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魔法への邂逅

第28話 ︎︎神という名の枷

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 イルベルのお説教を受けて、痺れる足を引きずり食堂へ向かう。そんな俺の後ろに、同じような状態のキーナがディアに肩を借りて続く。

 正座なんて久しぶりだったもんだから、痺れがキツいのなんのって。しかも、廊下の板張りの上だからな。骨が軋むように痛ェ。

 壁に手を付きながら、まるで産まれたての小鹿が2人。ようやく食堂に辿り着くと、イルベルとメイムが昼食の用意をしていた。この世界では朝食をきっちり食べ、昼夜は軽食だそうだ。今、食卓に並んでいるのもパンに野菜とハムが挟まれたトーストサンド。カリカリの焼き目が見るからに美味そうで、口中に涎が溢れてくる。

 俺は足の痺れも忘れ、自分の席に走った。ソワソワと皆が揃うのを待つ。

 ……なんか、昨日から俺、食い意地張ってない?

 前はこんなじゃ無かったんだけどな。首を捻りながら、目の前のトーストサンドに視線を移す。

 ああ、そうか。

 手作りの食事なんて、随分食べてないんだ。実家を出たのも、もう10年も前だし、お袋の味も忘れてしまった。飯は毎食コンビニ弁当。時間が無い時はカロリーバーで済ませてしまう。

 それに。

 顔を上げれば、仲間達が笑いあっている。こんな光景、久しぶりだ。会社では誰もが疲れた表情で机に向かっていたから。

 イルベル達も、さすがに依頼中は違うんだと思う。依頼内容によっては生死にも関わるし、そんな中でヘラヘラしていられないだろう。俺を連れて、あの森から町に着くまでも、穏やかではあったけど、こんなに賑やかじゃ無かった。

 だから、カンパニーハウスで過ごす時間は貴重なんだ。仲間と語らい、寝食を共にして、信頼を深めていく。

 なんか……いいなぁ。

 窓に目をやれば、明るい日差しが食堂を照らしている。俺の部屋は6畳のワンルームだったし、左右どちらも壁で塞がれていて、小さなベランダへ続く唯一の窓も、開ければすぐ隣のアパートがあって暗かった。壁も薄くて、隣のテレビの音が筒抜けだったな。

 ここにはそれも無い。

 うるさい自動車のクラクションやサイレンの音も、排気ガスで汚れた空気も。

 そりゃ、スマホやパソコンとか便利な物も無いけど、そもそも必要ないもんな。ギルドに行けば教えてくれるし、イルベル達も惜しまず指導してくれる。

 遠くの国の事は分からないけど、自分達に差し迫った危険が及ばなければ大して重要じゃない。もし、そんな情報があればギルドに集まってくるし、商隊キャラバンが運んでくる事もある。

 今は平和な世の中だそうだ。強いて言えば魔王が気がかりだけど、勇者がどうにかすんだろ。そのための勇者だし、分かってて引き受けるんだしな。

 俺は思考を中断して、仲間に目を向ける。皆がそれぞれの席に着く中、何故かキーナが俺の真向かいに座っていた。朝もだったけど、なんで嫌ってる俺の前なんだ?

 俺は素直に口に出した。

「キーナ。なんでお前その席?」

 食堂にあるのは長机がひとつと、長椅子が二脚、向かい合わせに配置されている。わざわざ俺の前に来なくても、イルベルの前が空いてるのに。

 そんな俺の疑問に、キーナは答えてくれた。

「前の席に座るっていうのは、特定の相手がいる場合、避けなければならないの。イルベルには婚約者がいるし、メイムとディアは交際しているわ。空いているのが貴方の前だったっていうだけよ」

 ふ~ん。
 なんか分かるような、分からないような。

 単に相手がいないのが俺とキーナだっただけか。でも、キーナに相手がいないのは意外かもな。こんだけ可愛いんだし、男がほっとかないと思うんだけど。

「キーナも独り身なの? ︎︎巫女は結婚しちゃダメとかあったり?」

 俺はホットサンドを頬張りながら、質問を重ねる。確か20歳って言ってたし、そういうのを意識する年代だろうに。

 キーナは怒った風でもなく、俺のおしゃべりに付き合ってくれた。

「いいえ。巫女も結婚できるわ。聖女もそうね。ただ大聖女になるには純潔が求められるの。司教も同じ。だから敬虔な信者ほど操を守るわ。それが神への信仰の証にもなるって訳」

 なるほどね。禁止はしてないけど、無言の圧力があるって事か。若干セコいな。つまりは、恋愛したら信仰心が無いって思われる訳だろ?

 神道じゃ神の結婚も当たり前にある。ギリシャ神話でもそうだな。それで痴話喧嘩したり、浮気したり。結構人間くさい。

 でもファナタスはそれを倦厭していると。

 1度聖書とか経典読んでみたいな。一体神がどういう扱いなのか、知っておいた方がいいかも。たとえ東の島出身という設定でも、あまりに知らなすぎるのは危険だ。

 そう考えて、俺はキーナに相談を持ちかけた。

「なぁ、俺ファナタスに興味あるんだけど、聖書? ︎︎みたいなのって俺でも読めるかな。どこに行けばいい?」

 しかし、キーナの反応は芳しくない。

「聖書は……誰でも読めるわ。ただ、神殿に行かなければならないの。貴方が神殿に行くのは危険だと思う。神殿には神託を受ける詩士オルクという人がいるの。もしその人に出くわしたら、落とし子である事が分かってしまうかもしれない。そうなったら、私じゃどうにもできないわ」

 そうなのか……じゃあ、どうしよう。う~ん、と頭を捻り考え込むと、ディアが口を挟んできた。

「なら、キーナが教えてあげればいい。布教も巫女の役目。孤児院に通うと言っていたろう? ︎︎キーナの練習にも、いいと思う」

 その声に、イルベルとメイムも賛同している。

「それはいい。お互いに打ち解けるにも、もってこいだ。明日からは依頼を受けるから、取り敢えず午後から少し話してみたらどうだ? ︎︎相互理解は大事だぞ」

 浮かれる周りに、俺達は微妙な表情で見つめ合った。
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