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ABYSS⑤
しおりを挟むあと少しで着くだろう。薊雄一からの電話により、人見秀一と田原愛美は薊雄一の家に向かっていた。
「何か食べます?」
「いや、いい。夜はあの男の家の後だ」
夜10時。ようやく薊雄一が住むアパートに着いた。
車を近くに止めて、アパートの方を見る。
アパートは二階建てで薊雄一は2階の203号室と聞いている。
少し古めのアパートではあるが、それは別にいいだろう。
アパートの階段をコツコツと音を立てながら上り、203号室の前で立ち尽くす。
「田原、一応だ。今のところ彼からの連絡があるなら彼はいる。押すぞ」
インターホンを鳴らすと、ゴソゴソともの音が聞こえる。
すると、ガチャりとドアが空く。そして出てきたのは20代の男だった。ふくよかな体型ではち切れんばかりのTシャツを来た男は頭をボリボリとかきながら現れた。身長は人見秀一よりもだいぶ低い。人見秀一は180センチメートルあるがこの男は恐らく160センチメートル後半と言ったところか。
「お前が薊雄一か」
「って、てめえもきてんのかよ」
薊雄一は人見秀一に言い放った。どうやら、僕が来ることは知らなかったらしい。
人見秀一は彼を見て最初に思ったのは不健康そうな見た目というところだった。
別にただふくよかだからとかでは無い。目にはクマができており、何も食べていないのかげっそりとしている。この男の身に何が起きたかは知らないが、とりあえず僕と田原は彼の家に入っていった。
「その辺に脱いでさっさと入ってくれ」
薊雄一に言われて2人は揃って靴を揃えて中に入る。そして、8畳ほどの広さの部屋にベッドやらテレビやらが置かれている。床にはゴミが散らばっており、なんとも言えないような臭いが漂っている。
「薊雄一。君ってやつは掃除とかしたらどうなんだ」
「きて1番にそれかよ。俺は別に説教されに呼んだんじゃねえんだよ。黙ってろ能無し」
「2人ともやめてよ。薊くん、それで例の話だけど!」
流石の田原も察して声をかけてくれる。
「あぁ。悪かったよ。別に人の住んでいるところにとやかく言うのは良くなかった」
「あぁ、別にいい。慣れてる。それよりも、そんな話をしに来たんじゃないだろ?」
薊はパソコンの前の椅子に腰かけて言う。
「あのコード。実況者Abyssのコードに入力したら入れたぜ」
「あぁ、だから俺たちは来たんだ」
2人はパソコンの方を見るとパソコンは真っ暗になっていた。
「それで、薊くん。パソコン真っ暗だけど大丈夫?」
「あれ?おかしいな。さっきまでついてたのによぉ。愛美ちゃん達が来るまではちゃんとついていたのに…?」
明らかに人見秀一と田原愛美とで態度が変わる男だが、それは別に気にしない。可愛い女性とただの男では反応が違って当然だ。
薊雄一はパソコンを立ち上げる。
「ちっ、少し待っててね。愛美ちゃん、すぐにつくから」
パソコンの起動音がして、パソコンが動き始める。少しだけ時間がかかるようだったので人見秀一は何を入力したのかを聞いてみる。
「それで、なんと入力したんだ?コードってのをそのまま入力するんじゃあないだろ?」
「あぁ、それがよォ…」
そういった直後、パソコンの明かりがついた。
パッと明るくなったパソコンにはある画面が映し出されていた。
「おっ、やっと開いたか。これが愛美ちゃんとお前を呼んだ理由だ」
「なにこれ…」
「これは、そういうことだろうな…」
パソコンにはあるものが映し出されていた。
"Next is you"
「次はお前だ…?」
「だからよぉ、呼んだんだ。別にどおって訳じゃないがこれを見て実況者Abyssを知ってるやつならこう考える、だろ?」
「あぁ。次はお前、つまり次の被害者は薊雄一、お前になるってことだな」
これでようやくコードの謎が解けた。
コードの入力者で正解したものは軒並みやつの被害に合った可能性があるということ。
そして、これはかなりまずいということも。
「あぁ。こんなもんが映った時正直ヒヤッとしたぜ。死の警告をされてるみてえでよぉ」
「そ、そんな………」
「いやいや、そんな顔しないでくれ。言ったろう?だからお前らを呼んだんだって」
「それって…?」
薊雄一は立ち上がって人見秀一の方を指さす。
「人見秀一、お前のことは調べたから知ってる。だからだ、俺としてはあまり頼みたくねえが…」
「どうした?」
「俺を守ってくれ!俺は死にたくはねえ。愛美ちゃんに頼まれたがまさかこんなことになるなんてよぉ」
「人見さん、私、ここに残って薊くんを守ります」
田原も自分で責任を感じている。まさかこんなことになるなんて予想もしていなかっただろうから。だから、ここに残る選択をしたんだろう。
そのうえでその言葉を受けて人見秀一は答える。
ただ、頼んでこんなことになってしまったなど誰も思わなかったことだ。
誰の落ち度でもない。ただ、今回ばかりはさすがにやばい。しかし、それはチャンスでもある。
「あぁ。薊、俺はお前を守ろう。そして、ここでやってきた実況者Abyssをここで捕まえる」
いつやって来るのかは分からない。ただ、絶対に捕まえなくてはならない。
「警察にも相談できねえからよぉ。絶対あいつらは信じねぇ。だから、頼むぜ」
「分かった。何ができるかは分からないがやってみるしかないな」
3人はここでいつやってくるか分からない実況者Abyssを待つことにした。
「よし、頼むぜ」
「あぁ」
人見秀一は承諾した。
そして、自分の車の鍵を持って2人に告げる。
「悪いが車に忘れ物をした」
「何をですか?」
「携帯電話だ。田原の携帯を使っていたから自分の携帯を持ってくるのを忘れてしまった」
そんな人見秀一に2人は苦笑いをうかべる。
「はい!行ってらっしゃい」
「悪いな」
一度部屋から外へと出て、走って車へと向かう。
車に着いてから、携帯電話を手に取ってすぐに薊雄一の家に向かった。
「ちょっと便所いくからよぉ。愛美ちゃんとお前はその辺でくつろいでてくれ」
「あぁ」「うん!」
薊雄一はトイレに行った。
それを確認してからとりあえず、部屋の中を見渡す。
薊雄一の部屋は所狭しと美少女のフィギュアが飾られている。男のフィギュアはないかと探しても見当たらない。人見秀一はとりあえず、椅子に腰かけて、田原に話しかける。
「田原、気にする事はない。確かに頼んだのはお前だった。でもいずれ薊もそのことを知って調べていたはずだ」
「で、でも…」
「分かってる。あいつもあの調子だ。少しのことで気を使ってしまってはあいつにも失礼だ。ここで実況者Abyssを捕まえれば全てが終わる。だから、暗くならずに次のことを考えろ」
「はい、ありがとうございます。このサイコパスな殺人も正体を暴いて絶対に捕まえてみせます」
「あぁ。まぁ、僕達は警察とかじゃあないから襲われたら正当防衛で捕まえて、警察に連れていけばいいだろう」
「はい!」
2人は部屋で過ごす。独特な臭いが鼻に来るが薊雄一がトイレから帰ってくるのを待つしか無かった。
「そういえば、田原。お前、あいつとどういう関係なんだ?」
他愛もない会話。それでも、少し気になっていた。
田原愛美と薊雄一との接点が全く見えない。どこでどうやって出会ったのだろうか。
「あー、私と薊くんは同じ中学校の同級生なんですよ」
「同級生?そういうことだったか。あまりにも接点ってやつが悪いが見つからなかったからな」
「それもそうですねー。まぁ、同級生で仲のいい子は沢山いますからねー!」
田原愛美とはこういう人間だ。誰とでも分け隔てなく仲良くできる。だから、薊雄一とも仲良くやって行けるのだろう。彼女の良さはそこにある気がする。僕もそのひとりだ。彼女だからこそ、僕は前向きに話を聞いたり、話をしたりできる仲になれたのだと我ながらに思う。
「そうか、ならいい」
「どしたんですか?」
「なんでもない」
人見秀一は目をそらす。それに、合わせてくるように田原愛美がこちらを見てくる。
「もういい。それよりもだ」
「はい?」
「遅くないか、あいつ」
「そうですね、大きい方ですかね」
こいつは…。
「はぁ、、まぁいい。お前はそう言うやつだからな」
「え、なんですか?」
何も気にしない田原愛美も田原愛美だがそれよりも薊雄一のことだ。
遅すぎる、確かに田原の言う通りそういう可能性もあるだろう。
だが、それでも遅い。
「行くぞ」
「どこへ?」
「トイレだ」
「で、でも…」
トイレへと向かう。すぐ近くの、先程薊雄一が入ったトイレへと。
人見秀一はトイレの前に立つ。
すると、田原は「ちょっと待ってください」と追いかけてくる。
「どうした?」
「え、いや、なんでもないです…。早く聞いてください」
「あぁ、わかってる。薊、何をしている」
声をかけるも何故か返事がない。2人は唾を飲み込む。
「おい…」
室内から音はない。トイレからも音はない。
「おい、おい!」
どんどんとトイレの扉を叩いても何故か全く返事がない。あの性格ならトイレのドアを叩けばすぐに怒鳴り込むと思っていたのにだ。
「薊!おい、トイレの中にいるのか?」
返事はない。なぜだ、いや、まさか…。
あの男を1人するべきではなかった。
「おい、おい!」
必死に声をかけるも返事はない。
「ひ、人見さん!これは、本当にまずいです」
「あぁ、分かってる!」
人見秀一はトイレのドアに向けて思いっきり体当たりした。何度も、何度も体当たりする。
「薊!無事か?無事なのか?」
返事はやはり無い。
そして、もう一度体当たりして、ようやくトイレのドアを壊して中に入れた。
薊がトイレに入ってから数分後の事だった。
「い、いないだと…」
そこには人の影すらなかった。薊雄一の姿が忽然と無くなった。
「人見さん、薊くんは?」
「いや、いない」
「そ、外でしょうか?」
「それはないな」
人見秀一が指を刺したのはトイレの窓。窓には鍵がかかっていた。それに、あの体の大きさであの窓から出ることは不可能だろう。
なのにだ、なのに薊雄一は姿を消した。
まるで瞬間移動をしたみたいにいなくなっていた。
「訳が分からない。ただ…」
トイレには一つだけおかしいことがあった。それはトイレが歪んでいたのだ。
「田原、ここに来たことがあるなら知ってるだろ?ここのトイレ、歪んでたのか?」
「私はこの家に行ったのは数回しかないので分かりませんけど、ほかのトイレとは変わらないと思います」
なんだこれは…。空間が歪んだかのようにトイレの便器が歪んでいる。
よく確認してもやはり歪んでいるのだ。何だ、一体ここで何が起こったって言うんだ。
何らかの方法で薊雄一を連れ去った。
これは、人間のできる芸当ではない。もっと未知の"何か"、それかもっと大きな"何か"の力が働いている。
「とりあえず、捜索だ。田原は警察へ、俺は近くを捜索する」
「は、はい!」
外に出て、当たりを見渡すも夜10時を過ぎた現在、人影はない。かと言ってスリッパなんかがなかったところからすると、別に裸足でどこかへ行ったって訳じゃ無さそうだ。
「警察はすぐ来ます」
「あぁ」
薊雄一の自宅に帰ると、パソコンの画面が消えていた。なぜかは知らない。
そこから少し時間が過ぎて、警察が来た。
事情聴取やらを行い、周辺を捜索したそうだがいなかったそうだ。
薊の使っていた自転車があったことから、歩いてどこかへ行ったと警察は判断している。
また、僕達の証言から警察官のひとりが言った。
「また…ですか」
最近の行方不明者は実況者Abyssの動画を見ていた人間が多いらしい。ほとんどの人間がおそらくあのパソコン画面に映し出されたとおり、"Next is you"つまり次の被害者になったのだろう。
薊雄一もまた、次の動画で殺される可能性がある。
「どうにかしなくてはならないな」
「は、はい…」
涙目を浮かべる田原の頭をそっと撫でる。
少しだけ関わったとはいえ、知り合いが殺される可能性があるってのは僕としてもなるべくどうにかしたい。どうにかできるならば、に限るが。
「顔を上げろよ。警察から色々と情報を聞き出した。だから、何とかするぞ」
田原は立ち上がってこちらを見る。
「はい、何とかします。私が巻き込んだんですから」
「あぁ。ここで終わらせる」
警察からの事情聴取を終え、帰路に着く。
車内にはジャズの音色が響くが、2人の心には全く響かない。
会話も無く、ただ車を走らせる。
「着いたー」
「あぁ。先降りてろ、車庫に車を片してくる」
「はい!」
車から田原を下ろして、少し離れたところにある車庫に車を入れてから玄関の扉を開ける。
とりあえず、今日は終わった。帰ってくる頃には日付をまたいでいた。
応援ありがとうございます!
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