四季の姫巫女(完結)

襟川竜

文字の大きさ
8 / 103
第壱幕 神託

第七話

しおりを挟む
厳粛げんしゅくな雰囲気が場を支配している。
呼吸するのさえ苦しいと感じるほど、わたしは緊張していた。

今日は神託の日。
どういう訳か、わたしと秋ちゃんは充実様に連れられて儀式の様子を見る事になった。
関係者以外参加はおろか見る事すら許されないのに。
充実様が連れて入るとしたら、絶対に紅椿さんだと思っていたのに。

今朝になって突然呼び出された時は、わたしは一体どんな粗相そそうをしたのかと思っちゃった。
結依ちゃんには悪いと思ったけれど、生で神託を見られるなんて、すごく光栄で。
でも、なんか混乱しちゃって、どうしたらいいのかよくわからない。
部屋の隅で正座をし、わたしと秋ちゃんはじっと様子を見守り続けている。
『冬、そんなに緊張してどうするのよ』
「だ、だってぇ」
幽霊のお姉さんがやれやれと肩を竦める。
いくら秋ちゃんが一緒でも、やっぱり不安で仕方なくて、幽霊のお姉さんにも付いて来てもらった。
わたしにしか見えないし、いいかなって。

迦楼羅丸様に捧げる祈りが終わり、いよいよ神託の儀式が始まる。
本来ならば充実様が神託の水晶を台の上に置くらしいんだけど、今回は秋ちゃんがその役目をする事になった。
わたしは本当に見ているだけで、どうして呼ばれたのか、よくわからない。
顔くらいはありそうな大きな水晶玉。
あれに手を翳して霊力を込め、大きく反応した人が姫巫女になれるんだって。
選ばれた人は、更に力を磨くための修行をするのだとか。

神託って、簡単に言えば『里を支える姫巫女に相応しい候補者を見つけ出す儀式』でもあるみたい。
里を支える一番偉い姫巫女を『姫神ひめがみ』といい、姫神を支える腹心といえる数名を『姫守ひめもり』、さらにその下を『見習い』というのだとか。
初めて神託を受ける人は、選ばれれば晴れて見習いになれる。
神託を受けられるのは女性だけ。
彼女達は『姫巫女候補』と呼ばれ、まだ姫巫女じゃない。
そして、式神を連れていないと参加できないから、いくら霊力が強くても参加できない人もいる。
今回啼々家から参加する牡丹様と鈴蘭様は式神を連れていらっしゃるので問題ない。
二人とも、選ばれますように。

神託は始めに、これから10年間姫神となる人物を姫巫女達の中から選ぶ『壱の儀』から始まる。
姫神となる為に10年間厳しい修行をしてきた姫守達の中から、たった一人だけ選ばれる。
壱の儀が終われば、次は姫守を選ぶ『弐の儀』、そして姫巫女候補から見習いを選ぶための『参の儀』と続く。

今日から姫神となったのは啼々弤ななゆみことり様。
凛とした佇まいが、不安を掻き消してくれる。
選ばれなかった姫巫女達は悔しそうな顔をしていたけれど、どこか納得しているみたい。

参加していないのに、神託が進むにつれてわたしの胸はどんどん高鳴っていった。
どこか神秘的にも思えるおごそかで神聖な儀式に、その空気に、きっと飲み込まれているんだわ。
壱の儀、弐の儀と順調に進み、いよいよ参の儀。
姫巫女候補達が順番に水晶に手を翳していき、新しい見習い姫巫女を誕生させる。
今年は何人の見習いが誕生するのだろう。
みんなが固唾かたずを飲んで見守った。

ここからが、不思議だった。
今まで注がれた霊力に反応して光り輝いていた水晶が、一切反応しなくなったの。
いくら姫巫女候補で、式神を連れていたとしても、一定量の霊力がなければ水晶は反応しないって秋ちゃんが言っていた。
それくらいはわたしだってなんとなくだけどわかる。
けれど、一切反応しないなんて、そんな事あるのかな?
候補者は27人。
なのに誰にも水晶は反応しなかった。
場がざわめく。
みんな動揺して、神託の最中だというのを忘れてしまっているかのようだった。

「いったい、どういう事だ?」
「誰一人反応しないなんてことは…」
「こんな事、初めてだ」
「まさか、この水晶は偽物では?」
「そんなバカな…」
「先ほど、10分間の休憩をとったが、その時に入れ替えられたのでは?」
「しかし、誰も水晶には近づいていなかったぞ?」
「では一体、なぜ…」

ざわざわと騒ぎ出すご当主様達に、充実様も少々困惑気味だった。
秋ちゃんはすごく冷静に…というよりは、少し冷たい感じの目でその様子を静かに見守っている。
「一人くらい、反応してもいいよね?」
『そんなに簡単じゃないって事じゃないかしら』
「そうなのかな」
『神託、と呼ばれているのだもの。きっとそうなのよ』
「でも、ご当主様達、すごくびっくりしているみたいだよ。充実様だって困惑しているみたいだし」
『私が生きていた頃には神託なんてなかったから、何とも言えないわ』
不安や混乱といった空気に場が飲み込まれていく。
初めて見た神託でこんな事が起きるなんて夢にも思わなかった。
わたしまで不安になってきた。
どうして秋ちゃんも幽霊のお姉さんもそんなに冷静なのかなぁ。

「今回は資格者がいなかった、それだけの事ではないのか?」

泰時様の一言で、場がしんと静まり返った。
「泰時?」
「突然の発言、すみません父上」
「かまわん、続けろ」
「ありがとうございます」
充実様はほんの少し眉根を寄せたけど、そのまま話すようにと泰時様を促す。
小さく頭を下げて、泰時様はご当主様達に向き直る。
「『資格者がいない』とは、どういう意味かな、泰時殿?」
「そのままの意味だ。今回は候補者の中に、見習いになるべき資格を持った者は誰一人としていなかった」
「その中に、妹の牡丹殿と鈴蘭殿がいる事をお忘れでは?」
「忘れてなどいない。二人の霊力はまだ弱い。選ばれなくて当然だ」
その一言に、みんなが牡丹様と鈴蘭様へ視線を向けた。
「お兄様のおっしゃる通りです。牡丹達にはまだ、お父様やお兄様のように強い霊力はありませんわ。当然の結果です。ねえ、鈴蘭」
「はい。わたくしもお姉様と同意見です」
悔しがるどころか凛として結果を受け止めるお二人はとても素敵で、鈴蘭様はわたしと同い年だという事を忘れそうになってしまった。
「私も、泰時殿の意見に同意します」
手を軽く上げて発言したのは、今年啼々鏡家の当主になったばかりの『啼々鏡誠士郎せいしろう』様。
「私は当主となったばかりですし、今回が初めての参加です。そんな若輩者が口を挟むのはおこがましいとは思いますが、結果は真摯しんしに受け止めるべきではないでしょうか」
「しかし…このような事、400年間一度もなかった事で…」
「そうだな」
「うむ」
「前例がないからといって、水晶が偽物だと思うのはおかしい話だ」
渋るご当主様達に対して、泰時様はやれやれと肩を竦めた。
「ではひとつ、確かめてみようじゃないか」
「確かめる?」
「そうだ。その水晶が偽物なのかどうか、確かめてみればいい」
にやりと、まるでいたずら小僧のような笑みを泰時様は浮かべる。
そしてなぜか、わたしを見た。
「ここにいる冬には、誰にも見えない幽霊が見える。そうだな」
「え?あ、はい」
「誰にも見えない、幽霊?」
その一言に場が少しざわめいた。
「お前がいつもいう幽霊のお姉さんは、今もいるのか?」
「はい、ここに」
お姉さんがいる場所を手で示せば、みんながお姉さんへと視線を向ける。
「何も感じないぞ?」
「私もだ」
「ワシもじゃ」
「私も」
やっぱりみんなが訝しんだ。
どうしてお姉さんはわたしにしか見えないし、わからないのだろう?
「本当にそこに幽霊がいるの?」
「はい」
わたしに質問したのは、先ほど姫守になった啼々鏡弥生やよい様。
啼々鏡家は啼々一族の中でも特に霊力が強くて、霊体との交信に優れている。
簡単に言うと、幽霊を察知しやすい一族って事かな。
式神も幽霊がほとんどだし。
「お兄様、わかる?」
「いえ、私には全然。弥生は?」
「あたしもわからないわ」
弥生様は誠士郎様の妹で、二人は顔を見合わせて確かめ合う。
啼々鏡の方々でも幽霊のお姉さんは見えないのね。
本当に、どうしてわたしだけ?
「その少女の嘘ではないのかね?」
「そんな!わたし、嘘なんてついていません!」
「落ち着け、冬」
「あ、すみません、泰時様…」
思わず言い返してしまったわたしを手で制し、泰時様は続けた。
「啼々鏡でもわからない幽霊が見える冬に、神託をさせて確かめてみればいい。冬は嘘をつくような娘じゃないし、きっと反応するだろう」
「え?」
わたしに、神託を、させる?
「反応しなければ嘘という事になるが、おそらく反応するはずだ」
「その娘、式神は…」
「一介の女中が連れていると思うのか?」
「女中に神託をさせるなど…」
「そうだ、前代未聞だ」
「前代未聞の結果が出たのだ。もう一つくらい前代未聞があってもいいだろう」
ぎょっとして固まってしまったわたしを置いていけぼりにして話は進んでいく。
突然すぎる展開に、どうしたらいいのかわからない。
「よろしいですね、父上」
「ふぅむ…」
腕を組み、充実様は泰時様とわたしを交互に見る。
そして一度秋ちゃんに視線を向け、泰時様の案を了承した。
「いいだろう、やってみなさい」
「ありがとうございます。…おい、冬。神託をやってみろ」
「えええ!?あの、でも、突然そんな事言われましても…。わたし、修行なんてしていませんし、その…」
「これは命令だ」
「ううう…」
命令なんて言われたら、断れるわけないよぉ。
「どうしよう、秋ちゃん」
助けを求めて秋ちゃんを見る。
「折角だし、やってみたら?」
「そ、そんなぁ。だって、霊力を注ぐなんて、やり方とか全然わからないし…」
「心を落ち着けて水晶に手を翳してごらん」
「でもぉ」
『大丈夫よ、冬。私が教えてあげるから』
「お姉さんまで…」
「早くしろ、冬」
「さ、行っておいで」
むすっとした表情で泰時様が言う。
そっと秋ちゃんに背中を押されたら、もうやるしかない。
「ううう…」
全員の視線がわたしに集まって、もう緊張してきて、心臓がバクバクして…。
ああ、どうしよう。
どうしたらいいのかな。
もう全然、混乱して、えっと考えとかなんかもう、全然まとまらないよぉ。
はぅぅ、泣きたい。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

私と母のサバイバル

だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。 しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。 希望を諦めず森を進もう。 そう決意するシェリーに異変が起きた。 「私、別世界の前世があるみたい」 前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?

🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。

設楽理沙
ライト文芸
2026.1.4 73話見直した際、瑛士の台詞《本音/懺悔》を加筆しました。😇 ☘ 累計ポイント/ 200万pt 超えました。ありがとうございます。 ―― 備忘録 ――    第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。  最高 57,392 pt      〃     24h/pt-1位ではじまり2位で終了。  最高 89,034 pt                    ◇ ◇ ◇ ◇ 紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる 素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。 隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が 始まる。 苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・ 消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように 大きな声で泣いた。 泣きながらも、よろけながらも、気がつけば 大地をしっかりと踏みしめていた。 そう、立ち止まってなんていられない。 ☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★ 2025.4.19☑~

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
【3月中――完結!】 積み上がった伏線の回収目前!! 夫にも子どもにも、私は選ばれなかった。 長年の裏切りを抱え、離縁状を置いて家を出た――。 待っていたのは、凍てつく絶望。 けれど同時に、それは残酷な運命の扉が開く瞬間でもあった。 「夫は愛人と生きればいい。  今さら縋られても、裏切ったあなたを許す力など残っていない」 それでも私は誓う―― 「子どもたちの心だけは、必ず取り戻す」 歪で、完全な幸福――それとも、破滅。 “石”に翻弄された者たちの、狂おしい物語。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

生きるために逃げだした。幸せになりたい。

白水緑
ファンタジー
屋敷内に軟禁状態だったリリアは、宝物を取り戻したことをきっかけに屋敷から逃げ出した。幸せになるために。体力も力もない。成り行きに身を任せる結果になっても、自分の道は自分で選びたい。 2020/9/19 第一章終了 続きが書け次第また連載再開します。 2021/2/14 第二章開幕 2021/2/28 完結

【大賞・完結】地味スキル《お片付け》は最強です!社畜OL、異世界でうっかり国を改革しちゃったら、騎士団長と皇帝陛下に溺愛されてるんですが!?

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞で大賞をいただきました】→【規約変更で書籍化&コミカライズ「確約」は取り消しになりました。】 佐藤美佳子(サトウ・ミカコ)、享年28歳。死因は、過労。連日の徹夜と休日出勤の果てに、ブラック企業のオフィスで静かに息を引き取った彼女が次に目覚めたのは、剣と魔法のファンタジー世界だった。 新たな生を受けたのは、田舎のしがない貧乏貴族の娘、ミカ・アシュフィールド、16歳。神様がくれた転生特典は、なんと《完璧なる整理整頓》という、とんでもなく地味なスキルだった。 「せめて回復魔法とかが良かった……」 戦闘にも生産にも役立たないスキルに落胆し、今度こそは静かに、穏やかに生きたいと願うミカ。しかし、そんな彼女のささやかな望みは、王家からの突然の徴収命令によって打ち砕かれる。 「特殊技能持ちは、王宮へ出仕せよ」 家族を守るため、どうせ役立たずと追い返されるだろうと高をくくって王都へ向かったミカに与えられた任務は、あまりにも無謀なものだった。 「この『開かずの倉庫』を、整理せよ」 そこは、数百年分の備品や資材が山と積まれ、あまりの混沌ぶりに探検隊が遭難したとまで噂される、王家最大の禁足地。 絶望的な光景を前に、ミカが覚悟を決めてスキルを発動した瞬間――世界は、彼女の「お片付け」が持つ真の力に震撼することになる。 これは、地味スキルでうっかり国のすべてを最適化してしまった元社畜令嬢が、カタブツな騎士団長や有能すぎる皇帝陛下にその価値を見出され、なぜか過保護に甘やかされてしまう、お仕事改革ファンタジー。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

処理中です...