ウロボロスの輪廻

ありま

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中編

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 いつも適当で笑ってばかりいる彼が、深刻な顔をしています。血の気が引いた真っ青な顔色で、誰にも知らせるなと言いやがりました……。

 右手で抑えている、脇腹が真っ赤に染まっています。
 傷口からは、何の力もないはずの私にも、禍々しいオーラが蛇のように這っているのが、見えました。

 ……どう見ても、呪われている。

 傷の手当てをしようにも、その呪いに阻まれてどうしようもありません。
 そんな姿で、何で私の所に来るんでしょうか……だって、何もできないのに。
 もっとこの傷を塞ぐのに、役に立つ場所へ行けばいいものを。
 神殿とか。

 神父様とか連れてこなきゃと、彼をベッドへ引きずりあわてている私に、ロスは言いました。

「かっこ悪いとこ……見られたくなかったのになぁ」

 苦しいだろうに笑う彼に、いつもかっこ悪いから問題ないと、言い返して寝かしつけます。痛みと苦しみの所為で気を失い、うなされています。
 お仲間にも、僧侶や傷を癒す人間が居るはずです、そういえば、ロスがこうなっているとすると、お仲間は――。
 一瞬背筋がぞくっとなりました。
 同時に、ドンドンと壊れそうなほど扉をノックする音が響いて、さらに驚いてしまいます。
 何事かと思って開けるとそこには、必死の形相の人々が立っていました。
 一見して只者ではない冒険者オーラを放っています。
 彼らの方は雨の中佇んで、あっけにとられている私を見て固まりました。

 百戦錬磨な冒険者には、こんな普通の私が居る事でさえも、罠かと用心深くなったのでしょう。
 話で聞く勇者の仲間たちだと、どこかで納得した途端。彼らはハッとして私を押しのけると、家にずかずかと入ってきました。押しかけファンにはない気迫に、私は彼らを止める事も出来ずにただ見てました。
 彼らはロスの治療の為、私の狭い家を駆けまわります。まるで私の方が、この家のよそ者であるかのように。
 騒動が一通り終わった頃――彼が峠を越えた事を理解しました。

 そしてお仲間さん達から、何か怒りを抱えたように、聞かされた真実。

 この村を魔族から守るための結界はとても強固なものを張っていて、何度も無理をして帰ってきていた事。
 何度も生死の境目をくぐり、どんなに深手を負っても、この村に帰って来ることは止めなかった。ロスが家でゴロゴロしているのは、回復魔法でも癒しきれなかった傷を癒していると。
 自分の故郷を守るのは、自分の我儘だから、仲間たちには決して迷惑を掛けないと誓っている事。
 今日戦ったのは魔王の側近、そんな大物と戦って無事に済んだわけがありません。なのに結界を張り直さねばならないと、無理して村に帰ってきたこと。仲間たちは治療途中のロスを探して、心配のあまり約束を破ってここを訪れたこと。
 取り巻きの件では、この村というよりも、私に迷惑が掛からないようにと、この村への入村を制限するために大変な苦労をしたこと。

「お前はロスの恋人か?」
 私は思い切り首を横に振ります。
 そんな気持ちもこれっぽっちもなく、予定もありません。
 これからもそんな存在になる気もしません。

「何でお前がっ――」
 絞り出される様な、言葉。

 あのお取り巻き達と似たような事を言われているのに、胸に刺さるのは何ででしょうか。

 それは彼らが本当にロスを心配しているからです。

 家族や恋人ならともかく、私という「幼馴染」に構う事は、どう考えても彼の割には合いません。
 合わなさすぎる。

 でも、他人には理解されなくても。
 それほど彼はあのゆるやかな時間を大切にしてました。
 だからあの非常にめんどくさい取り巻き達の相手を、私は代わりにしてあげていたのです。

 私にできる事と言えば、些細な――本当に些細な事だけ。
 彼が、勇者ではなくただの「ロス」らしく居られる空間を作ってあげる事だけなのです。

 それぐらいしか、お返しできないから。

 私は本当は、ロスが大変な思いをしていたことを薄々、感じ取っていました。
 でも……見て見ないふりしてました。
 ゴロゴロしてる、私の前で余裕を見せてる彼が本物だと、信じ込みたかった。
 だって、彼が死んでしまうという事は、希望が死んでしまう事で。
 この世界が終ってしまう事。

 ――この平穏な生活が無くなってしまう事だからです。

 お仲間さん達から責められて、私は何も言えません。
 勇者が自分の為に、大変な思いをしてくれていた事を分ったから。
 でも、ロスとの縁を切ることもできません、それは彼が望んでないから。

 彼らは自分たちがここに来た事は内緒にしてくれといって、目を覚ます前に薬を置いて去っていきました。仲間にも見せたくないほど、この場所で過ごす時間を彼は愛していたのです。
 あの普通には、触れられないような禍々しい呪いも消え去り。あとの看病は私一人で大丈夫なほど、彼の容体は落ち着いていました。

 傷が癒えたら――彼は最後の困難に行ってしまうでしょう。
 でも私は彼の望む「普段通りの幼馴染」として振る舞わなければなりません。

 だから普通に、看病します。
 普通に看病するから、彼の傷はみるみる癒えました。
 体の傷なんて初めからなかったかのように、再生するのは神の力でしょうか。それは祝福というよりは……。

 次出かけたら、もうロスは帰ってこれないかもしれない。

 それなのに、彼はいつもの通りにちょっと隣の町まで買い物に行ってくるような調子で「行ってきます」と言いました。
 本当ならここで涙ながらの別れを惜しむべきなんでしょうが、私はそれは何か違うなと思いました。

「兎が食べたいから、今度帰ってきたときはアンタが狩ってきて……作るから」

 私は、拗ねたように言いました。

 兎はロスと私の好物。
 二人が喧嘩した時は、おばあちゃんが仲直りするように作ってくれた料理です。
 今では私がちょっと悪いことしたなーと思った時にロスに作ってあげる、レア料理です。ここの所めったに作ったことがなかった料理。
 その一言で、目をまあるくするロス。
 にっこりと笑うと、屈んで私の耳元に――囁く。
 と思った瞬間、何が起こったのか分りませんでした。

 唇と、唇が重なった!

 いま、コイツ、何をした?
 いや、口と口が重なった、え?
 今起こった事に理解が追いつかなくて、私が固まっている間に、ロスは私の頭の中が「何で?」と埋め尽くされてる事が分かったように言います。

「俺が帰って来るまでに、じゃあ考えて?」
 何事もなかったかのように片手をあげて、行って来るよの合図をします。

 キスだ、これはキスされた!?

 ロスの行動がいわゆる一般的に「キス」だと言われる行為だと、理解してやっと体が動いた時には、やった本人はもう扉を開けて外に出た後でした。
 転移の魔法陣を使ったのでしょう、すでに影も形もありません。

 転移の魔法陣なんて考えた魔法使いは滅んでしまえばいい!
 私は久々に、先人を呪いました。

 考えて、という言葉の通り、私は家畜たちの世話もそぞろに、ずーっとロスの行動を考えてました。
 最後のあいさつ……祝福の乙女のキスでしょうか。
 まぁ私も曲がりなりにも乙女です。旅立つ者が無事に帰って来るように、とか言うやつを望んでなんでしょうか。

 わかりません、彼の真意は全くわかりません。


 まんじりもせずに、私は彼の帰りを普段通りに生活しながら待っていました。
 なのに天候は段々と悪くなり、大気がざわついています。
 家畜たちの様子も落ち着きがなく、作物も元気がなくなり、端から枯れていきます。
 何かが起こっている……とても不吉な事が。
 胸がざわつきます。

 そして、天候が更に悪化し嵐のようになり。私の可愛い家畜たちが全て狂い死にした時、急に理解しました。

 ――――勇者が、戦いに敗れて死んだと。


 勇者が守ってくれたこの優しくて、穏やかな世界が終ったと。


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