表裏一体物語

智天斗

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一章 始まりの妖怪編

一章10 異変

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2人は目的地まで歩いていた。

2人は先程起きた出来事を心にしまい込む。妖花は何もなかったかのように、夏海は妖花の嘘を問いたださないように。

2人の目的地であるメイドカフェの目の前にあるイタリアンのレストラン、名前をデリツィオーゾPizza e pasta。
このお店は名前の通りピザとパスタを中心としたイタリア料理を出すお店としてここ最近有名になったらしい。口コミでも星を4.7ととても高く、殆どのレビューを書いたお客が「絶品」や「ピザとパスタがどの店よりも美味しい」ととても高評価が多いようだ。

イタリア料理が好きか嫌いかと言われれば私は好きである。
イタリア料理にはピザやパスタの他にもブルスケッタやアクアパッツァなどの料理がある。ブルスケッタとはローマ発祥の前菜でスライスしたパンをオーブンで焼き、その上にトマトなどをのせた軽食の一つだ。
もともと炭火あぶるという意味から生まれており、定番はトマトで他にもニンニクやオリーブオイルなどがある。
ブルスケッタを初めて口にした時はとても食べやすかったことを覚えている。日本人の私でも食べやすく、カリッとしたパンの上に生ハムをのせ食べた時は至福のひと時だった。
イタリア料理の中で私が最も好きなのは生ハムを使ったブルスケッタなのだ。
それが食べられるのであればすぐにでもそのお店まで行きたかった。

しかし足どりは重い。体調は時間とともに悪くなっていくのを感じる。
それに先ほどのことを忘れようにも、忘れられるはずがない。あの男は何者なのか、あの場所は一体なんだったのか。それは妖花にわかるはずがない。しかしなんとなく自分の運命がこの体験から変わっていくような、そんな気がしてならない。

「あとどれぐらいで着くかな」

妖花はそんなことを思いつつ、目的地までの時間を夏海に聞いてみる。

「うーん、あそこの道にはいったらすぐみたいだよー」

「そっか、やっと着くのね。私ここまでがすごく長かったから」

「たしかに結構歩いたもんねー、その気持ちはすごくわかるよー!」

そういうことではなかったのだけど。まぁいいか、この子はあのことを知らない、体験していない。私だけが知っていることなのだから。

そうこうしているうちにお店の近くまで来ていた。

「あそこだよー!」

夏海が指をさした先にあったのはモダンな雰囲気のある綺麗なお店だった。

「すごく綺麗な建物ね」

「うん、ここがデリツィオーゾPizza e pastaだよー」

「やっぱりあるよね、でも思ったより悪くないのかも」

その店の目の前には書いてあったとおり、メイド喫茶が建っていた。どちらの店にもたくさんの人が来店していた。最初はなぜここに建てたんだろうと疑問を持っていた私も、すぐにその嫌悪感がなくなっていた。

たしかに、メイド喫茶にはオタク?とか言われている人が出入りしているものの、接客しているメイドさんがみんな可愛く、綺麗で私はそのメイドさんを見入ってしまっていた。
対するイタリア料理店にはさまざまな年齢層のお客たちが来店しており、こちらはこちらでなんとも落ち着いた雰囲気があり、入りやすいお店だった。

「どちらものお店もその個性を生かしているから良い雰囲気だね」

「そーだね!メイドさんみんな可愛いし!何?天国?」

そんなリアクションをとる夏海に思わず笑みが溢れる。

「ふふふ、なにそのリアクション」

「何か変だったかなー?」

そんな話をしていると、メイドさんが1人こちらへと近づいてくる。

「これは可愛らしいお嬢様。よければお食事などいかがですか?」

金髪の綺麗でスラっとしたメイドは満面の笑みでこちらへと話しかけてきた。

「あー、えっとわたし達」

と、答えていると夏海が大きな反応を返す。

「すごく綺麗な方だね!」

「それはありがたい言葉をありがとうございます、お嬢様」

メイドさんはふふふと笑っていた。

「あの、すみません、わたし達向かいのお店に行こうかと思ってて」

「あっ、そうだったのですか?ならばよかったです。ただ今うちのお店とあちらのお店がコラボしておりまして…」

「え!?そうなんですか!」

少しびっくりしてしまった。言い方が悪いがあまりにも雰囲気が合わないため、そんなことをしているとは思ってもいなかった。

「はい、今こちらのお店とこのメイドカフェとでコラボしておりまして、どちらの店にもメイドがいますし、どちらの店でも本格イタリア料理を食べることができますよ」

そう言うことかと妖花は納得し、メイドさんの話をゆっくり聞くことにした。その間も夏海はお腹が減ったそぶりを見せていた。少し話したのち、最後にメイドがそっとポケットから紙を取り出す。

「あの、全然あちらのお店で食べていただいて大丈夫なんですよ、ただコラボしているので特典と言ってはあれですが」

そう言ってメイドは割引券を渡してくれた。

「ありがとうございます」

「おー!これはありがたいね!」

「はい、ゆっくりしていってくださいね」

深々と礼をするメイドにこちらもお辞儀を返すと、私たちはデリツィオーゾPizza e pastaへと向かう。歩き出した直後後ろから肩を叩かれる。

「え?何でしょう」

後ろを振り向くと先ほどの金髪のメイドさんだった。

「これ、落としましたよ」

どうやらハンカチを落としてしまったらしい。

「あ、ありがとうございます、助かりました」

「もー、妖花はおっちょこちょいだなぁー」

「うぅ…そうかも…本当にありがとうございます、これ大事なハンカチなので」

「いえいえ、こちらもハンカチを渡せて良かったです。拾ったのは赤理さんが…って名前読んでも分かりませんよね。あの赤髪のメイドが教えてくれたんですよ」

「あ、そうなんですか!あのそのメイドさんはどちらへいらっしゃっるのですかね」

妖花は辺りを見渡すも、赤色の髪をもつ人を見つけられなかった。なんなら私の髪の毛が赤味を帯びた髪の毛だ。

「あれれ、先程まであそこで接客をしていたんですけど…」

金髪のメイドも見つけられていないようだった。

「あー、さっきまでいた赤髪のメイドさんだよね?」

夏海は元気よく言うと、2人がきた道のほうとは別の方向を指差した。

「多分あっちに行った気がするけど」

「そうなの?」

「うん!なんてゆうかそのメイドさんこちらを結構チラチラみてたから気になっちゃって」

「へー、私全然そんなの気にならなかったよ」

と妖花は夏海に関心を向ける。

「なぜお嬢様を見ていたのかはわかりませんが、私の推測だと休憩をしにいったのではないかなと思いますよ」

金髪のメイドは答える。

「休憩?」

2人は重ねていった。

「はい、赤理はってまたすみません。先ほどの赤髪のメイドは本店ではなく少し先にある店の担当の方でして、今日は助っ人で来てもらってたんですよ。だから多分時間がきて休憩をしにいったのではないでしょうかね。」

「そうなんですか…直接お礼を言いたかったんですけどね」

「もう少し待っていただけたらまたこちらに帰ってくると思いますので、おふたりはお食事を済ませてはどうですか?帰ってきたらお伝えするので」

その提案に賛成することにして、わたし達は改めてメイドにお礼を言ったあと、デリツィオーゾPizza e pastaへと今度こそ向かう。

「それじゃあいこっかー、もうおなかぺこぺこだし」

笑顔でこちらを向きながら夏海は言うと妖花の手を引いていく。

「夏海、そんなに走ると危ないよ」

「大丈夫、大丈夫!」

そんな夏海は走り出す。手を引かれたままお店の中へと入る。店内はとても落ち着いた雰囲気で過ごしやすそうな店内だった。
コラボしていると聞いていた通りメイドさんたちが食事を運んでいた。メイドさんたちはとても静かでまたそれが良い雰囲気を醸し出している。

「良さそうなところだね」

「そうだねー!」

そんな話をしていると、店員であるメイドに話しかけられる。

「お客様、2名様ですね。こちらへどうぞ」
そう言われてわたし達は席に座る。


「それでは、注文が決まりましたらお伝えください」

お辞儀をしたのち、メイドは元にいた立ち位置へと戻っていった。

「何にしようか」

わたし達はメニュー表を広げ、何を注文するのか選んでいた。もちろん私はブルスケッタを頼むつもりでいる。

「じゃあ私はこのピザ頼むね!2人でわけっこしようよ」

夏海が指したピザはマルゲリータだった。私もピザのなかではシンプルなマルゲリータがとても好きなのでありがたかった。

「うん、わかった。じゃあ私の頼むブルスケッタも分けてあげるよ」

そんな他愛もない会話をしたあと呼び鈴を押すとすぐに先ほどのメイドが駆けつける。

「それではご注文をお伺いします。」

「えっとー、このトマトのブルスケッタを一つ、夏海は?」

「このピザください!」

夏海は元気よく言い放った。

「かしこまりました。トマトのブルスケッタがおひとつ、マルゲリータがおひとつ。以上でよろしかったでしょうか」

「はい、それでお願いします」

そう伝えると、注文を厨房まで届けに行った。そんなメイドを見送ったあと夏海が口を開く。

「これからどうする?」

「うーん、服は買ったし映画でもみようよ」

「うん!私はいいけど体調とかは大丈夫そう?」

「今はそこまで悪くないかな」

そう話しているとあ!っと大きな声が聞こえてそちらを振り返る。
そこには同じクラスの野坂と山内がこちらを見ていた。どちらもお洒落な服装で最近流行りのだぼだぼしたシャツを着用していた。

「奇遇だね、獅子田さんに千子さん」

と、名前呼ばれた直後何か嫌な寒気を感じる。

「野坂くんに山内くんこんにちわ!」

と大きな声で挨拶をする夏海と同じく、挨拶を返そうとすると嫌な目眩がする。
「うっ…」

私の様子に気がついたのか3人がこちらへと駆け寄る。

「大丈夫かい?千子さん!」

そう呼ばれると心臓がギュッとなる。

「あっあっあ…」

「どうかしたの?妖花!」

「いや、少し目眩がして…」

と目を抑えようとすると自分の身体の自由に動がなくなってくる。

「身体が動かない…いや、勝手に動く!?」

自分は全く動かそうとしていないのに、体の方が勝手に動き、手先の自由が奪われ、なんとも嫌な寒気を感じる。汗が徐々に出てくるのを感じ、何かが私の体の中で起きているということだけははっきりと感じる。

「これは…」

「千子さん!大丈夫かい!」

「急にどうしたんだい。様子が変だよ」

体の自由が効かなくなってくるとともに、心臓と頭に酷い痛みを感じる。

「うぅ…痛い…」

「ど、どこがいたいんだい?」

「頭と心臓が…」

急な痛みに自分でも訳が分からなくなる。あの、不思議な体験が関わっているのだろうか、それともあの道に行ったこと?そう考えながら心臓を押さえて唸り出す。

「僕、救急車を呼んでくるよ」

そう言い、携帯を取り出す野坂の携帯を妖花は人とは思えないほどの速さの手の動きで携帯を弾き飛ばす。

「痛っ!何をするんだい、今君のために救急車を呼ぼうとしたのに」

自分でもよく分からなかった。徐々に体が何者かに侵食されていくことを感じ、無意識に携帯を弾き飛ばしていた。

「自分でも分からないの…体が勝手に動いて、わざとじゃないの。これ…だけは信じて、体の自由が効かなくなってきているの」

そういうと驚いた顔でこちらを見る。

「それは大変だ!千子さん、ほかの人の携帯を借りて救急車を呼ぶことにするよ!」

名前を呼ばれるたびに頭痛が酷くなってくる。

明らかにおかしい妖花にほかの店員や客がざわざわし出し、こちらに注目していて店内は騒然としていた。

「あの、どうかしましたか?」

先ほど注文を取ってくれたメイドが私たちのところへと駆けつけ、心配そうにこちらを見つめる。

「あの、友達が急に苦しみ出して!救急車を呼んでもらえませんか!?」

「はい!」

そう言い、メイドはすぐに携帯を取り出し、連絡をしようとすると

「いえ、大丈夫です…」

妖花は笑顔でそう答えた。

「でも、苦しそうな顔をしているよ」

野坂がそう言うも、妖花は作り笑いを浮かべてお騒がせしてすみませんとお辞儀していた。

「本当に?あんなに苦しそうな顔しているのに…」

「お前もそう思うのか晶馬。千子さんだいぶ辛そうだよな」

ヒソヒソと何か話している2人に対して

「もう楽になったから大丈夫だよ」

と告げると2人は「また何かあったら言ってね。力になるから」と言い、自分たちが座っていた席へと帰っていった。

「ごめんね夏海。せっかく美味しいもの食べようと思ってたのに」

「いや、いいよ!それよりも本当に大丈夫なの!?まだ辛そうだけど!」

本気で心配してくれている夏海に心の中で感謝しつつ、「もう平気だよ」と伝えた。

嘘ではなかった。なぜかさっきよりも楽になっていた。この症状が治り始めたのか、それとも何かが私への侵食をやめたのか。
自分自身では考えようにも考えられなかった。最近の不思議な体験が原因なのではないかと考えるも、そんな怪奇なことが起こるのだろうかと曖昧模糊になっていた。

すると、

「え!?」

妖花は声を上げてびっくりしていた。
夏海は妖花の頭を撫でていた。

「妖花。やっぱり痛みが取れないんだよね。私には分かるよ。そんな怖い顔してたら可愛い顔が台無しだよ?」

優しく、頭を撫でられ妖花は赤面して縮こまる。優しい笑みでこちらを見て夏海は話を続ける。

「幼馴染なんだから辛いのは分かるよ。2人も心配してたし、まだ痛いなら素直にいってね」

妖花は涙目になっていた。

「ごめん…心配かけて…本当は痛いんだ。少し楽になったけどまだ痛いし、この痛みがいつまで続くのか、原因がなんなのか、それが全く分からなくて心配になって」

本心を告げると、夏海は「そっか、そっか」と妖花の話に耳を傾けていた。

「大丈夫だよ!絶対良くなるよ!少し疲れたんだと思う!」

妖花を元気付けようと夏海が声をかけてくれている。
妖花は少しずつ気持ちが楽になっていた。

「ありがとう、夏海。お陰で楽になったよ」

感謝を伝えると夏海は「いいんだよ」と言ってくれた。それに合わせるようにメイドがマルゲリータとトマトのブルスケッタを運んできてくれた。

「マルゲリータとトマトのブルスケッタになります。楽になったなら良かったです」

「あ、ありがとうございます」

笑顔で料理を運び終わると厨房の方へと戻っていった。

「妖花!美味しいもの食べて少しでも元気になろう!」

「そうだね!」

そう言い、トマトのブルスケッタを手に取った瞬間だった。

「あっ…」

ぽろっとブルスケッタが床へと落ちる。
「妖…花…?」

「いや、ごめん。ちょっと手が滑っちゃって」

落ちたブルスケッタを拾うと、メイドさんが小皿を用意してくれた。

「ありがとうございます」

「いえ、どういたしまして」

「妖花おっちょこちょいだなー」

「ごめんごめん」

そう告げた妖花は何か変だった。いつもとは違う。まるで何かに支配されているような、そんな感じがした。

「妖花ー。ちゃんと痛みが落ち着いたら今日は帰ろうか」

「……………。」

妖花は黙ったままだった。

「妖花?」

その言葉は妖花には届いていなかった。
妖花はガラッと大きな音を立てて、椅子から立ち上がると

「ごめん、今から行くところがあるから」

と告げて店を走って出ていった。
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