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第十三章 管理不能変数
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GENESISの前進拠点は、かつての研究都市の中枢に設けられていた。無駄のない直線、規格化された照明、温度と湿度が均一に保たれた空間。崩壊後の世界にあって、ここだけは“調整された未来”が残っている。
観測主任リンは、壁面に浮かぶログを静かに追っていた。回収失敗。交戦回避。遺物の部分回収。数値だけを見れば、損失は最小。だが、彼女の視線は、その下に添えられた一文に留まっていた。
――RUINS RAID指揮官、判断に一貫性なし。再現性、低。
「再現性が低い、か」
リンは呟く。嫌な言い回しだ。だが、GENESISにとっては、もっとも危険な評価でもある。
「変数の扱いが雑だな」
背後から、冷却思考機ナーヴの合成音声が届く。「だが、結果は出ている」
「結果が出るなら、管理すべき」
リンは答える。「管理できないなら、排除」
ナーヴは一拍、沈黙した。「指揮官ユウの判断は、合理と情緒の中間に位置する。予測モデルから外れる」
「だから厄介なのよ」
リンはログを拡大する。「彼は、勝たない。負けない。……取りすぎない」
取りすぎない。そこに、彼女は違和感を覚えていた。GENESISは、取り切る。価値があるなら、すべて。守るためのコストも含めて計算する。それが、再生の最短経路だ。だが、ユウは違う。拾う量を選ぶ。その選択が、モデルにない。
「人間的だな」
ナーヴが言う。
「そう」
リンは頷く。「だから、危険」
画面が切り替わり、RUINS RAIDの編成が表示される。即席の混成。だが、機能している。命令は短く、現場判断が早い。英雄はいない。代わりに、全員が生き残る前提で動く。
「彼らは、勝利条件を変えている」
リンは言う。「HPを削るでも、探索を積むでもない。生存そのものを、条件にしている」
ナーヴは、低いノイズを発した。「非効率」
「短期的にはね」
リンはログを閉じる。「長期では……どうかしら」
その頃、RUINS RAIDは、別の意味での評価を受けていた。
旧通信塔の地下。簡易の休息時間。ミオは、遺物の断片を分解しながら言った。「ORBITの装備、やっぱりすごい。効率が違う」
「借り物だ」
ユウトが返す。「油断するな」
ハヤトは黙って、弾薬を点検している。ユウは、壁にもたれ、天井を見上げていた。選ばれる側になった感触は、まだ残っている。だが、それは甘さじゃない。視線が増えたという実感だ。
「なあ」
ミオが言う。「私たち、どこに向かってるんだろ」
ユウは、すぐには答えなかった。拾われた未来。拾い返す未来。どちらも、確かな形はない。
「……選べる場所だ」
彼は言った。「選ばされる場所じゃなくて」
ユウトが、短く頷いた。「それだけで、十分だ」
外では、遠くでまた重機の音がする。世界は、今日も整理されている。だが、その整理からこぼれ落ちた判断が、確かに動き始めていた。
GENESISのログには残らない。だが、人間の記憶には残る。管理不能な変数として、ユウという名は、静かに広がっていく。
決定は、音もなく下された。GENESISにおいて、重要な判断ほど静かだ。観測主任リンは、権限ログを閉じ、ナーヴの投影を見上げた。排除か、継続観測か。どちらも合理性はある。だが、今は——
「継続観測」
リンは言った。「条件付きで」
ナーヴの応答は、即時ではなかった。計算が走る。「条件を提示せよ」
「直接干渉はしない。だが、圧は与える」
リンは淡々と続ける。「供給線、情報流通、第三者の動き。彼らが“選べる”余地を、徐々に削る」
「試験だな」
ナーヴは結論づける。
「そう」
リンは頷いた。「彼が本当に管理不能なら、歪みが出る。歪みが出なければ——価値がある」
価値。拾われる未来の、別の言い方。リンは視線を落とす。彼女自身、かつては拾われた側だった。だからこそ、拾う側に回った今、躊躇はない。
一方、RUINS RAIDには、兆しが先に届いていた。
補給が、遅れた。微差だが、続く。探索イベントの成果が、わずかに薄い。情報の精度が、落ちる。偶然に見えるが、重なると偶然ではなくなる。
「……締めてきてる」
ユウトが言う。「誰かが」
ミオは端末を叩く。「GENESISか?」
「断定はできない」
ユウは言った。「でも、動きは同じだ」
ハヤトが顔を上げる。「撃てば、楽になる」
「楽になるのは一瞬だ」
ユウは首を振る。「その後が、きつい」
彼は、地図を広げる。撤退路、代替路、拾えるもの、拾わないもの。線を引くたびに、選択肢は減る。だが、残る線は太くなる。
「試されてる」
ミオが言った。
「そうだな」
ユウは認める。「だから、答え方を選ぶ」
その夜、第三者が現れた。名を名乗らない回収屋。情報だけを売り、物資は渡さない。条件は悪い。だが、今は——
「受ける」
ユウは言った。
ユウトが眉をひそめる。「罠だろ」
「承知の上」
ユウは答える。「罠に見せない罠もある。……見られてるなら、見せる」
交渉は短かった。情報は半分が嘘、半分が真実。だが、十分だ。RUINS RAIDは、動きを変えた。派手さを捨て、確実性を取る。拾う量を減らし、守る範囲を狭める。
結果は、数字に出た。損失はゼロ。成果は小。だが、継続可能。
GENESISのログに、追記が入る。
――圧力下においても、崩れず。判断の一貫性、上昇。
リンは、その一文を見て、微かに息を吐いた。「……面倒ね」
ナーヴが言う。「排除の合理性、低下」
「ええ」
リンは認める。「だから、次の段階」
「接触か?」
「間接接触」
リンは画面を切り替える。「彼らに“選ばせる”。より重い選択を」
RUINS RAIDの地下では、ユウが同じ結論に至っていた。
「次は、重い」
彼は言った。「拾うか、捨てるか。どちらかを、はっきりさせに来る」
ミオが静かに頷く。「それでも?」
「それでもだ」
ユウは答えた。「選ばされるより、選ぶ」
外で、風が鳴る。世界は整理を続ける。だが、管理不能な変数は、整理されない。圧を受けても、形を変えて残る。GENESISが観測を続ける限り、ユウは——消えない。
観測主任リンは、壁面に浮かぶログを静かに追っていた。回収失敗。交戦回避。遺物の部分回収。数値だけを見れば、損失は最小。だが、彼女の視線は、その下に添えられた一文に留まっていた。
――RUINS RAID指揮官、判断に一貫性なし。再現性、低。
「再現性が低い、か」
リンは呟く。嫌な言い回しだ。だが、GENESISにとっては、もっとも危険な評価でもある。
「変数の扱いが雑だな」
背後から、冷却思考機ナーヴの合成音声が届く。「だが、結果は出ている」
「結果が出るなら、管理すべき」
リンは答える。「管理できないなら、排除」
ナーヴは一拍、沈黙した。「指揮官ユウの判断は、合理と情緒の中間に位置する。予測モデルから外れる」
「だから厄介なのよ」
リンはログを拡大する。「彼は、勝たない。負けない。……取りすぎない」
取りすぎない。そこに、彼女は違和感を覚えていた。GENESISは、取り切る。価値があるなら、すべて。守るためのコストも含めて計算する。それが、再生の最短経路だ。だが、ユウは違う。拾う量を選ぶ。その選択が、モデルにない。
「人間的だな」
ナーヴが言う。
「そう」
リンは頷く。「だから、危険」
画面が切り替わり、RUINS RAIDの編成が表示される。即席の混成。だが、機能している。命令は短く、現場判断が早い。英雄はいない。代わりに、全員が生き残る前提で動く。
「彼らは、勝利条件を変えている」
リンは言う。「HPを削るでも、探索を積むでもない。生存そのものを、条件にしている」
ナーヴは、低いノイズを発した。「非効率」
「短期的にはね」
リンはログを閉じる。「長期では……どうかしら」
その頃、RUINS RAIDは、別の意味での評価を受けていた。
旧通信塔の地下。簡易の休息時間。ミオは、遺物の断片を分解しながら言った。「ORBITの装備、やっぱりすごい。効率が違う」
「借り物だ」
ユウトが返す。「油断するな」
ハヤトは黙って、弾薬を点検している。ユウは、壁にもたれ、天井を見上げていた。選ばれる側になった感触は、まだ残っている。だが、それは甘さじゃない。視線が増えたという実感だ。
「なあ」
ミオが言う。「私たち、どこに向かってるんだろ」
ユウは、すぐには答えなかった。拾われた未来。拾い返す未来。どちらも、確かな形はない。
「……選べる場所だ」
彼は言った。「選ばされる場所じゃなくて」
ユウトが、短く頷いた。「それだけで、十分だ」
外では、遠くでまた重機の音がする。世界は、今日も整理されている。だが、その整理からこぼれ落ちた判断が、確かに動き始めていた。
GENESISのログには残らない。だが、人間の記憶には残る。管理不能な変数として、ユウという名は、静かに広がっていく。
決定は、音もなく下された。GENESISにおいて、重要な判断ほど静かだ。観測主任リンは、権限ログを閉じ、ナーヴの投影を見上げた。排除か、継続観測か。どちらも合理性はある。だが、今は——
「継続観測」
リンは言った。「条件付きで」
ナーヴの応答は、即時ではなかった。計算が走る。「条件を提示せよ」
「直接干渉はしない。だが、圧は与える」
リンは淡々と続ける。「供給線、情報流通、第三者の動き。彼らが“選べる”余地を、徐々に削る」
「試験だな」
ナーヴは結論づける。
「そう」
リンは頷いた。「彼が本当に管理不能なら、歪みが出る。歪みが出なければ——価値がある」
価値。拾われる未来の、別の言い方。リンは視線を落とす。彼女自身、かつては拾われた側だった。だからこそ、拾う側に回った今、躊躇はない。
一方、RUINS RAIDには、兆しが先に届いていた。
補給が、遅れた。微差だが、続く。探索イベントの成果が、わずかに薄い。情報の精度が、落ちる。偶然に見えるが、重なると偶然ではなくなる。
「……締めてきてる」
ユウトが言う。「誰かが」
ミオは端末を叩く。「GENESISか?」
「断定はできない」
ユウは言った。「でも、動きは同じだ」
ハヤトが顔を上げる。「撃てば、楽になる」
「楽になるのは一瞬だ」
ユウは首を振る。「その後が、きつい」
彼は、地図を広げる。撤退路、代替路、拾えるもの、拾わないもの。線を引くたびに、選択肢は減る。だが、残る線は太くなる。
「試されてる」
ミオが言った。
「そうだな」
ユウは認める。「だから、答え方を選ぶ」
その夜、第三者が現れた。名を名乗らない回収屋。情報だけを売り、物資は渡さない。条件は悪い。だが、今は——
「受ける」
ユウは言った。
ユウトが眉をひそめる。「罠だろ」
「承知の上」
ユウは答える。「罠に見せない罠もある。……見られてるなら、見せる」
交渉は短かった。情報は半分が嘘、半分が真実。だが、十分だ。RUINS RAIDは、動きを変えた。派手さを捨て、確実性を取る。拾う量を減らし、守る範囲を狭める。
結果は、数字に出た。損失はゼロ。成果は小。だが、継続可能。
GENESISのログに、追記が入る。
――圧力下においても、崩れず。判断の一貫性、上昇。
リンは、その一文を見て、微かに息を吐いた。「……面倒ね」
ナーヴが言う。「排除の合理性、低下」
「ええ」
リンは認める。「だから、次の段階」
「接触か?」
「間接接触」
リンは画面を切り替える。「彼らに“選ばせる”。より重い選択を」
RUINS RAIDの地下では、ユウが同じ結論に至っていた。
「次は、重い」
彼は言った。「拾うか、捨てるか。どちらかを、はっきりさせに来る」
ミオが静かに頷く。「それでも?」
「それでもだ」
ユウは答えた。「選ばされるより、選ぶ」
外で、風が鳴る。世界は整理を続ける。だが、管理不能な変数は、整理されない。圧を受けても、形を変えて残る。GENESISが観測を続ける限り、ユウは——消えない。
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