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第四十七話 領主訪問
しおりを挟むここはオーグラント男爵領の中でも辺境の地にあるゾッテ村。
私は今、そのゾッテ村にある小さな診療所の中で、多くの村民たちから視線を向けられていた。
「な、な、な、なんだあんたらは!?」
「ぁあ?」
そんな村民達のうちの、一人の老人が私に誰何してきた。
コイツは、誰に向かってそんな口を聞いているのか分かっているのか?
私が思わずその老人を睨み付けると、たたらを踏むようにして後ずさる。
「やめんか、オーグラント。突然目の前に人が現れたんだ。至って普通の反応だ」
「・・・ふむ」
そう言って私を制止するのは、ベイクの町のギルドマスター、ハイゼンだ。
「そもそも、何の連絡も無く、しかも転移魔法陣で突然やって来た俺たちが非常識なんだ。詫びろとまでは言わんが、まずは説明くらいするべきだろう」
「む、私がか?」
「当たり前だ。もともとお前がナナに会わせろとか言い出したのが原因だろ」
「うーむ」
まあ、たしかにハイゼンの言う事にも一理ある。
せっかくこの村と繋がっている転移魔法陣のスクロールがあるのだからと、その場のノリと勢いでだけで突然やって来てしまったのは確かだ。
だが、ハイゼンは私がそのナナという冒険者に興味があるという事を知っているはずなのに、ひたすら話をはぐらかして誤魔化そうとしたのだ。
ハイゼンが悪いと思う。
いや、ハイゼンが悪い。
だがしかし、この村の人達を無駄に驚かせてしまったのは紛れもなく我々であり、それを強行したのは私だ。
村に何の連絡もなしに来てしまっては、受け入れの準備も出来るずがない。
そもそも、本来は一方通行の魔法陣を私がその場で改変し、ベイクの町からこちらへと飛んで来たのだから、人を受け入れる事自体を想定していなかったはずだ。
成る程。非常識と言えなくもない。
でも、悪いのはハイゼンだと思う。
「わかった。おい、お前。説明しろ」
「え!?わ、私がですか!?」
転移魔法陣でこの村にやって来たのは、私と、ベイクの町のギルマスであるハイゼン、そして、その場に居合わせたこのゾッテ村のギルド職員の3人だ。
もともとコイツはこの村の人間だし、私とハイゼンとのやり取りも一部始終見ていたのだから、村民への説明くらい出来るだろう。
決して、面倒だからだと言う理由ではない。
「かまわん。説明してやれ。コイツはただ面倒なだけだ」
「いや、しかし・・・」
何度も言うが、決して面倒なのではない。適材適所というやつだ。
しかしハイゼンのやつ、いくら私と旧知の仲だからといって、一応私は領主であり、貴族だ。流石に無礼過ぎないか?
未だに事情がわからないまま置いてけぼりの村民達は、こんな私達のやり取りを見せられて、さぞ困惑した表情を・・・
していなかった。
むしろ怒っているようだった。
というか怒っていた。だって武器構えてるし。なぜ?
私は訳がわからず、頭を横に傾けた。
「あんたらは一体何者だ!聖女様に何の用だ!!」
「聖女様に会って何をするつもりだ!!ロクでもないことを考えていたらタダじゃおかないぞ!!」
「そうだそうだ!あのお方はこの村をお救いになられる為に現れた現人神、神の御使い様なんだぞ!」
「・・・は?」
現人神?御使い様?どういう事だ?
聖女というのは、まあわかる。
ナナという冒険者が、かなり高位の回復魔術を使えるという話は聞いているし、この村でもその回復魔術で救われた命があったのだとすれば、聖女として崇められるのも理解は出来る。
だがしかし、現人神や御使い様というのはどういう事だ?
ハイゼンの奴め、まだ私に隠し事をしていたということか。
「おい、ハイゼ・・・」
問い詰めてやろうと振り返ったそこには、全く意味がわからないといった表情のハイゼンの間抜け面がそこにあった。
「あの馬鹿、今度は何をやらかしたんだ。というか、何をしたらそんなふざけた称号を手に入れられるんだ・・・」
ハイゼンはしばらく呆けた後、頭を抱えてそう呟いた。
私は知っている。
ハイゼンのこの形容し難い表情には見覚えがある。
私がいろいろとやらかしてしまった時によく見せる表情だ。
しかし、過去に見たどれにも増して、ダメージが深そうだ。
この男、本当に苦労人だな。
「・・・おい、お前、早く村民に説明してやれ。奴はあれでも貴族だ。貴族に武器を向けたというだけで、ここの全員が罪に問われてもおかしくないぞ」
「え、いや、わたしがですか?」
「お前以外に誰がいる。オーグラントは説明する気ゼロだし、俺はもう、HPがゼロだ。お前しかいないだろう。今回くらいは空気を読め。誰のせいでこんな事になっていると思っているんだ」
「は、はあ・・・」
ふむ。
ハイゼンの奴、やけにあのギルド職員に対してはキツめに当たっているな。
見たところ何処にでもいそうな下っ端ギルド職員にしか見えないが、何かハイゼンの気に触るようなことをしてしまったのだろうか。
やれやれ、あの面倒見が良くて温厚な性格のハイゼンを怒らせるとか、一体何をやらかしたんだ。
私がそんな事を考えていると、その職員は渋々といった感じで前に出て、村民に向けて話し始めた。
そこからは早かった。
私がこの村やベイクの町を治める領主だと分かると、村民達の態度は一変した。
「りょ、領主様!?」
「はい。このイブニール領の領主、オーグラント・イブニール男爵様と、ベイクの町のギルドマスター、ハイゼン様です。今回は、ゾッテ村の視察、及び冒険者ナナ殿の今回の働きを労う目的のため、わざわざ領主様直々にいらっしゃって下さいました」
「なんと!領主様がこんな辺鄙な村の我々老いぼれ達の為にわざわざ!?しかも、聖女様へのお心遣いまで!」
「こ、これはとんだご無礼を!!!大変申し訳ございません!!」
あれだけ敵意むき出しだった村人達の態度が、一瞬にして変わった。
やるな、ギルド職員。
「かまわん。先触れもなく来たのは私達だ。驚かせてしまって悪かったな」
「そんな!滅相もございません!!」
とりあえず私からも詫びの一言を入れる事で、事態をなんとか収める事が出来た。
しかしこのギルド職員、一見頼りなさそうに見えて、なかなか出来る男のようだ。
村の視察だとか、労いのための訪問だとか、よくもまあ、そんな事実に無い事を言えたものだ。
私の発言や行動を、どんなに好意的に拡大解釈をしたとしても、だいぶ厳しいんじゃないかと思うぞ。
私がこの村に出向いた理由は、色々と噂の絶えないナナという冒険者に会って見たかったというだけだ。
それは、あの場にいた職員の男も理解していたはず。
それをわかった上での職員のあの説明だ。
私としては、別に事実をそのまま説明してもらっても構わなかったのだが、それはマズイと判断したのだろう。
それっぽい理由をでっち上げて村人達を納得させた上に、ついでに私達の株まで上げてしまった。
このギルド職員、なかなか空気が読めるじゃないか。
私がそんな事を考えながらギルド職員の方を見ると、同じく職員を見るハイゼンの姿があった。
しかし、その表情はどこか不満そうだった。どれだけ嫌いなんだ。
そんな事より、だ。
私は改めて周りを見渡し、状況を確認する。
が、どうにも普通ではなさそうだ。
いきなり転移魔法陣で飛んで来た我々も普通では無いが、それ以前にも、ここでは何か特別な事が起きていたように思える。
「で、ここのこの状況について聞きたい。見たところ、ここは診療所のようだが・・・まず、どうしてこんな場所に転移魔法陣が設置されているのか。それに、この人の多さはなんだ?全員が怪我人や病人と言うわけでもなさそうだが」
村人達に向け、そう問いかけた。
「ここは今、避難所となっております」
「避難所?・・・何があった」
「はい。ご説明致します」
私の前に出てきた男は、白い髭を蓄えた一人の老人だった。
多少の傷は負っているようだが治療済みで、ちゃんと自分の足で立ち、私と向かい合っている。
貴族であり、領主でもある私に正面から向き合い、目を見ながら話をしかけて来るとは、なかなか根性の座った老人だ。
「説明の前にまずは自己紹介から。私はこの村で村長をさせていただいております、ドランと申します」
「ほう、お前がか。成る程・・・。まあ些事は後だ、まずは事情を説明して貰おう」
「はい」
この老人が、最後まで廃村を拒否し続けていた問題の村長か。
成る程。我が強そうだ。
おそらく、どんな処分でも受け入れる覚悟はとうの昔に出来ているのだろう。
どうせ老い先短い人生だ。と、自分の思うままに正直に生きようと言うタイプの人間だ。
悪いとは言わないが、対立した時はとにかく面倒な相手だ。
ナナという冒険者はどうやってこの男の説得に成功したのだろう。不思議だ。
「まず、私達が何故ここに集まり、身を寄せ合っているのか。それは、突如、村の中に現れた魔物から身を守るためです」
「!?魔物が村の中に入って来たと言うのか!?」
「いえ・・・外から入って来たのではありません」
「??どう言う事だ?」
「魔物は村の中で生まれています。その数は数十体以上。しかも無限に湧き続けています」
「な・・・!?」
「はぁ???」
予想外の展開に言葉を失う私とハイゼン。
村長から詳しく話を聞けば聞くほど意味がわからない。
意味のわからない事がとにかく多かったので、一つずつ整理していこう。
まず一つ。
ここの魔方陣について。
村長からこれまでの流れを聞いて、村人がこの診療所に逃げ込むようにして集まり、立て籠もらざる得なくなったことは理解した。
そして、いざという時のために転移魔法陣を設置したのも理解できる。
たがしかし、ここにはもう一つ別の魔方陣が展開されている。
「聖域の教会」だ。
これは何の冗談だ?
確かに無数の魔物達からの襲撃に対処するには有効な手段ではあるが、そんなものを展開したところで簡単に使えるものではない。
この展開された聖域の教会の魔法陣を発動させるだけの時間と魔力があるのなら、さっさと転移魔法陣を使った方が断然早い。
私はそう言いながらも何となく展開された魔法陣を確認し、そのあり得ない現状に驚愕した。
「起動済み、だと・・・!?」
「はい。あとは発動させるだけだと、聖女様が」
「いやいや、ありえんだろ・・・」
この聖域の教会の魔法陣は、豊富な魔力を持つ魔法職の人間が10人以上集まり、数日間かけて発動させるものだ。
それをナナが一人で、しかも数分程度で終わらせたと言う。
誰がそんなことを信じられると言うのだ。
しかし、現実として発動寸前まで魔力が充溢されている魔法陣がそこにある。
村長は「神の御使い様ですから」とか言って気色を浮かべで納得しているようだが、それはただの現実逃避では?と思わざるを得ない。
ちなみにハイゼンは頭を抱えて脱力していた。
そして二つ目。
無限沸きの魔物について。
村長が言うには、「聖女様の護衛と付き人達」が対応しているらしい。
おそらく、ナナという冒険者が所属しているCランクパーティー《黒猫の集会》のメンバーの事だろう。
この診療所のすぐ外で戦闘が行われているらしく、この部屋を出て、エントランスまで行けば外の様子が見えるというので案内してもらった。
そして、後悔した。
何だあれは。無数の魔物を一方的に蹂躙しているではないか。
特にあの魔術師の少女。
魔術の火力がエグ過ぎる。
あらゆる属性の攻撃魔法で無双している。控えめに言って意味不明だ。
強力な攻撃魔法をポンポンと連続で、しかも、よく見ると詠唱すらしていない様にも見える。あり得ない。
成る程、彼女がナナか。
回復術師だと聞いていたが、本当に聖域の教会を発動出来るような規格外だとすれば、回復魔術だけでなく攻撃魔術も使えたとしても不思議はないかもしれない。
「あれがナナか・・・確かに凄いな」
「あ、いやあれは・・・・」
「ん?」
私はナナという冒険者の凄さに驚き、思わずそう呟いた。
しかし、それを聞いたハイゼンは言葉を詰まらせ、苦い顔をしながら否定した。
「あれは、ミランダという火属性魔法術師だ。ナナではない」
「は?」
「ミランダは、ナナに魔法を教わると言っていたから、多分そのせいだろう。なんて事をしてくれたんだ・・・」
再び頭を抱えて脱力するハイゼン。
私はそれを見て、ハイゼンがナナという冒険者の事をどうして秘密にしていたのか、その理由が何となくわかった気がする。
彼女にはきっとまだ何かあるはずだ。
おそらく、私にも言えないようなとんでもない何かが。
そして三つ目。
ナナの現在の行方について。
村長の話によると、太祖山・霊峰ケイラへと一人で向かったらしい。
おそらく、魔物の出現の原因が、龍脈を流れる魔力の枯渇によるものだと考えたのだろう。
「成る程、それで御使い様か」
確かに、あの山にある祠には、土地神様が住んでいると伝えられている。
だが、流石にそこに向かって行ったからと言う理由だけで「御使い様」扱いは安直過ぎるとは思う。
しかし、高位の回復魔術や聖域の教会の起動などといった、非常識な振る舞いを目の当たりにしてしまっては、仕方がないのかもしれない。
ほとんど現実逃避だとは思うが。
そんな事を考えていたその時、突然、外から大きな発破音が鳴り響き、同時に激しい揺れと、眩し過ぎる光がその場を支配した。
「な、何だ!?」
「多分、雷系の魔術だ!外の戦いで何か動きがあったらしい」
「雷!?」
そう言って、私は魔物達と冒険者達との戦いの場に視線を戻すと、そこには大盾を構えた守護戦士が二人、その場で倒れているのが見えた。
応援ありがとうございます!
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