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第十章 毒霧の中で選ぶもの
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IRON HAVENの影は、すぐに背後へ沈んだ。
代わりに、空気の色が変わり始める。
「……来たな」
ミオが、マスク越しに呟いた。
視界が、わずかに歪む。
霧ではない。煙でもない。
“毒霧”。
それは漂うのではなく、留まっている。
地形に絡み、瓦礫に溜まり、風を選んで流れる。
「TOXIC MIRAGEの領域だ」
ユウは、端末を確認する。
RAD値が、緩やかに上昇していた。
「まだ直接来てはいない。でも……」
ユウトが、スコープを覗いたまま言う。
「地形が、もう向こうの支配下だ」
足元のコンクリートに、緑が走る。
腐食ではない。変質だ。
「空気が、敵になる」
ミオは肩をすくめた。
「銃で撃てないタイプのやつね」
ユウは、手を上げて部隊を止める。
「進軍速度を落とす。二人一組。マスクのフィルター残量を常時共有」
「了解」
RUINS RAIDは、静かに陣形を変える。
ここでは、音も危険だった。
呼吸が、位置を教える。
——その時。
「動いた」
ユウトの声が低くなる。
霧の奥。
“何か”が、動いた。
人影ではない。
輪郭が、曖昧だ。
「……生体反応?」
「いや……違う」
ユウトが首を振る。
「反応が、多すぎる」
次の瞬間、地面が鳴った。
低い音。
爆発ではない。
圧力。
霧が、押し出される。
形を持ったかのように、前へ。
「下がれ!」
ユウが叫ぶ。
だが、遅い。
霧が、絡みつく。
皮膚ではなく、装備に。
「ARM値、低下!」
ミオが叫ぶ。
「RAD、上昇中!」
ユウトが歯を食いしばる。
視界の端で、影が現れる。
——人型。
だが、動きが不自然だ。
関節が、増えている。
「毒性変異体……!」
ミオが息を呑む。
TOXIC MIRAGEのUNIT。
汚染に適応し、変質した存在。
「撃て!」
銃声が、霧を裂く。
だが、弾道が歪む。
風が、意図的に流れを変えている。
「くそ……!」
ユウトの弾が、逸れる。
その瞬間、影が跳んだ。
速い。
異常な加速。
「ユウト!」
ユウが前に出る。
衝撃。
装甲が軋む。
だが、致命傷ではない。
「ARM、持ってる……!」
ミオが叫ぶ。
「だが、このままだと——」
ユウは、周囲を見る。
霧。
地形。
風向き。
すべてが、計算されている。
「……罠だ」
「どうする?」
ミオが問う。
ユウは、すぐに答えなかった。
IRON HAVENなら、壁の中で待てばいい。
NIGHTなら、闇に紛れて逃げる。
ORBITなら、上から壊す。
だが、ここでは——
「撤退も、追撃される」
ユウトが言う。
「この霧、逃げ道を塞いでる」
ユウは、深く息を吸った。
マスク越しに。
「……進む」
二人が、こちらを見る。
「中心を突く」
「正気?」
ミオが言う。
「毒の真ん中よ?」
「だからだ」
ユウは、静かに続ける。
「TOXIC MIRAGEは、“環境”で戦う」
「なら——」
一拍。
「環境を、壊す」
ユウトが、ゆっくり笑った。
「相変わらず、無茶だな」
「生き延びるためだ」
ユウは、前を見据える。
霧の奥。
風の流れが、集束する地点。
「ナディアがいる」
確信ではない。
だが、感覚がそう告げていた。
「行くぞ」
RUINS RAIDは、毒霧の中心へと踏み出す。
呼吸が、重くなる。
RAD値が、上がる。
それでも。
ここで止まれば、
選択肢は、霧に奪われる。
戦場が、息をするなら——
こちらも、息を止めて突き進むしかない。
毒霧の濃度が、明らかに変わった。
ただ濃くなったのではない。
整えられている。
「……来たな」
ユウは、そう呟いた。
霧の奥で、風が止まる。
音が、消える。
そして――足音。
ゆっくりと、規則正しい足取りで、誰かが歩いてくる。
「撃つな」
ユウは、低く言った。
ミオとユウトが、即座に銃口を下げる。
霧が割れるようにして、姿を現したのは、一人の女だった。
完全な防護装備。
だが、無駄がない。
機能美だけで組み上げられた装甲。
マスク越しでも分かる視線が、まっすぐユウを捉える。
「……あなたが、拾われた指揮官」
声は落ち着いていた。
毒霧の中心に立つ者とは思えないほど、冷静で、澄んでいる。
「ナディアだな」
ユウが答える。
「ええ」
女は頷く。
「TOXIC MIRAGE指揮官。毒霧の管理者」
彼女の背後で、霧がわずかに揺れる。
意志を持つかのように。
「随分と、奥まで来たわね」
「追い返されるつもりはなかった」
ユウは言った。
「なら、何をしに来た?」
ナディアは首を傾げる。
「あなたたちは、通過するだけの存在じゃない」
一拍置き、続ける。
「ここを壊しに来た」
「壊す?」
ミオが思わず声を出す。
「ここは、生きる場所じゃない」
ナディアは、穏やかに言った。
「“生き延びる”ための場所よ」
ユウは、視線を逸らさなかった。
「違いは?」
「大きいわ」
ナディアは、霧に手を伸ばす。
「ここでは、弱いものから順に死ぬ。でも――」
指先が、霧を切る。
「無駄には死なない」
ユウトが、眉をひそめる。
「どういう意味だ?」
ナディアは、少し考える素振りをしてから答えた。
「RADに耐えられない者は、変わる」
「変われない者は?」
「……環境の一部になる」
その言葉に、沈黙が落ちる。
ユウは、足元を見る。
瓦礫に絡みついた、かつて人だった痕跡。
「それを、正しいと?」
ナディアは、少しだけ声を落とした。
「正しいかどうかは、もう意味がない」
「でも、選んだ」
ユウの言葉は、鋭かった。
「あなたが、このやり方を選んだ」
ナディアは、しばらく黙っていた。
やがて、静かに答える。
「……選ばされたのよ」
彼女の視線が、遠くを見る。
「かつて、ここにも避難都市があった」
「壁も、配給も、秩序もあった」
「でも、救われる人数は決まっていた」
声に、微かな揺れ。
「切り捨てられた人たちが、ここに残った」
「私は……彼らを見殺しにできなかった」
ユウは、言葉を挟まなかった。
ナディアは、続ける。
「毒霧は、偶然生まれたものじゃない」
「“残された者が、生き残るために作った環境”」
「だから、私は管理する」
「誰が生き、誰が変わるかを」
ミオが、唇を噛む。
「それは……支配よ」
「ええ」
ナディアは、否定しなかった。
「でも、放置よりはまし」
ユウは、一歩前に出た。
「それで、あなたは救えたのか?」
ナディアの目が、揺れる。
「……全員は、無理」
「じゃあ」
ユウは、静かに言った。
「俺たちと同じだ」
「拾える命に、限りがある」
霧が、ざわめく。
ナディアは、ユウを真っ直ぐに見た。
「あなたは、何を選ぶ?」
「ここを壊せば、霧は制御を失う」
「多くが、死ぬ」
「でも、管理を続ければ……」
言葉を切る。
「あなたの正義は、どっち?」
ユウは、長く息を吐いた。
IRON HAVENの壁。
GENESISの回収。
NIGHTの奪取。
どれも、選び続けた結果だ。
「……壊さない」
ミオが、驚いてユウを見る。
「ユウ?」
「だが」
ユウは、ナディアを見据える。
「通過させてもらう」
「あなたの“管理”を、利用する」
ナディアは、目を細める。
「ずいぶん都合がいい」
「生き延びるためだ」
ユウは、同じ言葉を繰り返す。
沈黙。
やがて、ナディアは小さく笑った。
「……いいわ」
霧が、ゆっくりと道を開く。
「あなたは、敵じゃない」
「でも、味方でもない」
「それで十分だ」
ユウは、頷いた。
RUINS RAIDは、霧の裂け目を進む。
背後で、ナディアの声が響く。
「覚えておきなさい」
「救えない命を前に、何も壊さない選択もある」
ユウは、振り返らなかった。
正解は、分からない。
だが。
選び続けることだけが、
拾われた未来を、手放さない方法だと――
少しだけ、分かった気がした。
代わりに、空気の色が変わり始める。
「……来たな」
ミオが、マスク越しに呟いた。
視界が、わずかに歪む。
霧ではない。煙でもない。
“毒霧”。
それは漂うのではなく、留まっている。
地形に絡み、瓦礫に溜まり、風を選んで流れる。
「TOXIC MIRAGEの領域だ」
ユウは、端末を確認する。
RAD値が、緩やかに上昇していた。
「まだ直接来てはいない。でも……」
ユウトが、スコープを覗いたまま言う。
「地形が、もう向こうの支配下だ」
足元のコンクリートに、緑が走る。
腐食ではない。変質だ。
「空気が、敵になる」
ミオは肩をすくめた。
「銃で撃てないタイプのやつね」
ユウは、手を上げて部隊を止める。
「進軍速度を落とす。二人一組。マスクのフィルター残量を常時共有」
「了解」
RUINS RAIDは、静かに陣形を変える。
ここでは、音も危険だった。
呼吸が、位置を教える。
——その時。
「動いた」
ユウトの声が低くなる。
霧の奥。
“何か”が、動いた。
人影ではない。
輪郭が、曖昧だ。
「……生体反応?」
「いや……違う」
ユウトが首を振る。
「反応が、多すぎる」
次の瞬間、地面が鳴った。
低い音。
爆発ではない。
圧力。
霧が、押し出される。
形を持ったかのように、前へ。
「下がれ!」
ユウが叫ぶ。
だが、遅い。
霧が、絡みつく。
皮膚ではなく、装備に。
「ARM値、低下!」
ミオが叫ぶ。
「RAD、上昇中!」
ユウトが歯を食いしばる。
視界の端で、影が現れる。
——人型。
だが、動きが不自然だ。
関節が、増えている。
「毒性変異体……!」
ミオが息を呑む。
TOXIC MIRAGEのUNIT。
汚染に適応し、変質した存在。
「撃て!」
銃声が、霧を裂く。
だが、弾道が歪む。
風が、意図的に流れを変えている。
「くそ……!」
ユウトの弾が、逸れる。
その瞬間、影が跳んだ。
速い。
異常な加速。
「ユウト!」
ユウが前に出る。
衝撃。
装甲が軋む。
だが、致命傷ではない。
「ARM、持ってる……!」
ミオが叫ぶ。
「だが、このままだと——」
ユウは、周囲を見る。
霧。
地形。
風向き。
すべてが、計算されている。
「……罠だ」
「どうする?」
ミオが問う。
ユウは、すぐに答えなかった。
IRON HAVENなら、壁の中で待てばいい。
NIGHTなら、闇に紛れて逃げる。
ORBITなら、上から壊す。
だが、ここでは——
「撤退も、追撃される」
ユウトが言う。
「この霧、逃げ道を塞いでる」
ユウは、深く息を吸った。
マスク越しに。
「……進む」
二人が、こちらを見る。
「中心を突く」
「正気?」
ミオが言う。
「毒の真ん中よ?」
「だからだ」
ユウは、静かに続ける。
「TOXIC MIRAGEは、“環境”で戦う」
「なら——」
一拍。
「環境を、壊す」
ユウトが、ゆっくり笑った。
「相変わらず、無茶だな」
「生き延びるためだ」
ユウは、前を見据える。
霧の奥。
風の流れが、集束する地点。
「ナディアがいる」
確信ではない。
だが、感覚がそう告げていた。
「行くぞ」
RUINS RAIDは、毒霧の中心へと踏み出す。
呼吸が、重くなる。
RAD値が、上がる。
それでも。
ここで止まれば、
選択肢は、霧に奪われる。
戦場が、息をするなら——
こちらも、息を止めて突き進むしかない。
毒霧の濃度が、明らかに変わった。
ただ濃くなったのではない。
整えられている。
「……来たな」
ユウは、そう呟いた。
霧の奥で、風が止まる。
音が、消える。
そして――足音。
ゆっくりと、規則正しい足取りで、誰かが歩いてくる。
「撃つな」
ユウは、低く言った。
ミオとユウトが、即座に銃口を下げる。
霧が割れるようにして、姿を現したのは、一人の女だった。
完全な防護装備。
だが、無駄がない。
機能美だけで組み上げられた装甲。
マスク越しでも分かる視線が、まっすぐユウを捉える。
「……あなたが、拾われた指揮官」
声は落ち着いていた。
毒霧の中心に立つ者とは思えないほど、冷静で、澄んでいる。
「ナディアだな」
ユウが答える。
「ええ」
女は頷く。
「TOXIC MIRAGE指揮官。毒霧の管理者」
彼女の背後で、霧がわずかに揺れる。
意志を持つかのように。
「随分と、奥まで来たわね」
「追い返されるつもりはなかった」
ユウは言った。
「なら、何をしに来た?」
ナディアは首を傾げる。
「あなたたちは、通過するだけの存在じゃない」
一拍置き、続ける。
「ここを壊しに来た」
「壊す?」
ミオが思わず声を出す。
「ここは、生きる場所じゃない」
ナディアは、穏やかに言った。
「“生き延びる”ための場所よ」
ユウは、視線を逸らさなかった。
「違いは?」
「大きいわ」
ナディアは、霧に手を伸ばす。
「ここでは、弱いものから順に死ぬ。でも――」
指先が、霧を切る。
「無駄には死なない」
ユウトが、眉をひそめる。
「どういう意味だ?」
ナディアは、少し考える素振りをしてから答えた。
「RADに耐えられない者は、変わる」
「変われない者は?」
「……環境の一部になる」
その言葉に、沈黙が落ちる。
ユウは、足元を見る。
瓦礫に絡みついた、かつて人だった痕跡。
「それを、正しいと?」
ナディアは、少しだけ声を落とした。
「正しいかどうかは、もう意味がない」
「でも、選んだ」
ユウの言葉は、鋭かった。
「あなたが、このやり方を選んだ」
ナディアは、しばらく黙っていた。
やがて、静かに答える。
「……選ばされたのよ」
彼女の視線が、遠くを見る。
「かつて、ここにも避難都市があった」
「壁も、配給も、秩序もあった」
「でも、救われる人数は決まっていた」
声に、微かな揺れ。
「切り捨てられた人たちが、ここに残った」
「私は……彼らを見殺しにできなかった」
ユウは、言葉を挟まなかった。
ナディアは、続ける。
「毒霧は、偶然生まれたものじゃない」
「“残された者が、生き残るために作った環境”」
「だから、私は管理する」
「誰が生き、誰が変わるかを」
ミオが、唇を噛む。
「それは……支配よ」
「ええ」
ナディアは、否定しなかった。
「でも、放置よりはまし」
ユウは、一歩前に出た。
「それで、あなたは救えたのか?」
ナディアの目が、揺れる。
「……全員は、無理」
「じゃあ」
ユウは、静かに言った。
「俺たちと同じだ」
「拾える命に、限りがある」
霧が、ざわめく。
ナディアは、ユウを真っ直ぐに見た。
「あなたは、何を選ぶ?」
「ここを壊せば、霧は制御を失う」
「多くが、死ぬ」
「でも、管理を続ければ……」
言葉を切る。
「あなたの正義は、どっち?」
ユウは、長く息を吐いた。
IRON HAVENの壁。
GENESISの回収。
NIGHTの奪取。
どれも、選び続けた結果だ。
「……壊さない」
ミオが、驚いてユウを見る。
「ユウ?」
「だが」
ユウは、ナディアを見据える。
「通過させてもらう」
「あなたの“管理”を、利用する」
ナディアは、目を細める。
「ずいぶん都合がいい」
「生き延びるためだ」
ユウは、同じ言葉を繰り返す。
沈黙。
やがて、ナディアは小さく笑った。
「……いいわ」
霧が、ゆっくりと道を開く。
「あなたは、敵じゃない」
「でも、味方でもない」
「それで十分だ」
ユウは、頷いた。
RUINS RAIDは、霧の裂け目を進む。
背後で、ナディアの声が響く。
「覚えておきなさい」
「救えない命を前に、何も壊さない選択もある」
ユウは、振り返らなかった。
正解は、分からない。
だが。
選び続けることだけが、
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少しだけ、分かった気がした。
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