四季の姫巫女(完結)

襟川竜

文字の大きさ
48 / 103
第参幕 霊具

第十一話

しおりを挟む
昨日は何とか無事にお風呂を沸かす事が出来た。
霊力を具現化する為の練習に夢中になりすぎて薪の材料を取りに行くのをすっかり忘れていたなんて、ことり様達に知られたら絶対に怒られる。
啼々家にいた時は薪割りとかの力仕事は下男げなんがしてくれていたからなぁ。
女中は炊事洗濯掃除くらいで大丈夫だったし。
食材の買い出しとかもほとんど下男の仕事。
よく八彦が大きなかごに野菜や魚を入れて棒に繋ぎ、肩にかけて帰ってきたっけ。
屋敷の門をくぐる時に石に躓つまずいて、よく魚とかをぶちまけていたなぁ。
みんなで空を飛ぶ魚を慌てて受け止めたんだよね。
八彦、元気かなぁ。
見慣れたあのシーンを思い出し、自然と笑いが込み上げてくる。
魚を飛ばした後、八彦は困り果てた顔で、目にはいっぱい涙をためて、あのよくわからないしゃべり方で何度も謝るんだよね。
『ごごごごめんなさいでございますです。次は気を付けますからして、その、本当にごめんなさいなのです』
地面に正座して何度も頭を下げて、こっちは『いいからさっさと仕事に戻れ』なんて思っちゃうんだよね。
みんなも同じような顔になっていたし。
一週間に一度はあの八彦を見ていたんだよね、懐かしいな。
「冬殿、よそ見をしていては木の根に躓くでござるよ」
「はぁい」
ふわふわと空を飛ぶわけではなく、宿祢はわたしと同じように地面を歩いている。
正確には雪の積もった山道を、なんだけれど。

わたしは幽霊のお姉さんと宿祢、それから迦楼羅丸様と一緒に薪を取りに秋桜館の東側に位置する名もなき山に来ているところ。
たぶん名前はあるのだろうけれど、小さい山だからか秋桜館の資料には書かれていなかった。
山の下の方はほとんど木がなく、中腹辺りを目指して移動中なの。
迦楼羅丸様には『湿っているのではないか?』と言われたけれど、それは迦楼羅丸様の妖術で火を出してもらって、軽く炙るようにして水分を抜いてもらえばいいかな~なんて、ちょっと考えが甘いかな?
やれやれといった感じで肩を竦められたけど、わたしには一応付き合ってくれるみたい。
雪をものともせずに山を登っていく迦楼羅丸様の後を追うようにして登っているのだけれど、足が速くてなかなか追いつけない。
そういえばあんまり雪道って歩いた事なかったっけ。
拾った薪は宿祢が持ってくれるって言うその言葉に甘えて、折角だからと秋ちゃんにもらった着物を着てきたんだけど…。
うん、もうちょっと厚着すればよかった。
背負子しょいこ(荷物を括くくりつけて背負って運搬するための道具だよ)を左手に持ったままの宿祢は、右手に持った錫杖をついて楽々と登っていく。
…わたしも何か杖代わりにすればいいのかな?
宿祢は見た目が天狗だから背中の羽が邪魔で背負子を背負えないと思ったそこのあなた。
それが不思議な事に、今の宿祢には羽がない。
最初に見た時はわたしもびっくりしたんだけど、迦楼羅丸様に聞いて妖術で消しているんだって。
今の宿祢はどう見ても人間って感じ。
黒くて長い髪をいつも通りぼさぼさのまま一本に結い上げて、つり気味なのに全然怖く見えない空色の目は薪になりそうな枝を探している。
よくよく見れば少しだけ耳が普通の人間よりも尖っているように見えなくもないけれど、どう見ても『若干ぼろぼろな優男風山伏』。
あ、ちゃんとお風呂には入れてるんだよ。
姫巫女の皆様が上がった後に、だけれど。
宿祢ってばお風呂に入った事がなくてもう大変だったんだから。
川とかで体を軽く流しはしていたらしいんだけど、洗うって言う感じじゃなかったらしく、タオルと石鹸の使い方も知らなかったんだから。
仕方ないから迦楼羅丸様を浴場に押し込んで教えてもらったんだよね。
あの時の迦楼羅丸様、ものすごぉく嫌そうな顔してたけど。
ちゃんと髪の洗い方も教えたんだけど、なんかどう頑張ってもあの髪の毛ぼさぼさなんだよね。
無造作ヘアーと言えば聞こえがいいのかもしれないけれど、剛毛なのかもしれない。
ちゃんと毎日洗って清潔にしているし、服も出会ったころに着ていた物に近い物を秋ちゃんがプレゼントしてくれたから、髪型はもう放っておくことにした。
リンスとかトリートメントとか試してみたんだけど駄目だったんだもん。
もうどうしようもないよ。

「きゃぅ」
余計な事を考えながら歩いていたせいか、わたしは何かふわふわしたものにぶつかってしまった。
それが何なのかすぐにはわからなかったけれど、すぐ近くに宿祢がいて気が付く。
わたしがぶつかったのは宿祢の羽。
宿祢の羽は傍目には消えたように見えるけれど、実際は透明になっているだけでちゃんとそこにある。
手を伸ばせばちゃんと触る事だってできる。
無いようで有る。
これが宿祢が背負子を背負わない理由。
じゃあどうしてこういう事をしているのかというと、それはわたしがまだ未熟だから。
姫巫女は本来、パートナーの式神を器に宿して普段はその器を持ち歩き、式神を表には出さないらしいの。
これは最初から力を堂々と相手に見せる事は弱みになるという考え方と、式神契約には多大な霊力を必要とするからその消費を抑える為にそうしているらしいよ。
式神契約をすると、式神が常に全力で姫巫女を守る事ができるよう、姫巫女からは常に式神に霊力を注ぎこむ状態になるんだって。
普段は意識する事はないけれど、なんか水が流れるみたいに自然とそうなるんだとか。
わたしがまだいまいちよくわかっていないから説明も上手くないんだけど、強いモノノケほど必要な霊力が多くなり、霊力の消費イコール命の消費とも取れるらしいの。
霊力の使い過ぎは早死にするって事なのかも。
わたしと宿祢の場合は、宿祢の命の源だった落魂珠の力をわたしの蘇生に使い果たしたせいで宿祢が死にかけて、落魂珠の力で生き返ったわたしが二人とも生きていく為に霊力を注いで…。
えーとね、わたしもよくわかっていないんだけど、落魂珠の妖力とわたしの霊力がよくわからない感じに混ざったよくわからない力をお互いに共有している…みたいな感じらしいよ。
わたしも宿祢も今までとどこか違和感なんてないから何とも思ってないんだけど、お姉さんと迦楼羅丸様が言うには、『無理をしなければ徐々にお互いの生命力が戻り共有状態も解ける』んだって。
生命力って言うのが霊力や妖力と呼ばれる類なのかというと、それもなんか微妙に違うとかなんとかもう…頭爆発しちゃうよ。
だからわたし、よくわからない事は後で考える事にしたの。
今わかる事から少しずつ覚えていかないと絶対に覚えられない自信があるわ。
…胸を張って言えない事だけど。

「なかなか良い枝がないでござるな」
「そうだね」
「…冬殿」
「なに?」
「拙者、微妙にくすぐったいでござるよ」
「あ…ごめん」
ぶつかって思わず触っていた宿祢の羽。
なんとなぁくふさふさしていて、なんとなぁく触ってしまう。
羽毛布団のようなフカフカじゃないんだけど、なんとなく。
羽の先って神経無いって聞いた事あるけど、どうもくすぐったいみたい。
どういう感覚なのかはたぶん、わたしには理解できないと思う。
「宿祢ってよく空中散歩してるけど、今日は飛ばないの?」
「拙者のあれは散歩ではござるが、練習も兼ねているでござる」
「練習?もしかしてまだうまく飛べないの?」
「うむ。傷は完治しておる故、怪我が原因ではなく、元々飛行は不得手でござるからな。こればかりは迦楼羅丸殿に教えてもらう事はできぬからして」
「そうだよね、迦楼羅丸様は空飛べないし」
「その代りと言ってはあれでござるが、鬼が使う妖術と、それに対抗する術は教えていただけたでござるよ。呑み込みが早いと褒められたでござる」
「宿祢、半分鬼だもんね」
「迦楼羅丸殿曰く、拙者は『見た目だけ天狗で中身は鬼』だとか。そうではないかと思っていたから、納得でござる」
「それ、空を飛べないのを鬼のせいにしてるでしょ」
「むむっ、見抜かれたでござる」
「もー、宿祢ったら」
「冬殿に嘘はつけぬでござるな」
「宿祢が下手なの」
雑談をしていれば、まばらに生えていた木が少しずつ増えてきている。
葉はすべて落ちているからスカスカに見えるけれど、そろそろ生い茂る領域に突入かな。
中腹まではまだまだありそうだけど、朝も早めに出てきたし、このペースならお昼前には戻ってこられるかもしれない。
寒さと長い登り道で喉が少し痛くなってきたけれど、雑談していれば疲れも忘れられそうかな。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

私と母のサバイバル

だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。 しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。 希望を諦めず森を進もう。 そう決意するシェリーに異変が起きた。 「私、別世界の前世があるみたい」 前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?

🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。

設楽理沙
ライト文芸
2026.1.4 73話見直した際、瑛士の台詞《本音/懺悔》を加筆しました。😇 ☘ 累計ポイント/ 200万pt 超えました。ありがとうございます。 ―― 備忘録 ――    第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。  最高 57,392 pt      〃     24h/pt-1位ではじまり2位で終了。  最高 89,034 pt                    ◇ ◇ ◇ ◇ 紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる 素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。 隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が 始まる。 苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・ 消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように 大きな声で泣いた。 泣きながらも、よろけながらも、気がつけば 大地をしっかりと踏みしめていた。 そう、立ち止まってなんていられない。 ☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★ 2025.4.19☑~

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
【3月中――完結!】 積み上がった伏線の回収目前!! 夫にも子どもにも、私は選ばれなかった。 長年の裏切りを抱え、離縁状を置いて家を出た――。 待っていたのは、凍てつく絶望。 けれど同時に、それは残酷な運命の扉が開く瞬間でもあった。 「夫は愛人と生きればいい。  今さら縋られても、裏切ったあなたを許す力など残っていない」 それでも私は誓う―― 「子どもたちの心だけは、必ず取り戻す」 歪で、完全な幸福――それとも、破滅。 “石”に翻弄された者たちの、狂おしい物語。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

生きるために逃げだした。幸せになりたい。

白水緑
ファンタジー
屋敷内に軟禁状態だったリリアは、宝物を取り戻したことをきっかけに屋敷から逃げ出した。幸せになるために。体力も力もない。成り行きに身を任せる結果になっても、自分の道は自分で選びたい。 2020/9/19 第一章終了 続きが書け次第また連載再開します。 2021/2/14 第二章開幕 2021/2/28 完結

【大賞・完結】地味スキル《お片付け》は最強です!社畜OL、異世界でうっかり国を改革しちゃったら、騎士団長と皇帝陛下に溺愛されてるんですが!?

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞で大賞をいただきました】→【規約変更で書籍化&コミカライズ「確約」は取り消しになりました。】 佐藤美佳子(サトウ・ミカコ)、享年28歳。死因は、過労。連日の徹夜と休日出勤の果てに、ブラック企業のオフィスで静かに息を引き取った彼女が次に目覚めたのは、剣と魔法のファンタジー世界だった。 新たな生を受けたのは、田舎のしがない貧乏貴族の娘、ミカ・アシュフィールド、16歳。神様がくれた転生特典は、なんと《完璧なる整理整頓》という、とんでもなく地味なスキルだった。 「せめて回復魔法とかが良かった……」 戦闘にも生産にも役立たないスキルに落胆し、今度こそは静かに、穏やかに生きたいと願うミカ。しかし、そんな彼女のささやかな望みは、王家からの突然の徴収命令によって打ち砕かれる。 「特殊技能持ちは、王宮へ出仕せよ」 家族を守るため、どうせ役立たずと追い返されるだろうと高をくくって王都へ向かったミカに与えられた任務は、あまりにも無謀なものだった。 「この『開かずの倉庫』を、整理せよ」 そこは、数百年分の備品や資材が山と積まれ、あまりの混沌ぶりに探検隊が遭難したとまで噂される、王家最大の禁足地。 絶望的な光景を前に、ミカが覚悟を決めてスキルを発動した瞬間――世界は、彼女の「お片付け」が持つ真の力に震撼することになる。 これは、地味スキルでうっかり国のすべてを最適化してしまった元社畜令嬢が、カタブツな騎士団長や有能すぎる皇帝陛下にその価値を見出され、なぜか過保護に甘やかされてしまう、お仕事改革ファンタジー。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

処理中です...