AFTER ZERO:Crisis ~拾われた未来~

AZ Creation

文字の大きさ
6 / 19

第五章 拾われた未来の価値

しおりを挟む
夜が明けきらない空の下、ユウとユウトは廃れた高架道路の影を歩いていた。かつては都市と都市を結んでいた道だが、今では崩落と錆に覆われ、行き先を失った骨組みのように横たわっている。

足元で、砂利が音を立てた。
ユウは反射的に立ち止まり、周囲を確認する。風の音だけだ。追跡の気配はない。

「……静かだね」

ユウトの声は小さかった。
静けさを喜ぶというより、慣れない沈黙に戸惑っているようだった。

「ああ。だから逆に、油断するな」

二人は高架の下にある小さな空間に入り、腰を下ろした。崩れたコンクリートが、即席の壁になっている。ユウはバックパックから水と乾いた携行食を取り出し、ユウトに渡した。

「少し休む。ここなら、すぐには見つからない」

ユウトは頷き、食べ物を口に運んだ。だが、半分ほどで手が止まる。

「……ユウ」

「なんだ」

「俺さ」

少し迷ってから、言葉を続ける。

「GENESISに戻ったら、どうなってたんだろ」

ユウは水を飲みながら、答えを待った。
急がせる必要はない問いだった。

「……ちゃんとした部屋があって、毎日飯が出て、危険な場所には行かなくてよくて」

ユウトは、指で地面の埃をなぞる。

「それって、悪いことじゃないよね」

「悪くはない」

ユウは正直に答えた。

「少なくとも、死ぬ確率は下がる」

「……だよね」

ユウトは少し安心したように息を吐いた。
だが、次の言葉は続かなかった。

「続きは?」

促すと、ユウトは顔をしかめた。

「……でも、なんか、怖い」

その言葉に、ユウは視線を向けた。

「何が?」

「考えなくてよくなるのが」

しばらく、風の音だけが二人の間を流れた。
ユウは、その言葉の意味を噛みしめる。

「考えなくていいってのは、楽だ」

ユウは言った。

「誰かが全部決めてくれる。間違っても、自分のせいじゃない」

ユウトは、じっと聞いている。

「でもな……」

ユウは少し言葉を探し、続けた。

「それは、生きてる理由を、外に預けるってことだ」

「……理由」

「そうだ。『なぜ生きてるか』を、自分で持たなくてよくなる」

ユウトは、ゆっくりと顔を上げた。

「それって……空っぽ、ってこと?」

「空っぽになる前に、形を決められる」

その言い方に、ユウトは小さく息を飲んだ。

しばらくして、彼は言った。

「……ユウは、理由を持ってるの?」

その問いは、鋭く、そして優しかった。
ユウはすぐには答えられなかった。

「前はな」

ようやく、そう言った。

「生き残ること自体が理由だった。腹が減るから動く。撃たれるから隠れる。それだけだ」

「今は?」

ユウは、ユウトを見た。

「……今は、まだ途中だ」

その答えに、ユウトは少し笑った。

「俺も、途中でいい?」

「ああ」

即答だった。

「むしろ、それしかない」

そのとき、ユウの端末が小さく振動した。
拾い物の古い通信機だ。普段は沈黙している。

画面に、断片的な信号が流れる。
明確なメッセージではない。ただの残響のようなデータ。

だが、ユウには分かった。

「……GENESISだ」

ユウトの体が強張る。

「追ってきてる?」

「いや」

ユウは首を振った。

「探してる。俺たちじゃない。“何か”を」

通信の断片には、座標と識別コードが含まれていた。
その形式は、ユウトが知っているものだった。

「それ……俺がいた施設の……」

「だろうな」

ユウは端末を切った。

「お前一人の話じゃない。GENESISは、失われた未来を回収し始めてる」

「未来……」

ユウトはその言葉を繰り返した。

「俺だけじゃない、ってこと?」

「ああ。だから——」

ユウは立ち上がり、荷を背負った。

「お前が生きる意味は、もう“保護される存在”だけじゃない」

ユウトも立ち上がる。

「……俺、選んだよ」

「何を?」

「考えるほうを」

その目は、もう怯えていなかった。

「怖いけど……空っぽになるより、いい」

ユウは、短く頷いた。

それで十分だった。

高架の向こうで、空がわずかに明るくなる。
夜と朝の境界線。世界が、また一日続く合図。

拾われた未来は、問いを持ち始めていた。

第五章は、ここから本当に動き出す。

高架を離れてから、二人は慎重に進路を選んだ。
開けた場所は避け、崩れた建物の影をつなぐように移動する。廃都では、視界の広さは安全を意味しない。見えるということは、見られるということでもあった。

「ユウ」

しばらく黙って歩いていたユウトが、ふいに口を開いた。

「さっきの信号……GENESISは、何を探してるって言った?」

「“未来”だ」

ユウは短く答えた。

「正確には、未来になり得るもの。人か、技術か、記録か……」

「俺も、その一つ?」

「可能性は高い」

ユウトは足を止めなかった。
それが、答えだった。

遠くで、低い駆動音が響いた。
ユウは即座に手を上げ、ユウトを止める。

「伏せろ」

二人は瓦礫の影に身を沈めた。
音は複数。均一な間隔。人間の足音ではない。

「ドローン……?」

ユウトの囁きに、ユウは頷いた。

「GENESIS製だ。索敵型」

瓦礫の隙間から見える空に、灰色の影が横切る。三機。高度は低い。広域スキャンではなく、特定地点の確認に近い動きだった。

「ピンポイントだな」

「俺たち……?」

「違う」

ユウは周囲を見回し、視線を一つの建物に止めた。
半壊した研究施設。古いが、GENESISの設計思想が残っている。

「……あそこだ」

ドローンの一機が、施設上空で停止した。
次の瞬間、施設の奥で微かな光が走る。

「起動音……?」

ユウトの声が震える。

「生きてるシステムだ」

ユウは歯を食いしばった。

「放置されてた遺構だと思ってたが……GENESISが鍵を持ってたら話は別だ」

ドローンが信号を送る。
回収フェーズに入る合図だった。

「どうする?」

ユウトの問いに、ユウは即答しなかった。
逃げる選択肢はある。GENESISの本隊が来る前に距離を取ることもできる。

だが。

「……見過ごせない」

そう言ってから、ユウは自分の言葉に少し驚いた。

「理由は?」

ユウトは、確認するように聞いた。

「“未来”を回収するって言葉が、気に食わない」

ユウは静かに言った。

「誰かが決めた価値基準で、選別して、持ち去る。それは——」

「生きる意味を、また奪うってこと?」

ユウトの言葉に、ユウは頷いた。

「そうだ」

短い沈黙のあと、ユウトは一歩前に出た。

「俺も行く」

「危険だ」

「分かってる。でも……」

ユウトは拳を握った。

「選ぶって、こういうことだろ」

その目に、もう迷いはなかった。

ユウは深く息を吸い、吐いた。

「……ついて来い。ただし、勝手なことはするな」

「了解」

二人は施設の裏手に回り込んだ。
扉は半壊しているが、内部はまだ形を保っている。

中に入った瞬間、空気が変わった。
古い冷却装置の匂い。稼働中の電力音。

「中央制御室が生きてる」

ユウは低く言った。

そのとき、スピーカーがノイズを吐き、合成音声が流れた。

『識別コードを確認。回収対象を検出』

ユウトの体が硬直する。

「……俺だ」

「違う」

ユウは前に出た。

「“お前だけ”じゃない」

モニターに、複数のデータが表示される。
人の名前、設計図、思考ログ。

その中に、ユウトの識別コードがあった。

『対象:未登録個体。高い適応性を確認』

「未登録……」

ユウトが呟く。

「俺、部品じゃなかったんだな」

「最初からな」

ユウは端末を取り出し、回線に割り込んだ。

「聞け、GENESIS。こいつは回収対象じゃない」

『権限不足』

「だろうな」

ユウは、わずかに笑った。

「だから、壊す」

端末を接続し、過負荷をかける。
施設全体が低く唸った。

「ユウト、下がれ!」

警告音。ドローンの武装が展開される。

だが、遅かった。

制御核が悲鳴のような音を立て、光が弾ける。
回収プロセスは強制終了した。

二人は瓦礫の中に飛び込み、衝撃をやり過ごす。

やがて、静寂。

ドローンは制御を失い、墜落していた。

「……やった?」

ユウトの声に、ユウは頷いた。

「ああ。少なくとも、今日は」

二人は瓦礫の山の中で、しばらく動けなかった。
息が整ったころ、ユウトが言った。

「ユウ」

「なんだ」

「俺さ……」

少し間を置いて、続ける。

「拾われた未来、だったんだな」

その言葉に、ユウは答えなかった。
代わりに、空を見上げた。

崩れた天井の向こう、夜明けが始まっている。

「違う」

やがて、ユウは言った。

「未来は——拾われるもんじゃない」

ユウトを見る。

「拾いに行くもんだ」

ユウトは、ゆっくりと笑った。

第五章は、ここで終わる。
“守られる存在”だった未来は、初めて、自分の足で立ち上がった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

追放された味噌カス第7王子の異種族たちと,のんびり辺境地開発

ハーフのクロエ
ファンタジー
 アテナ王国の末っ子の第7王子に産まれたルーファスは魔力が0で無能者と言われ、大陸の妖精族や亜人やモンスターの多い大陸から離れた無人島に追放される。だが前世は万能スキル持ちで魔王を倒し英雄と呼ばれていたのを隠し生まれ変わってスローライフを送る為に無能者を装っていたのだ。そんなルーファスはスローライフを送るつもりが、無人島には人間族以外の種族の独自に進化した先住民がおり、周りの人たちが勝手に動いて気が付けば豊かで平和な強国を起こしていく物語です。

構造理解で始めるゼロからの文明開拓

TEKTO
ファンタジー
ブラック企業勤めのサラリーマン・シュウが転生したのは、人間も街も存在しない「完全未開の大陸」だった。 ​適当な神から与えられたのは、戦闘力ゼロ、魔法適性ゼロのゴミスキル《構造理解》。 だが、物の仕組みを「作れるレベル」で把握できるその力は、現代知識を持つ俺にとっては、最強の「文明構築ツール」だった――! ​――これは、ゴミと呼ばれたスキルとガラクタと呼ばれた石で、世界を切り拓く男の物語。

殲滅(ジェノサイド)ですわ~~!! ~異世界帰りの庶民派お嬢様、ダンジョン無双配信を始めます~

SAIKAI
ファンタジー
「わたくしの平穏なニート生活を邪魔するゴミは……殲滅(ジェノサイド)ですわ~~!!」  ブラック企業の理不尽な上司に対し、「代わりがいくらでもいるとおっしゃるなら、さっそくその有能な方を召喚なさってはいかが?」と言い残し、颯爽と退職届を置いてきた華園凛音(はなぞのりおん)。  実家で優雅なニート生活を満喫しようとした彼女だったが、あろうことか自宅の裏庭にダンジョンが出現してしまう。 「お庭にゴミを捨てるなんて、育ちが悪くってよ?」  実は彼女、かつて学生時代に異世界に召喚され、数多の魔王軍を「殲滅(ジェノサイド)」してきた伝説の勇者だった。 現代に戻り力を封印していた凛音だが、暇つぶしと「デパ地下のいいケーキ代」を稼ぐため、ホームセンターで購入したお掃除用具(バール)を手に、動画配信プラットフォーム『ToyTube』でのダンジョン配信を決意する!  異世界の常識と現代の価値観がズレたままの凛音がバールを一振りするたび、世界中の視聴者が絶叫し、各国の専門家が物理法則の崩壊に頭を抱え、政府の調査団が土下座で資源を請い願う。  しかし本人はいたって庶民派。 「皆様、スパチャありがとうございますわ! これで今夜は高い方のメンチカツですわ! 最高ですわ~~!!」  これは、本人は至って普通の庶民派お嬢様だと思っているニートが、無自覚に世界ランクをのぼり詰める殲滅の記録。

荷物持ちを追放したら、酷い目にあった件について。

しばたろう
ファンタジー
無能だと思い込み、荷物持ちのレンジャーを追放した戦士アレクス。 しかし―― 彼が切り捨てた仲間こそが、 実はパーティを陰で支えていたレアスキル持ちだった。 事実に気づいた時にはもう遅い。 道に迷い、魔獣に襲われ、些細な任務すらまともにこなせない。 “荷物持ちがいなくなった瞬間”から、 アレクスの日常は静かに崩壊していく。 短絡的な判断で、かけがえのない存在を手放した戦士。 そんな彼と再び肩を並べることになったのは―― 美しいのに中二が暴走する魔法使い ノー天気で鈍感な僧侶 そして天性の才を秘めた愛くるしい弟子レンジャー かつての仲間たちと共に、アレクスはもう一度歩き出す。 自らの愚かさと向き合い、後悔し、懺悔し、それでも進むために。 これは、 “間違いを犯した男が、仲間と共に再び立ち上がる” 再生の物語である。 《小説家になろうにも投稿しています》

攻撃魔法を使えないヒーラーの俺が、回復魔法で最強でした。 -俺は何度でも救うとそう決めた-【[完]】

水無月いい人(minazuki)
ファンタジー
【HOTランキング一位獲得作品】 【一次選考通過作品】 ---  とある剣と魔法の世界で、  ある男女の間に赤ん坊が生まれた。  名をアスフィ・シーネット。  才能が無ければ魔法が使えない、そんな世界で彼は運良く魔法の才能を持って産まれた。  だが、使用できるのは攻撃魔法ではなく回復魔法のみだった。  攻撃魔法を一切使えない彼は、冒険者達からも距離を置かれていた。 彼は誓う、俺は回復魔法で最強になると。  --------- もし気に入っていただけたら、ブクマや評価、感想をいただけると大変励みになります! #ヒラ俺 この度ついに完結しました。 1年以上書き続けた作品です。 途中迷走してました……。 今までありがとうございました! --- 追記:2025/09/20 再編、あるいは続編を書くか迷ってます。 もし気になる方は、 コメント頂けるとするかもしれないです。

アガルタ・クライシス ―接点―

来栖とむ
SF
神話や物語で語られる異世界は、空想上の世界ではなかった。 九州で発見され盗難された古代の石板には、異世界につながる何かが記されていた。 同時に発見された古い指輪に偶然触れた瞬間、平凡な高校生・結衣は不思議な力に目覚める。 不審な動きをする他国の艦船と怪しい組織。そんな中、異世界からの来訪者が現れる。政府の秘密組織も行動を開始する。 古代から権力者たちによって秘密にされてきた異世界との関係。地球とアガルタ、二つの世界を巻き込む陰謀の渦中で、古代の謎が解き明かされていく。

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

暗算参謀は王国を追放される――戦わずして勝ち続けた男の失脚譚――

まさき
ファンタジー
現代日本から異世界へ転生した主人公。 彼に与えられた唯一の能力は、瞬時にあらゆる数値を弾き出す「暗算」だった。 剣も魔法も使えない。 だが確率と戦略を読み解くことで、王国の戦を幾度も勝利へ導いていく。 やがて王国の戦略顧問として絶大な信頼を得るが、 完璧すぎる功績は貴族の嫉妬を招き、巧妙な罠により不正の罪を着せられてしまう。 証明できぬ潔白。 国の安定を優先した王の裁定。 そして彼は、王国を追放される。 それでも彼は怒らない。 数字は嘘をつかないと知っているからだ。 戦わずして勝ち続けた参謀が、国を去るその日までを描く、 知略と静かな誇りの異世界戦略譚。

処理中です...