないよう堂々と歩き、買うべき物を探す。棚に並ぶ肉や魚、野菜などを眺め、今夜の献立を考える。

「すみません、これください」

 肉の塊を包んだパックを指差し、店主に求めるハル。店主は反応が遅れたのか、返事をしない。

「…お前、おでこどうした?」
「…!」

 ハルの額に冷や汗が流れ、貼ってあるガーゼを湿らせる。とっさに前髪でガーゼを隠してごまかすが、店主は鋭い眼差しでハルを睨み付ける。

「お前ファルカーだろ。バレバレなんだよ」
「…」

 ハルは唾を飲み込む。病院でファルカーと断定された者は、高確率で額にFの文字を刻まれる。額に貼られたガーゼを指摘され、こんなにも動揺してしまえば、自分の正体を自ら教えているようなものだ。まさかこんなに素早く見破られてしまうとは。店主の周りにいた客は、店主の声に反応し、ハルがファルカーであることを知った。ざわめきながらハルを凝視する。

「え? あいつファルカー?」
「マジかよ…逃げるぞ!」
「ママ…怖い…」
「逃げましょ」

 そそくさとハルと距離を取る客達。ハルは10年前の心の傷をえぐられる。暴行を加えてこないだけまだマシではあるが、ファルカーに対する世間的な認識は全く変わっていなかった。黒い視線が一斉にハルに注がれる。

「ファルカーに売るもんなんか無ぇよ。とっとと失せろ」

 冷徹な声でハルに吐き捨てる店主。ハルは怒りを覚え、店主に手をかざす。

「おっ…なんだ? 能力で俺を攻撃するつもりか?」
「…」
「いいぜ、やれるもんならやってみr…うわぁ!」

 ハルは念力で店主の体を宙に浮かび上がらせた。店主は動揺し、手足をバタバタと動かす。ハルが手を下ろすと、店主はズドンと地面に体を打ち付けた。

「こいつ…マジでやりやがった! クソッ!」

 バシッ
 店主は本気でハルが攻撃してくるとは思っていなかったようだ。店主も怒りを抑えられなくなり、足元に転がっていた太い鉄の棒を握り締め、ハルの肩を思い切り叩いた。ハルは肩を押さえて地面に倒れる。

「うっ…」

 ジリジリと肩が痺れる。ファルカーならいくら痛め付けても罪に問われないため、反撃が容赦ない。痛みに悶絶するハルを見て、気が済んだ店主。鉄の棒を懐にしまう。

「…」

 ハルは静かに起き上がる。

「あ? なんだテメェ…まだやんのか? 警察呼ばれたくなかったらこれ以上関わるn…」

 起き上がったハルの顔を見て、店主は愕然とする。瞳が赤黒く燃えている。心臓を貫くような鋭い眼差しで、店主を睨み返す。能力を使ったことにより、ジアの人格へと変わったようだ。

「チッ…まだ殴られ足りねぇようだn…っあ!」

 再び鉄の棒を振りかざした時、突如鉄の棒が見えない力に引き寄せられ、店主の手を離れる。ジアは鉄の棒を指差して念を送っていた。鉄の棒は店主の背後へ移動し、誰かが握って振り下ろしたかのように、店主の後頭部に重い打撃をお見舞いする。

 バシッ ズドンッ

「があっ!」

 殴られた勢いで、店主の体は肉が並べられたテーブルに叩きつけられる。肉は床に散乱し、テーブルは真っ二つに破壊される。店主は死んではいない。強い頭部への打撃で気を失っているようだ。周りにいた客達は騒然とする。

「クソなのはどっちよ」

 ジアは自分の足元に落ちていた買い物袋を見つめる。ハルが買い物をしに来たことを知った。適当に肉を2,3パック手に取り、財布から適当に紙幣を取り出し、倒れている店主の頭に乗せる。そのまま騒ぎ立てる客達を気にも止めず、アマンダの自宅へと戻る。幸いにも警察を呼ぼうとした者は誰もいなかった。



「…すっげぇ」

 騒ぐ客の中でただ一人、ジアの反撃の様を見て感心する男がいた。紫髪で、少々はねっ毛のある頭を帽子で隠していた。年齢ははジアより1,2歳上に見える。男はジアが辿った道を追った。



「なぁ! 待ってくれ!」

 男はジアを呼び止める。呼ばれたジアは振り向く。男は帽子を取ってジアに尋ねる。

「お前、ファルカーだよな?」

 ジアは眉を垂れ下げる。わざわざその言葉を言わなくてもいいではないか。その肩書きのおかげで、ハルもジアも世間から醜い存在として差別を受けてきたのだから。

「…そうだけど、アンタ何? 私になんか用?」

 あくまで高圧的な態度で返すジア。彼女にとって、自分以外のこの世に存在する人間全てが憎い。しかし、男はファルカーである彼女に好意的に話しかけてくる。

「さっきの見たぞ! すげえカッコよかった! 怒鳴ってた大人をあんな簡単にやっつけちまうなんて、なかなかやるじゃん!」

 ジアは困惑した。今まで自分にこんな好意的に接してくる人間はアマンダ以外は初めてだ。そのアマンダですら憎らしい存在であるが、なぜかこの男には憎らしさを感じると、それを良しとしないと言わんばかりの罪悪感がやって来る。こんな感情は初めてだ。

「…何が言いたいの?」

 ジアはまだ高圧的な態度で返す。これ以上男に言い寄られないためだが、男はジアの態度も気にせずに話し続ける。

「羨ましいぜ。俺もファルクほしいな~」
「ファルク?」
「ん? 知らねぇで使ってたのか?」

 男が言うには、ファルカーの使う超能力はファルクと呼ばれているようだ。ファルカーの由来はそこから来ているらしい。“ファルクを使う者”という意味として。ジアはそれを他人事のように聞く。

「…あっそ」
「いいなぁ~、俺もファルカーで生まれたかったぜ」
「は? アンタ何言ってんの…」

 ファルカーとして生まれたい。超能力を羨ましく思って何気なく口にした言葉だろうが、そんな考え方をする人間がいることに、ジアは驚きを隠せなかった。どうやら彼はノンファルカーのようだが、ファルカーが世界から忌み嫌われる存在であることを知らないのか。

「アンタ知らないの? ファルカーは…」
「知ってるさ。でもそんなの関係ねぇ! 俺はお前を気に入った!」

 男はジアの手を握った。顔を近づけて、期待の眼差しを向けながら尋ねた。

「お前…名前何ていうんだ?」
「は? 何でアンタに言わないといけないの…」
「えぇぇ…頼むよ~、教えてくれって」
「…ジア」
「ジア…いい名前じゃんか!」

 渋々名前を教えることにしたジア。あくまでこれは自分の人格の時のこの体の名前だ。第一この体の本当の持ち主はハルで、そちらの方の名前を教えるべきなのではとも考えた。しかし、後々めんどくさいことになったとしても、全てハルに押し付けようと考えて自分の名前を名乗った。

「可愛い顔にぴったりの可愛い名前だな♪」
「はぁ?」

 一応誉めてはくれるのだが、ジアは誉められることに慣れていない。そんな経験を一度としてしていないため当然ではあるが、なんとなくジアもこの男に興味を持ち始めた。

「あ、俺の名前はオリヴァだ。よろしくな♪」
「…えぇ」

 ジアはぎこちない素振りでオリヴァと握手をした。オリヴァは最後まで笑顔を絶やすことなくジアの手を握り続けた。しかしその後、オリヴァと別れたジアは眠りにつき、ハルの人格が戻ってしまった。何も知らないハルは、手に握られた肉と肩の痛みで状況を察し、思い出したくない過去を心に押し込んで家に逃げ帰った。





 ピンポーン
 いつものようにロケット開発に明け暮れるアマンダの自宅に、インターフォンが鳴り響く。学会の関係者だろうか。手が離せないため、仕方なくアマンダの代わりにハルが出た。ハルは額の文字を前髪で隠し、慎重に扉を開ける。

 キー

「よう!」

 やって来たのはオリヴァだった。相変わらずのほほんとした顔で笑っている。

「お前の家の場所を知りたくてよぉ。昨日別れた後にこっそり後を着けたんだ。あっ、別にストーカーしたかった訳じゃなねぇぞ! ただ家の場所を知りたくてだな!」

 手をバタバタと動かしながら言うオリヴァ。後を着けた時点で十分ストーカーとして成立するのだが、あくまでそれ自体が目的ではないことを説得する。

「えっと…」
「なぁ、今日暇か? 一緒に遊ばね?」

 オリヴァから遊びに誘われた。しかし、ハルは困惑した。それもそのはず、オリヴァはハルにとって初対面の人物だ。面識があるように話しかけてくるオリヴァだが、目の前にいる少女が昨日会ったジアではないことを知らない。

「ん? なんかよそよそしいな。どうした?」

 昨日のクールな出で立ちと違い、やけにおどおどとした様子に気づき、オリヴァも首をかしげる。

「あなた…誰?」
「えぇぇ? 忘れちまったのか!? 俺だよ俺! オリヴァだよ!」

 自分を指差して答えるオリヴァ。名前を言われてもわかるはずがない。ハルにとっては見たことも聞いたこともない人物なのだから。

「オリヴァ…?」
「昨日会っただろ? ジア…」
「…!」

 彼の口からジアの名前が出てきた。彼は自分をジアだと思って訪ねてきたことに気づき、ハルは驚愕する。どうやら彼は、昨日ジアが目覚めている間に知り合った者のようだ。ハルは固唾を飲み、再び口を開いた。

「…ちょっと来て」





「二重人格…?」
「うん。私にはもう一つの人格があるの。あなたが昨日知り合ったのはその子よ」

 ハルはオリヴァを人気のない路上に呼び出し、事情を説明した。好意的に接してくる様子から、アマンダと同じファルカーに差別的な考えを持っていない者だと判断し、秘密を明かすことにした。案の定人のいいオリヴァはそれをすぐに信じた。

「その子がジア…」
「うん。何て言ったらいいかわからないけど、ジアは能力を使い過ぎるとたまに出てくる人格で…とにかく私が本物なの」

 オリヴァは静かにハルの説明を聞いた。昨日店主に暴行を加えられた途端、人が変わったように反撃を始めたハルの様子を思い返した。あの時の彼女は本物ではないのか。

「…なんだよ、つまんねぇの」
「え?」

 何気なく呟かれたオリヴァの一言を、ハルはうまく聞き取れなかった。

「あっ、いや何でもない! とにかく事情はわかったよ。だがハルとも仲良くしてぇな」
「仲良く…?」
「これも何かの縁だ。俺はオリヴァ。よろしくな、ハル!」
「う、うん…よろしく」

 ジアの時と同様、ぎこちない素振りでオリヴァと握手するハル。彼にとっては二度目の自己紹介、何だかおかしい。



 それからハルはオリヴァとも交流を深めた。オリヴァは定期的にハルの家に訪れ、二人で出掛けた。町の中ではノンファルカー達の視線を集めてしまうため、人気のない公園や図書館へ行き、他愛もない話で盛り上がった。

「俺の父さんはデストウェイ学会の科学者なんだ。今はもう死んじまったけどよ、すっげ~いろんなこと知ってたんだぜ」
「そうなんだ…。実はアマンダさんもその学会にいるんだよ。私のこといつも支えてくれててね」

 オリヴァにはなぜか心を許し、自分のことや身の回りのことまで何でも話すことができた。ハルも彼の隣にいる時は自然と頬が緩んでいた。オリヴァは偏見を持たず、常にハルに優しく接した。ハルの話をうんうんと頷いて聞いてくれた。不思議と胸が温かくなるのを感じたハルは、オリヴァと共に過ごす時間に心を預けた。

 そんな二人の関係は一ヶ月続いた。一ヶ月も経てば、ハルはオリヴァの前で堂々と超能力を使えるまでに心を開いていた。超能力を自信満々に見せて彼を楽しませた。超能力を使えばジアの人格が目覚めてしまうが、オリヴァの期待の眼差しは、その恐怖を感じさせないほどに安心させてきた。堂々と超能力を発揮し、オリヴァを楽しませた。小石や枯れ木を浮かしてみせると、オリヴァはサーカスを見たように大きな拍手と共に称賛した。

「すっげ~、やっぱ便利だな! 超能力って」
「そ、そうかな…」

 頬を赤く染めるハル。オリヴァもアマンダと同様、超能力を目の当たりにしても不気味がらないので安心だ。彼に関しては誉め過ぎな気もするが。

「そうだって! それがあれば嫌なやつなんかコテンパンにやっつけられるだろ」
「でも、できればそんな使い方は……うぅっ!?」

 しかしハルは超能力を使った後、決まって頭を抱えて苦しみ出す。それが人格が切り替わる合図だ。事情を知っているオリヴァは、ハルの肩に手を乗せて心配する。

「ハル! 大丈夫か!?」
「…その名前嫌いなのよね」

 苦しみの後にジアの人格が目を覚ます。長年の共生の末、超能力とジアの人格が密接に結ばれ、超能力を使うとほぼ確実に人格が切り替わるようになってしまった。

「その口調…ジアか?」
「えぇ…アンタ、オリヴァよね。事情はもう知ってんの?」
「あぁ…」
「ハルから聞いたと思うけど、まぁそういうことだから」

 改めてハルとジアの違いを目の当たりにする。本当に別人のように口調が変わる。そして、ジアでいる間は瞳が赤黒く染まっている。視線だけで心を圧迫してくる。

「やっと会えた…」
「え?」
「ジア…お前だよ!」

 オリヴァは勢いよくジアの手を握った。困惑するジアに、オリヴァは続ける。

「最初に会った時、俺はお前に惹かれたんだ。なんて凛々しいんだろうって。ハルとの時間も楽しいが、ちょっと物足りなく感じてたんだ。なんでかわかんねぇけど、俺はお前と同じ時間を過ごしたいと思ったんだよ」
「オリヴァ…」

 オリヴァの目は真剣だった。そのキリッとした瞳から放たれる自分への思いを、ジアは読み取った。そう、この男は…





「ジア、好きだ。俺と付き合ってくれ」
「…」

 オリヴァの突然の告白に、ジアは何と返せばいいかわからなくなった。ただ優しく握られる手からは、自然と心地よさを感じ、この手に自分の心を預けてもいいと思ってしまった。

「…私がいいの?」
「そうだ、お前がいいんだ。お前じゃなきゃダメなんだ」

 ジアは一瞬ハルのことを考えた。自分と彼女は同じ体を共有している。少々ねじ曲がった関係になってしまう。しかし、すぐに考えるのを止めた。元々大嫌いなハルのことだ。考える必要性はない。あんな女のことなんかどうでもいい。

「…後悔しても知らないわよ」
「しねぇよ、後悔なんか」

 ジアはオリヴァに身を寄せ、彼の唇に自分の唇を重ねた。彼女は自分の、そしてハルのファーストキスを奪った。初めて異性に自分の体を預けた感覚は、計り知れないほど心地いいものだった。





「…んん」
「ハル、大丈夫か?」

 目を覚ましたハルを、オリヴァは抱き起こす。地面に寝ていたため、服に泥がこびりついている。そして何やら体が温かい。高温の何かに包み込まれていたかのように。ハルは泥をこすり取りながら言う。

「私は大丈夫。それよりオリヴァは? ジアに変なことされなかった?」

 されてはいない。むしろ自分から迫った。唐突に告白し、ジアも勢いで承諾した。今自分とハルのもう一つの人格とは、恋人という硬い絆で結ばれている。そのことを本物のハルは知らない。オリヴァは秘密を欲望の裏に隠し、何事もなかったような屈託ない笑顔で答える。

「あぁ、何にもなかったぜ♪」
「そう…」
「そろそろ帰るか。疲れただろ?」
「うん」





 オリヴァは帰り道の中、ずっとジアのことを考えていた。もっと彼女と一緒にいたい、話がしたい、抱き合いたい、キスがしたい。そんな欲望がオリヴァの頭を支配していた。そして、ハルが自信満々に超能力を披露していたことを思い出す。自分が誉めれば、ハルは喜んで超能力を使っていた。そういえば、超能力を使った直後にハルはジアに変わった。初めて会った時もそうだ。やはり超能力を使わせれば人格切り替わりが起こるのは確実だ。ハルが説明した通りだ。

 超能力を使わせれば、ジアに会える。

「次はもっと大げさに誉めねぇとなぁ…」

 オリヴァは不適な笑みを浮かべた。



「お帰りなさいませ、オリヴァ様」
「出迎えご苦労」

 テトラ星意思決定機関本部の就寝棟のエントランスで、銃を持った男がオリヴァを出迎える。オリヴァに従える機関の職員のようだ。

「それにしても、最近よくお出掛けになられてますが…一体どちらへ?」
「大した用じゃねぇよ。ただ、ちょっといいオモチャを見つけちまったもんでな」

 オリヴァは男と共に、長い廊下を進んで自室へ向かう。ふと立ち止まり、男へ顔を向ける。ハルと接していた時の面影もないほど、不気味な笑みを浮かべて。

「いや違うな。とんでもねぇ宝物だぁ」
「…どうやら、オリヴァ様も独自に計画を進めているようですね」

 男は何かを察したように微笑む。オリヴァはポケットからペンダントを取り出す。

「まぁな、お前らもちゃんと進めろよ。これは総長からの命令だぞ」
「承知しております」

 チンッ
 エレベーターの扉が開く。オリヴァは自室のある階のスイッチを押し、エレベーターは彼を静寂と共に上階へと運ぶ。手に握られたペンダントには、オリヴァによく似た中年の男性の写真が刻まれている。オリヴァにはその瞳を見つめるだけで、彼の訴えている言葉が痛いほどに伝わってくる。

「待ってろ、父さん。俺がこの星を強くしてやる。『オリヴァ・デストウェイ』の名に懸けてだ!」

 その夜、オリヴァは父親との約束と、ジアへの熱い思いを胸に抱きながら床に付いた。一人の…いや、二人のファルカーを中心とした、この星の未来を揺るがす恐ろしい計画が進められていた。

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