四季の姫巫女(完結)

襟川竜

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第弐幕 宿祢

第十五話

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姿が見えないというのは、普段はすごく不便だけれど、こういう時はとっても便利。
幽霊のお姉さんが偵察役となり天狗達を見つける。
そして宿祢が囮となって注意をひきつけ、罠の場所まで誘導する。
木と木の根元に蔓草つるくさを張っただけの簡単な罠だけれど、効果は覿面てきめん。
濃い霧と沢山の落ち葉にカモフラージュされていて、天狗達はみんな蔓草に躓つまずいて転んでいく。
転んだところをわたしとお姉さんの二人がかりで取り押さえて、これまた蔓草でぐるぐる巻きに縛っちゃうの。
幽霊のお姉さんは、少しくらいなら霊障れいしょうを起こせるんだって。
霊障っていうのはつまり、ポルターガイストってところかな。
鬱蒼と茂る木々と霧が邪魔をしているおかげで天狗達は空を飛ぶ事ができない。
普段飛んで移動している彼等は走るのが苦手らしいという宿祢の情報を元に立てた作戦は大成功で、なんとか全員捕まえる事が出来た。
一人ずつ誘き寄せてとかなり時間はかかったけれど。
あとは听穣だけ。
きっと今も迦楼羅丸様と戦っているに違いない。
迦楼羅丸様の気配がわかるというお姉さんを先頭にして、わたし達は山道を走る。

どれくらい走ったかわからないけれど、時折見える太陽の位置で、もうお昼頃だと分かった。
緊張しているせいかお腹はすかない。
疲れはだいぶ出てきたけれど、听穣を捕まえるまでは気が抜けない。
『いたわ』
幽霊のお姉さんの一言に、わたし達は足を止める。
ここからはできるだけ気配を殺して近づかなくちゃいけない。
気配の殺し方なんてわからないから、足跡を立てないように気を付ける。
茂みの隙間から様子を伺えば、迦楼羅丸様と听穣が斬り合っていた。
その太刀筋は、わたしには全然見えない。
向き合って立っていたかと思うと、突然その姿が消える。
姿は見えないのに、金属がぶつかる音だけが聞こえてきて、そしてまた二人が姿を現す。
これが「目にもとまらぬ速さ」ってやつなのかな。
迦楼羅丸様を助けに来たはずなのに、これは下手に手を出したら迦楼羅丸様をピンチに追い込んじゃう。
慎重に、慎重にいかないと。
緊張でカラカラになった喉で、無理やり唾つばを飲み込む。
宿祢とお姉さんに視線を向け、タイミングを合わせる。

「あいつらはやられたか。情けねぇなぁ」

今まさに飛び出そうとした時に、听穣がくくくと笑いながら言った。
構えを解き、だらりと両腕を垂らす。
先手を取られた。
その視線が、茂みの中に隠れているわたし達へと向けられた。
ここにいる事、気づかれてる。
听穣だけではなく、迦楼羅丸様も視線を向けていた。
バレてしまった以上、隠れている意味はない。
わたし達はゆっくりと茂みの中から出た。
「無傷、か。やるねぇ、お嬢ちゃん」
「あなた以外の天狗はみんな捕まえました。大人しく降参してください」
「そう言われて『わかりました』なんて言うと思っているのかい?」
ふぅとため息をついて、听穣は刀の背で肩をトントンと叩いた。
もちろん大人しく降参してもらえるとは思っていない。
わたしは戦力にならないけれど、今の状況は4対1。
お姉さんの姿は見えないから听穣にとっては3対1だけど、不利である事に変わりはないはず。
わたしの考えが顔に出ていたのか、听穣はニヤリと笑って言った。
「いいかい、お嬢ちゃん。乱戦になれば、俺は簡単に宿祢を殺せる。なんせそいつは天狗妖術を一切使えないからな」
「え?」
驚いて宿祢を見ると、悔しそうに唇を噛んでいた。
どうやら本当みたい。
天狗なのに天狗妖術が使えないのは、宿祢が鬼と天狗のハーフだからなのかな。
「今の宿祢じゃ、俺は倒せない。お嬢ちゃんに関しては論外だ」
「論外って…」
「お嬢ちゃんには戦闘力が無い」
「うっ」
「つまりだ、いくら人数が増えたところで、俺の敵はこの鬼だけという事だ」
「うう…」
あ、当たってる…。
まさかここまで見透かされていたなんて。
ちょっと悔しいかも。
『大丈夫よ、冬。実力が拮抗しているように見えるけれど、迦楼羅の方が数段上よ』
「貴様など、俺の敵ではない」
幽霊のお姉さんが確信をもって言ってくれた。
その声が聞こえたかのようなタイミングで迦楼羅丸様も言う。
つまらなそうに言う迦楼羅丸様にも听穣は気を悪くする事はなく、笑みも崩さない。
「そうだなぁ。確かにあんたにとっちゃ、俺は役不足かもしれんな。けどな、」
ほんの少しだけ、听穣が足を動かした。
それだけはわかったけれど、だからといってわたしにはどうする事も出来なかった。
途切れた听穣の声。
次に聞こえたのは、わたしのすぐ目の前だった。

「お嬢ちゃんにとっては、強敵中の強敵だろう?」

「冬殿!」
瞳孔の開いた目が、まっすぐにわたしを見ていた。
ぎらりと鈍く銀色に輝く光が見えて、すぐに赤いものが噴き出したのが見えた。
ああ、これって、血飛沫だ。
もしかして、わたし、斬られたのかな?
ゆっくりと視界が空を向く。
体が後ろに倒れているみたい。
ぬるりと熱い血が体にかかって、そのまま地面に尻餅をつく。
あれ?
でもおかしいな。
全然痛くないよ?
「貴様っ!」
「おっと」
听穣に迦楼羅丸様が切りかかる。
ニヤニヤと笑ったまま听穣はその攻撃を避けた。
追う事はせず、迦楼羅丸様はわたし達を庇うように听穣と対峙した。
「冬殿、大丈夫でござるか?」
宿祢がわたしからゆっくりと離れた。
空色の瞳は心配そうにわたしを見ている。
「だい…じょうぶ…」
「よかったでござる」
呆然と呟く事しかできないわたしに、宿祢は安堵の息をついて微笑んだ。
でもその顔はなんだか苦しそう。
体に視線を落とすと、着物は血で汚れているけれど、刀傷はない。
痛みもないから、わたしは斬られていない。

じゃあ、誰が斬られたの?

そんなの、決まっている。
「う…」
顔を歪めた宿祢が、わたしに倒れこんできた。
「す、くね…?」
抱きとめれば、ぬるりとした血に触れた。
あの一瞬で、宿祢はわたしを庇って听穣に斬られたんだ。
わたしには避けるどころか、目の前に迫ったのさえわからなかった。
宿祢がいなかったら、わたし、死んでいた。
でも、そのせいで宿祢が…。
「す、宿祢!宿祢!しっかりして、宿祢ぇ!」
どうすればいいのかわからなくて、わたしはただ宿祢を抱きしめていた。
名前を呼べば目を開けてくれるんじゃないかって。
でもそれじゃあ意味なくて。
どんどん血が溢れてきて、宿祢がどんどん赤くなる。
どうしよう。
わたしのせいだ。
わたしを庇ったせいで宿祢が…。
『冬、落ちついて』
「で、でもっ」
『止血だけでもしないと、宿祢が死んでしまうわ。私の言う事を良く聞いて』
「う、うん」
『霊力を傷口に集中させるのよ』
「霊力を、集中?」
『神託の時に水晶に霊力を注いだでしょう。あの時と同じようにするの』
「わ、わかった」
神託の時のように傷口に手を翳す。
あの時はなんだか手のひらから力みたいなのが出て行く感じが、何となくだけど感じられた。
でも今は何も感じない。
上手く集中できていないのかもしれない。
どうしようって、気持ちだけが焦る。
こんな事している場合じゃないのに。
早く止血しないといけないのに。
全然うまくできなくて、涙が出てきた。
泣いている場合じゃない。
しっかりしてよ、わたし!
「早いところ、諦めた方がいいな。お嬢ちゃんには助けられない」
『そんな事ないわ。集中するのよ』
「…听穣っ!」
「ひとつ言い忘れていたが」
お願い、止まって。
宿祢、目を開けてよっ。
焦る気持ちで霊力を注いでいた時だった。
どん、と背中に衝撃がきた。
宿祢の背から刀が生えている。
これって…。
考える前に刀は引き抜かれた。
じわじわとお腹付近が熱くなる。
「この部隊には副官がいてなぁ」
「…しまった!」
『冬!』
迦楼羅丸様の焦る声と、幽霊のお姉さんの悲鳴が聞こえた。

ああ、わたし…。
今度こそ、本当に、刺されちゃったんだ…。
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