凛として吠えろ太陽よ

中林輝年

文字の大きさ
39 / 63
第4章 布目霜雨2

4-10

しおりを挟む
 大会当日、駅までの道中にあるコンビニに寄って、スポーツドリンクとのど飴を購入した。

 三河一宮駅は、格式高そうな日本料理の料亭のような外観をしている無人駅だ。
 台本を読み返して待っていると、目の前にハイエースが停まった。扉が開くと、麻野間が車内で手招きをした。私は「あの、おじゃまします」とお辞儀をしながら彼女の隣に座った。彼女の右隣には大川がいる。運転手は中西の父親だろう。「どうぞ」とバックミラーに気さくな笑顔が映っている。

「おはよ、霜雨」
 助手席の中西が振り返った。麻野間と大川も同じように挨拶をしてくれるので、それぞれに頭を下げて返した。

「霜雨ってもしかして私たちと中学同じ?」
 と麻野間に尋ねられたので、出身の中学校の名前を答える。
「やっぱり。このへんも同じ学区だもんね」
「先輩たち、どうしてわざわざ豊橋の高校に通ってるんですか」
「霜雨こそ」
「私はなんといいますか、高校デビューみたいな。その、誰も私のことを知らないところに行きたかったんです」

「私も同じだよ」
 下を向く私の顔を、麻野間が覗きこんでくるので居心地が悪い。
「私たち、ちょっと似てるのかもね」
「そんな滅相もないです」

 似てるわけがあるか、と叫びたい。私はこんなふうに積極的に相手と目を合わせることなんてできない。スカート短いし。その短いスカートから伸びる艶のある太ももをものともしない大川が、「僕も同じだよ」と爽やかな笑顔で小さく手を挙げる。そんなわけあるか、と思う。中西だけ「私は違うけど」と言った。

「先輩たち、どこまで冗談なんですか」

 私の反応はまだぎこちないけれど、上級生とこうやって談笑できるのって、すごいことだ。中学の時の私が見たら、たまげてしまうだろう。少しは成長できているのだと思うとうれしかった。市外の高校に進学してよかった。演劇部に入ってよかった。

 劇場前のロータリーに、ハイエースが停車した。外に降りると、違う制服を着た人がたくさんいて、怯みそうになる。自分たちの高校が勝利に対して無欲なので、全く意識してこなかったが、ここは戦いの場なのだ。

 つつじが丘高校の部員たちを見つけて合流すると、さすがにほとんどの部員が表情を硬くしていた。私もさっきから自分の心臓がうるさくて、足がもつれたようなテンポの呼吸をしている。深呼吸を何度しても、なかなか落ち着いてくれない。全員揃ったことが確認されて、私たちはホールに移動した。ホールにはすでに多くの人が着席していた。

 9時ちょうどに開会式がはじまった。代表の先生が挨拶と激励の言葉を手短に話してから、前回県大会まで勝ち残った高校のうちから代表の生徒が宣誓をして、あっという間に式は終わった。

 開会式が終わると、私たちは早々にホールを後にした。つつじが丘高校は今日の2番手だ。もう準備をはじめなければならない。男子を彦坂、女子を中西が先導して、控室に移動する。ホールから出て歩きだすと、すぐにブーとブザーの音が漏れて聞こえてくる。最初の学校はもう劇がはじまるんだ、と考えるといっそう緊張が強まった。

 控室には、6台ずつでひと組に合わせられた机がふた組用意されていた。机には鏡が設置してあり、何種類かのお菓子が置いてある。そんな待遇があるのかと驚いていると、中西に「差し入れだよ」と教えられる。

「学校からとか、部員以外の生徒とか、部員の親とかね。差し入れがあったらここに置かれてる」
「そうなんですか。すみません、私の家、そんなの用意してないです」
「いいんだよ。強制じゃないし」

 控室にはハンガーラックと姿見もあった。手慣れた様子で着替えをはじめる先輩たちに倣って、私も町娘の格好になっていく。

「霜雨、私、手伝う」
 と丹羽が背中側の紐を結んでくれる。
「ありがとう」

 鈴村と久保田は、街の通行人として舞台に立つことになっていたが、丹羽は最後まで役をもらえなかった。「私が街を歩いていたら変なんだってさ」と、彼女は配役の理由を先輩から聞いていたようで、教えてくれたことがある。私はすんと納得した。王女や騎士の想い人を差し置いて、生まれながらにスポットライトを当てられているような彼女がモブとして街を歩いているのは、たしかに違和感がある。

 丹羽には、主要なキャラクターを演じるか、舞台に出ないかの2択しかないのだ。今回役のない彼女は、今日は衣装とメイク担当として動いていた。

「座って。化粧と髪のセット、やるよ」
「え、私、化粧品なんて持ってない」
「だと思って花先輩から借りといた」
「それ、派手になりすぎない?」
「ううん。意外とおとなしめな色合いのも揃ってた。なんていうか、質より量って感じで、たくさんの種類の安物を揃えてるって感じ」
「すっぴんで最強のしおり様は、化粧できるの?」
「私、友だちにしてあげることは多いからね」
「ああそうですか。それは失礼しました」

 きらきらと私の顔面は彩られていって、だんだん自分ではない人を見ているような気分になり、そわそわする。髪は後ろで編みこまれた。

「化粧は濃すぎない方がいいかも。町娘はパン屋さんで働いていて、あくまでおつかいに出かけてるだけだから」
「じゃあ編みこみでよかった。作業しやすそうだし。おつかいといいつつ、街ですてきな出会いがあるかもって期待している感じにしておく?」
「そうだね。おつかいに行く先の街に、意中の男性がいるの。だから、もしもその人に見られても大丈夫なように」

 丹羽が持参していた手鏡を使って、私の後頭部を映す。そして顔を近づけてくる。鏡越しに目が合う。

「なら自分で化粧品を用意しておきなさい」
「ごもっともです」

 町娘になった私は、丹羽に礼を言った後、買っておいたのど飴を舐めながら、控室の隅で台本を読んだ。読みながら、控室に視線を巡らせる。
 中西は麻野間に化粧を施されていて、王女というより、アニメ映画に登場するような魔女のような見てくれになっていた。談笑しながら、麻野間がちびちびと手を進めている。
 原田は椅子に座って台本も読まずにぼうっとしていて、堤はヘッドホンをつけている。

 熊谷の姿が見えないので、近くにいた久保田に「つぼね先輩は?」と尋ねると、「さっき鼻歌歌いながら控室の前を走ってたよ」と苦笑しながら教えてくれた。

「みんなそれぞれリラックスの方法って違うんだね。霜雨は大丈夫?」
「全然だめだよ。さっきから心臓がすごくうるさい」
「だよね。私なんてセリフないのにすごく緊張してる」

 先ほどから手指の先端が冷たいような気がしてならない。頭の中で何度もセリフを復唱し続けている。けれど本番ですっぽりと記憶が吹っ飛んでしまったり、稽古の時のように誰かと激突したりと、何か大きなミスをしてしまう想像ばかりしている。落ち着け、と自分に言い聞かせる。

「そろそろ移動するよ」
 本番の時間はすぐにやってきた。中西の合図にみんな息を吐きながら立ち上がる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

フラレたばかりのダメヒロインを応援したら修羅場が発生してしまった件

遊馬友仁
青春
校内ぼっちの立花宗重は、クラス委員の上坂部葉月が幼馴染にフラれる場面を目撃してしまう。さらに、葉月の恋敵である転校生・名和リッカの思惑を知った宗重は、葉月に想いを諦めるな、と助言し、叔母のワカ姉やクラスメートの大島睦月たちの協力を得ながら、葉月と幼馴染との仲を取りもつべく行動しはじめる。 一方、宗重と葉月の行動に気付いたリッカは、「私から彼を奪えるもの奪ってみれば?」と、挑発してきた! 宗重の前では、態度を豹変させる転校生の真意は、はたして―――!? ※本作は、2024年に投稿した『負けヒロインに花束を』を大幅にリニューアルした作品です。

黒に染まった華を摘む

馬場 蓮実
青春
夏の終わり、転校してきたのは、初恋の相手だった——。 鬱々とした気分で二学期の初日を迎えた高須明希は、忘れかけていた記憶と向き合うことになる。 名前を変えて戻ってきたかつての幼馴染、立石麻美。そして、昔から気になっていたクラスメイト、河西栞。 親友の田中浩大が麻美に一目惚れしたことで、この再会が静かに波紋を広げていく。 性と欲の狭間で、歪み出す日常。 無邪気な笑顔の裏に隠された想いと、揺れ動く心。 そのすべてに触れたとき、明希は何を守り、何を選ぶのか。 青春の光と影を描く、"遅れてきた"ひと夏の物語。   前編 「恋愛譚」 : 序章〜第5章 後編 「青春譚」 : 第6章〜

美人生徒会長は、俺の料理の虜です!~二人きりで過ごす美味しい時間~

root-M
青春
高校一年生の三ツ瀬豪は、入学早々ぼっちになってしまい、昼休みは空き教室で一人寂しく弁当を食べる日々を過ごしていた。 そんなある日、豪の前に目を見張るほどの美人生徒が現れる。彼女は、生徒会長の巴あきら。豪のぼっちを察したあきらは、「一緒に昼食を食べよう」と豪を生徒会室へ誘う。 すると、あきらは豪の手作り弁当に強い興味を示し、卵焼きを食べたことで豪の料理にハマってしまう。一方の豪も、自分の料理を絶賛してもらえたことが嬉しくて仕方ない。 それから二人は、毎日生徒会室でお昼ご飯を食べながら、互いのことを語り合い、ゆっくり親交を深めていく。家庭の味に飢えているあきらは、豪の作るおかずを実に幸せそうに食べてくれるのだった。 やがて、あきらの要求はどんどん過激(?)になっていく。「わたしにもお弁当を作って欲しい」「お弁当以外の料理も食べてみたい」「ゴウくんのおうちに行ってもいい?」 美人生徒会長の頼み、断れるわけがない! でも、この生徒会、なにかちょっとおかしいような……。 ※時代設定は2018年頃。お米も卵も今よりずっと安価です。 ※他のサイトにも投稿しています。 イラスト:siroma様

陰キャの俺が学園のアイドルがびしょびしょに濡れているのを見てしまった件

暁ノ鳥
キャラ文芸
陰キャの俺は見てしまった。雨の日、校舎裏で制服を濡らし恍惚とする学園アイドルの姿を。「見ちゃったのね」――その日から俺は彼女の“秘密の共犯者”に!? 特殊な性癖を持つ彼女の無茶な「実験」に振り回され、身も心も支配される日々の始まり。二人の禁断の関係の行方は?。二人の禁断の関係が今、始まる!

負けヒロインに花束を!

遊馬友仁
キャラ文芸
クラス内で空気的存在を自負する立花宗重(たちばなむねしげ)は、行きつけの喫茶店で、クラス委員の上坂部葉月(かみさかべはづき)が、同じくクラス委員ので彼女の幼なじみでもある久々知大成(くくちたいせい)にフラれている場面を目撃する。 葉月の打ち明け話を聞いた宗重は、後日、彼女と大成、その交際相手である名和立夏(めいわりっか)とのカラオケに参加することになってしまう。 その場で、立夏の思惑を知ってしまった宗重は、葉月に彼女の想いを諦めるな、と助言して、大成との仲を取りもとうと行動しはじめるが・・・。

【完結】知られてはいけない

ひなこ
ホラー
中学一年の女子・遠野莉々亜(とおの・りりあ)は、黒い封筒を開けたせいで仮想空間の学校へ閉じ込められる。 他にも中一から中三の男女十五人が同じように誘拐されて、現実世界に帰る一人になるために戦わなければならない。 登録させられた「あなたの大切なものは?」を、互いにバトルで当てあって相手の票を集めるデスゲーム。 勝ち残りと友情を天秤にかけて、ゲームは進んでいく。 一つ年上の男子・加川準(かがわ・じゅん)は敵か味方か?莉々亜は果たして、元の世界へ帰ることができるのか? 心理戦が飛び交う、四日間の戦いの物語。 (第二回きずな児童書大賞で奨励賞を受賞しました)

陰キャの陰キャによる陽に限りなく近い陰キャのための救済措置〜俺の3年間が青くなってしまった件〜

136君
青春
俺に青春など必要ない。 新高校1年生の俺、由良久志はたまたま隣の席になった有田さんと、なんだかんだで同居することに!? 絶対に他には言えない俺の秘密を知ってしまった彼女は、勿論秘密にすることはなく… 本当の思いは自分の奥底に隠して繰り広げる青春ラブコメ! なろう、カクヨムでも連載中! カクヨム→https://kakuyomu.jp/works/16817330647702492601 なろう→https://ncode.syosetu.com/novelview/infotop/ncode/n5319hy/

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

処理中です...