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第参幕 霊具
第十話
しおりを挟む「な、なんですって!?」
自身の式神、天狗の麻蔵の報告を聞き、美園は勢いよく立ちあがった。
その際に椅子が倒れ、部屋中に大きな音が響く。
西洋の国を模して作られたことりの執務室。
そこにことり、美園、月子、弥生が集っていた。
片膝をつき報告をしていた麻蔵は美園の大声にも動じず、ただ頭を下げるだけだ。
「落ち着きなさい」
「でも、ことり…」
「まだ霊力を目に見えるようにしただけの事よ」
取り乱す美園をことりが諭す。
「でもまさか、あの子が具現化させるなんて…」
悔しそうに指の爪を噛みながら月子が呟いた。
麻蔵が四人に報告したのは、冬が霊力を具現化した事についてだ。
ほぼ一か月前までは女中で、姫巫女の事も霊具の事も何も知らず、ただ潜在能力が高かったから姫巫女になった少女。
今まで必死に修行してきた彼女達にとって、ぽっと出の冬は許せなかった。
彼女達だけではなく、他の姫巫女もそうだ。
ただ迦楼羅丸を目覚めさせたから姫巫女になっただけの何もわからない少女に負けたくない。
彼女達には姫巫女として今までやってきたプライドがあるのだから。
女中とは下賤な、最下層の民だと幼い頃から教わってきた彼女達――啼々一族としては、そんな女中だった娘が自分達と同等の道を歩むなど許せる訳もなかった。
…もっとも、弥生だけは違う考えのようだが。
姫神という立場からことりは冬を見守り導くような態度をとってはいたが、実際には修行と銘打った雑用を押し付けていたに過ぎない。
姫巫女になる為に大事な事は、何一つ教えていないのだ。
姫巫女になる為には式神が必要だ。
なぜならば霊力を駆使して闘う姫巫女は、その霊力を維持する為に多大なる集中力を必要とする。
ピンチに陥れば陥るほど集中力は弱まり、その分弱体化する。
そんな姫巫女を守る存在が必要なのだ。
式神は姫巫女と共に戦い、守る存在。
対価として姫巫女から霊力を受け取り妖力に変えて力を発揮する。
姫巫女の中にはその強大な霊力でモノノケを抑え込み式神とし、己を守る盾とする者もいる。
姫巫女一人で強力なモノノケと戦う事は出来ない。
自身の手足となる存在が必要なのだ。
そしてもう一つ、霊具。
自身の霊力を目に見えるように、触れるように具現化し、武器とする。
モノノケと戦う為、自身の霊力を制御しやすくする為、霊力を使った術を使う時の媒体とする為。
霊具には様々な役割がある。
式神を従えているだけでは一人前の姫巫女にはなれない。
霊具を生み出し長時間具現化させる事ができて、初めて自身の霊力を制御できたと言えるのだ。
つまり、一人前の姫巫女になる為には式神と霊具が必要なのである。
「霊具の事なんて、一体どこで知ったのかしら?」
「あの子の前では極力使わないようにしていたのに…」
「今更言っても仕方ないわ」
悔しがる美園と月子を見てことりは息を吐いた。
冬に霊具の事が知られた以上、無かった事にはできない。
「あの子の潜在能力は認めざるを得ない。けれど、そう簡単に習得できないのが霊具よ」
「そ、そうね。いくら迦楼羅丸を目覚めさせたからって、コントロールの仕方もろくにわからないのに使えるわけないわよね」
「麻蔵、引き続き冬を見張りなさい」
「はい。…しかし、美園様」
「なによ?」
「迦楼羅丸が気づいております。長時間の監視は、美園様に危険が及ぶ可能性があります」
「な、なんですって…?」
麻蔵の言葉に美園は体を震わせた。
神託の儀式で迦楼羅丸が放っていた妖気を思い出したのだろう。
どうしたらいいのかとことりに視線を向ける。
「…仕方ないわね、監視は一時間おきにやってちょうだい。そうすれば迦楼羅丸も少しは納得するかもしれないわ」
「御意」
命を受けた麻蔵は音も立てずにその場から消えた。
「…ねえ、ことり」
「なにかしら?」
「もしかしたら、万が一にでも霊具が使えるようになる…なんて事はないよね?」
「…そうね、何か対策を考えないといけないかも」
「あの子が修行できないように雑用を増やすとかどうかしら」
「町への買い出しを命じるとかもいいかも」
あーでもないこーでもないと話し始めた美園と月子を見ながらことりは腕を組む。
その様を眺めつつ、弥生はどうしようかと考える。
啼々鏡家の人間である以上、姫巫女の最高権力者であることりには逆らえない。
けれども冬の事はまだ未熟とはいえライバル関係になりたいとも思う。
どうしたら怪しまれずに冬にアドバイスができるだろうか?
その時、丁度いいタイミングで柱時計が時刻を告げた。
「ことり様、あたしはそろそろ…」
「そうね、いいわよ」
「失礼します」
「誠士郎様によろしくね」
「はい」
三人に会釈をして弥生はその場を去る。
今日が啼々鏡家の定期報告会で良かったと、そう思う。
(お兄様に相談したら、何かいいアイディアもらえるかしら?)
秋桜館を出る際、慌ただしく薪小屋へと向かう冬を見かけた。
その背中からは姫巫女としてのオーラのようなものは何一つ感じない。
脅威と呼べる物は一切感じないのに、どうして冬を嫌うのだろうかと弥生は思った。
同時にこれが今まで続いてきた習慣なのかと嫌になる。
自分よりも位の低い者を蔑んできたこの社会が当たり前で、誰も疑問に思わない。
おそらくは冬もそうなのだろう。
女中としてずっと生きてきたという事もあるだろうけれど、姫巫女になった今でも雑用をこなす事が当たり前であると思っている。
(あの子なら、きっとこの制度を変えてくれる。なんか、そんな気がする)
確証はないが、確かな確信をもって弥生は秋桜館を後にした。
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