四季の姫巫女(完結)

襟川竜

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第参幕 霊具

第十二話

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啼々家の一室に当主達が集っていた。
一か月後に行われる予定の『注魂ちゅうこんの儀式』についての話し合いだったのだが、今回はどうも様子がおかしい。
今回から初参加の啼々鏡家当主、誠士郎もその事には薄々感づいていた。
愉比拿蛇ゆひなじゃを封印している結界が例年以上に弱まっているのだ。
これまでは10年に一度、結界を張り直せば大丈夫だったのだが、これからは頻度と強度を増さなければならないかもしれない。
愉比拿蛇が封じられたのは今からもう400年も前の事、封印を施した啼々むらさきの霊力が強大で、今まではその霊力に姫巫女達総出で霊力を重ね掛けて保っていたのだ。
何とか持ちこたえていた結界も、もう限界なのかもしれない。
だが、今の姫巫女達では愉比拿蛇を討つ事などできないだろう。
啼々紫の霊力を超えるほどの姫巫女が現れたという話は、この400年の間に一度も聞いていないのだから。
当時、この辺りを支配しようとしていた最強の鬼・迦楼羅丸を唯一降したのが啼々紫である。
迦楼羅丸は鬼神と呼ばれ、同族の鬼達からも一目置かれる存在だった。
その彼が啼々紫には手も足も出なかったという。
そんな最強の二人が唯一倒す事の出来なかった相手が愉比拿蛇だ。
皆が恐れるのも無理はない。

「それでは、この策で注魂の儀式を行う事とする。異論はないか?」
啼々充実の言葉に、誰も異議を唱える事はない。
「ならば予定よりもかなり早いが、二週間後に儀式を行う。なにか質問は?」
「よろしいでしょうか?」
緊張感も漂っている室内で、誰一人声を上げる者はいなかった。
それを見て誠士郎が手を上げる。
当主達の視線を一身に浴びながらも、臆することなく誠士郎は口を開く。
「なにかな?」
「この作戦に、先日姫巫女になった七草冬さんの名前がありませんが?」
その問いかけに、当主達の間で空気が変わった。
神託から一ヶ月は経過しているが、未だに冬が姫巫女になる事を良しとしない当主も多い。
伝統ある姫巫女に一介の女中風情がなるなど、許される事ではない。
そう考え冬を排除しようと裏で画策している輩も多い。
誠士郎も先代が病で倒れた事により後を継いだばかりの若造だ。
彼の事をよく思っていない者がいるのも事実。
伝統を重んじるという建前を翳す頭の固い当主達にとって、冬と誠士郎は目の上のたんこぶと言ったところだ。
その若造が、よりにもよって女中上がりの冬を封印の儀式に参加させようとしている。
反感を買うのは当然と言えた。
「あの小娘は霊具が使えんだろう」
「そうだ。霊具も使えん姫巫女など邪魔なだけだ」
「それに、女中上がりの小娘に神聖な場所を踏み荒らされとうないわい」
「まったくだ」
「誠士郎、お前も啼々鏡の当主ならば少しは考えて発言をせんか」
次々と投げられる批判の声を、充実は手で制した。
「確かに冬は姫巫女になった。だが、なり立てで危ないと私は判断した。式神を得たという報告は聞いている。だが、彼等の言う通り霊具が使えないようでは自身を守る事すら難しいだろう」
「それならば大丈夫です。もうじき霊具を習得しますよ」
「なに?」
「霊具に繋がるヒントを得たようで、今練習中だそうです。霊力が目に見えるようにまでは具現化できるようですよ」
その言葉に室内がざわめいた。
それを再び充実が手で制し、続きを促す。
「迦楼羅丸様もお傍にいますし、霊具を習得すれば儀式への参加は可能だと思われます。それに彼女は…」
「うむ…。確かに霊具を使いこなせれば『あの血』故に強大な力を発揮するだろう」
充実の言った『あの血』に、当主達は顔色を変えた。

今は七草冬と名乗ってはいるが、彼女が啼々莽ななくさ深冬みふゆである事をここにいる全員が知っている。
冬自身は記憶を消されている為覚えてはいないし、当主以外で知る者は一部の次期当主か啼々莽家の人間くらいだ。
充実の息子、泰時ですら知らされていない。
啼々一族の秘密に関わる事として、年配の使用人達からも啼々莽家に関する記憶は消されていた。
それを望んだのは秋で、充実も他の当主達も受け入れた。
実行したのは秋の親友・神鬼の天景だ。
神鬼はその名の通り、神にしか出来ないような事を妖術で行える鬼だ。
記憶を操作するくらいは朝飯前である。
もっとも当主達にも内緒で、こっそりと秋と天景に関しての記憶も操作させてもらった。
秋は『元より男性ではなく女性である』と、天景は神鬼ではなく一般的な鬼だと、記憶を書き換えている。
これは自分達の身を守る為と、10年前の神託に不正があったかもしれないという疑いがあった為だ。
性別に関しては面倒なので秋本人と天景以外は全員書き換えているが、天景が神鬼である事は数人の親友のみ知っている。
誠志郎もその1人だ。
彼等はいずれも霊力が低かったり、妾の子であるなど、当主達から疎まれた者達だ。
だからこそ、信頼できる。

「今年はいつもと違う事くらい、若輩者の私でも感じています。戦力は一人でも多い方がよいかと」
「ふむ…」
「それと、念の為ですが、秋さんと八彦さん、それに七伏しちふくさんもいた方が…」
「秋と八彦はともかく、七伏もか?」
「はい」
その言葉に、今まで中立であろうとしていた充実が眉根を寄せた。
七伏を念の為に待機させる。
それは万が一の事があった場合、大いに有効な手段だ。
有効な手段ではあるのだが、彼を呼び出すというのにはかなりの抵抗があった。

啼々竈ななかまど七伏。
彼は啼々一族にとっての恥ともいえる存在だ。
年端もいかない幼女に性的な悪戯をしたり、使用人が逆らえない事をいい事に暴力を振るったりと、自身の地位と権力、財力に物を言わせてやりたい放題やっていた。
歳は誠士郎よりも二つ上で、現在は27歳。
当時はまだ子供だったこともあり、彼の父も大目に見ていた。
だが10年前、彼はついに啼々一族のトップ、充実を敵に回す事件を引き起こした。
充実は秋と息子の泰時を結婚させ、より霊力の強い子孫を残そうと考えていた。
それは啼々家がいつまでも啼々一族のトップであり続ける為。
だが七伏は、その秋を強姦しようとしたのだ。
それも啼々家の一室で。
十年前の注魂の儀式が終わったその日、啼々家では宴会が行われていた。
軽く酒を飲んだ七伏は秋に『酔っぱらったから』と部屋まで連れていかせ、そこで秋を押し倒した。
隠し持っていた紐で秋の手を縛り上げ、身動きが取れないように覆いかぶさったのだ。
当時の秋はその歳にしてはかなりの霊力を持っており、幼いながらに霊具を扱う事が出来た。
頭も切れ、次期当主達の間でも一目置かれる存在だった。
七伏はそんな秋が気に入らず、よくちょっかいを出してはいたのだが、いつも返り討ちだった。
だが秋が『実は女である』と聞かされ、七伏は凌辱する事で精神的に打ち負かしてやろうと考えたのだ。
当時の秋は138センチメートルと小柄で、七伏は165センチメートル程。
体重も秋が34キロに対し、七伏は80キロ越え。
体の自由を奪われた秋には勝ち目などなかった。
だが、七伏の思惑は未遂に終わった。
大きな物音に気付いた女中の紅椿が、秋を強姦しようとしていた七伏を発見したのだ。
そして今、七伏は啼々家の離れに幽閉されている。
啼々竈の名は表から消され、彼の弟・八彦は啼々家で奉公人として働いている。
そんな経緯があるからこそ、充実は七伏を表には出したくないのだ。

「充実様が渋るのもわかりますが、啼々竈は霊力を遮断する力を持っています。モノノケ相手ならば、その妖力を遮断できる。しかも七伏さんは遮断だけでなく、妖力を吸収する力も持っている。もしもの時には役立つと思いますよ」
「むむぅ…」
腕を組みしばらくうなっていた充実は、渋々といった面持ちで告げた。
「冬が霊具を使えたならば、参加を認める。秋と八彦は念の為に裏で待機させよう」
「しかし、充実殿…」
「この里で一番強い霊力を持っているのは秋だ。これは変えようのない事実」
「確かに…」
「八彦も啼々竈の人間だ。もしもの時は使える」
「だが、姫巫女達が反発するかもしれんぞ?」
「彼女達には見えぬ場所に配置する。七伏に関しては保留だ」
「ありがとうございます」
「誠士郎、お前も念の為に裏で待機だ。護衛に新左エ門しんざえもんを付ける」
「わかりました」
「裏方の指揮はお前が取れ」
「よろしいのですか?」
「かまわん。お前達は幼い時から仲が良かっただろう」
「充実様、お心遣い感謝します」
深々と頭を下げた誠士郎に対し、充実は深く息を吐いた。
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