凛として吠えろ太陽よ

中林輝年

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第5章 菰田千燦2

5-3

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 3年生が引退した翌週、部室でミーティングが開かれた。事前に2年生の間で話し合った結果、前々から囁かれていたとおり、中西が新部長になると決まったそうだ。1年生にも異議を唱える者はいなかった。さっそく中西は部員たちの前に立った。

「彦坂前部長が言っていたとおり、これからの演劇部がどんな目標を持って活動をしていくのかは、ここにいる私たちで決めるからね。方針でも目標でも、意見がある人はいる?」

 誰も手を挙げない。改めて言われると、どのような部活動にしていきたいのか、というのは考えたことがなかった。そりゃあ自分の脚本を演じてほしいという気持ちはあるけれど、それは個人の願望だ。

「誰もいないなら、じゃあ私が」
 と鈴が鳴るような声で手をひらひらさせながら中西の隣に現れたのは、麻野間だった。
「はいはい、どうぞ」
「私には好きな人と嫌いな人がいます」
「うわ、なんかはじまった」
 と熊谷が吹きだす。他の2年生も楽しそうだ。

「好きな人は、間のとり方が上手な人。そして嫌いな人は、口癖が『楽しんだ者勝ち』の人です。なので、楽しけりゃいいみたいな演劇部のままにしたくありません。まあ大会に勝つとかは興味ないけど。でも、ちゃんと観た人の心に残るものを、私たちでつくりあげたいと考えます」

 麻野間は抱擁ほうようを誘うように両腕をこちらに広げ、不敵な笑みを浮かべる。この場の全ての視線を我が物にしている。なぜ役者チームじゃないのか分からないほど高らかで明瞭できらびやかで、かっこいい。

「つぼね、反対意見をださないと、花の意見で決定しちゃうよ」
「いえいえ新部長、せっかく、演技がうまいだけの、品のない先輩たちがいなくなりましたわけですし、わたくしは品性のある演劇部を目指してもいいと思っていますことよ」

「俺はもともとわいわい騒ぐだけのストーリーは好きじゃなかった」
 と出口。そういえば彼は、多数決の時に俺の脚本に手を挙げてくれていた。

「僕は部長と花ちゃんについていくよ」
 と大川おおかわちからがにっと笑う。こんなに気持ちのよい笑顔の彼は、はじめて見たような気がする。
「私もだよ」とまき美唯みゆいも小さく手を上げた。

「ほら1年生も、遠慮しないで意見だしてね」
 中西が催促すると、真っ先に丹羽が手を挙げた。
「あの、花先輩には悪いんですが、私はいまだに菰田の脚本が選ばれなかったの、納得いってません」
 淀みのない言葉に面食らった。嘘偽りのない本心だと伝わるから、むず痒い。

「楽しいのもいいけど、せっかくならいいものをつくりたいです」と南が言うと、「ね。私も」と久保田くぼた心春こはるも続いた。

霜雨そうは?」
 丹羽が布目ぬのめ霜雨を見る。このふたりがお互いを名前で呼び合って一緒にお祭りに行く仲になっていることに、いまだに違和感を覚える。布目は丹羽と目を合わす時、精悍せいかんで勝気な顔つきになるから不思議だ。

「私は、誰かの記憶に残ることをしたい」

「いいね、それはそれで楽しそう」
 と鈴村すずむら蓮人れんとも賛成意見を唱えた。しゃべっていないのは俺だけになっていた。視線が集まるのを感じる。

「みんなの意見には賛成ですが、ひとつだけ」
 脳裏には半田はんだの顔を思い出していた。
「シリアスなだけじゃなくて、ちゃんとおもしろいものを目指したいです」
「後輩よ、それは当たり前だ」

「すご。満場一致じゃん」
 中西が目を丸くした。
「じゃあ決定かな。私が部長を務める演劇部は、誰かの心にぶっ刺さって離れない、そんな劇をつくっていくよ。まずは、10月末にある文化祭。観てくれた生徒の記憶に残るものにしよう」

 熊谷が拍手をすると、他の部員もそれにならって手を叩いた。「言い方、かっこよ」と彼女が笑うと、中西は「でしょ」と鼻を高くした。

 誰かの心にぶっ刺さって離れない劇。
 その魅惑的な言葉に足元がそわそわした。実現するためには、演者たちによる、観る人間が没入できる演技は当然必要だが、それ以前に脚本が重要だ。そんな物語を俺か麻野間が書かなければならない。

 今度こそ負けたくない。心の中で奮い立った矢先に、麻野間が「文化祭の脚本について提案があります」とまた手をひらひらさせた。

「みんなと、それと後輩くんに提案。私は、チャランポランなかけあいを書くのが、しゃくだけど、すごく得意みたいなんだよね。で、後輩くんは、伝えたい軸がちゃんとある真面目な物語をつくるのがお得意のよう。そこで、私と後輩くんで一緒に1本の脚本をつくるっていうのは、どうかな。私と後輩くんの作品の、いいとこ取りをする」

 麻野間は大真面目な目をしていて、俺は動揺した。彼女と一緒に物語をつくるなんて、全く考えたことがなかった。だって物語を書く作業は孤独なものだと思っていたし、実際にずっとひとりだったから。「まずはきみ次第だけど」と彼女は俺に語りかける。正直なところ、あまりに未知数で、どうすべきなのか分からなかった。でも、やってみたいかどうか、という観点では、答えはひとつだった。

「俺はやりたいです」
「だよね。当然だけど、合作なんで無限に口出しするよ」
 煽るように細められた目に、俺は口を尖らせた。「こっちこそですよ」とぶっきらぼうに返す。

「夏休みが明けたらガツガツ稽古していかないと、すぐに文化祭が来ちゃうからね。花と千燦ちあきには、夏休み中にはいったんそれっぽく形になったものを書ききってほしいんだけど、いける?」
「いける?」と麻野間がこちらに回す。
「いけます」と即答した。
「しおりも熱望していることだし、この前、きみが書いてくれた『招霊木おがたまのきの花を捧げて』、あれをリメイクしようよ」

 夏の大会で麻野間と勝負するために書いた物語は、セリフの描写も展開のおもしろさも未熟で、作品全体の雰囲気も中途半端だった。でも嫌いじゃなかった。むしろ好きだった。だからこそ、丹羽が手を挙げてくれたことがうれしかった。麻野間に「重たいけど、刺さる人にはぶっ刺さって抜けなくなる物語を書けてる」と言われたことがうれしかった。布目を傷つけたかもしれないことが、たまらなく悔しくて、頭の中が真っ赤になった。

「花先輩も手、挙げてましたしね」
「そーだよ。だから私はあの作品をみんなが演じてるところを見たいの」
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