表裏一体物語

智天斗

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四章 大江山の鬼編

四章10 来訪者

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"茨木童子"
その鬼は酒呑童子のもっとも重要な家来の名前。彼女が何故暗殺という行為に至ったのかそれは全く妖花には分からなかった。

「茨木童子…。あなたが茨木童子だったんだ…」

「はい。そうです。どうかしましたか?」

私は知っている。茨木童子という鬼を。
この前酒呑童子について調べた時に茨木童子についても書かれていた。諸説あるため、なんとも言えないが私にとって奏が茨木童子という事実は驚きのあまり脳が一時停止したようにも感じるほどだった。

「ううん。なんでもない。ようやくあなたの鬼としての名前が聞けて嬉しかったんだよ。"奏"って呼ぶのと"茨木童子"って呼ぶのはどっちがいいのかな…?」

奏は少しの迷いもなく予め決めていたようにはっきりと私に伝える。

「"奏"と呼んでください。私にとってその名前はお守りのようなもの。あなたとの契約のようなものです。私はあなたと生きたい、そう思っています。だからこれからも、これからずっと"奏"とお呼びください」

「うん!分かったよ、奏!」

奏が茨木童子ということは、彼女が酒呑童子と重要な繋がりがると確信する。
そんな中でも、彼女が改めて私が付けた名前である"奏"という名前を気に入ってくれたことが何より嬉しかった。

「あっ、ごめん。一度お父さんからの手紙見てもいいかな。」

「えぇ。構いません。先程の母堂様の仰っていたことを踏まえますとその手紙は私がいる前では見ない方がよろしいかと」

気を使ってくれる奏に対して妖花はここにいていいよと一言告げる。奏はベットに腰かけたままこちらを見ていた。
とりあえず、妖花は手紙の内容を確認するために封筒を開けて中身を取り出す。

「手紙が1枚と鍵?」

中には父が書いたであろう手紙と古びたどこかの鍵が入っていた。
鍵を机に置いてまずは手紙を広げる。
奏はそっと目線を外す。

「なんだろう」

手紙の内容に目を通す。
そこにはこう書かれていた。


妖花達へ

時間が無いかもしれないが目を通してくれ。
妖花にはこれから色々なことが起こるだろう。色々な人と関わり、色々なことを知っていくだろう。
そこで、何かあれば神社へ行きなさい。そこから始まる。そこで鍵を使い、そして生きなさい。
私は今は2人のところには行けない。
これは妖花の人生に関わってくる。それだけ言っておく。

父より


「どういうことだろう」

「どうかなさいましたか?」

手紙の内容を知らない奏がこちらを気にしてくれる。

「いや、多分この内容なら見せてもいいかな」

妖花は手紙を奏に渡すと奏は顔が真っ青になっている。
そしてまず、奏が私の方を力強くもって話しかける。

「妖花様!この内容を書いた主は一体どこに!?そして何者なのですか?」

「え?私の父は鍛冶屋をやってるかな…私はそう聞いてるよ。年に数回しか帰ってこないし、ここから少し遠い場所にいるかな」

奏は少し考えている。何がどうしたのか分からないが奏は何かに気づいたのかもしれない。

「どうしたの?何か引っかかることでもあるの?」

奏は周りを見渡したあと、妖花に伝える。

「実は私は先程母堂様の手紙を拝見したのです。それを踏まえてその手紙を見るとあることに気づくのです」

「あること?」

「はい。手紙の最初ですよ。手紙の一番最初に書かれる場所」

手紙で一番最初に書かれているもの…。
それは'妖花達へ"ってところだと思う。

「これがどうかしたの?」

「そこです。そこがおかしいのです。母堂様の手紙を見ている私にとっておかしいと分かります」

「それで、何がおかしいの?」

「す、すみません。少し驚いたので。簡単に言えば尊父様は私の存在に気づいているということです」

一度聞いて妖花は最初理解ができていなかった。しかし、すぐに理由を説明されて納得した。

「この最初の"妖花達へ"の"達"ってところが気になったのです。母堂様が言っていましたよね。二階の自室で見てと。それはつまり、母親には見せないようにとも取れるわけです。それなのに達が着いている点。他に誰かいるとわかっているからつけたのではないかと思いまして」

妖花はそれを聞いて理解した。

「そうか。わざわざお母さんの手紙に二階で見ろと書いているのに"達"ってつくのはおかしいかもしれない。それはおそらくお父さんは奏がいると分かっててこの手紙を送った可能性があるかもしれない」

「そうなります。さすがに私の名前までは知らないようですが、私の存在には気づいているととれます。私の考え過ぎかもしれませんが」

本当にそうだとするならば私の父は一体何者なのだろうか。もしかしたら一度家に帰ってきたのかもしれない。バレないようにそっと帰ってきていた可能性もある。

「違和感は感じるのよね。いつものお父さんとは少し違う感じ。字を見る限りではお父さんだと思う。でもいつもの手紙を見れば違いが分かると思うの」

妖花はタンスを開いてゴソゴソと手紙を探す。そして見つかったのか振り向いてそれを机の上に置いた。奏にも来て欲しいと手招きをして手紙を渡す。

「確かに。いつもならそんな話よりもまず生活の様子や近況についてのことばかりですね。他の手紙も同じような感じですね」

「だから少し驚いたの。まぁお父さんの言う通り、とりあえずこの鍵を肌身離さず持っておいて、何かあれば神社に行こうかなとは思うよ」

父が何を知っているのかは私達では確認できない。何かがこれから起ころうとしている、それだけは分かった。

「じゃあとりあえずこれからどうするかだね。あなたの気持ちは分かった。私も酒呑童子を止めたい。このまちが危ないなら何もしないって訳にも行かないでしょ?」

「はい。ですが、今ここにいさせて貰えるだけで充分です、と言っても妖花様は聞かないでしょうから何かあれば連絡致します」

「うん。とりあえずこれからのことだね」

これから、鬼とどう対峙していくか、それを話し合おうとした時だった。

ピンポーン

インターホンのなる音が聞こえた。
誰かが来たみたいだ。誰か来る予定は私には無い。おそらく宅配便か何かだろう。そう思った時、奏がすぐに私の部屋を飛び出した。

「か、奏!?」

一瞬の出来事に妖花は驚きを隠せない。妙な胸騒ぎを感じて妖花も直ぐに玄関の前まで向かった。階段を降り、そして目の前の光景に唖然とする。

「お母さん!!」

そこには倒れた母親の姿。そして今にも誰かを殺しそうなほど怒りを覚えている奏の姿。そして玄関の扉の前に佇む何者か。

頭が混乱する。
ほんの数秒の出来事。
私にとってはそれがとても長い時間に感じる。倒れた母を庇うように立つ奏の姿。
その姿を目撃して妖花は叫びそうになった。
しかしぐっとこらえた。

なぜぐっとこらえたか。それは私にも分からない。ただ、今は母の安否が気になって仕方がなかった。

「妖花様!まだ母堂様は生きています!本当に申し訳ありません。私と一緒にいるべきではなかったですね」

奏のことばでの言葉で妖花の体はようやく動いた。

「分かった!ありがとう。でも奏、あなたといるべきではなかったなんて絶対に思わないよ。だから二度とそんな言葉は言わないで」

妖花はすぐに母の傍に駆けつけ、息を確認する。血が出ているところを見ると重症かもしれない。

「病院へ行かないと」

玄関の前には母を襲ったであろう人物がいる。
奏とその人物がお互い睨み合っている。威圧感に妖花は押しつぶされそうになる。

「茨木童子。ようやく見つけたぞ」

「星熊童子…!」

奏の顔は鬼のように怒っている。いや、鬼なのだからその表現が正しいだろう。

「奏!その人は一体…!?」

「星熊童子、鬼です。私の"元"仲間の」

すると、星熊童子はこちらを見るなり奏に向けて言う。

「まさか人間のところにいるとはな。茨木童子、お前を確実にここで殺す」

「絶対そんなことにはさせない!」

妖花は無意識にそう言い放っていた。
大きめの和装に身を包む男はその声に反応して私の方を見つめてきた。

「五月蝿いガキだ。全員殺す。まぁ元々そのつもりだったが」

すると星熊童子と呼ばれたその男の体が段々と変わっていく。被っていた帽子をツノが貫く。ボサボサの髪が顕になり、体も大きくなっていく。大きめだった和装がその鬼を包み込む。爪は鋭くなり、口には牙が生え揃う。
その姿は鬼そのもの。

「妖花様。少しお下がりください」

奏にも緊張感が漂う。

『この姿を他の人間達に見られるわけにはいかんからな。目撃者は全員血祭り上げないといけなくなる』

「その必要はない。私がここでお前を止めるぞ」

奏も戦闘態勢に入る。何故か鬼化しない奏はこちらに目を向けてあるものを渡してくる。

「妖花様。これを母堂様に」

渡されたものは御札だった。何か文字が書いてあるが今はそれを確認する時間はない。

「奏!これは?」

「それを貼れば分かります」

奏にいわれてに言われて妖花はその御札を母親に貼り付ける。すると…

「消えた!」

貼った瞬間母親の姿がきれいさっぱり無くなった。
思わず声が出た妖花は奏の方を見ると奏が説明してくれる。

「それは…瞬間移動の術をかけた御札です…」

それを聞いて妖花は嬉しく思う。
ちゃんと、もしものときを考えて奏が用意してくれていたということに。

「ありがとう奏。もしもの時のためにこんなの用意してくれていたなんて思わなかったよ」

そう告げると何故か奏はあまり嬉しそうにはしなかった。罪の意識があるように敵を前にして背中を向けて妖花の方を振り向いた。

「いえ、違います…。正直に言います。それは私が脱出するため用のものです」

それを聞いて妖花の頭の中は真っ白になる。
すると星熊童子がこちらを見て大笑いしている。

『こいつ、元々は裏切るつもりだったみたいだなぁ!お前らを餌に自分だけ逃げる腹だったみたいだな』

星熊童子の言葉に奏は声が出ない。

「本当なの?」

妖花が聞くと奏は真剣な目付きでこちらに伝えてくれる。

「はい。ですが聞いてください」

少し間をおいてから奏は話し始める。

「初めは星熊童子の言う通り裏切るつもりでした。もしもの時にあなたがたを囮に出来れば私の逃げる可能性が少しでも高くなると」

俯く奏に妖花はもう母親を瞬間移動させたことで奏の気持ちの変化に気づいていた。

「しかし、あなた方と暮らしていく中で私はあなた達と暮らしていきたい、生きていきたいと思うようになったんです。私は罪滅ぼしをするだけです。元々は私のせいなのですから。あなた達を絶対に守るべきだと思う。そしてこのまちを守っていきたいのです!」

奏の言葉に妖花の目には涙が流れていた。
自分達を利用しようとしていた奏からそう言われて敵を前にしても泣いてしまう。

「ありがとう奏。私達のためにそこまで思ってくれるんだね。なら私も戦わなくてはならない!」

妖花も戦う、そう決意して奏に伝えると奏にそれを否定される。

「妖花様!あなたが向かうのはこちらではありません。あなたには向かうべき場所があるはずです!あなたの尊父様からの手紙を思い出してください。今がその時だと思うのです!」

「か、奏…。確かにそうだね!私はお父さんに従うよ!」

「はい。母堂様のことは心配しないでください。おそらくすぐに病院へと向かわれるでしょうから」

奏の目を見て妖花は察する。
おそらくお母さんは病院近くなどに飛ばされたのだと。
なら、私はやるべきことをやるだけ。何があるかは分からないが、今はお父さんを信じたい。

「妖花様!早く!裏口から急いで出てください。ここはもう戦場です!」

その声を聞いて妖花の体は動き始めた。
裏口のある場所へと向かう。奏の方を1度も振り返ることなく、信じて待っていると背中で伝える。

「待っていてください。きっといきますから」

奏はそう言って振り返り星熊童子と相対する。二人は自分のやるべきことを行うために動き出す。

「こい!星熊童子」

『茨木童子ー!死に晒せゴラァ!!』

二体の声が妖花に届く。
そして妖花は裏口に到着し、鍵を開けて外へと飛び出した。


直後二人は拳を交える。
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