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第参幕 霊具
第六話
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はぁ、とため息ひとつ。
そんな元気のない妹を見て、啼々鏡誠士郎は弥生の前におはぎの入った重箱を置いた。
「疲れた時は甘い物だよ」
「ありがとう、お兄様」
弓道場で冬と話す少し前、弥生は悩みの答えが出ずに相談しようと兄を訪ねていた。
「僕が聞いてもいい悩みかな?」
「…聞いてもらおうと思って」
「そうか」
庭の鹿威しがカコン、と音を立てた。
なかなか切り出せない弥生だったが、鹿威しが四度目の音を鳴らした時に、ようやく口を開いた。
「神託の日に、水晶を割った子、覚えてる?」
「もちろん」
「あの子ね、みんなから嫌がらせを受けているの。…本人は気づいていないんだけど」
「うん」
「あたしはほら、霊力が一族で一番低いし、姫巫女の中でも弱いし、見習いだって、何とか抜けたようなもので…」
「うん」
「だから、その…」
自分の言いたい事をうまく言葉にまとめられず、弥生はそこで一旦口を噤んでしまった。
俯き、膝の上に置いた両手をぎゅっと握りしめる。
そんな弥生の次の言葉を、誠士郎は微笑を浮かべて待ち続けた。
「あたし、ね」
「うん」
「よく、わからないけど、感じたの」
「感じた?」
「うん。この子は『違う』って。ことりさんも、美園さん達も、みんな自分の為に姫巫女をやっている。でも、この子は違うって、そう思ったの」
「そうか」
「あの子はきっと、本当の姫巫女になれるんじゃないかって。霊力とかそんなのじゃなくて、もっとこう……心が、想いが、今のこの体制を変えてくれそうな気がするの」
顔を上げた弥生は不安そうで、けれどもどこか嬉しそうな表情だった。
瞳が、何かを期待するように輝いている。
「このままだと、あの子きっと姫巫女になれない。教えるべきはずのことりさんが、率先して邪魔をしているから。このままじゃ、あの子いつまでたっても見習いだよ。そんなの使用人と変わらないよ…」
「そうだね」
「どうしよう…。どうしたらいいのかな?」
「姫巫女は、当主と同等の地位だ。いくら僕が啼々鏡の当主でも干渉はできない」
「そう…だよね」
「けれど、アドバイスはできる」
「アドバイス?」
「弥生は、どうしたいんだい?」
「え?あたし?」
「ことりさんが弥生に命令していたとしても、その命令を守るかどうかを決めるのは弥生だ。組織というのは上の判断に従うものだけれど、間違った判断ならば異を唱えてもいいと、僕はそう思っている」
「異を唱える…」
「弥生は、どうしたい?」
「あたしは…」
問われ、弥生は視線を彷徨わせた。
あたしは、どうしたいんだろう?
あの子がこのまま使用人扱いされるのは、なんか違う気がする。
確かに元使用人だけれど、誰もやった事のない迦楼羅丸を目覚めさせるって事をした。
それって、潜在的な霊力が強いって事よね。
姫巫女は里を、人々を守るのが役目。
だったら冬を鍛えて立派な姫巫女に育てるのは間違いじゃない。
邪魔する方がおかしいわ。
それに確か、啼々鏡の血でも見えない霊体が見えるのよね。
そんなに強い霊力なら、磨けばもっと光るはず。
みんなが嫌がっているのは、元使用人だから。
最下層の人間だから。
でも霊力に地位なんて関係ない。
だって姫神は、姫巫女は、霊力を持たない人々を守る為の存在のはず。
確かに悔しい。
幼い頃からずっと修行してきたのに、潜在能力の高さだけで姫巫女になられるなんて、悔しすぎる。
でも、だからって、何も知らない子に何も教えないなんて、それって人としてどうなの?
あたしは、あたしは…。
「どうやら、答えが出たみたいだね」
「あたし、正直に言って悔しい。ずっと修行してきたのに、あっさり霊力の強さで負けたんだもの。でも、何も知らない子に負けるよりだったら、完敗だって思えるような人に負けたい。あの子はきっと、その素質があるから。勝負もしないで勝敗なんて決めたくない。堂々とあの子と勝負したい」
「弥生らしい答えだね」
「勝負したいなんて、変かな?」
「そんな事はないよ。競い合う事で腕を上げる事が出来るし、お互いを知る事だってできる」
「お互いを知れたら、友達に…なれる、かな?」
「うん、きっとなれるよ」
その言葉に、弥生の瞳が輝いた。
弥生にとって姫巫女達はライバルだ。
友というよりは蹴落とす相手。
真に友と呼べる者がいない。
けれども冬ならば友達になってくれるのではないか。
そんな思いが淡く心に浮かぶ。
「よーし、あたし、早速やってみるね」
言うが早いか、弥生は立ち上がる。
そして「折角だから」とおはぎを一つ頬張った。
「ん!これ美味しい!」
「行儀が悪いよ。でも、口にあって良かったよ」
「これどこで買ってきたの?」
「友人にもらったんだ」
「…お兄様の友人に、おはぎが作れる人なんていたかしら?」
うーんと首をひねる弥生だったが、まあいいやと考えるのをやめた。
そして善は急げと部屋を飛び出した。
「じゃあね、お兄様」
「気を付けて行ってらっしゃい」
「うん、行ってきます!」
そんな元気のない妹を見て、啼々鏡誠士郎は弥生の前におはぎの入った重箱を置いた。
「疲れた時は甘い物だよ」
「ありがとう、お兄様」
弓道場で冬と話す少し前、弥生は悩みの答えが出ずに相談しようと兄を訪ねていた。
「僕が聞いてもいい悩みかな?」
「…聞いてもらおうと思って」
「そうか」
庭の鹿威しがカコン、と音を立てた。
なかなか切り出せない弥生だったが、鹿威しが四度目の音を鳴らした時に、ようやく口を開いた。
「神託の日に、水晶を割った子、覚えてる?」
「もちろん」
「あの子ね、みんなから嫌がらせを受けているの。…本人は気づいていないんだけど」
「うん」
「あたしはほら、霊力が一族で一番低いし、姫巫女の中でも弱いし、見習いだって、何とか抜けたようなもので…」
「うん」
「だから、その…」
自分の言いたい事をうまく言葉にまとめられず、弥生はそこで一旦口を噤んでしまった。
俯き、膝の上に置いた両手をぎゅっと握りしめる。
そんな弥生の次の言葉を、誠士郎は微笑を浮かべて待ち続けた。
「あたし、ね」
「うん」
「よく、わからないけど、感じたの」
「感じた?」
「うん。この子は『違う』って。ことりさんも、美園さん達も、みんな自分の為に姫巫女をやっている。でも、この子は違うって、そう思ったの」
「そうか」
「あの子はきっと、本当の姫巫女になれるんじゃないかって。霊力とかそんなのじゃなくて、もっとこう……心が、想いが、今のこの体制を変えてくれそうな気がするの」
顔を上げた弥生は不安そうで、けれどもどこか嬉しそうな表情だった。
瞳が、何かを期待するように輝いている。
「このままだと、あの子きっと姫巫女になれない。教えるべきはずのことりさんが、率先して邪魔をしているから。このままじゃ、あの子いつまでたっても見習いだよ。そんなの使用人と変わらないよ…」
「そうだね」
「どうしよう…。どうしたらいいのかな?」
「姫巫女は、当主と同等の地位だ。いくら僕が啼々鏡の当主でも干渉はできない」
「そう…だよね」
「けれど、アドバイスはできる」
「アドバイス?」
「弥生は、どうしたいんだい?」
「え?あたし?」
「ことりさんが弥生に命令していたとしても、その命令を守るかどうかを決めるのは弥生だ。組織というのは上の判断に従うものだけれど、間違った判断ならば異を唱えてもいいと、僕はそう思っている」
「異を唱える…」
「弥生は、どうしたい?」
「あたしは…」
問われ、弥生は視線を彷徨わせた。
あたしは、どうしたいんだろう?
あの子がこのまま使用人扱いされるのは、なんか違う気がする。
確かに元使用人だけれど、誰もやった事のない迦楼羅丸を目覚めさせるって事をした。
それって、潜在的な霊力が強いって事よね。
姫巫女は里を、人々を守るのが役目。
だったら冬を鍛えて立派な姫巫女に育てるのは間違いじゃない。
邪魔する方がおかしいわ。
それに確か、啼々鏡の血でも見えない霊体が見えるのよね。
そんなに強い霊力なら、磨けばもっと光るはず。
みんなが嫌がっているのは、元使用人だから。
最下層の人間だから。
でも霊力に地位なんて関係ない。
だって姫神は、姫巫女は、霊力を持たない人々を守る為の存在のはず。
確かに悔しい。
幼い頃からずっと修行してきたのに、潜在能力の高さだけで姫巫女になられるなんて、悔しすぎる。
でも、だからって、何も知らない子に何も教えないなんて、それって人としてどうなの?
あたしは、あたしは…。
「どうやら、答えが出たみたいだね」
「あたし、正直に言って悔しい。ずっと修行してきたのに、あっさり霊力の強さで負けたんだもの。でも、何も知らない子に負けるよりだったら、完敗だって思えるような人に負けたい。あの子はきっと、その素質があるから。勝負もしないで勝敗なんて決めたくない。堂々とあの子と勝負したい」
「弥生らしい答えだね」
「勝負したいなんて、変かな?」
「そんな事はないよ。競い合う事で腕を上げる事が出来るし、お互いを知る事だってできる」
「お互いを知れたら、友達に…なれる、かな?」
「うん、きっとなれるよ」
その言葉に、弥生の瞳が輝いた。
弥生にとって姫巫女達はライバルだ。
友というよりは蹴落とす相手。
真に友と呼べる者がいない。
けれども冬ならば友達になってくれるのではないか。
そんな思いが淡く心に浮かぶ。
「よーし、あたし、早速やってみるね」
言うが早いか、弥生は立ち上がる。
そして「折角だから」とおはぎを一つ頬張った。
「ん!これ美味しい!」
「行儀が悪いよ。でも、口にあって良かったよ」
「これどこで買ってきたの?」
「友人にもらったんだ」
「…お兄様の友人に、おはぎが作れる人なんていたかしら?」
うーんと首をひねる弥生だったが、まあいいやと考えるのをやめた。
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「うん、行ってきます!」
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