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第6章 丹羽しおり2
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半田という友人と通話をする菰田を見て、私にも特別に劇に誘いたい人間がいることを思い出した。朝、いつもより早めに教室に入ると、制汗剤のにおいがする。挨拶もせず、友香、と名前を呼んで、彼女が何かを言う前に公演のチラシを机に置いた。
「楽しみにしていてくれたんでしょ」
「主演、勝ち取ったの?」
「まぁ勝ち取ったって感じではないけど」
「なにそれ」と馬場園が吹きだす。
「観にきて」
「わ。急に直球じゃん」
「友香の感想を聞きたいから。ほら私、前に言ったでしょ。友香にぎゃふんと言わせるって。あ、あと、ありがとう。この前のアドバイス、役に立ってそう」
「アドバイスなんかしたっけ」
この日は馬場園のことを観察した。2時間目の授業が終わって休み時間になると、彼女は菓子パンをかじりながら、友だちと談笑していた。同性だけでなく、男子からも頻繁に話しかけられている。男女問わず平等な態度で接するので、親しみやすいのだろう。
先日観察した杉山をはじめとする私の友だちは、意中の男子には積極的に嬌声をあげて接触している。馬場園にはそれが全くない。彼女にとっての今の一番は、クラスの友だちよりも、異性との色恋沙汰よりも、バレーボールなのだろう。
昼休みにどこかへ出かけたので、こっそり尾行した。バレーボール部の部室近くで、部員何人かで集まってレシーブの練習をしていた。昼休みにまで練習しているだなんて、知らなかった。
物陰から覗いていると、ふいに部員のひとりと目が合った。「あ」と彼女が声を上げる。
「丹羽さんいるじゃん」
「なんでいんの」と馬場園が訝しげに言う。
「友香のこと観察してた」と素直に白状する。
「なにそれ気持ち悪い」
「えー、丹羽さんも一緒にやろーよ」
私もレシーブ練習に参加することになった。私の隣で一緒に練習風景を見ていたサライが、私の肩に触れて、「やってみたらいいじゃん」と唆したのだ。サライは私よりもポジティブで、私よりも優しくて、私よりも押しつけがましい。そして、ボールが弾む音を聞いて、うずうずする私の身体に気づく鋭さがある。
ふたりが交互にサーブを打って、ひとりがそれを拾う。5本拾ったら交代、を繰り返す。馬場園は、バレーボール部内では『おババ』と呼ばれているようだ。サーブを打ちながら、私は部員たちに質問した。
「友香って部活ではどんな感じなの?」
「おババは頼りになるよ。おせっかいなところもあるけどね。なんかもう、先輩かよって感じ」
「あたし入部してすぐの頃、練習きつくてサボりまくってたんだけど、おババにめちゃくちゃ尻を叩かれたもんね」
「友香、バレー部でもそんな感じなんだ」
「ちょっと勝手なことベラベラしゃべらんといてよ」
「でもさぁ、おババは人をその気にさせるのがうまいよねぇ。あたしに、あ、あたしリベロなんだけど、絶対にあたしのレシーブがチームには必要だとか言ってさ。ボール触るのがうまいとか、体幹が完璧だとかさ。うれしいこと言ってくれんのよ」
「いやさぁ、なんかもどかしくなっちゃうのよ。せっかくうまい人がサボってるとさ。せっかく才能あるのにーって。ちなみに、しおりもそうだから」
え、と私は首を傾げた。不思議だった。才能があると言ってきたり、努力をしていないと突きつけてきたりする馬場園が鬱陶しかった。でも、彼女の言葉を聞いて、その気持ち分かる、と思ったのだ。
怖気づいてしょうもない演技をする布目を鼓舞する私自身は、しかしたいして努力も工夫もしていなくて、ただただ自分勝手だった。馬場園も同じような気持ちを持っていて、でも彼女は自分自身の研磨もおろそかにしていない。
馬場園がレシーブの番になったので、力任せにボールを叩きこんでやった。彼女は慌てた声を上げつつもそれを拾う。
「友香って、ほんとむかつく」
「ふふん。そうでしょ」
「今度は私の劇を観て、ぎゃふんと言わせてやるから」
「楽しみにしてるよ」
その日の部活動で、大川に馬場園のことを話した。馬場園は口うるさくて、おせっかいだ。それは、自分がより高みを目指して努力しているからこそ、才覚のある者と積極的に手を組みたいという気持ちがあるからだろう。何もしていないくせに鼓舞をするだけの私もそうとう自分勝手だけれど、彼女も彼女で、打算的で勝手な人なのかもしれない。私の話を、大川は黙って聞いてくれた。
「でも、そんなの誰だってそうじゃないです? 突き詰めたら、誰だって自分の利益のために動いてるじゃないですか。サライもそうです。サライも勝手な人です。ルカにとっての幸せが、外に出ることだって決めつけて。そんなの、外に出て辛い思いをする可能性だってあるのに」
「そうだね。サライだって完璧な人じゃないって、僕も思うよ。優しさだけじゃ人は生きていけないしね」
「でもサライは、本当にルカに楽しく笑ってほしかったんだとも思うんです。それは、たとえ自分勝手でも、優しさって呼べると思います」
「だね。僕もそこは同じ解釈だよ」
「だから、なんか、わけ分かんないんですよ。感情とか気持ちとか純粋さとか打算があるかどうかとか、そんなの言葉に表せないと思うんです。言葉にするだけ、無駄なんじゃないかって。ていうか、最近こういうこと考えすぎて、頭の中メチャクチャですよ」
「メチャクチャなままでいいよ。今日もエチュードやってみよう」
「楽しみにしていてくれたんでしょ」
「主演、勝ち取ったの?」
「まぁ勝ち取ったって感じではないけど」
「なにそれ」と馬場園が吹きだす。
「観にきて」
「わ。急に直球じゃん」
「友香の感想を聞きたいから。ほら私、前に言ったでしょ。友香にぎゃふんと言わせるって。あ、あと、ありがとう。この前のアドバイス、役に立ってそう」
「アドバイスなんかしたっけ」
この日は馬場園のことを観察した。2時間目の授業が終わって休み時間になると、彼女は菓子パンをかじりながら、友だちと談笑していた。同性だけでなく、男子からも頻繁に話しかけられている。男女問わず平等な態度で接するので、親しみやすいのだろう。
先日観察した杉山をはじめとする私の友だちは、意中の男子には積極的に嬌声をあげて接触している。馬場園にはそれが全くない。彼女にとっての今の一番は、クラスの友だちよりも、異性との色恋沙汰よりも、バレーボールなのだろう。
昼休みにどこかへ出かけたので、こっそり尾行した。バレーボール部の部室近くで、部員何人かで集まってレシーブの練習をしていた。昼休みにまで練習しているだなんて、知らなかった。
物陰から覗いていると、ふいに部員のひとりと目が合った。「あ」と彼女が声を上げる。
「丹羽さんいるじゃん」
「なんでいんの」と馬場園が訝しげに言う。
「友香のこと観察してた」と素直に白状する。
「なにそれ気持ち悪い」
「えー、丹羽さんも一緒にやろーよ」
私もレシーブ練習に参加することになった。私の隣で一緒に練習風景を見ていたサライが、私の肩に触れて、「やってみたらいいじゃん」と唆したのだ。サライは私よりもポジティブで、私よりも優しくて、私よりも押しつけがましい。そして、ボールが弾む音を聞いて、うずうずする私の身体に気づく鋭さがある。
ふたりが交互にサーブを打って、ひとりがそれを拾う。5本拾ったら交代、を繰り返す。馬場園は、バレーボール部内では『おババ』と呼ばれているようだ。サーブを打ちながら、私は部員たちに質問した。
「友香って部活ではどんな感じなの?」
「おババは頼りになるよ。おせっかいなところもあるけどね。なんかもう、先輩かよって感じ」
「あたし入部してすぐの頃、練習きつくてサボりまくってたんだけど、おババにめちゃくちゃ尻を叩かれたもんね」
「友香、バレー部でもそんな感じなんだ」
「ちょっと勝手なことベラベラしゃべらんといてよ」
「でもさぁ、おババは人をその気にさせるのがうまいよねぇ。あたしに、あ、あたしリベロなんだけど、絶対にあたしのレシーブがチームには必要だとか言ってさ。ボール触るのがうまいとか、体幹が完璧だとかさ。うれしいこと言ってくれんのよ」
「いやさぁ、なんかもどかしくなっちゃうのよ。せっかくうまい人がサボってるとさ。せっかく才能あるのにーって。ちなみに、しおりもそうだから」
え、と私は首を傾げた。不思議だった。才能があると言ってきたり、努力をしていないと突きつけてきたりする馬場園が鬱陶しかった。でも、彼女の言葉を聞いて、その気持ち分かる、と思ったのだ。
怖気づいてしょうもない演技をする布目を鼓舞する私自身は、しかしたいして努力も工夫もしていなくて、ただただ自分勝手だった。馬場園も同じような気持ちを持っていて、でも彼女は自分自身の研磨もおろそかにしていない。
馬場園がレシーブの番になったので、力任せにボールを叩きこんでやった。彼女は慌てた声を上げつつもそれを拾う。
「友香って、ほんとむかつく」
「ふふん。そうでしょ」
「今度は私の劇を観て、ぎゃふんと言わせてやるから」
「楽しみにしてるよ」
その日の部活動で、大川に馬場園のことを話した。馬場園は口うるさくて、おせっかいだ。それは、自分がより高みを目指して努力しているからこそ、才覚のある者と積極的に手を組みたいという気持ちがあるからだろう。何もしていないくせに鼓舞をするだけの私もそうとう自分勝手だけれど、彼女も彼女で、打算的で勝手な人なのかもしれない。私の話を、大川は黙って聞いてくれた。
「でも、そんなの誰だってそうじゃないです? 突き詰めたら、誰だって自分の利益のために動いてるじゃないですか。サライもそうです。サライも勝手な人です。ルカにとっての幸せが、外に出ることだって決めつけて。そんなの、外に出て辛い思いをする可能性だってあるのに」
「そうだね。サライだって完璧な人じゃないって、僕も思うよ。優しさだけじゃ人は生きていけないしね」
「でもサライは、本当にルカに楽しく笑ってほしかったんだとも思うんです。それは、たとえ自分勝手でも、優しさって呼べると思います」
「だね。僕もそこは同じ解釈だよ」
「だから、なんか、わけ分かんないんですよ。感情とか気持ちとか純粋さとか打算があるかどうかとか、そんなの言葉に表せないと思うんです。言葉にするだけ、無駄なんじゃないかって。ていうか、最近こういうこと考えすぎて、頭の中メチャクチャですよ」
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